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   鬼が淵 2

「分からないものを考えていても、答えは出ないさ。出来ることをするしかないだろう?」

「そうだよね……」

 諭すように言う敬悟に、茜は力の無い笑みを向けた。早くも、慣れない車での長時間の移動に、疲れが溜まってきているのかもしれない。

 でも、それなら玄鬼の言う通り、運転手の敬悟の方が余程疲れているはずだ。

 情けないぞ、茜!

 まだ家を出てから、二日しか経って無いじゃないか!

 ファイトだ、ファイト!

 茜が、百面相をしながら自分に渇を入れているその時だ。

『コンコン』

 誰かが、茜が座っている助手席のドアをノックした。

 見ると、ドアの前に、さっきコンビニで一緒になった幼い兄妹が立っていた。

 十歳くらいのお兄ちゃんと、耳の後ろでツインテールにした、ふわふわマシュマロのような五歳くらいの妹。

 利発そうな、くりくりっとした黒い瞳がよく似ている、可愛らしい兄妹だ。お兄ちゃんは、小さい妹の小さな手を、しっかりと繋いでいる。

「どうしたの?」

 茜は、窓を開けて声を掛けた。

「お家の鍵を、落としちゃった……」

 お兄ちゃんが困ったように、そう言って口をとがらせる。 黒い大きな瞳にたまった涙が、今にもこぼれ落ちそうになっていた。

「え? 鍵が無くなっちゃったの?」

 茜は、子供達にぶつからないように注意しながらドアを開け、車から降りた。

 無理矢理足下に放り出された玄鬼が、迷惑そうに『ウニャン』と不平の鳴き声を上げるが、この際無視する。

 茜は、子供達の視線に合わせてしゃがむと、『ん?』とお兄ちゃんの顔を覗き込んだ。

「鍵が無いと、お家に入れないよ……」

 よほど心細かったのか、少年の滑らかな頬を、大粒の涙がポロポロと伝い落ちる。それにつられるように、妹の方もシクシク泣き出した。

「お姉ちゃん、捜し物得意なんだ。一緒に、鍵を探そうか」

「よせよせ。下手なことに、関わらぬ方が良いぞ」

 足下で、毛繕いをしながらチャチャを入れる玄鬼に素早く睨みをきかせる。

「さあ、どこを歩いて来たのかな? きっとそのどこかに、鍵は落ちているはずだよ」

 茜は、親指で少年の頬を拭い、幼い兄妹にニッコリと笑いかけた。


 仲の良いこの兄妹は、茜に幼い頃のことを思い出させた。

 そう言えば、いつもこんな風に敬にぃに手を繋いで貰っていたっけ――。

 母の明日香は、入院がちでほとんど家にはいない。父の衛も、遺跡の発掘に出かけると何週間も家には帰ってこない。

 確かに世話をしてくれる家政婦はいた。

 それでも、夜、ふと目が覚めてしまった時。

 闇が無性に怖くて、どうしようも無くなって、一人で良くベッドの中で震えながら泣いていた。

 そんな時は、決まって敬悟が来てくれた。

「大丈夫だから、お休み。僕がいるから、大丈夫」

 そう言って、眠りにつくまで手を繋いでくれていた、四つ年上の優しい従兄。

 幼い茜にとって、その手は唯一でかけがえの無いものだった。

 今は少し大人に近付いた分、複雑怪奇な感情が邪魔をして素直になれないでいるが、たぶん、それは今も変わらないものだ。


 幼い兄妹の落とし物の『家の鍵探し』は、難航していた。

 兄が、『ポケットに入れて置いた』という鍵を落とした可能性が一番高いのが、買い物をしたコンビニだった。だが、店内には見あたらず、店員も心当たりが無いという。 子供達と手を繋いだ茜、その後を敬悟、その後を暑さでほうほうの体の玄鬼。まるで、ハーメルンの笛吹き状態で炎天下の住宅街を歩くこと二十分。子供達の通ってきた道を鍵を探しながら一緒に歩いてきたが、一向に見つからず、とうとう、子供達の住んでいると言うアパートの前まで来てしまった。

 二階建てのシンプルな木造アパートの102号室。それが子供達の住む部屋だ。

 平日の昼間なこともあってか、人の気配は全くしない。

 両隣の部屋のインターフォンを押してみたが、留守のようだ。

「困ったねぇ……。お家から、真っ直ぐお買い物に来たんだよね?」

 茜の問いに、お兄ちゃんがコクンと頷く。

「もう、ワシは暑くてかなわん! 親でも、大家でも、警察でも、何でも良いから連絡して頼んだらどうだ?」

「そうだねぇ……」

 文句たらたらの玄鬼にチラリと冷たい視線を送り、茜はお兄ちゃんの方に質問してみた。

「パパかママの連絡先、分かるかな?」

 でも、答えは否。

 少年は首を振る。

「アパートの大家さんのお家、分かるかな?」

 やはり、答えは否。

 少年は、悲しそうに首を振った。

「そっかぁ……」

 残る選択肢は、警察か。

 あまり気が進まないなぁ……。

 茜は困ったように、子供達を見つめた。


 あ、そうだ!

 茜は、ピンとひらめいた。

『守りの石』

 これで、何か出来ないだろうか?

 テレビで見たことがある、石を使っての『ダウジング』

 地図の上でぐるぐる回して、なくしたものを探す超能力。

 あの真似事が出来るかもしれない。

 そう思い立った茜は、そごごそとペンダントを外して、手に握った。

「あ、よせ茜!」

 茜の行動に驚いた敬悟と玄鬼の叫び声が、重なる。

 が、時、既に遅し。

 茜の姿は、一人と一匹の前から忽然と消えてしまった。

 二人の幼い兄妹とともに――。



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