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 少女は

 その石が生まれた本当の意味を

 まだ知らない――。



「あー! 茜ちゃん、ペンダントつけてるうっ!」

 夏の暑い日。

 むせ返るような湿気を含んだ空気を大きく揺らして、その声は狭いコンクリートの室内に響き渡った。

 幼稚園のプールの更衣室の中、待ちに待ったイベントの到来に、水着に着替える園児たちの顔はどれも明るく楽しげな声が方々で上がっていた。そんな中、一際大きなその声が響いたのだ。

 ビクリ!

 大きな声に驚いて、神津茜かみつあかねは声のした方、自分の後ろを慌てて振り返った。栗色の、ポニーテールがプルンと揺れ、白い頬をさらさらと撫でる。他の園児たちも、一斉に声の主に視線を向けた。

 賑やかだった室内が水を打ったようにシンと静まりかえり、痛いくらいの緊張が走りぬける。

 皆の視線の集まる先に立っていたのは、茜とは何となくそりが合わない高田真希たかだまき。耳の後ろで三つ編みされた黒髪が、意志の強そうな黒い瞳の両脇で揺れている。

 茜は思わず、胸で輝く青い石のペンダントを隠すように、ぎゅっと握りしめた。

 真希の声には、明らかに非難する響きが含まれている。それを敏感に感じ取った茜は、嫌だと言う気持ちと憤りで頬をふくらませた。

 まただ。

 また真希ちゃん!

 どうしていっつも、私にかまうの!?

「だって、お母さんがつけていなさいって、言ったんだもん!」

 茜も真希に負けじと声を張り上げる。

 元来気が強い茜は、こういう時には大人しくしているタイプではない。大きな鳶色の瞳は、その意志の強さを表すように、毅然と真希の姿を捉えていた。

「えー? キソクだもん。お母さんがそんなこと言うわけないよ」

 だが真希も気が強く、言い返されたくらいでは動じない。腰に手を当てて仁王立ちになり、胸を張って言い返して来る。

「ウソじゃないもんっ!」

 そう、茜の言うことは嘘ではない。間違いなくこのペンダントは、母親から肌身離さず付けているように言われているものだ。

 でも、その理由を、茜自身も詳しくは知らない。だから、茜にはそれ以上の抗弁が出来なかった。

 そんな茜の弱気な部分を知ってか知らずか、真希は更に追い打ちを掛けてくる。

「じゃあ、先生にきいてみなよ。先生だってダメって言うにきまってるから!」

「本当だもんっ!」

 本当のこと。お母さんに言われたこと。でも、みんなはこんなペンダントを幼稚園にはしてこない。幼稚園には、自宅からオモチャ類の持ち込みをすることは禁止されている。それでも、自分だけが付けているこの青い石のペンダント。

 茜はこの時初めて、自分だけが持っているこのペンダントの存在に疑問を持った。



 涙のような形をした、深い色合いの『青い石』。それは、まるで持つ者の心を映すかのように、見るたびに微妙に色が変化した。

 茜が嬉しいときは、何処までも続く真っ青な夏の空のように。茜が寂しいときは、全てを包み込む母なる海のように。時には強く、時には優しく、青く澄んだ光をはらんで輝いた。

 茜には、まるで魔法の石のように感じられた不思議なペンダント。

 今までは、綺麗で温かい感じがするこのペンダントを身につけるのは嫌ではなかった。むしろ、少し大人になったような気がして嬉しかったのだ。

 でも――。

 優越感の裏に潜む、言いようのない疎外感。

 幼い茜の心に芽生えた、小さな疑問符。その小さな疑問符は、茜の心の奥底に小さなしずくを落とした。しずくが生んだかすかな波紋はさざ波に変わり、やがては大きな波へと変わっていく。

 ――どうして、私だけが?


 その答えをくれる人間は、この世に、ただ一人しかいなかった。



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