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迷子のネムリヒメ  作者: 燕尾
番外編
56/64

◆谷崎圭の場合1◆

 ──奥様は逆行性健忘症……つまり、記憶喪失の状態になっているようです。


 ドラマや映画のような出来事が自分に降り掛かってくるとは思いもしなかった。


「柏原さんが交通事故に遭って、意識不明の状態で病院に運ばれたそうです」


 真っ青な顔をして市場開発課に駆け込んできた姫島にそう告げられた時、俺の体から一気に血の気が引いた。

 交通事故に意識不明。

 その二つの言葉からは、絶望的な状況しか思い浮かばず、つぐみを失うしれないという現実を前に頭も体も完全に硬直していた。

 俺が一人固まっていると、自席で作業していた大路が立ち上がり、取り乱している自分の妻を落ち着かせ、周りの人間に色々な指示を出していた。俺にも何か言っていたようだが、大路の言葉に反応する余裕などなく……。気がつけば俺は病院へ向かうタクシーの中にいた。

 病院に到着した俺を待っていたのは、つぐみの兄嫁である南と姪っ子と義母だった。 

 大路が南に連絡しておいてくれたらしい。

 つぐみは自分の実家の近くにある取引先に書類を届けていたので、搬送された病院へは南達の方が早く到着していた。先に事情を説明された南が何が起きたかを教えてくれた。

 事故の状況はこうだ。

 取引先から駅へ向かう途中の横断歩道。青信号中で渡っていたつぐみの方へ車が向かってきたらしい。その車の運転手は運転中に脳梗塞を引き起こしてしまったそうだ。

 それで事故に遭ったのかというと、それは違う。複数の目撃者の話によると、危ないという誰かの叫び声でつぐみはその存在に早く気づき、走ればぎりぎり避けられた状況だったらしい。

 だが、その横断歩道を渡っていたのは、つぐみだけではなかった。

 その場には大きなお腹を抱えた妊婦もいた。つぐみはともかく、お腹が大きい妊婦が走れる訳がない。案の定、妊婦は動くことができず、お腹を抱えたまま体を震わせていたそうだ。

 そんな妊婦を放っておけなかったのか、つぐみは妊婦を中央分離帯のツツジの生け垣に突き飛ばした後……一人で車に跳ねられた。

 つぐみの体は大きく宙を舞った。その体が飛ばされた先が街路樹だった為、骨折や出血を伴う怪我は免れたが意識を失っていた。

 頭部のCT検査の結果によると、脳出血等は見られないので飛ばされた際に脳震盪を起こし、それで意識を失ったと考えられるそうだ。それ以外の異常は認められないので、もう少し経てば意識が回復するだろうというのが、診断した医師の見解らしい。


「何でそんな無茶な真似……」


 思わず零れた独り言に口を押さえる。俺の呟きは南や義母には聞こえていなかったようで胸を撫で下ろす。

 いや……そういう奴だ。

 仕事量を増やされるという自分に不利な条件を呑んで、他部署の仕事を手伝いに行ったり、自分の部署で重大なトラブルが起きたと聞けば、自分の休みを返上してしまう……それが重大な試験の前日だったとしても。そんな奴だ。

 今日だって……南や俺の弟の嫁という身近なところで妊婦と関わっていたから、知らんふりできなかったんだろう。

 そういうところに惹かれたのは事実だが……バカだ。

 つぐみのしたことは、間違っていない。

 間違っていない……が、代償にするものが重すぎる。走れば避けれるのだったら、一人で逃げて自分の身だけを守って欲しかった。

 飛ばされた先が街路樹だったから良かったものの……道路だったら? 命を落としていた可能性が極めて高い。

 不幸中の幸いか、今回の事故は大学病院の近くの道路で起きた。つぐみと妊婦、運転手の三人は全員この病院に搬送された。その為、それぞれの状況が比較的容易にわかった。

 運転手は何とか一命を取り留め、つぐみが命がけで庇った妊婦も母子ともに無事。そしてつぐみも無事。だからもういいんだ──そうやって自分を納得させ、身勝手な思いを封じ込めた。

 

 入院の手続きやらで病室を離れている間につぐみの意識が戻った。

 じっと俺を見たかと思ったら、バツが悪そうな顔をしている。自分でも無茶をしたと思っているのだろう。

 今回ばかりは反省してもらわないと困る。俺も厳しめの表情でつぐみを見つめた。

 謝るつもりなのだろう。つぐみは俺の目を真っ直ぐ見つめたまま、口を開いた。


「打ち合わせに参加できず、誠に申し訳ありませんでした。せっかく、お時間を頂いていたのに。それにこのような場所にも来て頂いて、どのようにお詫び申し上げればいいのか……言葉もございません」


 つぐみが発した言葉に俺は再び硬直した。


 静まり返った病室にきゃっきゃっと姪っ子の声が響く。義母も南も言葉を失っているようだ。

 聞き間違いかもしれない、微かな希望を抱いてつぐみに話しかけたら、思いっきり眉間に皺を寄せて睨まれた。怒らせるようなことを言った覚えはない。

 おかしい。つぐみに何かが起こっている。そう確信したのは義母の問いかけに対するつぐみの反応だった。

 事故って何。

 会社の休憩室。

 私が他人を庇って車に跳ねられるキャラじゃないことくらい知ってるでしょ。

 つぐみの口から飛び出してくる言葉に、俺らは困惑する一方だった。

 一体何が起きているんだ? その疑問は診察をしに来た医師によって解消した。

 逆行性健忘症──いわゆる記憶喪失。

 つぐみは自分のフルネーム、生年月日、今日の日付、医師の質問に間を開けることなく、スムーズに答えていた。ただし、正解だったのはつぐみという名前と生年月日くらいだった。

 つぐみの中の今日は、二〇〇X年の二月十三日。実際の今日の日付は、二〇一X年の四月九日。

 つまり、三年二ヶ月分の記憶を失っているということだ。

 そこには俺とつぐみが一緒に過ごした時間が全て入っている。つまり、つぐみの頭の中には俺が存在していないということになる。

 俺と結婚しているという事実につぐみは明らかに困惑していた。

 無理もない。

 つぐみの記憶は二月十三日の昼休みから途切れている。ちょうど大路と姫島ができちゃった結婚をすると知らされた後だ。

 その昼休み後に俺と打ち合わせをすることになっていた。

 失恋したとはいえ、つぐみの中には大路への気持ちがまだ残っているはずだ。そんな状態で単なる新しい上司の俺と結婚しているなんてキツいに違いない。

 つぐみは混乱しながらも現状を把握しようと、南と二人きりにして欲しいと頼んできた。俺もそれがいいと思った。俺の口から試験の結果や結婚の経緯を聞くよりかは、ショックが軽いはずだ。

 わかったと言って南から姪っ子を受け取り、義母と病室を後にした。

 南を待っていた病院の談話室では、ぐずる姪っ子を義母と二人であやしていた。つぐみが目覚めるまでは機嫌がよかったのに、つぐみが意識を取り戻してから見る見るうちにぐずり出してしまった。赤ん坊なりに自分の知っている叔母と違うと察したのだろう。

 戻ってきた南によると、つぐみは試験の結果を冷静に受け止めていた。結婚していると聞いた時点でダメだったのだと悟っていたようだ。

 医師の見解は事故のショックで一時的に記憶が欠落している状態。記憶が戻る可能性は高いが、それがいつになるかはわからない。ずっと戻らないこともあるかもしれないとも言われた。根本的な治療方法はないので、自然回復を待つしかないそうだ。


 呆然としたまま、一人マンションに戻った。

 今日の朝までは二人だったのに……滅入っている場合ではない。俺にはやることがある。早退した分の仕事の確認だってある。気分を入れ替えようと冷蔵庫を開けたら、カットされた玉ねぎや人参が乗っている皿が目に飛び込んできた。


「そう言えば……今日はカレーにしようって」


 つぐみは料理が苦手だ。最近は慣れてきたようだが、仕事のように手順よくはいかない。だが、できないからって逃げるのではなく、できることを増やしていこうと姫島から簡単な料理を教えてもらったり、初心者向けの本を買って勉強していた。

 下ごしらえしておけば、帰ってから楽だし待たせないで済むからと、朝から張り切って野菜を切っていた。その時のつぐみが頭に浮かび……喪失感に襲われた。


 翌日のことはあまり覚えていない。会社と病院を往復していたと思う。

 会社では早退した間に溜まっていた書類のチェックやつぐみの手続き対応等で忙しく過ごしていた。

 病院では運転手側の謝罪とつぐみが助けた妊婦側のお礼の挨拶を受けた。両者とも本人に直接伝えたいとのことだったが、記憶喪失の状態で彼らに会うのは負担でしかないと判断し、俺が対応することにした。

 対応している間は、仕事のことだけを考えるようにしていた。油断すると相手を傷つけるような暴言を吐いてしまいそうだったからだ。

 今回の事故は、色々なことが重なって起きたこと。

 運転中に脳梗塞を引き起こすなんて誰も予想できない。運転手は一命を取り留めたそうだが、これからが大変だろう。そして、妊婦を庇ったのはつぐみが判断したことだ。

 誰も悪くない。嫌な偶然が重なったせいだから仕方がないと頭では理解しても、完全に割り切ることはできなかった。

 記憶喪失だと言うことは伏せることにした。言ったところでいいことがあるとは思えなかった。号泣して謝る運転手の妻には、大丈夫ですから旦那さんについていて上げて下さいとだけ告げた。

 つぐみが庇った妊婦達からは泣きながら頭を下げられた。

 長い時間をかけてやっと授かった命だそうだ。それを聞き、一人で逃げて欲しかったと思った自分を恥じたのは言うまでもない。

 ──あの、お名前はけいさんとおっしゃるのですか? 

 別れ際に妊婦に尋ねられ驚いた。どうして俺の名前を知っている? と不思議に思ったら、つぐみが「けいさん、ごめん」と叫んで、彼女をツツジの生け垣にやったのだと教えられた。

 危うく泣きそうになった。

 ごめんって……死を覚悟した上で、二人の命を守ったのか?

 その決断はとても尊いが……とても切なかった。 

 だが、つぐみが最後まで俺のことを思ってくれていたのだと知り救われた気がした。

 

 事故から三日後。

 つぐみが退院した。詳細な検査の結果、記憶が欠落している以外の異常がなかった。今後は心療内科に通院し、記憶喪失や事故によるストレス障害が起きないかを注視していくことになる。

 南と義兄と相談し、とりあえずは実家で過ごさせることになった。いきなり俺とマンションで暮らすのはキツいだろうし、俺も泊まりがけの出張が重なっていたので、一人でマンションに残すより実家にいてくれた方がありがたかった。

 実家でのつぐみの様子は南が報告してくれた。

 義母や義兄から写真やDVDをたくさん見せられているが、思い出す気配は全くないそうだ。

 つぐみが実家にいる間、俺はひたすら仕事に没頭していた。事情を知っている上司達からは休んでいいと言われたが、その申し出を受けなかった。仕事に没頭している方が楽だった。

 俺のことを忘れている自分の妻にどう向きあればいいのかわからなかった。


「いい加減に休め」


 俺にそんなことを言い放ったのは、つぐみの上司の林田さんだった。

 事故のきっかけとなった取引先への外出は林田課長が行く予定だったそうだ。忙しい自分を見かねてつぐみの申し出に甘えてしまったと、責任を感じている。当たり前のことだが、林田さんがつぐみを外出させたから事故が起きた訳ではない。林田さんが気にすることでないと、何回も言ったが自分を責め続けているようだった。


「お前の代理は俺が責任持って務める。ちゃんと報告もするから、しばらく有給とって側にいてやれ」

「一緒にいてどうしろって言うんですか?」

「色々あるだろ……写真を見せたり、二人で旅行した場所を巡ったり、そこで同じ物を食うとか。美味いものを食いながら、お前が思い出を話してやれば、いい刺激になるかもしれないぞ」

「少し考えさせて下さい。必要だと思ったら、甘えさせて頂きます」


 確かに映像や写真だけじゃなく、実際に二人で一緒に行った場所に行ったり、同じ物を食った方が思い出しやすいのかもしれない。

 だけど、それが最適解だとも思えなかった。


 色々な手続き、日々の仕事、出張と慌ただしく過ごしていたら、あっという間に週末になった。

 久しぶりの一人きりの週末。

 一人きりの週末なんて何度も過ごしてきたはずだったのに、心にぽっかり穴があいたようだ。その穴を埋めるように、つぐみのアルバムやDVDをひたすら眺めていた。

 挙式披露宴と新婚旅行。

 そこに映るつぐみは心から笑っている。

 つぐみが披露宴で一番こだわっていたのは食だった。自分が食べる事はもちろん、出席者のことも気にかけていた。みんなで美味しい料理を食べる会にしようと余興や演出は少なめにし、新郎新婦も出席者ものんびりと時を過ごした。

 新婚旅行でも……食べていたな。何気なく入ったスーパーの肉売り場で巨大な肉の塊をうっとりと見つめていた姿を思い浮かべると、今でも口元が緩む。俺の中にはすぐに取り出せるつぐみとの思い出がたくさんあるのに……。


「なあ、どうしたら俺の事を思い出してくれる?」


 幸せそうな笑みを浮かべながら、大きなステーキを頬張るつぐみに話しかけた。


 その夜、義兄から電話があった。

 つぐみが落ち込んでいるそうだ。

 今日、つぐみは一人で地元のショッピングモールに出かけた。行く前は変わりなかったが、帰ってきてから元気をなくしているという。外観は同じでも三年間の間にテナントが変わり、好きな店が無くなっていたりしてショックを受けたのだろうと義兄は考察していた。


「ご飯を残すことのないアイツが残したんだぜ? それはかなりキテるって事なんだよ」


 いつもは妹を茶化している義兄がここまで心配するとは。それにあのつぐみがご飯を残すとは……これは大事だ。


「こうなったら、ショック療法だ」

「は?」

「来週から、つぐみをそっちにやる」

「そんな無茶な」

「そっちの方がいいだろ。アイツの好きなマンガだってあるし、引きこもるなら谷崎の家の方が健全だろう。いきなり夫婦に戻れなんて言わないから、まずはルームシェアだと思えばいいじゃないか。そのための4LDKだろう」


 ……無茶苦茶な理屈だ。だが、無理だと言ってもこの義兄は聞かないだろう。それに最近、姪っ子の夜泣きがひどくなったとも聞いている。義兄と南に負担をかけ続ける訳にもいかない。

 俺は義兄の提案に乗ることにした。


「どうするかな……」


 つぐみの写真を眺めながら、独りごちる。

 どうすれば、つぐみの記憶を取り戻せるのだろうか?

 今の状態のままここに来ても、つぐみは一生記憶を取り戻せない気がする。

 林田さんの言うように、一緒に行った場所に出かけてみるべきなのだろうか。それで記憶が戻ればいいが、戻らなかったら……残るのは喪失感だけだ。

 じゃあ、どうすれば? 答えを出さないといけないのに、瞼が落ちていく。


 夢を見ていると気づいたのは、目の前に春の街並みが広がっていたから。

 俺の姿は見えないが、つぐみの姿が見える。それは三十歳のつぐみではなく、二十七歳のつぐみだ。髪型や服装で打ち合わせの時のつぐみだとわかった。

 つぐみの周りで大勢の人が歩いている。皆、春らしい服装をしているのに、つぐみだけ明らかに冬物を着ている。それに気づいたのか、つぐみは戸惑った顔をして体を震わせている。表情は心細そうで今でも泣き出しそうだ。まるで迷子になった子供のように。

 こっちだ。そう言って連れ出そうと手を伸ばした──ところで目が覚めた。

 

「迷子って……子供じゃないんだから」


 夢の中の自分の思考に苦笑する。

 ……いや、正しいかもしれない。

 今のつぐみは時間に置いていかれたようなものだ。

 俺達からすると記憶を失っているが、つぐみにしてみれば三年後に来てしまったの方が正しい。

 会社の休憩室で昼寝していただけなのに、目が覚めたら知らない場所だった。それだけでも戸惑うのに、ここは三年後だって言われてどんなに心細かっただろう。

 二〇〇X年の二月十三日にいたつもりが、いきなり二〇一X年の四月九日だ。置いて行かれたと錯覚してもおかしくない。

 俺が同じ状況に置かれたら……自分のことを記憶喪失だとは思えないだろう。三年後にタイムスリップしてしまったって思うだろう。

 そして願う。三年前の世界に戻りたいと。

 だが、それは無理だ。

 どんなに望んでも時間を巻き戻すことなんてできないし、ここが二〇一X年だという現実は変わらない。

 多分、つぐみもそれをわかっている。

 だから、絶望とまではいかなくても、失望くらいはしているのかもしれない。

 何でこんな単純なことに気づいてやれなかったのだろう。俺はどうしたらつぐみが記憶を取り戻せるかばかり考えていた。それはつぐみの為じゃない……俺のエゴだ。記憶喪失のつぐみに会わなかったのも、混乱させたくないだけじゃない。つぐみに忘れられたって心のどこかで拗ねていたからだ。

 思い出したくても思い出せない辛さをわかってやれなかった。


 俺の一番の願いは何だ? 

 つぐみの記憶が元に戻ることなのか?

 戻って欲しいに決まっている。

 記憶喪失の治療法は確立されていない。だが、これから確実に取り戻せる治療法が見つかるかもしれない。けれど、それが記憶を取り戻す代わりに壮絶な苦痛を伴うものだとしたら? それでも俺はつぐみの記憶が戻ることを望むのか? いや、俺は絶対に望まない。

 俺は誰よりもつぐみを愛している。それは今も変わりない

 自分のことを忘れられたからと言って、揺らいでしまうような半端な気持ちでつぐみと一緒になったわけではない。

 記憶が戻ろうが戻るまいが、つぐみは生きていかなければならない。残酷かもしれないが、それがつぐみの現実だ。 

 そのために必要なのは過去を見つめることではなくて、今を歩いていくことだ。

 記憶を取り戻すことは大切だし、今でも願っている。

 だけど、それに囚われて過去ばかりを追っても仕方がない。そのせいで今を疎かにしていたら、時間に置いていかれたままになってしまう。

 それより、三年後の世界で生きていく努力をした方がいい。最初は大変かもしれないが、それはやがて記憶喪失になっても立派に生活しているという自信に変わる。

 やっとわかった。

 俺がつぐみにしてやれること。

 記憶を取り戻すことから、自由にしてやる──前に進ませてやることだ。 

 本当は思い出して欲しい。

 俺とのこと。

 でも、今は……一日でも早くつぐみを元気にしたい。

 もう一度、つぐみの幸せそうな笑顔を見たい。

 それだけだ。

 つぐみの中で俺との関係が消えてしまったなら、また一から作っていけばいい。 

 そのためには、来週からのことだ。

 夫婦だと思うと気まずいだろうから、とりあえずはいい同居人というポジションを狙う。義兄に比べれば、俺はマメな方だから同居人としての信頼は得やすいはずだ。後は……仕事復帰だ。俺との同居と仕事復帰がセットの方が、余計なことを考える暇がなくていいだろう。

 今のつぐみの部署はは三年前のつぐみの部署と同じ。その辺りは違和感なく適応できるはずだ。

 つぐみは無理だっていうかもしれないが、やるって言わせる自信はある。上司と部下の関係時代にどう言えば無茶を引き受けるかは学習済みだ。

 最初は大変かもしれないが、しばらくすれば難なくやり通すようになるだろう。上司として見てきたんだから断言できる。

 後は根回しだ。林田さんは難色を示すだろうから、丁寧に説明する必要がある。スマホを手に取り、林田さんの番号を呼び出した。

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