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迷子のネムリヒメ  作者: 燕尾
本編
26/64

第26話

 実家に戻って早二週間。

 それなりに快適な日々を送っている。

 居候の身だから多少は気を使うけど、病院から戻ってきた頃よりかは、南ちゃんの役に立てていると思う。

 そう言えば……家事が丁寧になったねと南ちゃんに褒められたっけ。その後に谷崎さんとの生活の賜物だね、と言われて微妙な気持ちになったのは、言うまでもない。

 実家から会社に通っていると、三年前と同じって思う。でも、会社から実家に帰ってくると、やっぱり三年の時が流れていると痛感する。

 それは、兄嫁と姪っ子の存在によるところが大きい。

 兄と南ちゃんの結婚は私がキッカケ? 

 そう思ったけど、違う。二人は大学の先輩と後輩という間柄で、南ちゃん曰く、私なんて微塵も関係していないらしい。彼女にしてみれば、結婚相手の妹がたまたま同じ会社の人間だったというだけだ。

 あの日の夜から、谷崎さんとは言葉を交わしていない。と言うより会っていない。同じ会社でも仕事で絡む機会がなければ、顔を合わせることはない。それは近江さんも同じ。

 私物を取りにマンションへは何度か行ったけど、そこで鉢合わせることもなかった。谷崎さんがいない時間を狙って行ったのだから……当然だ。

 同じ会社に勤めていれば、相手のスケジュールを把握することなんて簡単だ。うちの会社のイントラネットにはスケジュールを書き込むページがあって、基本的に全員書き込む決まりになっている。管理職に至っては詳細に予定を書き込むことが義務付けられている。

 相手のスケジュールがバレバレって社内結婚のデメリットかもしれないけど、私はそれを逆手に取って谷崎さんの帰宅時間や出張等での不在期間を把握して、こっそりマンションに行っている。

 そんな感じで今のところは何とかなっている。

 林田課長や姫島さんは気づいているかもしれないけど、詮索してくるような人達ではないので問題ない。そのままでいいとは思っていないけど、今の私にはそれしかできない。


「……うわぁ」


 大路さんと姫島さんの披露宴のDVDは、私にとってかなりの破壊力だった。

 二人のラブラブ度合いにやられたのではない。そこに映る私にやられたのだ。不思議なことに、このDVDには私がたくさん出てくる。主役の二人よりも映っているだけでも、いたたまれない気持ちになるのに、映像の中の私は熱唱している。それはもう、披露宴をライブと勘違いしてないか? と言いたいくらいだ。アーティスト気取りというか……『二人の愛のために、振って振って振りまくれー』と参列者にペンライトを振らせたかと思うと、やたらヘイヘイ言いまくったり……。メドレーだか何だか知らないけど、三曲くらいたて続けに歌っていた。ご丁寧にダンサーまで引き連れて……。

 それで終わりかと思ったら、今度は姫島さんのピアノ演奏をバックに歌ったり。

 恥ずかしいを通り越して、潜りたい気分。姫島さんは何で私にこれを見せたかったんだろう。あなたに披露宴をメチャクチャにされましたとでも言いたかったとか? でも、大路さんや姫島さんをはじめとする皆さんは笑顔だし……謎は深まるばかりだ。

 私の部屋となっている客間の机には、DVDやアルバムが乗っかっている。

 南ちゃんには日記を全部読めと言われたけど、まだ心の準備ができていない。

 あの中にいるのは、私だけど私じゃない私。

 日記を書いた時の感情がない以上、読むべきじゃなかった。

 でも、私は日記を読んでしまった。そして、知りたくなかった自分の醜い感情を知ってしまった。

 覚えていないから──そう言って、無かったことにできたらって何度か思ったけど、それは無理だ。記憶は消えても、事実はずっと残っていく。記憶を失ったことは、免罪符にはなりはしない。

 けれど、怖くてしょうがない。だったら、せめてDVDや写真を見直そうと休みの日を利用して見ているのだけど、何かがガリガリと削られていく。

 うなだれていたら、蘭ちゃんがやってきた。

 ハイハイで動き回るのが今の蘭ちゃんのマイブームだ。そして誰かを見つけては、ペターッとくっついてくる。

 

「抱っこかな? 蘭ちゃん」


 小さな体を抱きかかえると、ご機嫌な様子で私の腕をぺちぺち叩く。小さな手が愛おしく思えて……赤ちゃんってやっぱり癒される。前に抱いた時は大泣きされたけど、今は慣れてくれたらしい。

 抱っこしていたら、蘭ちゃんが机の上のDVD達に興味を持ち始めた。腕を伸ばし一枚のDVDを掴んだ。


「あい」

「ん?」


 これは何のDVD?

 蘭ちゃんが手にしているのは、何のラベルも貼られていないもの。一見すると、空のDVDに思えるんだけど……。


「あい、あい」

「蘭ちゃん、痛いっ、痛いよ」

 

 そう言っても、「あい」とDVDを押しつけるのをやめてくれない。

 ……見ろってこと?

 プレイヤーにセットし、再生ボタンを押した。蘭ちゃんも満足したのか、私の膝の上にお行儀よく腰掛けた。


『うわーちっちゃい! かわいい』


 生まれたばかりの赤ちゃんのアップと共に、私の声が聴こえた。

 雰囲気から察するに病室? 蘭ちゃんが生まれた時のか。

 蘭ちゃんと南ちゃんと兄がいて、そこに私がいる。蘭ちゃんを抱いている。


『はじめまして。つぐみおばちゃんだよ。かわいいねぇ。うわっ、すごーい。もう爪があるんだね。』


 初めて会う姪っ子に興奮しているのがわかる。画面に映る私は笑顔だけど、顔の筋肉を全て使って嬉しさを表現してるというか……とにかくいい顔をしている。

 蘭ちゃんはこれを見せたかったのか。


『少しは私にも似てるかな? どう思う? 圭さん?』

『まだわからないよ』


 谷崎さんの声がする。

 ああ、そうか。撮影してるのは谷崎さんか。叔母と赤ちゃんのご対面が続くのかと思ったら、私の腕の中にいた蘭ちゃんが泣き出した。映像の中の私が、困った顔をしている。


『ママっ! ママっ!』


 そう言って南ちゃんに助けを求める。そんな私に兄は、お前の抱き方が下手だからだと茶化して私の腕から蘭ちゃんを受け取る。

 確かにビクビク抱いていた。でもさ、兄の抱き方はどうなんだ? そう思っていたら、蘭ちゃんは更に泣き出した。


『その抱き方だと赤ちゃんに不安が伝わるのでは?』


 撮影しながら兄にダメ出ししている谷崎さん。グッジョブ!


『じゃあ、谷崎が抱いてみろよ』


 悔しそうに兄が谷崎さんに言う。ここでも呼び捨てタメ口か……。義理の弟と言っても、年上だしあなたの奥さんの上司なんですよと言いたくなる。

 谷崎さんは兄の物言いなんか気にも止めず、私にカメラを渡して兄から蘭ちゃんを受け取った。その抱き方は、私や兄よりもずっと上手だった。

 谷崎さんの腕に抱かれて、蘭ちゃんはピタリと泣き止んだ。


『さすが……甥っ子さん達で鍛えられてる。何かあったら、ベビーシッターお願いしますね』


 感心している南ちゃんに谷崎さんは勘弁してくれよと苦笑している。


『私の旦那さんの圭おじさんだよ。抱っこ上手でしょ? 優しくて料理上手で素敵な人だよ。よろしくね』


 カメラを谷崎さんと蘭ちゃんに向けながら、私は蘭ちゃんに話しかけている。……姪っ子相手に旦那さん自慢までして。


『どう? 初の姪っ子だよ。甥っ子君達とは感じが違いますか?』


 無邪気な私の問いかけに、谷崎さんは照れくさそうに笑っている。


「何よ……夫婦感漂いまくりじゃない」


 この映像の主人公は蘭ちゃんだ。けれど、ちらりと映る私と谷崎さんの姿や声に引き寄せられる。

 映像の中の私と谷崎さんは、紛れもなく夫婦だ。

 私ってこんな顔して笑うんだ。

 自分のことだけど、意外だった。

 旦那さんを愛しているんだって、そして……愛されているんだって、画面から伝わってくる。

 蘭ちゃんはこれを私に教えたかったのか。私の膝の上にちょこんと座っていた蘭ちゃんを抱き上げた。


「ありがとね。蘭ちゃん」


 蘭ちゃんは、ニコニコと笑ってくれた。この子なりに心配してくれたんだと思うと胸が熱くなる。

 決めた。

 空白の三年間と向き合う。

 私は日記を全て読むことにした。

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