35.シェヘラザードに感謝
遅くなって申し訳ありません!
時は少し遡り、レイがロゼリーナと別れた後のこと。
ロゼリーナは正門に向けてゆっくりと歩いていた。
その顔はいつも通り仏頂面である。
が、その顔には心なしか覇気がないようにも見える。
「はあ。やはりレイからのお誘いを受けるべきだったかしら」
そう、ロゼリーナはレイからクラブ活動の見学を誘われたのにも関わらず、それを断ってしまったことを悔いているのだ。
「だいたい、お父様が悪いのですわ!いつもいつも私に縁談ばかり持ちかけて!あれさえ無ければお父様は素晴らしい方ですのに」
つい愚痴を漏らすロゼリーナ。
ロゼリーナの父、現ワイルド国王は良くも悪くも親バカであった。
そのため娘の将来を案じ、少しでもいい相手と結婚させるため、ロゼリーナが10歳の頃より見合いをさせるという暴挙に出ていたのだった。
外から見れば微笑ましいが、娘達からしたらたまったものではない。
今や現国王の娘達の中で『お父様』と呼ぶのは末っ子であるロゼリーナのみとなってしまったのだ。
ちなみに第三王女は『おい』や『てめぇ』。第二王女は『変態』。第一王女に至っては『ワイルドさん』と呼ぶ始末になってしまったのである。
親バカの末路とは実に可哀想なものだ。
閑話休題。
とどのつまり、今日もロゼリーナは縁談がありやむおえずレイの誘いを断ることになってしまったのだ。
「はあ、せめてお見合い相手がレイなら……って私ったらなんてことを!」
ひたすら「レイは友人、レイは友人ですわよロゼリーナ」と自分自身に言い聞かせるロゼリーナを遠巻きに生徒達が見ていた。
誰であれ、道中で突然自らの頭をポコスカ殴り続ける変質者が居れば見てしまうだろう。
それが自国の王女様ならなおさらである。
そうこうしている間に、ロゼリーナは迎えの馬車が待つ正門にについた。
そこでふと異変に気づく。
「あら?御者さんはどちらですの?」
そう、いつもは馬車の扉を開けてくれる御者が今日はどこにも姿が見えないのだ。
それどころか数人常に待機している騎士さえいない。
不思議に思いつつも、自分で馬車の扉を開けるロゼリーナ。
この程度のことで癇癪をおこすほど、ロゼリーナは我儘では無かった。
しかし今回はそれが仇となった。
扉を開けた瞬間、ロゼリーナは馬車の中へ引っ張りこまれたのだ。
「きゃっ!」
「大人しくしろ!おい、馬車を出せ!」
馬車が走り出した。
ロゼリーナを押さえつけたのは少年だった。
だが、この程度の拘束なら自分で外せる、とロゼリーナは考え激しく抵抗した。
「くそ!これでもくらえ!」
「!?」
ハンカチのようなもので口と鼻を覆われたロゼリーナはハンカチに付着している粉末を吸い込んでしまった。
すぐに体の力が抜けていくのが分かった。
薄れゆく意識の中、ロゼリーナは出来たばかりの友人の名を呟くのだった。
「たす…け……て、レ……イ」
そこでロゼリーナの意識は闇に呑み込まれた。
「ったく!手間かけさせやがって!」
第四王女ロゼリーナを拉致したのはバッカスであった。
バッカスは床に寝転がったロゼリーナの胸倉を掴み上げると、
「貴様は後で俺様がた~っぷり可愛がってやるからな!ぐはははは!」
乱暴に馬車の席へと投げ捨てた。
そう、今回彼の狙いはロゼリーナではなかった。
「レイ・ヴァン・アイブリンガー、俺様をコケにしたこと、絶対に後悔させてやる!」
バッカスは憎きレイを虚空に幻視し、それを睨みつけた。
馬車はやがて王都外れにあるポンコッツ家別荘の中へ入り、玄関前で停止した。
御者が扉を開け、バッカスが外に出る。
屋敷から使用人が現れ、
「お帰りなさいませ坊ちゃま」
と恭しく頭を下げた。
バッカスはそれに鷹揚に頷くと、
「この娘を適当な部屋に監禁しておけ」
「は!仰せのままに」
使用人は素早く馬車の中で寝ているロゼリーナを回収し、屋敷の中へ消えていった。
使用人と入れ替わるように2つの人影がバッカスに近づいてきた。
一人はポンコッツ夫人、そしてもう一人はポンコッツ家現当主ミズネソク・ヴァン・ポンコッツである。
二人はバッカスを叱ると思いきや……
「お帰りなさいバッカス」
「上手くやったようだな」
「ただ今戻りました。パパ、ママ」
あろうことかバッカスのやったことを容認しているのである。
そしてこの二人、バッカスが間違ってるなどとは一片たりとも思っていないのだ。
ポンコッツ夫人とミズネソクは国王とはまた違った親バカであった。
息子を溺愛しすぎ、息子のやっていることは全て正しいことだと思っているのである。
小さい頃からそうやって育てられてきたバッカスは、権力も持っていたために止める者も居なかった。
だからバッカスはどんどん自尊心が高くなり、こんな風な人間になってしまったのだった。
「はやく謹慎が解けるといいな。きっと国王様も分かってくれるさ!」
「うん、パパ。俺様頑張るよ!」
「バッカスはいい子ねぇ」
「ママ……」
今回も、レイという悪い奴が息子を陥れ第四王女を使い、謹慎にまで追い込んだのだと思い込んでいるのである。
学園長室でポンコッツ夫人が顔を青ざめさせたのは、第四王女に表立って不敬を働いたからであって、自分の息子が間違っているとは微塵も思っていないのだった。
息子は陥れられた。
つまりバッカスの両親は、原因を排除すれば息子の謹慎も解け、すべてが丸く収まるのではないかと考えているのだ。
「さあ、お前を陥れた悪い奴を歓迎する準備を始めよう!」
「そうね!そうしましょう!」
そしてバッカスの両親は再び屋敷に戻っていった。
「くくく。すべて順調だ」
堪えきれない笑いを無理やり堪え、バッカスは自分の部屋に戻るため屋敷に入った。
そこにはたくさんの冒険者や傭兵が得物の手入れをしたり、雑談をしたりしていた。
「早く来い、レイ・ヴァン・アイブリンガー」
戦いは目の前まで迫っていた。
「あれかな?」
僕ことレイ・ヴァン・アイブリンガーは手紙で指定されたポンコッツ家別荘を上空から発見した。
なるほど、その庭は公爵家の名にたがわぬほどの広さを有していた。
まあ他の公爵家がどれくらいの広さなのか知らないわけだが。
こんだけ広ければ周りを気にせず暴れられる。
しかしロゼリーナが巻き込まれるかもしれないな。
「先にロゼリーナの救出を優先するか」
僕は屋敷の玄関辺り降り立った。
そのまま扉の前まで行く。
普通だったら扉を開けて中に入るよね?
でも、中に200人もの人間が敵意を持って僕が中に入るのを待ってるんだ。
「なら問答無用!」
亜空間よりレーヴァテインを取り出し、扉を撫でるように斬った。
扉が音を立てて崩れ落ちる。
中の敵は全員が呆気にとられていた。
僕はゆっくりと中へ入る。
「皆さんこんにちは。レイ・ヴァン・アイブリンガーと申します。もう会うこともないでしょうが覚えておいてください。僕が皆さんを地獄まで案内いたしますので」
そこでようやく硬直から立ち直った冒険者と傭兵、いや、公爵軍は一斉に僕へ殺到してきた。
「殺せぇえええ!」
「死ねクソガキィ!」
「オラァアア!」
「騒がしい人達ですね。ハッ!」
僕は気合とともにレーヴァテインを一閃した。
それだけで近づいてきた公爵軍の五人の首が落ちた。
「「「……は?」」」
「隙だらけですよ?」
驚きに固まっている直線上にいた公爵軍六人の胴を走りながら凪いだ。
斬られた六人は上半身と下半身がズルズルと斜めに落ちていった。
場に静寂が訪れる。
「死にたい人からかかってきてください」
僕は笑顔で言い放った。
すると、突然玄関とは反対側の扉が開き、出っ歯の少年と公爵軍二人に取り抑えられた美しい少女が姿を現した。
もちろん、バッカスとロゼリーナである。
ただし、ロゼリーナは意識はあるが全身の力が抜け、今にも倒れそうである。
「ロゼリーナ!」
「……レイ?レイ!」
「や、やはりなかなかやるようだな、レイ・ヴァン・アイブリンガーよ!
だ、だがコイツがどうなってもいいのか?」
若干ビビって震えているバッカスはロゼリーナの首筋にナイフを突きつけた。
「チッ!」
「わ、分かったら武器を捨てろ!そうしたらコイツの命までは取らんでおいてやる」
「逃げてレイ!バッカスは即死魔道具を、きゃっ!」
ロゼリーナが喋っているのをバッカスは髪を引っ張りあげることで制した。
「黙れクソ王女!くそっ!本来なら生きたまま痛めつけてやったものを!おい何をしている!さっさとその黒い剣を下ろせ!」
どうやらバッカスは相手を即死させる魔道具を所持しているようだ。
それを聞いた僕は―――、
レーヴァテインを床に放り投げた。
それを見たバッカスはニヤリと笑みを浮かべた。
すっかり余裕を取り戻したバッカスは周りの公爵軍に告げた。
「そいつを取り押さえろ!」
「「「ウォオオオオ!」」」
公爵軍に殴られ蹴られそして僕は地面に押し倒され、ついに取り押さえられた。
「レイ!逃げて!」
「くくく!」
バッカスは僕に近づき、懐から禍々しい黒い宝玉を取り出した。
どうやらあれが即死効果付きの魔道具らしい。
バッカスは宝玉に魔力を込め、それを僕の目の前へと持ってきた。
「貴様が死んだら、俺様がたっぷりと第四王女を可愛がってやるから安心して、死ね!」
宝玉が耳をつんざくような音とともに割れ、中から闇が溢れだした。
即座に僕を拘束していた公爵軍が、僕から距離をとる。
その闇は僕を瞬く間に包み込んだ。
「レイィィイイイイ!!」
「ふはははははは!」
ロゼリーナの悲鳴とバッカスの高笑いが聞こえてくる。
さて、
そろそろいいかな?
「もう終わりかい?」
僕は即座に闇を霧散させる。
「レ……イ……?」
「な、なぜだ!?即死効果だぞ!なぜ生きている!」
「まさか即死効果付きの魔道具を使ってくるとは思わなかったよ。でも残念、」
僕は縮地を使い、取り押さえている手が緩んでいるうちにロゼリーナをお姫様だっこした状態で元の場所に戻る。
バッカスに背を向けたまま目線だけをバッカスに向け、
「僕に即死は効かないんだよ」
僕はゆっくりとロゼリーナを下ろし、念のため回復魔法をかけておいた。
ロゼリーナは僕を見上げると、心配そうな、不安そうな目を向けてきた。
「レイ」
「大丈夫。すぐ終わらせるからここで待ってて」
パチッとウィンクをすると、少しだけロゼリーナの顔が赤くなった。
僕は立ち上がり、亜空間から修理した『守護者の剣』を取り出し、ロゼリーナを守るように指示をした。
そしてバッカスの方を向くと、バッカスと公爵軍全員がビクッと肩を震わせた。
バッカスがいきなり大声を出す。
「な、なんであんなに殴られてたのに無傷なんだ!おかしいだろ!」
「殴られた?ああ、あれは殴ってるつもりだったのか。風が吹いただけかと思ったよ」
「貴様!」
「いいかい、殴るっていうのはね―――」
僕はバッカスの前に転移し、拳を固め、鳩尾めがけて振り抜いた。
「こうやってやるんだよ」
「グゲェッ!?」
バッカスは吐血しながら吹き飛び、自分がロゼリーナと出てきた扉の前でようやく止まった。
うん、殺してはいないはず!
……たぶん。
まあ気を取直してもう一度、
「ハッ!」
「ぐはっ!」
「うわぁあああ!」
手近にいた呆けている傭兵を蹴り飛ばす。
首が音を立てて折れ、間違いなく殺した手応えが返ってくる。
吹っ飛んでいった方向に、冒険者がいて慌てて避けるが、その先には既に僕がいる。
「せやっ!」
「グォェ!」
冒険者は僕の拳を受けたせいで腹に穴が開き、床でのたうち回る。
僕はそれを容赦なく踏み潰し、殺してから公爵軍全員を睨みつける。
「お前ら、楽に死ねると思うなよ?」
と、そこでバッカスが転がっている所の扉が開き、二人の人影が姿を現した。
二人は目の前に倒れているバッカスへ駆けつける。
「バッカス!?」
「あなた!バッカスが、バッカスが血を吐いているわ!」
「なんてことを……貴様!剣聖の息子がどうしてこんなことを!」
どうやら出っ歯のおじさんがバッカスの父親らしい。
本気でバッカスは悪くないと思っているようだ。
「はぁ~知らないのか。バッカス、君はどこまでも愚かな男だね」
吐血して気絶しているバッカスに哀れんだ目を向ける僕に、ポンコッツ公爵は憤慨した。
「何をやっているお前達!早くその愚か者を捕らえんか!」
はぁ。無知とは残酷なものだなぁ。
僕は転移で公爵と公爵夫人の背後に移動し、二人の首に手刀をおとした。
たまらず膝から崩れ落ちる公爵と公爵夫人。
「邪魔者はこれで消えたね。さて、続きを始めようか」
「い、いやだ!」
「死にたくない!」
「た、助けてくれぇええ!」
公爵がやられると、公爵についていた冒険者や傭兵は僕から逃げるために出口へ殺到した。
しかし、その方向には守護者の剣に守られたロゼリーナがいるわけで、
守護者の剣は出口に向かう全ての者を敵と判断し、スパスパと豆腐を切るように斬殺していった。
「うわぁああああ!」
「ぎゃあああああ!」
悲鳴が飛び交う中、僕は悠然と氷の最上級魔法を唱えた。
前にも後ろにも行けない冒険者や傭兵達はその顔を絶望に歪めた。
悟ったのだ。
ああ、今日自分はここで死ぬのだ、と。
そして、
『絶対零度』
一面に氷の世界が広がった。
僕はロゼリーナをお姫様抱っこし、空を飛んでいた。
あの後、念話で学園長を呼び寄せた僕は、バッカスからの手紙を見せながら事情を説明し、事後処理を押しつ……もとい頼んだのだ。
しかし、時間も時間だったため今日のところは一旦解散となったのだ。
詳しい話はまた後日ということだ。
学園長いわく、ポンコッツ家は事情聴取を受けた後、まず間違いなく処刑されるとのこと。
それが今日分かったということでよしとしよう。
そして僕は今、ロゼリーナを王城まで送り届けている最中なのだ。
誘拐された後にまた誘拐、などということにさせないためだ。
しかし、先程から飛んでいるのが怖いのか、ロゼリーナがきつく抱きしめてくるせいで色々と幸せな感触が当たっていたりするのだ。
ま、役得だと思えばいっか。
「ロゼリーナ、怖いのか?」
「こ、怖くなんてありませんわ!」
そういって首元に顔をうずめられても説得力がないぞ?
可愛いから許すが。
ここで、王城の前までたどり着いた。
僕は静かに城門の前に降り立つと、ロゼリーナを慎重に地面へおろした。
「さあロゼリーナ、着いたよ」
未だに僕の首筋に顔をうずめているロゼリーナに言う。
ロゼリーナは静かに顔を上げ、
「レイ」
「ん?」
僕の名前を呼んできた。
とりあえず返事をし、ロゼリーナと目を合わせる。
するとロゼリーナは何を思ったのか、僕の後頭部をガッチリとホールドし、自分の顔を近づけてきた。
ってまさかこれって!?
「むぐ!?」
「っん!」
気づいた時にはもう遅かった。
唇と唇が重なる……そう、ロゼリーナはキスをしてきたのだ。
しばらく経つと、ロゼリーナ静かに僕を離し、
「ありがとう!」
と言って王城に消えていった。
僕はしばらく呆気にとられていると、ようやく立ち直り、
「こちらこそありがとうございました」
とロゼリーナが居るであろう王城に一礼してから飛び立った。
こうして、バッカスとの決着はついたのだった。
その夜、学生寮内で僕は悩んでいた。
「お姉ちゃんへどう説明しよう?」
そして最後に僕が辿りついた答えは……、
「よし、黙っていよう!」
その後きっちりと空間魔法によりお姉ちゃんへ手紙を送った僕はぐっすりと眠ったのだった。




