結局貴様らは何がしたくて俺の元にやってきたのだ?
異世界にも太陽と似た役割を果たす星は存在する。朝は東から顔を出し、昼間に世界を照らしたのち、夕暮れに合わせて西へと沈んでゆく。それは地球における一日のサイクルと変わらず、異世界人たちも二十四時間を一日として生活している。
そして、陽がやや西に傾きかけた頃。
「ああ、そこの珍しい服を着たお方! 先ほどは村を救っていただきありがとうございました! お望みとあらば、私たちにできることなら何でもさせていただきます!!」
「ありがとう、変な服着てるお兄ちゃん! また僕たちが危ない目に遭ってたら助けてね!」
「すごいですよ、そこのやたらと白い服を着てるアナタ様! まさか私たちが駆けつける前に一人で邪龍を倒しちゃうなんて!」
珍しい変な白い服を着てる男──薬師寺計助は、大勢の異世界人たちに取り囲まれていた。
集落に住まう老若男女、数百人。そして、住民からのSOSを聞きつけてやってきた、国の主要人物たち。身分が違う彼らではあるが、皆同様に『一人でドラゴンを瞬殺した謎の男』に興味深々のようである。
「……とりあえず、言いたいことが山ほどある」
人生をほぼ個人プレイで過ごしてきた計助、異世界人たちの距離感を露骨に嫌がりながら、気だるげに口を開く。
「まず、この唐突に空から降って来た紙切れは一体なんなんだ?」
群がっている人間たちから一旦視線を逸らし、計助が自分の手元に目線を移す。長い間炎の中に居たこともあり、びっしょりと汗ばんだその手には、一切れの手紙が握られている。
「なんなんだコレは。新手の怪文書か何かか?」
実は理系的に邪龍を倒した後、計助の手元には天界から、こんな手紙がヒラヒラと降ってきていた。
『ありがたい女神様による異世界チュートリアルはこれでおしまいです。私が干渉し過ぎるのはよくないので、これからは私の助言抜きで頑張ってください。なお今後も監視しつつ時々テレパシーは飛ばすので、その時は応答するように。あ、あと〝解析〟は対象の物体を舌で舐めると更に詳しい情報が得られるので上手く使ってください。By.偉大なる女神セレン
P.S.別に正論が怖くて計助と距離を置きたくなったとか、そういうわけではありません』
以上が、天界から計助に届いた手紙の内容である。セレンは大惨事を解決したと見るや、雑に異世界へ紙切れを投下すると、計助とのテレパシー回線をそそくさと切断したのであった。
「やれやれまったく。相変わらず仕事がお粗末な女神だ。だがまあ、能力を手にした今となっては、脳内でキンキン喋られても頭痛の元凶にしかならん。黙ってくれる分、むしろありがたいか」
計助の声自体は丸聞こえのセレン、天界でひっそりと傷つく。
「で、次の問題はいきなり飛んできた貴様らの方だ。そこの大勢の女子供は集落の住民だというのは把握している。だが、貴様らは何者なのだ?」
手紙を乱雑に白衣の胸ポケットへ突っ込むと、計助は自分を取り囲む人間のうち、ド派手な格好をしている四人衆に目を向けた。邪龍を倒した直後、突然村へやってきた者たちである。
「ん? お兄ちゃん、なんでまたピカンピカン光ってるの?」
「気にするな少年。特に意味は無い」
なお、相手の素性を見極めるために〝解析〟はガッツリ発動中である。
「……いや、アンタこそ何者なのよ。ていうかアタシ、まだアンタが邪龍を倒したって信じてるわけじゃないからね?」
すると、先陣を切って口を開いたのは、国王直属の戦士、クロム・リードであった。
澄み渡るような藍色の瞳、サラリと背中まで伸びた金髪。そして腹部を大胆に露出した軽装が特徴的な、美しい少女である。
また、転生直後に計助が初めて出会った異世界人でもある。
「ああ。そういえば貴様だけは一度だけ顔を会わせたことがあるな。誰かと思えば、邪龍相手にも為す術もなくボロボロにやられていた女ではないか」
「う、うるさいわねっ! あ、あの時は、本調子じゃなかったのよっ!!」
「フン、〝解析〟がある俺に嘘は通用せんぞ。貴様、血圧も心拍数も健康体そのものではないか。それを本調子と言わずして他に何と言う? 見苦しい言い訳はやめておくんだな」
「ああっ、うるさいうるさいっ! やっぱアタシ、アンタが邪龍を倒しただなんて、ぜっったい認めない!!」
実りの乏しい胸の前で腕を組み、「フンっ!」と計助を睨みつけるクロム。どうも『再会した男が邪龍を倒していた』という現実を受け入れておらず、かたくなに計助の実力を認める気が無い様子だ。計助フィーバーとも言わんばかりの雰囲気の中で一人、否定的な態度を取り続けていた。
「はぁ。クロムったら、何言ってるんです? 状況的にどう考えたって、そこにいらっしゃる殿方が邪龍を倒したに決まってるじゃないですか。やれやれ、これだから身体強化魔法しか取り柄が無い脳筋貧乳は。属性盛る前に脳味噌の容量盛った方がいいんじゃないんですか?」
次いで、そんなクロムを煽るように背丈の低い少女──ウラン・テルルが口を開く。
この世界において最も魔法に詳しく、『賢人』と呼ばれる存在。それがウランであった。漆黒のドレスを身に纏い、エメラルドの髪と瞳を光らせるその姿は、どこか昔話の魔女を彷彿とさせている。
「だれが脳筋だっつの! 大体、属性過多なのはアンタの方でしょうが! あざとくケモ耳ピョコピョコさせてんじゃないわよ!」
「ふっふん。耳とシッポは私のチャームポイントです。あざとかろうが、脳筋貧乳金髪女よりはカワイイのでオールオッケーです」
「キツネのような耳と尾……貴様、獣の血が少々混じっているようだな? 明らかに普通の人間ではない」
相も変わらずメガネを光らせたまま、ヤイヤイ言い合う二人を見つめる計助。どうやらウランの身体的特徴を見つけたようだ。
「はい! 私、獣人族ですので! この世で最もチャーミングな種族ですので!」
「ええい、いきなりシッポを振りまわしながら近づくんじゃない。うっとおしい」
クロムとは対照的に、計助との距離を急速に縮めるウラン。まるで懐いた飼い犬のように、シッポをブンブン振り回している。
感情がダイレクトに伝わる耳とシッポを持つ。ウランは獣人族と呼ばれる種族であった。
「ふん。でもアタシ、知ってるわよ? チャーミングだのなんだの言ってるけど、ウランが見た目の割りに結婚焦るくらいの歳になってるってこと。年増のケモ耳は結構キツくないかしら?」
「おい、筋肉ペッタンコ。私、攻撃系の魔法以外は基本なんでも使えますからね? その貧相な胸がもっとペッタンコになるような魔法をかけることだってできるんですからね? 口には気を付けた方がいいですよ?」
「うっさいわね、ケモ耳ロリババア。言っとくけどアタシ、身体強化系の魔法に関しては誰にも負けないんだからね? その無駄にデカい耳引きちぎることだってできるんだからね? そっちこそ口には気をつけた方がいいんじゃないかしら?」
まるでバチバチ火花を散らすかのごとく睨み合いを続ける、クロムとウラン。
この二人、ただ仲が悪いと言うだけでなく、絶望的に相性が悪いようである。
「はぁ。クロムもウランも何やってんのよ。集落の人たちも見てるのよ? 喧嘩は他所でやってちょうだいな」
続いて、言い合いを止めない二人に呆れるように、銀髪の麗人が溜息をつく。
「ナーハッハ! ま、喧嘩するほどなんとやらって言うじゃねぇか。好きにさせたらいいだろ」
すると、それをなだめるように茶髪の大男が麗人の肩を叩いた。
西洋の武装を思わせる鎧を身に纏う、奇抜な容姿の男女。二人は異世界・ランタノイド王国の魔法兵隊を率いる隊長であった。魔法兵隊とは文字通り魔法を駆使して国の平和を守る兵士たちであり、火炎魔法に特化した部隊は火炎魔法隊、同じく水魔法に特化した部隊は水魔法兵隊と呼ばれている。
麗人は水魔法兵隊長、スズ・セシウム。大男は火炎魔法隊長、ラドン・ハッシウムだ。
「〝解析〟によると……貴様らも、普通の人間ではないようだな?」
またもや異能により、スズとラドンの身体的特徴を見抜く計助。某女神からハズレ認定されている〝解析〟ではあるが、なんだかんだでフル活用している。
「あ、私ですか? まあ私、一応エルフなので……えと、それ以外はそこの喧嘩してる二人ほど特徴は無いんですけど……はい、水魔法兵隊長なのに地味ですいません……」
計助から視線を向けられ、なぜか落ち込むように俯く水魔法兵隊長・スズ。周囲に強烈な二人が居るからだろうか。尖った耳を持つ美しいエルフではあるが、自分のことを地味だと思い込んでいるらしい。
「ん? オレが普通の人間じゃない、だって? おいおい、冗談キツイぜ白い兄ちゃん! 火炎魔法隊長、ラドン・ハッシウムは正真正銘人間さ。オレは獣人族のウランや、エルフのスズみたいにイカした耳があるわけでもないぞ?」
「黙れ大男。貴様が普通の人間だと? 二メートル五十センチもある人間が何を言っている」
異世界でたびたび異能の使用を繰り返してきたが、ここにきて計助は最大の衝撃を受けていた。見た目から完全に規格外な体格のラドンではあるが、実際に〝解析〟で身長を測定すると、なんと二五〇センチだったのである。ほぼほぼ身長のギネス記録と同じ背丈だ。
……と、いった具合に。以上、国の主要人物四人と対面を果たした結果、計助の眼前には何とも混沌とした光景が広がっていた。
「若いからって良い気になってんじゃねぇですよ、この脳筋金髪! 略してノーキンパツ!!」
「そっちこそ良い歳してるクセに会うたびアタシにケンカ吹っ掛けてきてんじゃないわよ、この老害ケモ耳! ローケモ!!」
「あの、私、一番の水魔法使いなんですけどね。エルフの中では結構優秀な方なんですけどね。でも、地味なんですかね。そこの三人ほど有名人ではないんですよね」
「ナーハッハッハ! ガハハハハハハハ!!」
ノンストップで喧嘩を続けるパワー系金髪少女と、頭脳系ケモ耳女。やたらと自虐的な銀髪女エルフに、箸が転がるだけでナハナハ笑う豪傑男。……ただでさえ転生したばかりで苦労しているというのに、そんな会話するだけで疲れそうな異世界人たちと、計助は出会ってしまったのだ。
「おい、やかましいぞ貴様ら。結局貴様らは何がしたくて俺の元にやってきたのだ? 俺を放置して好き放題喋る前に、まず最低限の説明をしろ」
この偏屈理系男も含め、集った人物はイロモノばかり。
果たして、そんな彼らが『厄災』を解決できるほどの〝化学反応〟を起こせるのだろうか。
「あはははは! お兄ちゃんたちおもしろーい!!」
異世界は既に、日没寸前。
迫る危機とは裏腹に、集落の雰囲気は緩み切っていた。




