化学反応を利用したドラゴン討伐法の提案
『え? アンタ、今、何を……?』
驚嘆混じりに、セレンが計助に問いかける。
「なんだ、見て分からんのか。邪龍の眼球付近にメガネを投げつけ、光らせた。結果、驚いた邪龍が攻撃を外した。以上だ。なにも難しいことはなかろう」
『いや、だから! 私が聞きたいのは、なんで、たったそれだけで邪龍が攻撃を外したのかってことよ!!』
セレンの言い分は、もっともである。いくら異能発動時にメガネが光るとはいえ、それは邪龍に衝撃を与えるほどの強い光ではない。事実、一度目に計助のメガネが光る様子を見ても邪龍に目立った反応は見られなかった。ただ目の前でメガネを光らせるだけでは、到底ファイアブレスを外すとは考えられない。
「フン。相手が勝手に攻撃を外す理由など、目に何らかの異常が起きたこと以外考えられんだろう。そんなことも分からんのか貴様は」
『……へ?』
素っ頓狂な声を上げつつ、セレンはなんとなしに邪龍の様子を伺ってみる。
「Guo……aa……!」
『え? アイツ、目を抑えて苦しがってる……?』
セレンが気づかぬうちに、邪龍は地上に降り立ち、翼で目を覆っていた。まるで大きなダメージを負ったかのように、悲痛な呻き声をあげている。
『これは一体、どういう……?』
「なに。どんな強者にも、弱点はあるというだけの話だ。それはヤツも例外ではない。俺は〝解析〟を通じて、邪龍の弱点の一つが『眼』であると判断したまでだ」
邪龍の足元付近にメガネが落ちていることを確認すると、計助はツカツカと歩み寄り、それを拾い上げる。
「ほう。メガネが壊れることも覚悟していたが、多少レンズに傷が入っただけのようだな。幸運だった」
『ちょ、ちょっと! いくら邪龍が目にダメージ喰らってるからって、そんな無防備に近づいたら危険よ! 離れなさいってば!』
「案ずるな。しばらくコイツの視界は元に戻らん。背中から近づけば問題なかろう。いくら邪龍とて、よもや真後ろに火を吹くことはできまい」
傷入りのメガネを掛けながら、計助は淡々と言葉を紡ぎ続ける。
「邪龍の身体を解析した結果、コイツの眼がネコやイヌ……すなわち、夜行性の動物と完全に一致することが判明した。つまり、邪龍の眼は光の点滅に滅法弱いのだ」
夜行性動物の目は、光を過剰に集める性質を持っている。それゆえ、光が少ない夜でもなんら支障なく活動することを可能にしている。
だが一方で、光を目に集めすぎるからこその弱点もある。
「ペットのネコやイヌなんかは、至近距離で写真撮影のフラッシュを直接見ると失明することもある。ならば、同じ目を持つ邪龍に同じ現象が起きるのは自明の理。俺は〝解析〟発動時に発生する光をフラッシュ代わりに使い、邪龍の視覚を破壊したのだ」
『だ、だから、しばらく邪龍の視界は元に戻らないってこと……?』
「そういうことだ。メガネを投げつけたのも、出来る限りヤツの眼球に光を集めるため。光源とヤツの距離が離れていては、眼を壊すとまではいかんからな」
『アンタ、あの短時間で、そこまで考えて……?』
セレンが驚くのも、無理はない。
一見すると、それは『メガネを放り投げる』という簡単な行為。しかし、この理系男は己の生物学の知識と思考力をフル活用した末、その単純な行為で邪龍の動きを止めてみせたのだ。
「光るだけのメガネだから役に立たない。分かるだけの能力なんて使えない。……フン、そんなものは思考を放棄した愚か者の先入観だ。ガラクタに見える物も、使い方次第で輝くことができる。確かな知識で論理を構築すれば、どんなガラクタもダイヤモンドに変えられるのだ」
『いやアンタ、何食ったら〝解析〟で弱点看破と目くらましの合わせ技をやろうだなんて思いつくのよ』
「なに、別に驚くことでもなかろう。ただ生物学の知識を応用しただけだ。普通に朝夕晩三食摂って理科の勉強をしていれば誰にでも思いつく」
『計助、アンタ……ただ正論で殴りつけてくるだけのⅮⅤ男じゃなかったのね……』
「生憎だが世迷い言を口にしている暇は無いぞ、ⅮV被害者。まだ勝利条件は満たされていない」
敵の動きを止めても、なお計助に油断は見られない。再び〝解析〟を発動させつつ、視界が戻らずにのたうちまわっている邪龍の背中を一心に見つめる。
『ん? なんでまたメガネ光らせてんのよ。ソイツしばらく動けないんでしょ? これ以上火が広がることもないんだし、あとは王国の魔法兵が来るの待っときなさいよ。多分そろそろ来るはずだから』
魔法兵。国王直属の配下であり、強力な魔法を駆使する兵士たちのことである。彼らの役割は様々だが、基本的には現世でいう自衛隊のような役目を果たすことが多い。
「フン、いつまで経っても救助に来ない兵隊など信用できるか。どこの馬の骨とも分からん魔法使いを頼るくらいなら、俺の手で直接コイツの息の根を止めた方が良いだろう。来るかも分からん兵を待っている間にコイツが復活して、またボーボー火を吹かれてはたまらんからな」
『……へ? 邪龍にトドメを刺すの? 今、ここで?』
「ああ、そうだ」
『計助が? 直接?』
「だから、そう言っているだろう。貴様、頭に加えて耳まで悪くなったのか?」
『いや、普通に聞こえてるっつの! つか、頭も耳も悪くないし!!』
頭に関してはともかく、女神は非常に耳が良い。なのでもちろん、セレンは計助の言葉を一字一句聞き逃してはいなかった。
問題は、
『いや、なんの力も無いアンタが、どうやって倒すのよ?』
ということである。
「なんの力も無いとは、また随分と失礼な女神だな。俺には知識がある。『知は力なり』と言うだろう。だから、俺にも力はある」
邪龍の背後から動かぬまま言うと、計助はおもむろにポケットから小瓶を取り出した。
『それは……食塩?』
「ああ、そうだ。転生特典という点以外では特に何の変哲もない、ただの塩だな」
『え、なに? 悪霊退散ならぬ邪龍退散? 盛り塩でもするの?』
「そんな非論理的な手段は使わん。そもそも俺は仏教徒でもない」
シャカシャカと食塩の小瓶を振りつつ、計助は狙いを定めるように邪龍の背中、その中心部を見つめる。
「一度目の〝解析〟で分かったことは、主に二つだ。一つは、邪龍が夜行性の眼を持つこと。そして、もう一つは邪龍の鱗が半透膜で出来ている、ということだ」
『ハントーマク? あー、なんか、そんなこと言ってたような気もするけど……でも、それがなんなの?』
「加えて、まあ、この半透膜というのが、また珍妙な性質を持っていてな。この膜は『水溶液の濃度を一定に保とうとする』という性質があるのだ。これは浸透圧がはたらくことによって起きる現象でな。俺はこの事実から、『邪龍の動きを止めることさえできれば勝利できる』と確信した」
『え? ちょ、ちょっと? なに言ってるか全くわかんないんだけど? 文系でも分かるように説明してほしいんだけど?』
「まあ、どこぞの女神も『論より証拠、百聞は一見に如かず』と言っていたではないか。実際にその目で確かめた方が早いだろうさ」
天界で首を傾げるセレンをよそに、計助が小瓶のフタを開ける。
「さあ、小学生でもできる簡単な実験の時間だ。まず前提として、基本的に動物の体内は、薄い濃度の食塩水で満たされているという認識をしてもらおう。塩分や水分は足りなくてもダメだし、取り過ぎてもダメだというわけだな」
『は、はぁ。さいですか』
「さて、女神よ。ここで問題だ。半透膜は食塩水の濃度を常に均一にしようとする。ならば、そんな半透膜の皮膚で覆われている邪龍に食塩を振りかけたら、一体どうなるんだろうな?」
『え? えっと、皮膚がいきなり塩だらけになるんだから……『身体の中には薄い塩水があるけど、身体の外にはものすごい濃ゆい塩水がある』みたいになる?』
「うむ、その通りだな。身体の中は塩が少なくて、身体の外は塩が多くなる。当然のことだ」
『ん? 待って? 鱗の半透膜は濃度を均一にする……つまり『塩の濃さを身体の中と外で同じにしようとする』ってことで……ま、まさか邪龍の倒し方って……!』
「ああ、そうだとも」
すると計助は、全開の小瓶を逆さまにひっくり返し。
「邪龍は、ナメクジと全く同じ方法で倒せるのだ」
「Gyaaaaaaaa!!!!!!」
──食塩を、思いっきりドラゴンの背中に振りかけていた。
「aaaaa!! iyaaaaa!!! usoaaaaa!!!!!」
「うむ、実験結果は予想通りのようだな。どんなデカブツだろうと、皮膚がナメクジと同じ半透膜ならば塩をかければイチコロだ。ナメクジと同じように水分が体の外へ出ていき、どんどん縮んでいく。皮膚の濃ゆい塩水を薄くするために、な」
『え……? ええ……? えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?』
つんざくような悲鳴と共に、およそ数十メートルの巨体が急速に縮小していく。大空をはばていた艶やかな黒翼も、幾度となく炎の息吹を繰り出してきた頑丈な体躯も。邪龍を怪物たらしめていた何もかもが、風船の空気が抜けるようにしぼんでいく。
やがて怪物は、怪物だった何かへと変わり、集落の中心には直径数十センチほどの、球状のカタマリのような亡骸が転がっていた。
『う、うそでしょ……光るメガネ投げつけて塩ぶっかけるだけでドラゴン倒しちゃった……』
「フン。持っているだけの物に価値は無いが、その逆もまた然り、ということだ。手にある物の一つ一つは役に立たないように見えても、組み合わせて使えばどうとでもなる」
マッチ、塩、光るメガネ、そして、相手の身体が分かるだけの異能。この日、男の手元にあるものは、何もかもが『使えない』と思われるものばかりだった。
しかし女神からの激励もあり、理系男は考えに考え抜いた。〝解析〟で見抜いた身体的特徴を弱点として捉え、その知識で対策を講じてみせた。
邪龍の皮膚は半透膜。ならば、ナメクジの皮膚と同じだ。塩をかければ倒せるだろう。
しかし、飛び回られていては塩を掛けられない。そうだ、眼がイヌやネコと同じなら、フラッシュで視覚を破壊できる。光るメガネを使って、動きを止められるのではないか──
そうして己のサイエンティストとしての知識をフル活用し、常識外れの手法で窮地を切り抜けたのだ。
「何気ないように思えるもの同士を掛け合わせて、理想の結果を生み出す。これが我々研究者の言う『化学反応』というものだ。戦えないのなら、使えるモノ全部を使って、戦わずして勝てばいい」
『……ふふ、なんだ。やっぱ、ただ口が悪いだけの男ってわけじゃないみたいね? アンタみたいなのを見たのは初めてよ。だったら、戦わずして異世界を救ってもらおうかしら?』
「今更偉そうに上から命令しても貴様の印象は変わらんからなポンコツ女神」
『ああ、もうっ! やっぱ計助って一言多い! きらい!!』
転生直後に訪れた危機を乗り越え、リラックスした心持ちで問答を続ける女神と転生者。幾度のファイアブレスによって燃え盛っていた炎は邪龍の命と連動するように消え去り、壊滅寸前のところで人々はどうにか絶体絶命のピンチを脱した。
しかし……それは、この異世界英雄譚の、ほんの始まりに過ぎなかったのである。
「クロムに言われて私の兵を引き連れてきましたが、邪龍の姿が消えている? まさか、あなたがやったのかしら……?」
──ランタノイド王国、水魔法兵隊長、スズ・セシウム。
「ナーハッハ! 一人でやったってんなら、とんでもねぇ魔法使いだな! うーむ、しかし、この辺りじゃ見かけない顔だな? 兄ちゃん、名前はなんて言うんだい?」
──同じく火炎魔法兵隊長、ラドン・ハッシウム。
「遠目ではありましたが、何やら妙な魔法で邪龍を討伐していた様子。私の知識に無い手法……これは興味深いです……」
──国王側近の賢人、ウラン・テルル。
「え? ホントに、アンタが、一人でやったっていうの……?」
そして──国王直属の少女戦士、クロム・リード。
一度集落から離脱したクロムが「最強種の一角とも言われる邪龍が出た」という知らせを王都に伝え、国の精鋭たちがやってきた。しかし、到着した時には既に謎の男が邪龍を討伐していた。……計助は意図せず、そんな目立ちに目立ちまくる状況を作り、国の重要人物たちと初対面を果たしてしまったのである。
果たして、計助は彼らと上手くやっていくのだろうか。
「いきなりやって来て次から次へとなんなんだ貴様らは。一人ずつ簡潔に話せ。俺は聖徳太子ではない」
はたまた、セレンのように新たなDV被害者を生み出してしまうのか──
魔法使いとサイエンティスト。今ここに、新たな〝化学反応〟が生まれようとしていた。
実験①「化学反応を利用したドラゴン討伐法の提案」<終了>




