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第1話 クルセーダー戦車との対決

 念のためにお断りしておきますが。

 これは史実を参考にした架空戦記です。

「小隊長、あの戦車は」

 部下の問いかけに対し、僕は反射的に言わざるを得なかった。

「逃げろ、この戦車ではあいつに勝てない。俺は、最後の任務を果たす」

「最後の任務」

 僕の言葉に、部下は息を呑んだ答えをする。


 僕は常々、部下に言っていた。

「いいか、僕は小隊長に過ぎない。だが、顧問教官の英陸軍の士官から、僕が言われたことがある。それは、部下が死地に赴こうとするなら、隊長は何としても部下を止めて、自分から死地に赴く覚悟を持て、ということだ。部下を死地に追いやり、隊長は平然と生き延びるようなのは、隊長失格だ。僕はその言葉通りに振舞うつもりだ。お前達が無駄死にしかねないことがあったら、僕は最後の任務として、お前達を逃がす方向で考えて行動する」


 部下は、僕が最後の任務、といった瞬間に覚ったのだ。

 僕が死ぬつもりだ、ということを。

「隊長。お供します」

 その声が聞こえた他の部下から、無線で声が入ってくる。


 僕は心から微笑んで言った。

「僕の最後の命令だ。お前らは隊長命令に従い、全力で逃げろ。この戦車、クルセーダー戦車なら、お前らは逃げ切れる筈だ」

 本当は微妙どころか、逃げ切れない可能性が高いかもしれない。

 だが、部下達を死なせるわけには行かないのだ。

 それでも、僕の部下達は中々動こうとしないので、僕は覚悟を更に固めて。


「最後の命令に従い、早く行け。この馬鹿どもが」

 僕の怒鳴り声に、弾かれた様に部下達は後方に走り出した。

 それでいい。


 僕は、部下達が操るクルセーダー戦車3両が遠ざかる音を心地よく聞いて。

「行くぞ」

「はい」

 部下3名は、僕の掛け声に応じて、地形を勘案し、待ち伏せ攻撃の準備に掛かったが。

 相手が悪すぎる。


「畜生」

 敵戦車は、76ミリ砲を積んでいるのに、こちらは旧式ということもあり、2ポンド、40ミリ砲を積んでいるに過ぎない。

 何とか榴弾を調達して、搭載しているのが救いだが、戦車相手に欲しいのは徹甲弾だ。

 

 僕の戦車の砲手は優秀で、敵戦車に初弾命中の戦果を挙げたが、敵戦車にしてみれば蚊に刺されたようなものに過ぎなかったらしい。

 逆に、発砲炎から、僕の戦車の位置が暴露されてしまった。

 情け容赦のない敵戦車複数からの反撃の砲撃が、僕の戦車に浴びせられる。

 そして、僕の戦車がそれに耐えられる訳が無く、あっという間に火を噴く。


「脱出しろ」

 僕は声を張り上げたが、その声に答える者は誰もいない。

 何しろ、僕自身の服が燃えており、部下全員が息絶えているとしか思えない惨状が見えている。


「畜生」

 僕は火傷による苦しみからか、現実から来る苦しみからか、自分でも分からない声を挙げた。

 何で、既に存在しないソ連という国の戦車、T-34戦車が中隊規模で、僕の目の前に現れたのだ。

 エジプト軍にしてみれば、僕が率いていたクルセーダー戦車小隊さえも貴重な戦車だというのに。

 それよりも遥かに質量共に上回る戦車を、何故に敵国のイスラエルは保有しているのだ。

 こんな戦車相手に、勝てる訳が無い。


「十字軍敗れるか、ユダヤ教徒、いや、イスラエルはエルサレムを占領するのか」

 僕は呻きながら言った。

 クルセーダー戦車は、十字軍に由来する名前だ。

 無神論者のソ連が作ったT-34戦車をイスラエルが採用し、クルセーダー戦車を圧倒して、エルサレムを占領するかもしれないとは、何という性質の悪い冗談みたいな現実だろうか。


 だが、僕はイスラエル軍がエルサレムを占領するかもしれない、というこの後に起こる見たくない現実を見ずに済んだのだ。

 僕が何とか戦車の外に出たのに気づいたイスラエル歩兵は、僕に銃撃を浴びせてきた。

 僕は何発も銃弾を受けた末に。

「アッラーアクバル」

 と叫んで絶命したのだ。

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