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色う焔と異界の剣士  作者: 手羽先すずめ
金色の氷結姫
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登校日


 それから一週間ほどの時が経ち。必要な手続きを終えた俺は、正式にエリーの通う学園、アークインドの生徒として在籍することになった。今現在は初登校日を迎え、白い色合いの制服で身を包み、エリーと一緒に学園に向かう馬車の中で揺られているところだ。


「はい、じゃあまた最初から」

「えー、もう良いだろ? さんざっぱら復唱しまくったじゃあないか」

「たった一週間の付け焼き刃なのよ? 魔法の基礎くらい、空で言えなくちゃあ、この先やっていけないわよ。さぁ!」

「……わかったよ」


 インクルストと戦い、勝ち残ったあの日から今日に掛けて、俺はこの世界における勉学をエリーから学んでいた。それはもう、勉強以外なにもしていないと言っても過言ではないほどに、俺は知識を頭の中に詰め込んだ。


 お陰でこの国の大雑把な歴史やら、魔法の基礎やらはおおかた頭に入っている。入っているだけで、自在に取り出せる訳じゃあないのだけれど。


「えーっと。魔法は大雑把に分類して六つの系統ある。火、水、土、風、雷に加えて、そのどれにも属さない無だ。人は基本的に一系統の魔法しか使えず、中でも無の系統は使い手が比較的少数である、と」

「うんうん」


 どうやら、此処までで記憶違いはないらしい。


「たしか、エリーの魔法系統も無だったよな? 氷の系統はないわけだし」

「そうね。けれど、べつに私は氷魔法しか使えない訳じゃあないのよ? 氷が一番使いやすいだけで」

「あれ? そうなのか?」

「えぇ、私の魔法は正式名称を〝全能オール〟と言ってね。分類としては無の系統だけれど、すべての魔法系統を使うことが出来るのよ。氷魔法は、ただの水魔法の応用に過ぎないし」

「ほえー」


 何事にも例外はあるというが、それは反則級だ。


 七大貴族の一角、エクイスト家の娘。その生まれは伊達じゃあないということか。前にも思ったことだが、エリーに護衛なんて必要ないんじゃあないのか? それとも、それに匹敵するだけの魔法を、他の七大貴族が有しているということなのか。


 ふむ、その辺のことは、後で詳しく調べる必要がありそうだな。


「はいはい、次は魔力についての――」


 その続きは、馬車の揺れが止まると同時に途絶えてしまう。


「お、着いたみたいだな。アークインド学園」

「んむー、タイミングが悪いわね。しようがない、降りましょうか。この続きはまた今度」

「また今度があるのか……楽しみでしようがないよ、本当にさ」


 皮肉交じりにそう言って、俺達は馬車から降りる。


 此処は木と鉄で造られた巨大な門扉が堂々たる存在感を放つ、アークインド学園の敷地前だ。見上げんばかりの門扉は観音開きになっており、左右に開いて登校する生徒を招き入れている。


「近くでみると、本当にデカいな。何メートルくらいあるんだ?」


 人を何人用意すれば門扉をスムーズに開閉できるのだろう。十や二十じゃあ絶対に動かないぞ、これ。いや、まぁ、魔法でどうにかこうにかするのだろうけれど。なんだか、間抜けなことを考えているな。


「おやおや、そこに居るのはエリーじゃあないか」


 遠近感が可笑しくなってしまいそうな門扉を見上げていると、どこからか親しげにエリーに話しかける声が聞こえた。同世代くらいの男子の声だ。エリーの学友かなにかだろう。そう思い、視線を門扉からそちらに移す。


「ご機嫌麗しいねぇ。また君の顔を見られて、僕はとても嬉しいよ。エリー」


 エリーの目の前に、装飾過多な改造を施した制服を身に纏う男子生徒がいた。


 改造と称してみたけれど、その制服はまるで別物だった。まず生地が違うし、デザインも違う。根本から普通の制服とは違う物だ。改造というよりかは、むしろ特注品と言ったほうが適切かも知れない。


 まるで田舎の不良だな。どこの誰だ? この男子生徒は。


「私のことをエリーと呼んで良いと言った覚えはないのだけれど? アリルド・イリアンヌ」


 アリルド・イリアンヌ?


「まったく、相も変わらず身持ちの堅いことだ。それくらい良いじゃあないか。僕達は近い将来、夫婦になるんだからさぁ」

「誰が誰と、夫婦になるですって?」


 あぁ、なるほど。こいつが諸悪の根源か。


 名前と本人の言動から、すぐに理解できた。道理で田舎の不良みたいな格好をしている訳だ。必要以上の装飾を施した制服は、自身の権威を知らしめている役割を担っている。不良が他人から嘗められないように、制服を改造して派手にするみたいに。


 そうと分かれば、話は早い。俺はイリアンヌの前にまで歩みでて、エリーを自分の背中で隠す。


「ん? なんだ、お前は。誰が僕のまえに立って良いと言った!」


 急に大声を上げて、うるさいな。


「黙りなさい、イリアンヌ。彼は私の護衛役よ、ちかくに外敵がいれば、こうするのは当たり前でしょう」


 俺の両肩に手を置いて、エリーは背後からひょっこり顔を覗かせる。


 そこから発せられる言葉は、可愛らしい仕草には似つかわしくない、辛辣な物だった。


「外敵? この僕が?」

「そうよ。私にとって貴方は外敵そのもの。それ以下はあっても、それ以上は決してない」

「心外だなぁ。そこまで言われるだなんて、僕がいったい何をしたって言うんだい? んー?」


 自分に言われた訳じゃあないが、その口調は聞いているだけで腹が立ってくる。イリアンヌがそう仕向けようと、エリーを苛立たせようとしているのなら、それは効果覿面だ。直接、言われているエリーのほうが俺の何倍も腹が立っているだろうから。


「あら、七大貴族の一角を担うイリアンヌ家の次期当主ともあろう者が、とんだ醜態を晒したわね」

「なに?」


 けれど、そんな素振りは少しも見せることなく。エリーは優雅に装い、言葉を返す。


「このままだとイリアンヌは貴方の代で没落するわよ。だって貴方、自分の行いすら明確に記憶できていないですもの。そんな貧弱な頭をしていて、イリアンヌの当主が勤まるのか、私には疑問でならないわね」

「言わせておけば……この女ッ」


 エリーの返す言葉に激怒したイリアンヌは、その場で魔法を唱えようとする。


 俺はそれを口の動きではなく、イリアンヌの周りに湧き出た何かによって認識する。それは纏わり付くように現れた、半透明の流動体だ。すでに、その正体を俺は知っている。魔法を発動する際に、必ず必要となるもの。燃料。またの名を魔力という。


 曲がりなりにもエクイストと同格の貴族だ。その魔法も強力に違いない。だから、魔法が発動する前に叩くと決め、即座に行動に移す。


 腰に差した得物の柄を掴んで抜刀し、きっさきで描いた軌道が魔力を断つ。即座に斬り裂き、そして即座に納刀する居合い斬り。それが魔法の発動を、魔力の消滅という形で妨害する。


「なっ……に? なんだ? いま何をした、お前ッ」

「さて、なんのことでしょう。さっぱり分かりませんね」


 鞘の内を走り、外に出た刃は、目で追えないほどの速度を弾き出す。普段から剣に見慣れていない者なら、認識すらさせないほどの剣速で湧き上がる魔力を断ちきった。


「ふざけるなッ。僕の魔法が掻き消えた、こんな事は有り得ないッ。お前がなにかしたんだろう!」

「自分はただ、ここに立っていただけですよ。それとも、俺がなにかするところを見たんですか?」


 イリアンヌには理解できないだろう。


 彼もまた剣に慣れない者であることに変わりない。一番近くで見ていたにも関わらず、俺が抜刀したことにさえ気が付いていない。それは例え、この刀が魔武器であると知っていても、理解できなかったことだろう。


「そんなことより、周りに目を向けてみては? みんな見ていますよ」


 怒り心頭に発していて、視野が狭くなっていたのか。イリアンヌは、はっとなって周りを見渡した。そして思い出し、理解する。ここがアークインド学園の敷地前であること。そしてこの騒ぎを聞きつけた野次馬が、周囲に集まり始めていたことを。


「くっ……お前、ただじゃあ置かないからな! その顔、覚えたぞ!」


 彼もイリアンヌ家を代表する者として、この状況から生まれる悪影響を想像できるのだろう。引き際を弁えている辺り、ただの考えなしでは無さそうだ。お陰で無駄な戦闘を避けることが出来た。流石に、登校初日に七大貴族の子息と戦いたくはない。


「ほら、散った散った! 見世物じゃあねーぞ!」


 イリアンヌが去った所で、周りにいる野次馬に言葉を投げる。門扉の前だ、ここに人集りが出来れば、必然的に通行人の邪魔になる。だから、動け動けと言葉で追い立てた。そうして人の通りが通常に戻ったところで、ほっと一息をつく。


「あれがイリアンヌか。随分とまぁ、怒りの沸点が低い奴だったな」

「それがイリアンヌ一族の特徴よ。短気で激情家、それでいて好戦的。本当に厄介極まりない連中よ。エクイストとは正反対、同じ七大貴族とは思えない粗暴っぷりだわ」


 さっきまであれだけ冷静に振る舞っていたのに、相手がいなくなると直ぐにぷんすか怒り始めた。貴族といえど人の子だ、やっぱり内心、腸が煮えくり返っていたんだな。インクルストのように、表情に出さなかっただけで。


「あと、シュウ」

「なんだ?」

「あんな奴に敬語なんて使わなくてもいいわ」


 正直、それはありがたい話だった。一々言葉を選びながら話すのは疲れるし。何よりイリアンヌの人柄が気に入らないので、許可してくれるなら喜んで敬語を止めるのだけれど。しかし、だからと言ってだ。


「いいのか? 護衛役なんだから、俺の振るまいはエリーの面子に関わることだろ?」

「いいのよ。アークインドに在籍している限り、貴族だろうが平民だろうが、生徒はみんな対等だと看做されているから。まぁ、それでもうやうやしい態度で接してくる生徒もいるけれどね。シュウにはそうなって欲しくないから」

「そう言うものかね」

「そう言うものよ」


 ふむ、ならば言葉遣いに気を遣うのは止めておこう。まぁ、流石に先生方のまえでは、礼儀は必須なのだろうけれど。これで一つ負担が減って、随分と気が楽になる。


 そうだ、気が楽になったついでに、一つエリーに訪ねておこう。


「ところで、エリー? いつまでそうしているんだ?」


 背中に張り付いて動かないんだけれど。


「ふふっ、折角だから、このまま学園の中に入りましょ」

「え? あっ、ちょっ! 急に押すなっ、転ぶだろうがっ」


 不意に背中を押され、エリーの良いようにされながら、俺は学園の巨大な門扉をくぐる。こうして生まれて初めて踏み込む学園内の一歩目は、エリーと共に踏みしめた一歩になったのだった。



 王都国立の教育機関であるアークインドは、歴史ある格式高い魔法学園だ。高名な魔法使いを幾人も輩出した、この国で最も優れた学園であると称されている。


 それほど大きな教育機関であるため、その入学試験は熾烈を極める。まず第一に魔法を自在に扱えること、これが前提条件だ。そして、その中でも頭脳や能力の優れたほんの一握りの人材、もしくは学園に対し多額の寄付をした者に限り、生徒として迎え入れられる。


 ゆえに、この学園は一部の実力者と、その他の金持ちで成り立っており。生徒の九割以上が下級から上級の貴族で占められている。庶民平民の生まれは極一部だ。


「はい。という訳で、このたび新しく仲間に加わった、シュウヤ、キリュウくんです。彼はまだ魔法を使えませんが、その類い希なる剣技をかわれ。特別にアークインドの生徒になることを許されました。まぁ、一種の特待生ですね」

「みなさん。よろしくお願いします」


 扇形の広い教室に男性教師と俺の声が響き渡ると、長机に連なるように座した生徒達が、にわかに騒がしくなる。魔法の使えない者が、学園の生徒となった。それは通常、有り得ないことであり、異例中の異例だからだ。


 エリーは軽い口調で、俺を入学させると言っていた。だが、学園の実体を知るにつれて、これが如何いかに異常なことなのかを思い知らされる。よく理事長と学園長を説得できたな、と感心するばかりだ。


 一応、魔法に取って代わるほど優れた剣技が認められ、生徒になったということになっているのだが。自分が過剰評価されているようで、物凄く落ち着かない。話を聞いた生徒達も、納得の行って無さそうな顔をしている始末だ。


 強引な力業。エリーの発言力たるやいなや凄まじい物がある。と、言ったところだ。


「彼の魔法発現は先のことであり、これから構築していく過程にあります。ですから、みなさん。キリュウくんと仲良く、共に高め合って勉学に励むようにしてください。では、キリュウくん。貴方の席はエクイストさんの隣です。席に着き次第、授業を始めましょう」


 クラス中の生徒から視線を浴びせられながら、俺はゆっくりとエリーの隣に移動する。


 まるで動物園の檻の中にいる気分だ。色んな人に見られ、観賞されている。もっとも、そこに楽しみが含まれているかと言えば、もちろんそうではないのだけれど。その視線が孕んでいるものは、妬みや嫉み、奇異が殆どだ。


「直ぐに慣れるわ。人の視線なんて」


 そんな考えを見透かしたように、エリーは言う。


 こうなることは、ある程度、予見できていたのだろう。エクイスト家の令嬢であるエリーには、人の目に晒されるということを深く理解しているから。


「そうかい」


 そう返事をして、俺は椅子へと腰掛ける。


 生徒全員が着席したことを確認した先生は、後ろを振り返って黒板に向かい、白いチョークを握る。授業は音もなく、静かに始まりを告げた。

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