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色う焔と異界の剣士  作者: 手羽先すずめ
金色の氷結姫
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魔武器


 晴れて護衛役になれた、と思っていたのも束の間。


「貴様ッ! これは一体どういう事だ!」


 いつの間にか近くまで迫っていたクインが、俺の胸ぐらを掴み上げてきた。


「どうどう。落ち着け、落ち着けって」

「これが落ち着いてなど居られるかッ! なんだ今の剣技は!」

「な、なんだかんだと言われてもだな」


 きちんと勝負に勝ったのだから、それで文句はないはずだろう。なのに、どうして胸ぐらを掴まれなくちゃあならないんだ。自分の思い通りに行かないからって、暴力に訴えかけるなんて子供以下だぞ。


 と、言いたいところだが。どうもクインの言動からして、俺の勝利に不満があるようじゃあないようだ。なにがそんなに気に食わない。俺の剣になんの疑問があると言うんだ。


「ストップ! そこまでよ、クイン! シュウから手を離して!」

「しかし!」

「しかしも何もない! 手を離しなさい! クイーラズド・ラスカナリス! 」

「……承知しました」


 しぶしぶと言った風に、クインは俺の胸ぐらから手を離す。しかし、その動作は乱暴だった。


「ですが、二三確かめさせて頂きたいことがあります。シュウ、と言ったな?」

「あぁ、そうだ――そうですけれど」


 掴まれた部分の乱れた服を正しながら、そう答える。ついでに抜けていた敬語も、ここで修正した。


「あの剣技はなんだ? 神速の三連撃に加えて、金属製のアーマーまで切り崩す技量の高さ。貴様は本当に平民の生まれなのか?」

「正真正銘、庶民平民の生まれですよ。まぁ、少しばかり剣術に特化した家系に生まれたものですから。普通の環境で育ったとは言い難いですけれど。」


 あの全てが型破りな親父に、十八年ものあいだ鍛えられてきた。それは普遍的な日常とはとても言えない。当然のような非日常だった。もっとも、これは普通で普遍的な人間による第三者の視点で、俺の生活をみた見た場合の話なのだけれど。


「剣術に特化した家系……ということは、つまり独自の剣術を確立しているはず。魔法を扱えぬからこそ、剣の道を歩んだと言うことか? この魔法社会で」


 クインは話を聞いた途端に、ぶつくさと独り言を呟き始めた。伏し目がちに目線を下げ、その表情で思案顔を作っている。それからほんの少し時間が経ち、独り言も潰えたころ。クインは地面に向かっていた視線を、俺のほうへと移す。


「ならば、問おう。先ほどの技はなんと言うものか」

「えっと」


 技名はあるにはあるのだけれど。口に出して言うのは、少しばかり恥ずかしい。


「鬼剣、三爪。それが名前です」

「……最後に一つだけ聞かせろ」


 まだあるのか。いま結構、恥ずかしい思いをしたのだけれど。


「なんです?」

「その得物は、魔武器の類いか?」

「魔武器?」


 聞き慣れない単語だ。単純に考えれば、魔の武器ということになるのだろうが。つまりは、妖刀のことを言っているのか? この名もなき刀が妖刀か否か。それが質問の内容とみて大きく外れることはない、と思われる。


 自信ないな。


「魔武器って言うのはね、シュウ」


 そんな俺の様子を見かねたのか、エリーは説明してくれようとする。


「文字通り、魔を宿した特別な武器ってことよ。それ自体に特別な能力があって、魔力消費なく永久的に効果を発揮し続けるの」

「永久磁石みたいな物?」

「んー……まぁ、極端なことを言えば、ね」


 そうか、なるほど。


「なんだ、自分でも分からないのか」

「えぇ、まぁ、恥ずかしい限りなんですけれど」


 参ったな。この刀が魔武器であるかなんてことは、俺も分からないぞ。


 気付いたら持っていた、得体の知れない刀だ。それも親父からの贈り物とくれば尚更、怪しい。そう言う意味では、曰くの一つや二つ、付いていたとしても可笑しくはないが。そんな推測だけで決めつけるのもな。


「間違いない」


 そう発言したのは、シャルナ・インクルストだった。


「斬魔。それが能力に違いない。現に、わたしの魔法は斬られて、無効化されている」

「……たしかに。私がそれを魔武器だと疑ったのは、まさにその場面を見ていたからなのだが。そう言うことなら納得も行く」


 どうやら謎は解けたみたいだ。


 しかし、魔法って物理的に斬れないものなんだな。壁や地面のような障害物に当たれば消えるのに、斬るだけでは消滅させられないのか。ふむ、これは単純に線と面の違いからくるものか。


「シュウ。その魔武器を何処で手に入れたの?」

「えーっと……」


 さて、なんて言い訳しようか。


「これは故郷を離れる際に、父親から持たされた物なんだ。たぶん、これが魔武器とは知らなかったんだろうな。俺の父親も魔法が使えなかったから」

「ふむ、なるほどな。もし父親が魔武器について知識ある者だったならば。即座にそれを売り払い、手にした金で貴族の位を買っていたことだろう。そうなっていれば、貴様はあのとき死んでいた訳だ」


 この刀がなければ、負けていたのは貴様のほうだ。


 それはそんな意図を孕んだ、遠回しな言葉だった。つくづくクインは俺のことが気に入らないらしい。真っ直ぐに意図を伝えてこない分、なおのこと性質が悪い。真っ正面から罵詈雑言を浴びせられるほうが遥かに健全だ。


「ちょっと、クイン。だからってシュウの勝ちは揺るがないんだからね。当然、認めるのよね? 私の護衛役として、シュウを」

「まぁ、致し方ございません。魔武器の恩恵はあったものの、勝ちは勝ちです。エルサナ様の護衛役として任につくことを認めましょう」


 本当に嫌味な奴だな。


「決まったのかな?」

「えぇ、そうよ。私の護衛役はシュウに決まり」

「そうか、そうか。シュウくん、おてんばな娘だが、よろしく頼むよ」

「任せて下さい」


 うんうん、とエリーの父親は頷くと、奥さんを連れて本邸へと戻っていった。


 それに続く形でクインの奴も、この場から姿を消し。この場に残ったのは、俺とエリーとインクルストのみとなる。すると、インクルストが目の前にまで歩み出て、俺と視線を合わせると小さく口を開いた。


「キミ。剣を使わなかった。どうして?」

「うん? なにを言っているんだ? 使っただろ」

「キミが斬ろうとしたのは、アーマーだけ。それ以外を斬ろうとはしなかった。わたしを、殺そうとはしなかった。だから、戦いが長引いた。本来なら、もっと早くに勝負は付いていたはず」


 なんだ、見抜かれていたのか。


 いや、当然か。刀を使わず手足だけで攻撃していれば、嫌でも分かるだろう。


「シュウが手を抜いていた、ってこと?」

「違うよ。手を抜いていたんじゃあない。ただ、殺そうとせずに、良い落とし所を探っていただけだ。お陰で危うく、片足を失いかけたけれどな」


 この刀が魔武器でなければ、俺は本当に足を切り落としていた。魔法という未知の脅威に挑戦した代償として。そう言う意味では、俺はまだまだ精進が足りない。もっと、もっと、強くならなくちゃあな。


「キミは可笑しい」

「よく言われる」


 親父のもとで強く育ちすぎたから、同年代の男子女子に、よくその言葉を浴びせられていた。だから、それはもう慣れっこだ。いまでは何を言われても、何も感じない。


「最後に、教えて。キミを殺そうとしたのに、わたしを殺さなかった理由はなに?」

「単純に、これからに差し障りがあると思ったからだ。ここで斬り殺していれば、大なり小なりわだかまりが残る。それは嫌だ。後味が悪いし、生きづらくなる。それにあんたには生きていて欲しかったんだよ」


 折角の護衛役候補なのだ。衣食住を保証されていて贅沢な話だが、俺だって休みくらいは欲しい。今のところ、俺の代わりは彼女しかいない。だから、俺の休日のため、殺すには惜しい人材だ。


 まぁ、もっとも、一番の理由はそれじゃあないけれど。たんに人を殺すという行為に、覚悟が持てないだけだ。


「屈辱」


 インクルストから返ってきた反応は、その一言だけだった。


 のちに彼女はエリーに一礼し、俺に背を向けて此処から出て行った。その屈辱の二文字にしては、表情は最後まで澄まし顔だった。たぶん、感情が表に出て来にくい性質なのだろう。腹の中でどれだけ怒っていても、表情は態度に表れないらしい。


「さて、と。うん! これで名実ともにシュウは私の護衛役になったわね」

「そうだな。俺の生活も保証されたってわけだ」

「これで入学条件はクリアしたから、あと必要なのは……制服と」

「まてまてまて、なんの話だ?」


 いま入学って言葉が聞こえたような。


「あぁ、言ってなかったわね」

「俺に言ってないこと多すぎない? ねぇ?」

「いまは休学しているけれど。私、もともと学園に通う生徒なのよ」


 聞いちゃいない。


「護衛役も決まったことだし、これを機に復学しようと思うのだけれど。シュウは生徒じゃあないから、学園の中に入れない。なら、護衛もなにもないでしょう?」

「だから、俺をその学園の生徒にしようって魂胆か。けれど、入学試験にクリアできるかどうか、なんて分からないぞ」


 数学とかならまだしも、他の教科になると確実に点が取れない。世界レベルで常識や歴史が違うのだから当然だ。国語とか、社会とか地理歴史とか。なに一つ答えられずに零点を取る、なんてことが有り得なくない。


 こう考えてみると、学業に関しては前途多難だな。


「あぁ、それは大丈夫、心配しなくてもいいわ。言ったでしょう? 入学条件はクリアしたって。私がエクイスト家の娘だってこと、忘れたの?」

「……もしかしてさ。なーんか、悪いこと考えてないか? エリー。裏口入学とか」

「ちょっと、私がそんなことする訳ないでしょ。私はエクイストの娘で、その行動には責任が伴うわ。そんな品性の問われるような真似はしません。絶対によ」

「それはそれは、たいへん失礼致しました」

「分かればよろしい」


 エリーは納得したように頷くと、中断していた話を再開する。


「私がしたのは学園の理事長と学園長に事情を説明して、特別に私の護衛を生徒として入学させるって約束して貰ったことなの。だから、シュウが私の護衛役に決まった時点で、入学条件はクリアしているのよ」

「ふーん、なるほどな。でも、いつの間にそんなことを」

「シュウが私の護衛役になってくれるって言った、その日のうちによ。善は急げって言うでしょ」


 そう言ったエリーは右手を耳元にやり、受話器のジェスチャーをする。どうやらこの世界にも電話の類いがあるようだ。


 しかし、学校か。どこに行こうと、それが例え異世界でも、学校の魔の手からは逃れられないって訳だ。まぁ、気楽にいるとしよう。俺の役目は飽くまでエリーの護衛だ。勉学にはそれほど励まなくても大丈夫だろう。


 なにはともあれ、こうして俺は正式にエリーの護衛役として認められたのだ。いまは単純に喜んでおこう。

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