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色う焔と異界の剣士  作者: 手羽先すずめ
金色の氷結姫
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選定戦


 それから暫くして、対戦相手と思しき人物がクインに連れられて現れる。その後ろにはエリーとその両親もいた。換気しておいて正解だ、臭いもだいぶ薄れている。


「そちらさんが?」


 シャルナと思しき人は濃い紺色の頭髪に、女子にしては高い背丈を持っていた。顔付きは凜々しく、大人しめ。だが、背にたずさえた身の丈ほどの大剣と、身に纏う黒に染め上がったアーマーが、その印象と真逆のイメージを訴えている。


 静かで凶悪、それが彼女の第一印象だった。


「シャルナ・インクルストだ。これが貴様と戦う相手になる」

「どうぞ、よろしく」


 そう言ってみたものの、とうの本人から返事は来ず。ただ淡々と言葉なく、彼女は広間の中央にまで躍り出る。クールビューティーという奴なのか、それとも単に無口なだけか。あるいは、そもそも俺となんか会話を交わしたくはないという意思表示なのか。


 まぁ、なんでも良いか。


「シュウ。負けたら許さないんだからね」

「はいよ。ここに来ての初陣だ、格好の良いところを見せないとな」


 エリーにそう言い残して、俺も広間の中央にまで歩み出る。そして彼女、インクルストから少し離れた位置で向かい合い。深く息を吐いて、気を整えた。


 相手は頑丈なアーマーに護られ、巨大な剣を有している。そこから彼女がとる戦法を予測するなら、手数ではなく一撃の破壊力で敵を叩き潰す、というものだろう。女子の華奢な身体からは想像も付かない、一撃必殺の剛剣使いだ。


 こう言うタイプの攻略法は――


「これよりエルサナ様の護衛役を取り決める。選定の開始だ。両者共に剣を抜け」


 思考回路は一旦ストップし、俺はクインの声に従って鞘から刀身を抜く。インクルストも同様に、背負った大剣を両手に握り締めて構えを取っている。ずっしりとした重い動きだ。威力が大きいぶん、その動作は遅鈍とみていいだろう。


「準備は良いな? それでは、始めッ」


 クインの片手が真っ直ぐ上がり、そして振り下ろされた瞬間、戦闘の火蓋は切って落とされる。そして、その直後に俺は思い知ることとなった。魔法を持つ者と、持たざる者の圧倒的な格差を。


「〝攻撃力アタック〟」


 そう魔法が唱えられた直後、目の前にインクルストが現れる。


「いっ!?」


 彼女は最初の一歩で離れていた距離を埋め、俺の眼前にまで進撃を終えていた。


 左方向から横薙ぎに振るわれる大剣。それを慌てて躱すと、後ろへと跳んで距離を取る。けれど、向こうも馬鹿じゃあない。そう易々と体勢を立て直す時間など与えてくれず。俺の後退に合わせて前進した彼女は、一定の距離を常に保ちつつ、その大剣を幾度となく振るう。


 その攻撃を凌ぎながら考えることは、すべてが異常であるということだ。


 大剣による攻撃速度がまともじゃあない。彼女は片手剣とそう変わらない剣速をもって、大剣を振るっている。人間の、ましてや女の筋力では到底不可能な芸当だ。なのに、このシャルナ・インクルストという人物は、それを涼しい顔でやってのけている。


 これが魔法による効果なのだとしたら、それはとんでもない力だ。幾年月を掛けて積み上げてきた研鑽や鍛錬を、たったの一言で詰められる。これが魔法を持つ者と、持たざる者の格差。


 まったくもって嫌になる。それを覆さなくてはならないというのだから。しかし、出来なければ、この世界で野垂れ死ぬだけだ。


「このッ」


 袈裟切りに、斜めに振り下ろされた大剣を紙一重で躱し、その刃の側面を殴打する。刀にある柄の先端部分をもって殴り付け、大剣は右側へと大きく逸れる。それによってインクルストの両腕は得物に引っ張られ。堅く閉ざされていた腹部が、がら空きとなる。


 チャンスは訪れた。けれど、彼女の反応速度や常軌を逸した動きを加味すると、その時間はあまりにも少ない。刀を構え直して一太刀を浴びせる時間はないに等しいだろう。だから、俺はもっとも原始的な攻撃手段に打って出る。


 インクルストの懐に潜り込み。全身全霊をかけた左の拳を、その黒いアーマーに突き出したのだ。全力を込めた左ストレート。それは的確に腹部を捉え、アーマーを越えて衝撃を内部に拡散させる。


 それでも威力は小さく、与えたダメージも少ない。彼女は殴られた衝撃で地面を滑るように後退したものの。その様子に苦しそうな仕草は見受けられない。変わらない澄まし顔である。


「いってぇ。素手で殴るもんじゃあねーな、アーマーってのは」


 鈍痛がじわりと現れた握り拳を解いて、払うようにひらひらさせる。


「なぜ」


 そうしていると、聞き取れるか聞き取れないかくらいのか細い声が発せられる。その出所は、もちろんインクルストからだ。


「なぜって?」

「魔法も使わず、躱した。不気味」


 自分の攻撃を躱されて、尚且なおかつ反撃まで喰らったことに驚いているってことか。よほど、甘く見られているらしい。見下されているのは知っていたが、こうも露骨だと少々、カチンとくるな。


「まぁ、最初は面食らったけれど、それだけだ。慣れっこなんだよ、その程度の速さなら」

「む」


 すっと、目が細くなる。不機嫌そうに、不快そうに、眉を顰めてにらみを利かせている。


 どうやら自分の剣にかなりの自信を持っていたらしい。彼女がいま抱いている感情を一言で表すなら、それは屈辱だ。自身の剣技や魔法を不当に低く評価され、内心、はらわたが煮えくり返っているに違いない。


 それは剣を握るモノなら、誰もが幾度となく通る道。俺も親父を相手にして、何度も屈辱を味わったものだ。


「お喋りは此処までだ。ほら、来いよ」

「……クインさんから、殺す気でやれと言われた。だから、殺す」


 会話による硬直状態はとけ、俺達は互いに地面を蹴って肉薄する。移動速度はやはり、インクルストのほうが速い。その速さに最初は驚いたが、二度目となれば話は別だ。


 その瞬間的な加速から繰り出されるのは、突きの一撃だった。一切の無駄なく直線を描く剣先に対し、俺は刀を側面に宛がうことで軌道を逸らす。そして得物同士の摩擦で火花が飛び散るなか、強引に歩みを進めて近付いていく。


「く、るな!」


 先ほどまでのか細い声とは違い。すこし大きめの声が聞こえたかと思えば、次の瞬間、俺は地面に転がっていた。二度三度と地面をバウンドし、身を何度も打ち付けながら、ようやく身体は停止する。


 吹き飛ばされたのだ。それは線ではなく、面による攻撃だった。大剣の刃ではなく、刀身の部分が団扇うちわを扇ぐようにして振るわれ。ちょうど接触するまで近付いていた俺は、押し出されるように吹っ飛ばされた。


 あの体勢から人一人を吹き飛ばすほどの剛腕、剛剣。その凄まじさを改めて認識し、這いつくばる身体を地面から引き剥がす。だが、それを終える頃には、すでにインクルストは次の行動に出ていた。


 それは跳躍である。


 地面を走る影によって、そのことに感づき、視線を上へと押し上げる。そうして目に飛び込んできたのは、鋭く尖った大剣の剣先だった。


「死ね」


 串刺しにされる。


 護衛役の選定であるという建前など、完全に無視した殺意ある行動だ。寸前のところで大剣をぴたりと止めてくれるような気配が全くしない。避けなきゃ殺される。


 そう直感的に理解して、俺は直ぐさま回避行動を取った。


 急いでその場から飛び退いて自身の安全を確保する。すると、インクルストは携えた大剣ごと墜落するように落ち。なにもない土の地面に深く刀身を食い込ませた。あれに貫かれていたかと思うと、背筋が凍る。


 だが、回避は成功した。おまけに彼女は大剣を地面から引き抜かなければならない。その動作は、紛れもない隙だ。引き抜かせはしない。俺は回避に成功したと同時に、飛び退いた距離を埋めて回し蹴りを放つ。


 これを受けるか、避けるか。どちらにしても状況は好転するはずだと思っていた。だが、魔法は何時も俺の予想を超えてくる。


「〝防御力ガード〟」


 その蹴りはなんの苦もなく絡めとられる。


 それは手や足、ましてやアーマーや大剣でもない。俺の蹴りに強制的なストップを掛けたのは、半透明な何かだ。現代人の俺には到底、理解し得ないもの。はっきりと見えない、流動的な何かが俺の足に絡み付き、身動きを封じている。


「これも……魔法って奴か」

「その通り」


 大剣は引き抜かれる。完全に、その身の全てを外気に晒した。


 インクルストの両手には大剣が握られている。片足を上げたまま身動きの取れない俺は絶好の的だろう。いよいよをもって万事休す。俺にとれる行動は二つ、生を諦めるか、足を切り落とすかだ。どちらがマシか、なんて、考えずとも分かる。俺はまだ死にたくない。


 振り上げられる大剣よりも速く、名もなき刀を振るう。刃は空を裂いて俺の足へと向かった。十八年間、連れ添ってきた足とも此処でお別れだ。そう覚悟を決めて振るった自傷だったが、けれど不自然なことが起こる。


 何かを斬った。


 刃が足に到達する前に、刀は何かを斬り裂いた。そう確信が持てるほど、しっかりとした感触が手元まで伝わったのだ。今なにを斬ったのか。それは俺の足やありふれた空気でもないのなら、残すは一つ。この半透明な流動体だ。


 これが斬れるのなら、足の拘束も解けるんじゃあないか?


 そこまで思考回路が働いた所で、俺は刀にストップをかける。刃は足を傷付けることなく、服だけを浅く裂くに止まった。


 そして刀は身を翻し、大きく袈裟斬りに流動体を断つ。すでに大剣は振るい降ろされていた。それに斬り裂かれようとした直前、俺は足の自由を取り戻し、両の足を地につける。


「そんなっ」


 足の拘束が解かれたことに驚愕したのか。それは初めて聞く、焦った声音だった。


 その焦りで剣に迷いが生じたのだろう。その大剣は鋭さを失い、だたの棒へと成り下がる。そのような物から一撃を貰うほど、俺は間抜けじゃあない。左の拳で外側に払い除けるように大剣の側面を殴りつけ、その手元から大剣を弾き飛ばす。


「〝防御力ガード〟!」

「そいつはもう利かねーよ!」


 暗幕のように現れる半透明な流動体を斬り裂いて、丸腰となったインクルストへ切り込む。無防備な、決定的な隙を突いた。彼女は金属のアーマーによって護られている。だから、少しくらい本気を出してもいいだろう。死にはしないはずだ。


「命の代わりに、そいつを貰う」


 踏み込んだ足を軸に、そこから三度、刀を振るう。


 脳のリミッターを意図的に解除し、肉体の限界を超えて繰り出す太刀筋は、一閃を終えた刹那、速くも二閃目を放ち始める。時間差を極限まで縮小した連続攻撃。獣の如き猛攻。それは鉄のアーマーを斬り裂きながら、三度に渡って繰り返され、一瞬が過ぎるうちに三閃を描き切る。


「勝負あったな」


 彼女が身に纏っていたアーマーは、今や切り崩された鉄屑と化している。


 がこんっ、という音がして、前半分を失った胴のアーマーも地面に崩れ落ちた。文字通り、いまのインクルストは丸裸だ。まぁ、これは身を護る手段がないという意味であって、彼女はきちんと服を着用している。それでも防具のしたに着るような物なので、相当な薄地のものだけれど。


「一度に……三回同時……なんて」

「同時じゃあねーよ。所詮、これは連続攻撃だ。同時には程遠い」


 というか、物理的に不可能だろう。複数回同時攻撃なんて、それこそ魔法か何かをつかえなければ、到底できることじゃあない。


「……わたしの負け」

「よし、なら俺の勝ちだ」


 突き付けていた刀を鞘に収め、護衛役の選定は終了した。俺が勝利を収めた以上、どこからも文句はでないだろう。これで食いっぱぐれなくて済む。衣食住の保証付きで、給与の未払いも有り得ない職場なんて、そうそうないからな。

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