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色う焔と異界の剣士  作者: 手羽先すずめ
銀色の聖域
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地龍


「冗談キツいぜ……」


 今まで見た中で一番でかい生き物は何か? その答えはキリンや象に他ならない。けれど、いま目の前にいるこの生き物は、この魔物はそれらを遥かに超えている。


 鋭い爪、鋭い牙、鱗の鎧、舌の鞭、丸太の腕、ギョロリと動く瞳。四つ脚で這うように立ち、ちろちろと舌を出し入れする、爬虫類。それは大蛇ではなく、蜥蜴でもなく。小さな翼の生えた龍だった。


「地龍……こんな所にッ」


 手の平の明かりに照らされたその魔物を見て、リズは切迫した声音を上げた。


 地龍という名前には聞き覚えがある。たしかこの世界に存在するドラゴンのことだ。空を飛ぶ空龍、海を泳ぐ海龍、そして地を掘る地龍。この世界にやって来て間もない頃に、エリーに教えて貰っていた。


 実際に、この目で見ることになるとは夢にも思わなかったけれど。


「いいか、目を逸らすなよ。目を合わせたまま、ゆっくりと後ろに下がれ。横穴に戻る」

「も、戻ってどうしようと言うの?」

「それは後から考える。とにかく、下がれ。今は逃げるのが先決だ」


 まともに相手をしてはいけない。する必要もない。あんな巨体といま戦えば、例え生き残っても多大な被害を被る。そうなったらお終いだ。地上に戻れる確率が格段に下がってしまう。エリー達と合流するためには、あれは戦ってはならないものだ。


「ギィアアアアアアアアアアアァァァッ!」


 しかし、それでも地龍は俺達を見逃してはくれない。


 逃げようとする俺達に対して、地龍はあらん限りの咆哮を叫び、大きく開けた口から火炎を撒き散らした。轟く声音は大地を揺らし、火炎が辺りを包み込む。それらは空間を形成する壁を崩し始め、大量の砂や岩が俺達の退路である横穴を完全に塞いでしまう。


「おいおいおいおいおいッ」

「覚悟を……決めるしかなさそうね」


 動物園の檻に投げ込まれた気分だ。檻の中には腹を空かせた肉食獣がいて退路は無し。いや、対抗手段があるだけマシか。剣と魔法でどこまでやれるか分からないが、無抵抗でやられてやるほど諦めが良い方じゃあない。


 せいぜい、足掻かせて貰うとしよう。


「さて、それじゃあまぁ、行くとするかッ」

「援護は任せて」


 その言葉を背に斬魔の刀を抜刀して、火炎で明るくなった空間の中を駆け抜ける。


 対する地龍は肉薄する俺に向かい、大口を開けて火炎を吐く。地上に生えている樹木くらいなら、一瞬で消し炭にしてしまいそうな程の熱だ。けれど、それを避けはしない。怯むことなく、爪先の向きは変えない。


「〝自分勝手な部屋(エゴイスト・ルーム)〟」


 その魔法名が耳に届いた直後、俺を燃やし尽くそうとしていた火炎は、突如として進行方向を変える。ねじ曲がるようにして逸れると、俺を無視して背後のリズのほうへと流れていく。


「リズ!」

「問題ないわ」


 火炎はリズの近くにまで接近すると、ぴたりとその動きを止める。空間に固定されたかのように、一時停止したそれは直ぐに弾けるように掻き消えた。以前、魔物の骨をへし折ったあの衝撃だ。あれで火炎も消せるのならば、リズの心配はしなくて良さそうだ。


「まずは脚一本だ。この蜥蜴とかげ野郎」


 火炎が取り除かれ、地龍の懐まで潜り込めた。後は、攻撃に移るのみ。


 駆け抜けた勢いを刃に乗せて、その丸太のように太い左の前脚を一太刀のもとに切断する。鱗を断ち、皮膚を裂いて肉を斬り、骨を切断した。その一閃を描き終わり、刀身が外気に触れる。だが、これで終わりじゃあない。


 瞬時に斬魔の刀を逆手に持ち替え、刀身をひるがえす。再び振るう別角度からの一撃は、今一度鱗や骨を斬り裂いて前脚としての機能を完全に奪う。これで機動力を削げたはずだ。


 火炎はリズが何とかしてくれる。俺は地龍の身体を少しずつ削っていけばいい。潰されないように、砕かれないように立ち回って切り崩していく。今出来る最善策は、このくらいのことだけだ。


「よし、このまま次だッ」


 これなら勝てる。これなら生き残れる。地龍との戦いに希望が見え始めた。


 けれど、現代で空想上の生き物だったドラゴンは、この程度のことでは倒れない。左前脚を切断できたことに、一先ず安堵した俺だったけれど。その安堵は一瞬にして消し飛ぶ。何故なら、斬ったはずの脚が再生し始めていたからだ。


 滝のように流れていた血液は途絶え。骨の断面から新たな骨が生えると共に、肉の体積が爆発的に増える。どこまでも異常な再生と生命力。ドラゴンが有するそれは、一度失った腕さえも完全に修復し。鱗や爪でさえも生え替わる。


「嘘だろ……くそったれがッ」


 削いだはずの機動力が復活した。先の二撃が無意味となる。


 欠損した肉体が元通りになるなんて有り得ない。そう、今日この時まで思っていたが、どうやら認識を改めなくてはならないみたいだ。腕の一本、脚の二本、三本ほどでは全く届かない。地龍の命には、到底だ。


 なら、狙うのは生命維持に必要不可欠な部分に絞られる。心臓、内臓、脳髄、延髄、ほか様々な重要箇所を順に斬って確かめる。何をどうすれば、この地龍を殺せるのかを。


「私が動きを止めてみせるわ。だから、その隙に斬り込んで」

「了解、任せた」


 そう返事をすると、すぐに地龍が地に伏した。両の前脚を強制的に引っ張られ、身体のバランスを崩したからだ。巨体が倒れた衝撃で音と振動が響くなか、俺は一時的に身動きの取れなくなった地龍へと接近した。


 べったりと地面と密着した腕を足がかりに、地龍の首元まで駆け上がる。そして眼前に広がる延髄を目がけ、斬魔の刀を大きく薙ぎ払う。刃は狂いなく地龍の急所を断ち、それだけに止まらず、首その物を刎ね飛ばした。


 身体と頭が分離した。脳がなければ、身体も復元できないはずだ。そう確信した一撃だったが、しかしそれさえも無意味に終わる。


「……不死身かよ。ドラゴンってのは」


 首を刎ねたにも関わらず、脳と身体を分離させたにも関わらず、切り落とした断面から新たな頭が生え替わる。まるで蜥蜴の尻尾のように、それが当然であるが如く、地龍は新しい頭を復元した。


「うおッ! しまった!」


 絶対に有り得ないことを目の当たりにして、呆気に取られていた。だから、地龍が体勢を立て直し、身体の上から振り落とされるまで身動きが取れなかった。地龍の進行方向にはリズがいる。このままだと押し潰されてしまう。


「リズ!」

「問題ない! 弾き返してみせるわ!」


 地龍の体当たりにも動じず、リズは真っ向から巨躯を受け止める。


 自らの魔法を展開し、大質量の衝撃を完全に受け止めてその場に固定した。そして次いで放たれる強力な弾き返しが起こり、先の体当たりをそのまま反転させたかのような衝撃が地龍を襲う。


 身体を支える四つ脚が地面から離れ、巨体は宙を舞って土壁に叩き付けられた。


「大丈夫か!?」

「えぇ、大丈夫よ。かなり魔力を使ってしまったけれど、なんとか」


 リズに駆け寄って言葉を掛けると、そう返事が返ってくる。


「それにしても硬いわね。あの地龍。私の魔法でも殆どダメージが当たられていないわ」

「剣で斬っても再生するし。打撃を与えてもダメージは無しか。辛いな」


 打開策がまるで思い浮かばない。


 首を刎ねてダメだったんだ。心臓を潰しても脳を破壊しても内臓のすべてを切り刻んでも、きっと地龍は死なない。欠損した部分やダメになった部分を再生させて、復元させて何度でも立ち上がる。


 なら、どうすればいい。


「地龍が来るわ。応戦する? それとも潔く諦める?」

「決まってるだろ。命尽きるまで抗ってやるさ。諦めを付けるには早すぎる、まだ短い人生だ」


 まだ十八歳だ。あと八十二年くらい生きる予定なのに、此処で諦めるのは早すぎる。


 俺の最期は自分の娘息子や孫ひ孫に見守れて、ゆっくりと老衰して死ぬのだ。こんな所でデカい蜥蜴に潰されて死ぬなんて最期じゃあ決して無い。だから、最期の一瞬まで諦めない。この身体が動く限り、生を諦めない。


「行くぞ」


 斬魔の刀を構えて、地面を蹴った。


 それから、どれくらいの時間が経っただろう。地龍の四肢を切断し、内臓を一つ一つ潰し、目玉を斬り裂き、顎を切り落とし、尻尾を断ち、脳天を突き刺し、背骨を折り、肋骨を切断した。けれど、それでも地龍は死なない。殺せない。


「くそっ……たれが」


 満身創痍の中、地龍は迫り来る。傷一つない姿で、悠々と止めを刺しに来ている。


 もう腕が上がらない。足が動かない。立っているのが精一杯だ。リズも体内の魔素が枯渇しかかっている。おそらく、魔法を使えるのはあと一度か二度が限界だろう。そしてそれだけの魔法で倒せるほど、地龍は脆くない。


「ハッ! だが、諦めてなんかやらねぇ」


 死という概念がすぐ近くにまで迫っている。そのことを明確に自覚しながらも、俺はそう吐き捨てた。最期の一瞬まで諦めないと決めたから、身体が思い通りに動かなくても、どれだけ絶望的な状況でも、心だけは屈さないように。


 いま地龍の大口が開かれる。あふれ出すのは、真っ赤な火炎だ。


「シュウヤさん。もう諦めているかしら?」

「いいや……まだ走馬燈には早すぎる」

「そう、それは良かった。その諦めの悪さは、報われたわよ」


 そうリズが言った直後とのことだった。


「〝天使の矢(ハートショット)〟!」


 凄まじい轟音が鳴り響き、土や岩が崩れて天井の蓋が開いた。空が顔を覗かせ、太陽の光が射してくる。そんな空から降ってくるのは雨ではなく、紅色に色づく無数の矢だ。離ればなれになったベッキーの魔法だ。


「蓋はこじ開けたッ。次はエリーの出番だ! 外すなよ!」

「誰に言ってんのよ、ベッキー!」


 岩や瓦礫に紛れてエリーとベッキーの姿が確認できる。


「〝雪化粧メイクアップ〟!」


 唱えられた魔法によって、周りにあるすべての物が、俺達を除いて凍結する。共に落下する岩や瓦礫は、互いに接し合って鎖のように凍てつき。撒き散らされた火炎は、その存在から抹消された。土壁や地面にも氷が走り、そして眼下に収めた地龍さえも、一瞬にして氷像と化す。


 けれど、まだ攻撃は終わらない。


「次、任せたわよ!」

「よっしゃ、任せなッ!」


 なおも自由落下を続けながら、ベッキーは柱のような矢を作る。その数にして十二本、それらがほぼ同時に撃ち放たれ。氷像と化した地龍を木っ端微塵に打ち砕く。その結果、衝撃で拡散した氷の破片、地龍の欠片が周囲一帯に降り注いだ。


「〝自分勝手な部屋(エゴイスト・ルーム)〟!」


 それらの欠片を一つ残らず引き寄せ、リズは一カ所に固定する。


「シュウヤさん!」


 名前が呼ばれた。


 この時点で、自身が何をすべきかは明確だ。


「〝焔変色異カラー・オブ・フレイム〟!」


 大きく息を吸い上げ、大量の魔素を体内に取り込んだ。これで体内の魔素と混ぜ合わせ、莫大な魔力を生み出せる。後はそれを全て魔法の燃料とし、欠片と化した地龍を焼き尽くすのみ。


「緋焔ッ!」


 緋色に色付いた燃え盛る焔は、空中に止められた地龍の欠片を焼き尽くし。撒き散らされた火炎にも劣らぬ火力をもって灰燼に帰す。幾ら斬っても、幾ら打撃を与えても再生し、死ななかった地龍でも、灰となっては生き返れないはずだ。


 生物として、生き返ってはならない。いくらドラゴンと言えど、世の理を覆せはしない。


「……終わった……のか?」


 吹けば飛ぶような灰となった地龍を見て、思わずそう呟いた。


「えぇ、間違いなく終わったのよ」


 リズの一言によって、全身の力が一気に抜ける。膝から崩れ落ちて、地面に倒れ込んだ。疲労につぐ疲労で、もう体力の限界だ。気力も魔素もすっからかん。すこし頑張りすぎたみたいだ。このまま眠らせて貰うとしよう。きっと許してくれるだろう。

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