地響き
Ⅰ
「ふー。さっぱりした」
女子三人の入浴タイムが終わり、俺も湯船に浸かりおわった。お陰で汗が流せたし、すっきりとした気分だ。入った後の浴槽は俺が斬魔の刀で氷を消滅させることで、自然に帰しておいた。水中の蒼焔も俺の意志ですでに掻き消している。
「シュウのお風呂も終わったことだし。見張りの順番を決めましょう」
みんなの所へ戻ると、夜間に襲ってくるかも知れない魔物の対策の話になる。
周りに魔物が沢山いる以上、全員揃っての睡眠は出来ない。必ず誰かが起きていて、魔物が近くにいないか常に見張っておかなければならないのだ。目が覚めたら魔物に食べられていました、では話にならないのだから。
「ここは公平にジャンケンと行こう。どの順番になっても恨みっこ無しってことで」
息を合わせて繰り出される石や挟みや紙。それらを何度も繰り出し合って、最終的な見張りの順番が決定する。一番がベッキー。二番が俺。三番がエリー。四番がリズだ。決めるべきことも決めたし、あとは歯を磨いて寝るだけだな。
「それじゃあベッキー。見張り、頼んだわね」
「よろしくお願いします」
「時間になったら起こしてくれ」
「はいよ。あたしに任せておきな」
もし魔物が襲ってきて、一人で対処できるならそのまま。もし数が多くで対処しきれないなら、テントの中にいる全員をたたき起こして全員で魔物に対抗する手筈になっている。まぁ、滅多なことではそんな事態にならないだろうが、念のためだ。
ベッキーに見張りを任せた俺を含めた三人は、自分のテントで睡眠を取る。もちろんテント内にベッドや布団はないので、芋虫のような寝袋での就寝だ。これが案外、暖かくて寝心地が良かったりする。
そうして眠りに落ちてからしばらくすると、テント内に入ってくる人の気配によって目を覚ます。
「おや、やっぱりシュウくんには分かるもんなんだね」
寝袋のチャックを降ろして起き上がると、視界にはベッキーの上半身が見えた。残りの下半身はテントの外側にあるのだろう。まさにテントに入ってくる途中と言った感じだ。
「そう言う風に育てられたからな。もう時間なのか?」
「そうだね。それで起こしに来たんだ」
「分かった。お疲れ様、あとは朝まで眠っててくれ。ベッキー」
ベッキーと見張りの交代するために外へと出る。見上げた空は満天の星空で、一つ大きな三日月が俺達を見下ろしていた。雲一つない、良い夜空だ。これで月明かりがもっと強く照ってくれれば、夜間でも前の進めるんだけれどな。
まぁ、その光は焚き火の光で代用するとしよう。ちょうど火が小さくなっているから、あとで木の枝を足しておこう。
「じゃあ、あとは任せたよ。おやすみ、シュウくん」
「あぁ、おやすみ」
ベッキーがテントの中に消えるのを見届けて、俺は川を背にして森の方を見る。川のほうに警戒はしなくても大丈夫だ。向こう岸から魔物が来ても、川を渡る音ですぐに気が付く。警戒の優先順位は森のほうが高い。
「さて、何事も起こらないといいが」
予め集めておいた木の枝を焚き火にくべながら、魔物の襲来に備える。
その結果から言えば、魔物の襲来はあった。森を警戒していると、案の定、茂みの中から小型の魔物が三匹ほど飛び出して来たのだ。虚を突かれたわけでもなく、もともと警戒していたので対処は容易で、すぐに三匹は仕留められた。
「よし、ちょっと試してみるか」
頭の中に浮かんだアイデアを実行すべく、仕留めたそれらを木の蔓で吊るし。血抜きを行うと共に、その死臭を森の中へと送り込んだ。魔物は死臭を嫌うみたいのだ。もちろん、それが他種族のものなら関係ないが、同種のものなら話は違う。積極的に、近寄ろうとはしなくなるらしい。
仲間の死に近付こうとしないのは、自身の死を恐れるからだ。とか、なんとか、偉い生物学者の本に書いてあった。この言葉を信じるならば、すくなくともあの魔物はもう姿を見せないだろう。気休め程度だが、すこしは気が楽になったかな。
「んー……もう、そろそろか」
それからしばらく時が経ち。月の動きを見て、そろそろ見張りの交代時間だと知る。あれ以降、魔物の襲来もなく、目立った出来事も起こっていない。吊した魔物の臭いが功を奏したのかも知れないな。
「エリー。起きてくれるか」
エリーが眠っているテントの前に行き、そう声を掛ける。中に入って身体を揺すってやれば一発で目を覚ましてくれるだろうが、流石にそんな真似は出来ない。女から男へは許されるが、男から女へは許されないのだ。
「んんんっ、ふぁっ……もう時間なの?」
「そうだけれど。大丈夫か? ちゃんと目覚めてるか? いま」
「うん……なんとかね」
寝ぼけ眼をこすりながら、エリーがテントの中から這い出てくる。
自慢のツインテールは解かれていて、真っ直ぐ降りたブロンドの髪が揺れていた。こうして見ると、普段の見慣れたエリーとかなり印象が違ってくるな。たんに見慣れていないってことなんだろうけれど。なんだか新鮮だ。
「川の水で顔を洗っておいたほうがいいかもな」
「うぇ、冷たいからヤだ」
「そのまま見張りしてると、いつか寝落ちするぞ」
「むぅ……わかったわよ」
「んじゃ、俺はまた寝るから、おやすみ」
「うん。おやすみ、シュウ」
相変わらずエリーは朝が弱いみたいだった。今が朝かどうかと言われれば、たぶん夜だけれど。そうだな、じゃあ寝起きに意識がぼやっとしている、とでも言っておこうか。
そんな事を考えつつ、おぼつかない足取りで川へと向かうエリーを見送り。その後ろ姿を最後に見届けて、俺は再びテントの中へと戻った。あとしばらくは眠れるから、しっかりと睡眠を取っておこう。
Ⅱ
時刻は、太陽が顔を覗かせ始めた頃だ。普段と変わらない時間に目覚めた俺は、寝袋のチャックを静かに降ろして起き上がった。
快眠とは言えない眠りだったが、おおかたの睡魔は撃退できた。このまま二度寝をしても良いと思える気分だが、しかし朝は剣の稽古をすると決めている。それは例えサバイバル中でも欠かすことのできない日課だ。
「この時間だと、見張りはリズか」
独り言を呟きつつ、テントの入り口を開いて外に出る。白んだ空と澄んだ空気がお出迎えだ。すこし肌寒いくらいだが、清々しい朝である。
冷たい空気の中、まずは斬魔の刀を腰に差し。身体中を大きく伸ばして、硬直をほぐしにかかる。寝袋は持ち運びが便利だが、代わりに身体の自由が制限されるのが痛いところだ。寝返りが思うように行かないと、身体が固まってしまう。寝心地はいいんだけれどな。
「おはよう、シュウヤさん。朝が早いのね。」
と、準備体操のように身体をほぐしていると、見張りをしていたリズが俺を発見する。
「おはよう、リズ。いつもこの時間に起きてるから、習慣で目が覚めるんだ」
「そう、普段から早起きなのね」
そんな会話があって、川の冷たい水で顔を洗い、ついでに済ますべきことを済ましておく。そうして一通り必要なことを終えたのち、リズの見張りの邪魔にならない位置まで移動して、俺は斬魔の刀を抜刀する。
「あら、なにをしているのかしら? 敵?」
「いや、そうじゃあなくて、今から剣の稽古をするんだ。誤解させて悪かったな」
「そう、それなら良いけれど……もし良ければ、すこし見学してもいいかしら?」
「見学? うん、まぁ、それは別に構わないけれど。見張りもきちんとやってくれよ?」
「それはもちろん」
誰かに見られながらの剣の稽古は、もうすでに慣れている。エリーが外出禁止になっていた時にも見られていたし。インクルストに剣を教え始めてからは毎日のようにだ。初めは見られることに慣れていなかったけれど、今では平気だ。
リズの視線に気を取られることなく、一心不乱に剣を振るうことしばらく。時刻は昨日の段階で定めていた起床時間となり、テントの中からエリーとベッキーが起きてくる。ベッキーは朝が平気なのか、ぴんぴんしている。対するエリーは、またしても意識がぼーっとしているようだ。
「この辺が終わり時かな。見張りお疲れ様、リズ」
「えぇ、ありがとう。シュウヤさん」
二人と合流して朝食の準備をし始める。こたびの料理はあっさりとした魚である。
初めは昨日の魔物を朝食にしようとしたのだけれど。女子三人が朝から肉はちょっと、と言い始めたので急遽変更した。よって、リズの魔法で川の魚を引き寄せてもらい、焼き魚とあいなった。
まぁ、たしかに朝から肉は、食べられなくもないがキツいものがある。肉食獣の権化たるアレックスならまだしもだ。
「魔物の肉は昼か夜まで持ち越しだな」
劣化が心配なので、エリーに言って冷凍してもらおう。そうすれば少なくとも今日の夜までは持つはずだ。味が落ちてしまうのが難点だけれど、それは仕様がないと割り切るとしよう。
「腹ごしらえもしたことだし、今日も一日頑張ろう」
後片付けをして、焚き火の焔もしっかりと消し。俺達は出来るだけ元あった自然な状態に場を戻すと、また川を進むべき道の目印として先を急ぐ。
目的地までの道のりを踏みしめて、俺達は着々と森の中にあるルートを進んでいく。順調に、順調に、歩いた距離は伸び、時間は進んでいく。けれど、万事が全て上手く行くとは限らない。
それは森の中を進み始めてから四日目のことだった。
「シュウ! アリムフェリア!」
「エリー! これ以上、進むなッ」
川沿いを離れて、草木を掻き分けながら進んでいる途中のことだ。
唐突に鳴り響く地響きと共に地面が割れ。ぽっかりと空いた大きな穴に、俺とリズは落ちてしまった。何が原因で、地面に穴が空いたのか? などと言う疑問が頭に浮かぶ暇も無く、俺達は奈落へと身を落としてしまったのだった。




