野生の狩人
Ⅰ
サバイバルレースの班決めをしてから数日が経ち。事前の打ち合わせや、ペース配分、およびルートの詳細などを越えて、サバイバルレース当日を迎えたのだった。
すでにグラウンドに第二学年の生徒全員が集まっており、スタートの合図は打たれている。みんなにわかに騒ぎだし、各々班ごとに行動を開始した。最初から駆け足で学園外へ向かう班、体力温存のためゆっくりと移動し始める班。十人十色の作戦や思惑に乗って、生徒達はばらけている。
「始まったか。一応、確認しておくけれど、俺たちのルートは遠回りなんだよな?」
「えぇ、昨日も説明した通りよ」
喧騒の中でエリーに問いかけると、その通りだと返事が返ってくる。
俺たちの班、第四班はその戦闘力の偏りから、必然的なハンデを負わされていた。大貴族の令嬢が三人も班にいて、他の班と条件が同じでは不平不満が出るからだそうだ。たしかにこのメンバーなら、最速で目的地に辿り着くことも可能だろう。致し方なしと言ったところだ。
話は戻って、その負わされたハンデの内容は、単純な遠回りである。他の班は自由にルートを決めることが許されている。険しい道だが最短ルート、平坦な道だが最長ルートなどなど、そんな選択肢が用意されているが、俺たちにその自由はない。
問答無用で、最高難易度のルート通ることを余儀なくされている。具体的なことを言えば、目的地に向かって大回りに迂回しながら進み、尚且つ森の中を行くというものだ。
「目的地が霊峰レギス山の麓だから、このメンバーだと八日か九日くらいかかるわね」
「やっぱり森を行くハンデがキツいな。あたしも山登りには慣れているけれど、森の中を延々と突き進むのは初めてだ。あそこは魔物も出るって言うし、常に気を張っておかなくちゃあならない」
「魔物か」
魔物は野生の獣が突然変異を起こした姿だと言われている。
繁殖力が高く、獰猛であり、他の生物を見付けると見境なく襲いかかるとされている。個々の体格差も大きく、ある個体は優に十メートルを超える巨体を有しているらしい。まだこの目で見たことはないが、話を聞くだけでも厄介な生物だということは理解できる。
それがルートである森を跋扈しているのだ。だが幸いにして、そこの魔物は総じて小型である。第四班のメンバーなら問題なく通ることが出来るだろうと、先生方は判断したようだ。嫌な判断だが。
「けれど、食料確保が容易になるという利点もあるわ。魔物は私達が森を進んでいれば、向こうから現れてくれるのだから。返り討ちにすれば、食料調達の時間が省ける」
「魔物って食えるのか?」
「今まで味わったことのない味だって、あたしは話に聞いているよ」
なんだか、話を聞いていると食用蛙の話を思い出すな。鶏肉と魚の中間のような味がするらしい。どちらも味が想像できないという点が共通しているところだ。魔物も蛙と一緒にされたくはないだろうけれど。
「さて、お喋りはこのくらいにして、私達も出発しましょう」
うだうだと言っていても始まらないので、俺たちは行動に移った。グランドを抜けて学園を後にし、決められたルートに沿うようにして王都を出る。街の喧騒から離れて、静かな平原へと出ると、すぐにルートである森が目視できるようになる。
あの鬱蒼とした森を抜けて、俺達は霊峰レギス山に向かわなくてはならない。
Ⅱ
「なぁ、少しいいか?」
平原を越えて森へと入り、地図と睨めっこをしながら草木を掻き分ける。そんな作業を数十分続けたところで、俺は他の三人に向けて質問をぶつけた。
「さっきから一定の距離を開けて付いてくる奴がいるんだが、あれは先生ってことでいいんだよな?」
「おっ、気配でも察知したのかい?」
「まぁ、それらしいのを感じ取ったから」
いつかオルケイネスの領地でアレックスと対峙した時のように、俺は誰かの気配を感知していた。俺達と一定の距離を開けて、ぴったりとついて来る気配を一つ、常に背後から感じるのだ。その足運びからして、相当森に慣れている人だと見受けられる。
「おそらくは、そうね。私達がきちんと定められたルートを通っているか、遠巻きに見ているに違いないわ。何事もズルはいけないってことね」
「信用はしても確認はする、と言ったところかしら」
もちろん、全ての班に先生が付いている訳じゃあないだろう。俺達のように、ハンデとしてルートを決められた班のみに、先生は付いているはずだ。でなければ、まるで教員の数が足りない。今日という日も、他学年の授業は行われているのだから。
「最初からズルをするつもりはなかったけれど。見張られていると、なんだかな」
必要以上にきちんとしなければ、という思いが出て来る。それはとても疲れることだ。
「多少のショートカットなら黙認される筈よ、シュウヤさん。だから、誤ってルートを外れても即失格になるわけではないわ。そう律儀にならなくても大丈夫よ」
「そうか? まぁ、そうだな」
多少の誤差なら仕様がないと、そう判断して貰わなければ、目的地には到底たどり着けはしないだろう。その辺のことは寛容に、けれど不正には厳しくか。矛盾しているようで、していないような、そんな微妙な判断の中を擦り抜けて行くしかないな。
「ぐるるるるっ」
と、そう話しているうちに、何処からか濁ったような声音が聞こえてくる。
喉を震わせて小刻みに揺れる波長、荒々しい息遣い、それが幾重にもなって耳に届く。姿は見えないが、どうやら魔物の群れと遭遇したみたいだ。そんな気配は少しもしなかったと言うのに、彼等の接近を許してしまっていた。
これが野生を生き抜く生物の強さだ。誰にも気取られずに至近距離まで近づける野生の狩人。その長けた気配の断ちかたは、人間には真似できないものだ。
「囲まれてるよ」
「数はどのくらい?」
「今、探ってる……だいたい十から十五ってところだ。さて、誰がこいつ等を相手する?」
そう話している間にも、魔物達はじわりじわりと距離を詰めてきている。今にも姿を現し、俺達の喉笛目がけて牙を突き立てて来そうだ。けれど、人間もそう簡単にはやられはしない。特に、この世界にいる人間は手強いのだ。
「私が相手をするわ」
名乗りを上げたのは、リズだった。
「〝自分勝手な部屋〟」
リズがそう魔法を唱えた瞬間、周りに潜んでいた魔物が姿を現した。犬のような猫のような、その中間を行く奇妙な生き物。荒々しく、薄汚れていて、凶暴な風貌をした魔物が、草木の影から一斉にだ。
しかし、それ獲物に飛び掛かったという風ではなく。むしろ引き釣り出されたというべき様相だった。
牙を剥き出しにせず、瞳で獲物を射抜かず、身体が地に足付いていない。明らかに、野生の魔物が取るような行動ではない。そして極めつけに、魔物達は空中で停止する。重力を無視して、固定される。
「さようなら」
直後、強力な鞭で打たれたかのように、魔物達は四方へと飛び散った。肉が避け、骨が砕け、身体がへし折れている。弾き返されるように散った魔物達すべてが、そんな悲惨な有様となっていた。
引き寄せて、弾き返す。それがリズの魔法だった。
「終わったわよ」
魔物のほうに向いていた視線が、俺達に向く。
「相変わらず、アリムフェリアの魔法はえげつないな」
「まるで本人の性格が魔法に滲み出ているかのように強力な魔法ね」
「それは褒めているのかしら? それとも貶しているのかしら?」
「言わずとも分かるでしょ?」
「そう、なら褒め言葉として受け取っておくわ」
どこからどう聞いても褒め言葉じゃあないんだが。まぁ、それがリズなりの言い返しなのだろう。皮肉をそのままの意味として受け取られると、二の句が継げないことが多い。面倒になるというか、呆れるというか、どうでも良くなってしまうから。
「はいはい。ほら、リズが倒した魔物を拾っておこう。貴重な食料だぞ」
とは、言ったものの。腐敗や劣化、痛みの関係で、持って行ける魔物の数は少ない。倒した魔物の半数近くは、ここに捨て置く他ない。まぁ、無駄な殺生という訳でもないから、別に構わないだろう。
ここに放置して行っても、魔物の亡骸はほかの魔物に喰われるか。分解されて土に吸収される。そんなに神経質になって、殺した獲物はすべて食べると躍起にならなくてもいいはずだ。
ただ殺されかけたから殺した、それだけの単純なことだ。
「よし。とりあえず、これで今日と明日は食料に困らないな」
「肉ばっかりで野菜が恋しくなるけれどねぇ。こればっかりは仕様がないか」
「贅沢は言ってられないわね」
その辺に腐るほど生えている草木の中に、食べられる葉っぱくらいありそうなものだが。生憎、それを見分けられるほどの知識がない。俺が身に付けたのは、飽くまでも狩りの技術であって、そっち方面はからっきしだ。
そもそも地球と同じ植物かどうかも分からないしな。
「後は、清潔な水を見付けられれば、なんとかなりそうね」
と、リズが言う。
「水か。たしか森の中に一本だけ川が流れていたよな?」
「うん。一応、今までその川を目指して歩いて来たから、そのうち見付かるはずよ」
エリーのその言葉は正しく。魔物達の亡骸から十数分進んだ所で、水の流れる音が聞こえてきた。水が跳ねる音、岩にぶつかる音が聞き取れる。川はもうすぐそこだ。そうと分かれば、皆の足取りも捗るもので一気に川まで突き進む。
「おっ! 良かった。ちゃんと澄んでる水だ」
「これが土砂で茶色く濁ってたらどうしようかと思ったけれど。その心配はなかったようね」
「もし、そうだったら俺は膝から崩れ落ちてたよ」
この森で、この川だけなのだ。水の補給が出来そうな所は。
「私の魔法を使えば、魚だけを引き寄せられるけれど。必要かしら?」
「んー、微妙なところだな。魚はひらいて干しておけば日持ちするけれど」
「この先はしばらく川沿いを歩くことになるから、今すぐには必要ないわね」
エリーの言う通り、これからは川に沿って森を進むことになる。
だから、食料が充実している今現在に置いて、すぐに魚を捕る必要性はあまりない。必要性が出て来るのは川沿いを歩き終えて、ふたたび森の奥深くに踏み込むときだ。それまではリズの出番はなしである。
「了解したわ。なら、その時が来るまで楽にしているとしましょう」
食料や簡易寝具の他に支給された、水を持ち運ぶための容器を取り出し。俺達は十分な水を確保することが出来た。時刻はすでに昼下がりを過ぎているが、十分に進むことが出来ただろう。なかなかどうして、順調な滑り出しとなったんじゃあないかな。




