障害物
Ⅰ
「私も休日明けから復学するわ。パパとママにも話をつけて来たから」
リズの襲来から一晩も経たずして、エリーはそう言い放った。
「大丈夫なのか? たしか予定ではもう少し先の話だっただろ?」
「問題ないわ。むしろリズの転校に合わせて復学すれば、話題が二分されて無用な騒ぎが起きづらくなるから、好都合よ」
「なるほど」
普通に復学すれば、イリアンヌの件を突っついてくる輩が大勢出るが。リズの転校という出来事に話題を攫ってもらえば、その数も減少するはずだ。それでも何人かは出て来ることに違いないけれど。リズの転校に合わせて復学するというのは、良い案だ。
「って、ことはだ。イリアンヌの処分は決まったのか? あと、あのフードの男のことも」
「えぇ、粗方のことはね」
それからエリーは賠償金やら、土地の無条件譲歩、不可侵の取り決めなど。イリアンヌに対して行ったこと、行われたことを説明してくれたのだけれど。そう言った貴族間でのやり取りは、庶民平民の生まれである俺にはよく分からなかったので殆ど憶えていない。
とりあえず、イリアンヌ家はエクイスト家に対して償いをしたということだった。
ちなみにアリルド・イリアンヌは償いが終わった後、イリアンヌ家に返されたらしい。それで良いのかと思ったが、仮にも大貴族の子息を檻の中に閉じ込めておく訳にはいかないんだろう。なかなか納得のいかない話だが。
フードの男に関しては、魔素の排除された魔法の使えない牢獄に、かわらず幽閉されたままのようだ。この分だと、あのフードに隠れた面を拝める日はもう来なさそうだ。そっちのほうが、俺達的にはずっと良いのだけれど。
「さて、それじゃあ復学の準備をしなくちゃ」
「勉強のほうは大丈夫なのか? 長いこと授業に参加していなかったけれど」
「問題ない。学園で習うようなことは、入学の前に学び終えてるから」
それは学生なら一度は言ってみたくなるような言葉だった。
流石はエリーと言ったところだ。勉学の憂いは少しもないとなれば、あと心配なのは出席日数か。休学中の出席日数ってどうなるんだっけ? それなりに取り返しの利くように出来ている筈だ思うんだが。
まぁ、大丈夫か。生徒が平等に扱われるとは言え、学園もエリーを留年させるようなことはしないだろう。課題やら何やらが学園側から出される筈だし、エリーがそれを放置することも有り得ない。問題なく、学年を一つ上がれるだろう。
Ⅱ
「と、言う訳で本日をもって皆さんのクラスメイトになる、エリザベス・アリムフェリアさんです」
「どうぞ、よろしくお願いします」
ニッキー先生の紹介により、リズが黒板の前で会釈をする。つい先日のように、揺れて乱れた銀色の髪を手で正す仕草に、クラスメイト達は一気に騒がしくなった。一方で俺達は顔を引きつらせている。
アークインド学園に転校したリズが授業を受ける場となったのが、ちょうど俺やエリーと同じ教室だったのだ。恐らく、狙ってこのクラスになったに違いない。リズはそれが出来る立場にいる人間なのだから。
「ある程度、予想はしていたけれど」
「リズの行動力も侮れないな」
本当に、やるとなったら徹底的だ。その優れた行動力を、別の方面で生かせば良いものを。きっとあらゆる方面で、その能力は重宝されるに違いない。少々、それが行きすぎるのが玉に瑕だけれど。
そうこう話しているうちに、リズはニッキー先生が指定した席に向かっていた。俺達の席より少し離れた位置だ。流石のリズも自分が座る位置を、自在に決めることは出来ないみたいだな。そこのところ、少しほっとした。
「さて、それでは座学の授業を始めたいと思います。が、その前に決めなければならない幾つかのことがあります。皆さんも、すでに気付いていることでしょう」
決めなければならないこと?
「なぁ、エリー。これ、なんの話をしているんだ?」
「ん? あぁ、そうね。シュウは知らないか。簡単に言えば、距離の長い障害物競走よ」
なんだか、ますます訳が分からなくなったんだけれど。
「名前はサバイバルレース。スタート地点はこの学園、ゴールは先生達が定めた場所。私達第二学年の生徒は、それぞれ班に分かれて目的地を目指すの。もちろん生徒だけの力でね」
「ふむ、ということは、だ。当然、その目的地ってのは王都の中じゃあないんだろ?」
「そう言うこと。だいたい人間の足で五日ほどかかる場所が、目的地として指定されることが多い。学園側から支給されるのは、一日分の食料と水。それから簡易寝具くらいのものね。あとは自分達でどうにかしなくちゃあ行けないわ」
二日目以降の食料や水は自力で現地調達か。そうなると狩りや水捜しに時間を取られて、五日じゃあ絶対にたどり着けないな。すくなくとも一週間はかかるだろう。その上レースとなれば、妨害工作に出る班も幾つか出て来るはずだ。
ルート選びと戦闘力が大きな鍵となるか。
「――から。このサバイバルレースは皆さんの魔法の応用力や判断力を養うための恒例行事です。レースと銘打たれてはいますが、基本は全員が目的地に辿り着いてくれれば大成功になります。ですから、くれぐれも無茶はせず、安全な行動を心がけて下さい」
無茶せず安全な行動を、その言葉をどれだけの生徒が真面目に聞いたことだろう。きっとそれでも妨害をする生徒はいるし、他を蹴落とそうとする班もあるはずだ。心しておかなければ、足下をすくわれるのは此方のほうになるかも知れない。
とりあえず、サバイバルレース中に他の班を見掛けたら警戒するとしよう。
「では、今から班決めをします。皆さん、仲の良い人同士で班をつくり、できたら私に教えて下さい」
その言葉によって、クラスメイト達は一斉に立ち上がる。仲の良い友達同士で固まって、人数の足りない班は積極的に呼び込みも掛けていた。
「さて、班の人数は最少で四人と決まっているわ。私とシュウ、それにベッキーで三人だから、あと一人足りないわね」
女子二人に男子一人か、今のところ。
「エリー。出来れば最後の一人は男にして貰いたいんだけれど」
「班に知らない男子が入ると気まずくなるから却下」
「俺が気まずくなるのはお構いなしか」
しかし、言い出したら聞かないのがエリーだ。もうどう抗議したところで、最後の一人は女子に決定してしまうだろう。バトルロイヤルの会場控え室で起こった出来事の再来だ。また周りが女子だらけになって肩身の狭い思いをしなければならないのか。
なら、せめてエリーやベッキーと仲のいい女子にして欲しい。あのどんよりした剣呑な雰囲気の中で、一時間じっとしているのもキツかったのだ。それが一週間以上となると、精神の安定が保てなくなるかも知れない。
「うーん、最後の一人。どうしようかしら?」
「あら、だったら私を班に入れて欲しいのだけれど」
願い事はたいてい叶わない物だと、たったいま理解した。
その声はリズのもので、実際に振る返って見てもリズが立っていた。どうやら席から此処まで移動してきたみたいだ。よりあの時の再来、焼き直しが濃厚になって来たな。
「……貴女なら、わざわざ私達の班に入らなくても引く手数多でしょう?」
「残念ながら、そうでもないのよ。私、転校してきたばかりだから、仲の良い人が一人もいないわ。それにみんな私の前だと萎縮して話にならないから、班が作れないの。このままでは独りぼっち」
「みんなが萎縮しているのは、貴女の態度が原因だってことに気が付かないのかしら?」
「さて、なんの話かしらね?」
そう言えば初対面の時、やけに毒づいていたっけ。あれはリズに絡んでいた大人達が悪かったから、仕様がないことだけれど。たぶん、リズのそう言う一面に、クラスメイトは萎縮してしまっているのだろう。
大貴族の令嬢なだけに、その毒が本来の意味以上の威力を持ってしまうのだ。
ニッキー先生に転校生だと紹介されたとき、生徒達が騒がしくなったのは、そう言う理由も含まれていたに違いない。なら、最悪の場合、本当に独りぼっちになるかもな。
「よう、どうしたんだい? そんなにぴりぴりしてさ」
「ベッキー」
ここで救世主ベッキーが現れる。
「私達の班、最後の一人を誰にしようかって話をしていたんだけれど」
「ふむ、あたしとエリー、それからシュウくんってところか。で、この状況が出来上がった、と。んー……まぁ、いいんじゃあないかい? エリーがちゃんとシュウくんを見ていれば、なにも問題は起こらないんだからさ」
「エリーに見られていなくても、問題は起こらないからな? ベッキー」
ベッキーはちらりと此方に視線を向けて、すぐにエリーのほうに修正した。
それだけの短い間でも、ベッキーが腹の底でにやりとしていたのが良くわかった。からかってやがるな。
「でも……」
「どうせ、我が儘を言って最後の一人は女がいいってシュウくんを困らせてるじゃあないかい? エリー」
「それは……そうだけれど」
「なら、エリーだって我慢しなくちゃ釣り合いが取れないってもんだ。それに女であたし達に付いてこられるのは、現状アリムフェリアくらいだ。中途半端な実力の生徒じゃあ、ただの足手纏い。むしろ、それ以下だ」
リズの魔法の詳細は知らないが、七大貴族の一角を担う、アリムフェリア家の令嬢だ。エリーやベッキーに負けず劣らずの強力な魔法を有していることだろう。そう言う面から考えてみれば、確かに最後の一人に入るのはリズを置いて他にない。
他の面においてデメリットが多すぎるのが難点だけれど。
「……分かったわ。最後の一人はアリムフェリアでいい」
「そう、よろしくね。それからありがとう、オルケイネスさん」
「あー……うん、まぁその言葉は素直に受け取っておくよ」
歯切れ悪くそう返事をしたベッキーは、次にこう言葉を紡ぐ。
「けれど、アリムフェリア。これだけは言っておくぞ。あたしは現状、中立の立場にいるけれど。もし本格的にエリーと敵対するなら、あたしは迷わずエリーにつく。それだけは憶えておきな」
「……えぇ、重々承知しているわ」
雰囲気に飲まれて一言しか口を挟めなかったけれど。これでサバイバルレースの班は決定した。エルサナ・エクイスト、レベッカ・オルケイネス、エリザベス・アリムフェリア、そしてシュウヤ・キリュウこと俺の四人だ。
こうして名前を連ねてみると、俺の場違い感が凄まじいな。有名人の集合写真に写り込んだ一般人くらい浮いている。男女の比率的に見ても、それは明らかだろう。なんだか、ますます肩身が狭くなった思いだ。
こんな調子で大丈夫かな。サバイバルレース。




