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色う焔と異界の剣士  作者: 手羽先すずめ
紅の撃ち手
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勝利の重さ


 アレックスとの戦いが終わり、からくも勝利を手にした俺が次に目覚めたのは翌日の朝だった。試合直後に意識を失い、いままで眠っていたらしい。もはや見慣れてしまったエクイスト家の天井から視線を外すように上半身を起こすと、身体の至る所に痛みが走った。息をするだけでも、肺や肋骨に鈍痛を感じる。


 これは殴打による表面的な痛みもあるが、割合を多く占めるのは内面的な痛みだ。所謂、火事場の馬鹿力の状態で戦い続けた結果、身体の内側が満遍なく損傷したのだろう。筋肉痛とはまた違う、歯車が上手く噛み合わなくなったような、そんな痛みを感じる。


 加えて、あの強い重力下で無理矢理戦いを続けたのもよくなかった。


「まぁ、このくらいは必要経費か」


 序盤に白焔を使えれば、ここまで酷くはなかったんだけれど。もともと異常を元に戻すという白焔の性質上、どうしても戦闘の中盤以降でしか使えない。


 斬魔の刀のように、魔法その物を対価なしに消滅させられるなら問題ない。だが、魔力を消費して異常を正す以上、序盤に白焔を発動すれば戦闘が終わるまで解除することが出来なくなる。解除した途端に、重力魔法が発動されるからだ。


 その上、俺が白焔を使用する間、アレックスは魔法を発動する意味がなくなるので、当然ながら使わない。こちらだけが魔素と魔力を消費するという状況が出来上がってしまう。それでは俺がガス欠になるまで粘られて終わりだ。勝ち筋が完全に潰える。


 だから、ここぞという時まで使えなかった。まぁ、それで仕留め損なっては世話ないのだけれど。


「とはいえ、痛い出費だ」


 痛み、軋む身体を動かして、寝かされたベッドから立ち上がる。すると、足の裏から腰の辺りに掛けて、鈍い痛みが駆け抜けた。まるで足つぼを刺激するゴツゴツしたマットの上に立っているみたいだ。


「いててっ」


 歩いてみると、より強く痛みが走る。この状態だと、風が吹いただけでも痛そうだ。けれど、幸い身動きが取れないほどじゃあない。頑張って我慢すれば動くことが出来る。そうして痛みを耐えながら自屋を横断し、扉を開いて廊下へと出る。


 左右を見渡してみるが、人はいないみたいだ。


「今、何時くらいだ?」


 窓の近くに寄って、太陽の位置を見る。だいたい午前八時くらいか、ならみんな起きている頃だ。とりあえず、エリーに会いに行こう。自分はもう意識を取り戻したから大丈夫だと、伝えるために。


 エリーの部屋は少し遠くにある。ゆっくりと歩いて向かうとしよう。


「あっ」


 と、思ったのも束の間、ブロンドのツインテールが視界に入る。


 向こうも俺に気が付いたのか。こちらに向かってエリーが駆け寄って来た。


「シュウっ、目が覚めたのね。立ち上がって大丈夫なの?」

「なんとかな、身体中が痛いけれど」

「ダメじゃない。ほら、早く部屋に戻ってベッドに入りなさい」


 俺の背後に回り込んだエリーは、そのまま両手で部屋に押し込めようとしてくる。身体中が痛いのもあって、その背中に加わる力に抵抗する気が起きず。俺は成されるがまま、部屋に入ってベッドに腰を掛けた。


「そんなに心配しなくったって、ちょっとくらい大丈夫だろ」

「そんなことないわ。シュウに治癒魔法をかけていた医師が言っていたもの。外側の傷は治しやすいけれど、内側の損傷は治しにくいって。だから、すくなくとも今日一日は絶対安静よ。いい? 分かった?」

「ふむ……はいよ、じゃあ大人しく寝ているとする」

「よろしい」


 エリーは納得したように頷いて「ちょっと待ってて」と言って、部屋を後にした。


 この隙に立ち上がって、部屋の外に行くことは可能だ。日課の稽古も出来ていないことだし、抜け出すなら今をおいて他にないだろう。けれど、それがバレた後のことが怖いので、今日のところは何もせずに安静にしておくことにする。


 明日の稽古は何時もの倍、いや三倍にしないとな。一日遅れた分を取り返さないと。


「シュウ? ちゃんと寝てた?」

「あぁ、寝てた寝てた」


 しばらくしてエリーが戻ってくる。部屋と廊下の敷居をまたいで、その全身を見せた。それを見て気が付いたのは、エリーが両手を身体の後ろに回しているということだ。何かを隠すようにして、こちらに近付いている。


「なにを隠しているんだ?」

「なんだと思う?」

「もったいぶるなよ。エリー」

「えへへー」


 やけに嬉しそうにしているが、一体なにを隠しているんだ?


「じゃん!」


 可愛らしいかけ声と共に、隠されていた物が明るみに出る。それは光輝く塔のような、金色のトロフィーだった。天辺から伸びる布には、アークインド学園の文字と、俺の名前が綴られている。良く見れば、学園対抗戦の文字もだ。


「これ、もしかして俺のなのか?」

「そうよ。シュウ、ウルハリウスと一緒に気絶しちゃったから。私が代わりに預かっていたの。これでようやく持ち主に返せるわ。はい、受け取って」


 手渡されたトロフィーを受け取ると、ずっしりとした重さが手に伝わった。


 これが勝利の重さか。そう言えば、今までこの類いの物は貰ったことがなかったな。物心つく前から剣を教わっていたけれど。そう言った公式の大会に出たことは一度もない。親父に出させて貰えなかったし、俺自身もこんなものに興味はなかったからだ。


 けれど、こうして勝利を形ある物として実際に持ってみると、これまでのことを少し後悔してしまいそうになる。これを受け取ることがこんなにも嬉しいのなら、もっと早くに知っておきたかった、と。


「どう? 感想は」

「凄く嬉しいよ。ありがとう、エリー」

「ふふっ、よかった」


 こうして様々な決着がついた学園対抗戦は終幕した。


 ちなみに今対抗戦で総合優勝した学園に、我らがアークインドが見事に輝いたらしい。戦績で言えば四校ともほぼ横並びの状態だったみたいだが、俺とベッキーがスペシャルマッチで最優秀者になったことが決定打になったようだ。


 ともあれ、無事に終わって何よりだ。一時はどうなるかとも思ったが、案外なんとかなるものだな。

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