表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
色う焔と異界の剣士  作者: 手羽先すずめ
紅の撃ち手
35/44

秩序の白


 蹴り飛ばした彼の行く末を見届け、すぐにもう一人の男子生徒に視線を向ける。すでに彼は意識無く地面に這いつくばっていた。見れば、髪や服が下方向へと異常に引っ張られている。恐らくは重力操作の範囲を小さくし、局地的な一点だけに威力を絞ったのだろう。


 それにより彼は地面に叩き付けられ、意識を失った。さっき重力が正常に戻ったと思ったが、あれはただの勘違いか。ただ重力操作の範囲が狭まっただけだ。


「構えろよ、次はお前の番だぜ? シュウヤ」

「あぁ、その通りだな。次に脱落するのはそっちの番だ、アレックス」


 意図して作り上げた勝負。七大貴族が一角、ウルハリウス家の子息、アレクサンダー・ウルハリウスとの一対一。それが今ここに実現した。この先のことはもう考えなくても良い。今この時のためだけに全力を尽くそう。死力を尽くして、ぶつかり合うのみだ。


「まずは小手調べからだ」


 そう言ったアレックスは、両手に装備した籠手を構えてリングを駆ける。


「〝大地の気紛れ(グラビティ・デイズ)〟」


 行動を開始すると共に、唱えられる重力魔法。それは俺の身体を重くし、行動を制限する。けれど、この程度の重力ならまだ十分に動くことの出来る範疇だ。まだアレの出番じゃあない、使い処は見極めなければ最大の効果を発揮できない。


 肉薄するアレックスに対して、重い身体を操作して一撃を見舞う。通常とは異なる鈍い攻撃なので容易く防御されるが、しかしそれは攻めの姿勢を崩す程度には威力を誇っている。速度が落ちたぶん、一撃の破壊力が大きくなっているからだ。


 この重力魔法は脅威だが、同時に俺の味方にもなる諸刃の剣だ。動きの鈍さだけ克服できれば、強烈な一撃を繰り出せる。


 攻めの姿勢を崩し、それ以上の接近を拒んだのち。攻撃を途切れさせず、凡そ二倍ほど重くなった剣を振るい。重く威力の高い連撃を叩き込む。


 だが、剣を振るうたびに籠手とぶつかり合い、甲高い音が鳴る。一撃が重くなったとは言え、やはり剣速の低下は痛手だ。どんな攻撃を繰り出そうと、一人だけ通常状態で戦うアレックスに見てから反応されてしまう。


「チィッ!」


 攻めているのに追い詰められている。


「まだまだ、これからだ。終わらねぇぞ、シュウヤ!」


 また一段と重力が強くなる。まるで純金製の得物を握っているかのように、ロングソードが重くなった。身体の自由は更に制限されて、分厚い鎧を身に纏っている気分になる。膝を付かないようにするのが精一杯。立っているだけでも、相当な疲労に襲われた。


 そんな状況下で、更にアレックスの攻撃まで飛んで来ようとしている。このままでは、いまの状態では成されるがままだ。いい攻撃の的になるだけ、防御も攻撃もままならない。だから、自滅覚悟で脳のリミッターを解除する。筋力の制限を無くし、肉体の限界を超えて迎え撃つ。


「望むところだッ!」


 振りかぶられた右拳にタイミングを合わせ、ロングソードの鋒を放つ。繰り出され、ぶつかり合う剣と拳の突き。それらは互いに互いを弾き合い、またしても形を変えて、手段を変えてせめぎ合う。


 両者ともに一歩も引かない攻防戦。殴打と斬撃の応酬を、怒濤の如く仕掛け合う。けれど、消耗が激しいのはやはり、俺のほうだった。もともと脳の制限、リミッターは身体を護るためにある。あまりに強く激しく動きすぎて、自らを傷付けてしまわぬように、力は制限されているのだ。


 しかし、今はそれを意図的に解除した状態。肉体の限界を超えて動ける代わりに、一撃を繰り出すたびに、一撃を防御するたびに、筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋み続ける。戦いが長引けば長引くほど、俺は不利になってしまう。


 だが、それでもまだ耐える時だ。アレの使い処は、まだ先にある。


「ぐっ……流石だな。この重力下でまだそれだけ動けるのか」


 叩き付けるように浴びせた一太刀を、アレックスは両手の籠手で受け止めた。


「とう……ぜんだ。なんなら……もっと重くしてくれたって……構わないッ」


 重力の影響を存分に活用し、受け止めたアレックスに不可を駆けていく。この重さと威力を、通常の重力下で受け止め続けるのは辛いはずだ。これで重力を軽くしてくれるとは思わないが、アレックスの体力が削れるなら今の状況も悪くない。


「ここッ、までッ。根性のある奴と戦ったのは……久しぶりだッ」


 攻撃の威力と防御の抵抗が拮抗を見せる最中、アレックスは不敵に笑って見せる。


「だからッ! 悪いが、殺す気で行かせてもらうッ!」


 瞬間、更に重力が強くなる。脳の制限を外した身体でも、抵抗できないほどの重力が襲いかかった。立っていることも出来ずに、俺の身体は強制的に膝を付かされる。身体がぴくりとも動かない。指先一つだって、動かせない。


 いったいどれほどの重力が掛かっているんだ。


「こいつを喰らえば、どうなるか分からねぇ。だから、歯ァ喰い縛って耐えてくれよ!」


 辛うじて捕捉していたアレックスの姿が消える。跳び上がったのだ。空中へと飛び、そして落ちてくる。きっとこの馬鹿みたいに強い重力を味方に付けて、隕石の如く落下するに違いない。


 喰らえば、ただでは済まされない。最悪、もう剣を握れなくなるかも知れない。


「だけれどッ」


 アレックスは空中にいる。つまりは落ちてくる以外の行動が、まったくと言って良いほど取れないということだ。避けられもしなければ、まともな防御もすることが出来ない。俺が待っていたのは、このタイミングだ。


「〝焔変色異カラー・オブ・フレイム〟!」


 俺を中心に円を描くようにして、焔の輪が燃え上がる。


「白焔ッ!」


 真っ赤な焔は色付いて、その色を白へと染め上げる。何者の浸食も許さず、すべてを白に塗り替える純白の焔。それは歪み曲がった重力の異常を燃やし尽くし、正常な白へと塗り替える。この焔は白以外を燃やし尽くし、すべての異常を灰燼に帰すことが出来る。


 白焔により、重力の異常は解除され。全てが通常にかえり、身動きが自由となる。得物が木の棒のように軽く、身体が羽のように軽い。この状態なら、通常状態なら、ただ落ちてくるだけの攻撃など、簡単に躱すことが出来る。


「なッ!?」


 アレックスは落下する。誰もいないリングへと、その拳を打ち付けた。


 その隙を見逃さない。躱すために引いた距離分を駆け抜けて、着地の衝撃がまだ抜け切らないうちに攻撃を仕掛ける。駆けた勢いをそのままに、威力を上げた刀身が風を切る。並行に薙ぎ払った横一閃は、たしかにアレックスにまで届く。


「くそッ」


 この一撃を躱すためにリングを強く殴りつけて、アレックスは横方向に吹っ飛ぶように移動した。でも、それでも少し遅かった。ロングソードの剣先は、浅くではあるが肉体を斬り裂いている。俺の剣は、たしかに届いたのだ。


「どう言う……ことだ。俺の魔法はまだ効力を失ってないッ。まだ重力は操作されている筈だろッ」

「あぁ、そうさ。魔法は燃やしてない、重力操作自体はいまも続いている。けれど、俺が燃やしたのは魔法によって生じた異常のほうだ。重力に生じた異常を、片っ端から虱潰しに燃やして正常な状態へと戻している」


 すべての異常を直す色、それは秩序の白だ。


 あの日、クインからの助言で閃いたのは、この事だった。魔法を燃やすのではなく、魔法により生じた異常を燃やすこと。それが重力操作を無効化する唯一の手になる。


 出し渋っておきながら、あの一撃で勝負を決められなかったのは残念だが。まぁ、いい。過ぎたことはどうしようもない。それよりも本番は此処からだ。


「……無意味になったってことかよ」

「そうだな。まぁ、俺もずっとこの白焔を出しておかなくちゃあならないし。尚且つ、これ自体に誰かを傷付ける能力はない。そう言う意味では、条件は互いに同じって訳だ」

「……ふっ、ははははは! つまり!」

「此処からは純粋な肉弾戦だッ!」


 白く燃え盛るリングの上で、俺達は全力をもって剣を、拳を振るう。


 間合いに踏み込んだ足を軸に、身体の捻りを利用して一太刀を浴びせに掛かる。しかし、それは完全な軌道を描ききる前に、進路上に差し込まれた籠手によって阻まれた。受け止められ、行動を停止するロングソード。その隙をついて、返しの拳が飛んでくる。


 それに反応して、咄嗟に左手を剣の柄から離し。飛来する拳を手の平で掴む。衝撃が腕にまで走るが、なんとか受け止めた。そして両手が塞がったのなら、残す攻撃手段は限られている。


 ほぼ同じタイミングで、俺達は頭を大きく後ろへと反らす。そこから放つのは、勢いよく頭を前へと倒す頭突きだ。額と額が衝突し、鈍い音が脳内に響くと共に、視界が揺れて後ずさる。


 けれど、それでも視界の中にアレックスを収め、また剣を握り直して攻めに行く。


 柄で拳を叩き落とし、刀身を籠手に握られ、剣先が肩を浅く刻み、握り拳が脇腹にあたる。次第に防御はおざなりとなり、攻撃だけに重点が置かれ始め。俺もアレックスも、多少の傷や打撲など気にも掛けず、攻めて攻めて、攻めまくる。


 そして身体に打撲を、切り傷を負った俺達に、この戦い最後の時が訪れた。


「吹っ飛べッ!」


 剣の合間を縫うようにして、アレックスの拳が突き上げられる。そのアッパーは的確に俺の顎を捉え、殴打の衝撃が脳天を突き抜けた。一瞬、朦朧とするほど能が揺れる。意識を手放しかけるが、それでも負けられない意地が、それを掴んで離さなかった。


 踏み止まる。仰向けに倒れかけた体勢を足で支え、なんとか勝ち筋を残して踏み止まる。上を向いた視線を下げ、改めて見るアレックスはすでに次の攻撃モーションに入っている。これを躱すだけの余裕など、もうこの時点でありはしない。


 故に、打って出る。躱さない、防御もしない。攻勢に転じ、勝負を決める。


 すでに脳の制限を外して、かなりの時間戦っている。腕も足も身体さえも限界を超えて、動くたびに激痛が走る。だが、それでもこの一瞬だけは逃さない。筋肉が千切れようが、骨が折れようが関係ない。この勝負に悔いが残らぬよう、全力をもって剣を振るう。


「これで最後だッ」


 鬼剣、二爪。


 すべてをかなぐり捨てて放つのは、反応する暇さえ与えない神速の二撃。それは空を馳せ、飛来する鉄の拳を切り崩し。続く二の太刀をもって、もう片方の鉄の籠手を破壊する。攻撃手段はこれで奪った。あとに続くは、最後の一撃だ。


 鬼剣、一爪。


 両手に装備された籠手を奪い。次いで放つのは、逃げることも許さない必殺の一撃。鉄を裂いた剣を手元に呼び戻し。一歩間合いを詰めて、逃げ場をなくす。もう逃れられない位置に来た。


 下がったきっさきが傾斜をなぞり、斜め上へと軌道を描く。その剣筋を阻めるものなどありはせず。振り抜かれた剣は、周りを燃やす白い焔とは対照的に、鮮やかな赤に染まっていた。


「俺の……勝ちだ」


 血飛沫を上げて倒れ行くアレックスにそう告げる。そして自らも疲労と激痛に耐えきれず、また勝ったと確信したことから、とうとう意識を手放した。沈み行く混濁の中で最後に聞こえたのは、うるさいくらいの大勢の声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ