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色う焔と異界の剣士  作者: 手羽先すずめ
紅の撃ち手
29/44

右手に剣を、左手に焔を


 風の刃の軌道を反らし終え、改めてカインズを視界に納める。あの一瞬である程度、距離を離されていた。あの崩れた体勢から移動したにしては、やけに距離を取られている。追い風を吹かせて速く移動した、ってところか。


「あの時も、ちょうどこのくらい離れて居たっけな」

「あぁ、魔法を躱されて、俺は地面に叩き付けられた」


 そう会話を交わしつつ、俺達はお互いに武器を構えていた。


 カインズは怒りに身を任せず、冷静になり。俺はロングソードを、しっかりと握り締めた。あの時、足りなかった物を互いに持ち寄り、万全の状態で死力を尽くす。いま、あの時をやり直そう。


「次で決めるぞ、カインズ」

「望むところだ、キリュウ」


 右手に剣を、左手に焔を。


 耳に入る雑音を排除し、その視線で見据える敵はカインズただ一人。剣を研ぎ澄まし、焔を燃え上がらせる。倒すべき相手を倒すべく、俺は静かに行動を開始した。踏み出した一歩を踏みしめ、巻き戻った時計の針が時を刻み始める。


「〝突き抜ける風刃(エッジ・オブ・ガスト)〟!」


 風を纏う刃は空中に直線を描き、真っ直ぐにこちらへと飛来する。あの時と同じで代わらない攻撃だ。俺はそれを最低限の動きで躱し、更に地面を蹴って先を行く。けれど、今回はそれだけでは終わらない。


 時間差で放たれていた二発目の風の刃が迫っている。これの対処法は一つしかない。前へと突き出した左手の焔をもって、これを受け止め横方向へと弾き出す。しかし、込められていた魔力が多かったのか。弾いた瞬間に、左手の焔が掻き消えてしまう。


 身を護る方法を失ったが、離された距離は十分に埋まっている。もう飛び道具の出番は終わった。此処から先にあるのは、剣戟による勝負のみ。空いた左手を加え、両の手でロングソードを握り、斬りかかる。


 地面と平行線を引くように一閃を薙いだ刀身は、旋風渦巻くバスタードソードによって受けられる。そして返しの反撃として斬撃を浴びせられ、受け止めたロングソードを通して衝撃が骨に響く。


 やはり読みよりも剣速が速い、一撃が重い。それも込められた魔力量が増えたのか、以前よりもずっとだ。悠長なことをしていては、力で押し切られるかも知れない。でも、それでも此処から一歩も引きはしない。前へ、前へと攻め込むのみだ。


 地面と足を縫い合わせたように、その場に止まりながら攻防の応酬を繰り広げる。骨が、筋肉が悲鳴を上げようとも、衝撃に耐え切れず刃が欠けようとも、決して引かず剣を打ち合う。


 そして、決着の時はくる。


「〝焔変色異カラー・オブ・フレイム〟!」


 刃に、刀身に、魔力を這わせて魔法を具現化する。カインズがそうしたように、燃え盛る焔をロングソードに纏わせ。打ち合うことでバスタードソードの旋風を引き剥がす。その直後、途端に軽くなる剣をカインズの手元から弾き飛ばした。


 持ち主の居なくなった剣が宙を舞う。そして焔を纏う刀身はその身を翻し、燃え盛る刃を持ってその肉体を斬り裂いた。


「俺の勝ちだ。カインズ」


 放物線を描いたバスタードソードがリング上に落ち。同時に、カインズは膝から崩れ落ちた。地に伏し、起き上がらない。戦闘不能、続行不可能。そのことを確認し、ロングソードに纏わせていた焔を掻き消した。


 刀身が欠けに欠けて、尚且つ焼け焦げている。これではもう剣として使えないな。


 そんな風なことを考えていると、集中力が切れたのか。遮断していた他の音声が、急に聞こえ始めてくる。観客席から発せられる歓声が、うるさいくらいに鼓膜を振るわせていた。これがこのリング上で戦った全ての生徒に送られている。


 相変わらず、うるさいことこの上ないが、此処に立っていると不思議と悪い気はしない。


「ちく……しょう。また……負けちまった」


 歓声の中でもはっきりと届く、カインズの声。それは悔しさで溢れていた。


 今のは聞かなかったことにしよう。俺はこの歓声で、その声や言葉が聞こえなかった。そう言うことにしておく。カインズも聞かれたくはなかっただろうし。それ以上に、誰にも慰められたくはない筈だ。


 負けた悔しさは、他人の言葉では癒やせない。親父に何度も負けて来た俺には、それが痛いほどよく分かる。これは一人でケジメを付けなければならない感情だ。



「シュウ!」


 試合も終わり、リングを降りて控え室へと戻ろうとしたところ。その途中でエリーとベッキーに会った。あの大きなサングラスも健在である。此処で会ったのは偶然じゃあないだろう。いかにも待ち受けていましたって顔をしている。


 エリーの顔はサングラスの所為で三分の一ほど隠れてしまっているけれど。


「さっきの試合、ちゃんと見ていたわ。おめでとう、シュウ」

「おめでと、シュウくん」

「ありがとう、エリー。それからベッキーのほうもおめでとう。祝ってくれるのは嬉しい限りだけれど、でも良いのか? この場面を見られたら、もう言い逃れは出来ないぞ」


 この面子が揃えば、否が応でもエリーの正体がバレる。大きなサングラスで顔を隠しても、ブロンドの髪とツインテールの髪型が証拠となって、あまり意味をなさないだろう。


 そう言えば護衛をしている筈のインクルストとクインがいない。エリーとベッキーが一緒にいるから、空気を読んで離れているのか? たぶん、そうだろう。そうでもなければ、クインがエリーから目を離す訳がない。


「大丈夫よ。此処にいる人は全員、次の試合を今か今かと待ち望んでいるんだから。こっちにまで気が回らないわ」

「次の試合?」

「ほら、ウルハリウスの試合だよ。シュウくん」


 そう言えば忘れかけて居たけれど、アレックスは一つ上の三年生だ。今、俺が参加していた二年生の試合が終わったから、次の三年生の試合にはアレックスが出場する。


 ベッキーがリングに上がった途端に、あれだけ観客席が白熱、熱狂したのだ。アレックスが出場するとなれば、注目が集まらない訳がない。みんなそこに目が行っていて、此処まで届かないんだ。だから、こんなにも堂々とエリーとベッキーが一緒にいる。


「そうか、アレックスが試合をするなら見ておかないとな。正直、程よく疲れているから、もうベッドで眠りたい気分なんだけれど。仕様がない」


 試合に勝ったという事実と、すこしの疲労が相まって、ひどい眠気が襲って来ている。試合が終わって緊張感が途切れたということも要因の一つだろう。とにかく、この心地良い疲れに身を任せて、今すぐにでも眠りたい欲求にかられてしまう。


 きっと、さぞかし気持ちよく眠れることだろう。


 けれど、まだもう少し我慢だ。アレックスの試合に目を通して、明日に備えておかないといけない。実際に試合を見ているのと見ていないのとでは、明日に大きな違いが出て来る。アレックスの試合が終わるまでは、瞼をしっかりとこじ開けておかないと。


「じゃあ、あたしの控え室にくるかい? 男の控え室に女が入るのもなんだし」

「まるで女の控え室に男が入っても問題ないみたいに言ったな。いま」


 まぁ、なんでも良いけれど。いや、こう考えてしまっている辺り、相当眠気が来ているな。眠くて対応がおざなりになっている。かと言って抗う気力はまったく出ないけれど。


 流されるままベッキーの提案に乗って、エリーと共に廊下を渡り。アークインド学園の女子二年生が使う控え室を訪れる。提案しただけあって、控え室の中には誰もいなかった。たぶん、ベッキー以外の二人は怪我で治療中なのだろう。


 なんでも高名な医療関係の魔法使いが何人か来ているらしく。怪我をした生徒達を手厚く看護しているみたいだ。まぁ、その話を聞いていたからこそ。俺も試合で気兼ねもあまりなく、剣を握れていたのだけれど。


「おっ、ちょうど始まるみたいだね」

「にしても、観客がうるさくて敵わないな」

「これくらいどうってことないでしょ? 去年はもっと凄かったんだから」


 ミクトの言っていたエリーとベッキーの頂上決戦のことか。そりゃあそれに比べれば、なんてことはないだろうけれど。それを経験していない俺にとっては十分にうるさいのだ。


 そうこう言っている内に、試合開始の合図を告げる鐘の音が鳴り始める。俺達はそれに会わせて簡易椅子に腰掛けて、試合の行く末を見守った。


「なんか、あっという間だったな」

「そうね。みんな面白いくらいに、ぽんぽん飛んで行ってたわ」


 控え室の壁に映し出されているのは、みごと無傷で勝利したアレックスの姿だった。


 試合内容は一方的な展開の一言に尽きる。まずリング全体に魔法を掛けて、重力が軽くなるよう操作し。その後は両手に装備した籠手で殴り付けていた。低重力下で実質的な生徒の体重を軽くしつつ、殴打による衝撃でリング外へと一気に吹き飛ばす。それがアレックスの戦法だ。


「それにウルハリウスの奴、自分の足下だけ重力を正常に戻していたね。他の生徒には不慣れな低重力下で戦うことを強いりつつ、自分はいつも通りにって訳だ」


 重くも軽くも自由自在か。それはバトルロイヤルのルール上、驚異的なものだけれど。しかし、俺にはそれを無効化する手段がある。重くだろうが軽くだろうが関係ない。すくなくとも、まともな戦闘は可能になるはずだ。


 試合自体が短すぎたけれど。ある程度の戦法と、重力魔法の情報を得られただけでも収穫はあったな。アレックスと雌雄を決するのは明日の午後だ。それまで英気を養うとしよう。


 三年生の試合も終わったことだし、この後の試合は見なくてもいいか。というか、もう眠気が限界だ。戦闘に関することだから、辛うじて自我を保っていたけれど。それが終わった今、眠気に対抗できる手段がない。


 もう無理、本当に限界だ。


「エリー」


 うつらうつらとしながら、なんとかエリーの名前を呼ぶ。


「ん? なに?」

「悪い…ちょっと……肩……貸してくれ」


 そう呟いたのが後か先か。重い瞼を閉じた俺は倒れるようにエリーに寄りかかり、勝利の余韻とちょうどいい疲労感からくる睡魔に身を任せたのだった。

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