焔と風
Ⅰ
二人を脱落させて、残る人数は自分を含めてあと十人。だが、油断は禁物だ。蹴り飛ばすために突き出した足を降ろす暇すらなく、今度は左右から他校の生徒が迫っている。
制服の色とデザインが一致していることから、この挟撃が偶然でないことは明白だ。この二人も連携して他を蹴落とそうとしている。二対一と不利な状況だが、なんとかするとしよう。
「覚悟ッ」
右の生徒よりも若干早く、左の生徒が俺のもとまで到達する。その手に持つレイピアが手前に引かれ、バネが跳ねるような突きを放ってくる。細剣の鋭い鋒が迫る最中、その軌道を見極めた俺はロングソードをもって、それを上から叩き落とす。
そして直後、背後を振り返り。右の生徒から放たれる魔法を視界に納め、回避行動を取る。燃え盛る炎弾を躱し、あわよくば左の生徒に当てられないかと思ったけれど。目標を外れた魔法は、誰にも当たることなく掻き消える。
「〝雷鳴剣〟」
そう炎弾の行く末を確認している間に、左の生徒が手を翳して魔法を撃ち出そうとしていた。
魔力が集まって具現化したそれを見た瞬間、雷の魔法だと理解した。そして同時に、これは不味いとも思った。雷の魔法は本物の雷ではなく、それを模した物だ。しかし、模造された魔法でも、雷と性質を帯びている。つまり、どう回避してもロングソードが避雷針に成りかねない。
「くそ、仕様がない」
剣が魔法を引き寄せるなら、手放すまでだ。
雷の剣が放たれるのと時を同じくして、俺もロングソードを放り投げる。剣士としてあるまじき行為だが、四の五のと言っていられない。宙を舞う剣は見事に避雷針となり、雷の魔法を引き寄せる。
そしてその間、俺の爪先は右の生徒に向かっていた。
「〝焔変色異〟」
得物を手放した無手の状態で、両手に焔を灯しながら肉薄し。放たれる炎弾を左手の焔で相殺する。二発目は撃たせない。素早く懐にまで足を踏み入れ、残った手の焔を右の生徒の腹部に殴るようにして宛がった。
そして更にそこから灯した焔を射出し。リング外まで一気に吹き飛ばす。
「こっちもだ」
続けてもう一発、振り向きざまに今度は残った左の生徒に焔を放つ。
その焔は呆気もなく雷の剣に斬り裂かれるが、十分に役割を果たしてくれた。放った焔は、そちらに注意を引き付けるためのものでしかない。俺の本命は飽くまで剣だ。避雷針として放り投げた剣を拾い上げ、至近距離にまで踏み込んでいく。
「くッ〝雷鳴剣〟!」
三度目の雷の剣が放たれるがもう遅い。
すでに剣が届く位置にまで接近している。此処まで近づけば回避することは簡単だ。そして直進する剣を模した雷の魔法では、一度通り過ぎた避雷針を追尾しきれない。
脅威は過ぎ去り、目の前に残されたのは無防備な左の生徒のみ。携えたレイピアで防御を試みたようだが、そもそも細剣は防御に適していない。
「寝てろッ」
防御をこじ開けるように、渾身の力を込めてロングソードを振り下ろす。その一振りはレイピアの防御を越えて肉体にまで届き。皮膚を、肉を斬り裂いた。
「これで四人か」
左の生徒が倒れたことを確認して、そう呟く。
十二人中、四人が脱落したので残るは八人。そう頭のカウンターを回すと、次に現状の把握に移行する。周りを見渡して、いまリング上にいる生徒の数を知った。現在、生き残っているのは、自分を含めてあと三人。一人はカインズだ。ミクトの姿は見当たらない。
「もう、これだけ減ったのか」
自分が四人を倒すうちに、着々と戦況が変わっていた。
単純に他の生徒が他の生徒を倒したから、または相打ちになったから。そんな風に考えて見れば、今のこの状況は当然の話だけれど。思ったよりも試合の展開が早い。最速と言っても過言じゃあない勢いだ。
そしてカインズの魔法が他校の生徒に直撃し、リング上からまた一人排除される。これで残ったのは俺とカインズの二人だけとなった。
「よう、キリュウ。これで邪魔者は居なくなったな」
「あぁ、此処からはお待ちかね、一騎打ちだ」
当初の予定通り、約束の勝負をしよう。
怒りに溺れず冷静に戦えている今なら、前回のような事にはならないだろう。一度勝っているとは言え、今度ばかりは素手だけで戦える筈もない。手にしっかりと得物を携え、刃をするどく研ぎ澄まそう。そうしなければ、負けるのはこちらのほうだ。
「さぁ、始めようか」
ロングソードの構えを改め、剣先をリングすれすれの所まで落とし。カインズに向かって、一歩を踏み出した。開いていた距離を一気に駆け抜け、至近距離にまで肉薄すると、下から掬い上げるように剣を振り上げる。
その後も攻撃を途切れさせず、続けざまに一閃、二閃、三閃と剣戟を繰り出すが、そのどれもが肉体にまで届かず。カインズの得物であるバスタードソードに阻まれる。最後の攻撃などは受け止められた。
「なんだ。さんざっぱら剣術を馬鹿にしたのに、きっちり剣の稽古をしているじゃあないか」
「うるせぇ! お前だって魔法の訓練してんじゃあねぇかッ」
「俺は魔法を馬鹿になんかして、いないッ」
受け止められた刀身に力を込めて強引に振り抜き、カインズを無理矢理後退させる。このまま一方的な攻めの展開へと持っていこうとしたのだが、生憎そう簡単には事を運ばせて貰えない。
「〝突き抜ける風刃〟」
距離を少しでも開けると、直ぐに魔法が飛んでくる。風で構築された刃が放たれたことにより、攻めの姿勢を崩され回避行動を余儀なくされた。実体のない刃が故に、線による攻撃でも面による攻撃でも、結局のところ弾くことが出来ないからだ。
その場から横方向へと飛び退き、リング上に風の刃が食い込んだ。しかし、まだ攻撃の手は休まらない。回避した先にも魔法は放たれている。これも避ける。訳には行かない。これ以上、カインズから距離を置くのは得策じゃあない。
遠距離からの魔法合戦になったら、不利になるのはこちらのほうだ。自分の得意な間合いを維持するには、ここで回避に移ってはならない。
「〝焔変色異〟」
無手の左手に焔を灯し、迫る風の刃を受け止める。魔法を生身の身体で受け止めたのは初めてだ。あまりの威力に踏ん張りを利かせなければ、身体を押されてリング上を滑りそうになる。だが、それなら勢いに逆らわなければいい。
勢いを殺すことは辛いが、横方向に力を加えて軌道を反らすことは楽である。左手に灯る焔をグローブ代わりして風の刃を掴みとり。そのまま身体の外側へと弾き出すように力を加えて、勢いの方向を大きく狂わせる。
カインズの魔法は焔でしのげた、後はこの調子で接近するのみ。
焔を灯した左手を前に、ロングソードを握る右手を後ろに配置。左手で魔法を反らして、右手で攻撃を仕掛ける。いま、この状況ではこの戦法がベストだ。
「チィッ」
遠距離からの攻撃ではもう意味がないと悟ったのか。カインズは舌打ちを一つ打ち。魔法を放つのを止め、バスタードソードを構えて接近戦に移る。
剣の稽古をしていたとは言え、それは所詮付け焼き刃だ。実戦で使える領域には達していない。ほとんど振るわれる刃を受け止めることしか出来ないものである。にも関わらず、早々に遠距離攻撃を止めたのは、それなりの作戦があるからに決まっていた。
カインズの策略に警戒をしよう。しかし、臆病になってはならない。向こうから、得意な領域まで近付いて来てくれているのだ。どんな策があろうと、それを打ち破って決着を付ける。
俺からもカインズからも接近し、両者同時に得物の間合いへと足を踏み入れる。瞬間、互いに繰り出した剣戟が交わり、甲高い音の波と手元に伝わる振動が、時を同じくして身体に響く。
「ぐっ……カインズ、いま何かしただろ」
「さて、なんのことかなァ!」
互いに武器を弾き合い、半歩下がる。
さっきの剣、最初に攻め込んだ時と動きが違う。剣の重さも、鋭さも、キレも異なっている。実力を隠していた訳じゃあないはずだ。剣術に関しては付け焼き刃で間違いは無い。だが、なぜこうも一撃の威力が大きいんだ。
勢いづいたカインズは、俺に思考時間を与えてくれず、果敢に攻め込んで来る。
次々と繰り出される剣戟の数々を受け、弾き、いなす。そう凌ぐことで、稼ぐことで出来る僅かな時間を使って脳の思考を巡らせる。カインズの動作、呼吸、癖、攻撃の角度、などなど。視覚情報をすべて頭に叩き込み、順々に処理させていく。
そうして十合ほど打ち合った後に、ある違和感を憶える。
剣の速度と身体の動きに、釣り合いが取れていないのだ。俺はこれまでの経験則から、身体の動作で剣筋を予測することが出来る。それ故に、副産物として剣速もだいたい読めるのだ。けれど、今のカインズは俺の読みを越える速さでバスタードソード振るっている。
身体の動きが普通なのに、操る剣だけが早いのだ。
それに気が付いた瞬間、見えていなかった物が見えてくる。それはバスタードソードの刀身に纏わり付く、目視しづらい風だった。旋風が刀身を中心に渦巻いている。急に一撃が重くなったのは、こいつの所為だ。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花ッ」
魔法で剣速を上昇させ、一撃を重くしているのなら、対処法は幾らでもある。
袈裟斬りに振り下ろされた剣を、ロングソードで受け。そのままバスタードソードを刀身の上で滑らせるようにし、攻撃を下方向にいなす。それにより剣は振り切られ、鋒が地面に落ちる。
更に、カインズのお留守な足下に足払いを掛け、身体全体でのタックルを見舞う。
「くあッ!?」
幾ら剣速を早くしても斬り合いの経験が浅ければ、シンプルな手に引っ掛かる。体当たりされて体勢が崩れ、足払いにより蹌踉めきもした。倒れてこそ居ないが、隙だらけだ。
この期を逃すことなく、攻めに掛かる。追い打ちを掛けるように、ロングソードを薙ぎ払う。けれど、それは中断せざる終えなかった。体勢を崩して蹌踉めきながらも、カインズが俺に照準を合わせて魔法を放ってきたからだ。
至近距離から生まれた風の刃は、左手に灯していた焔でなければ軌道を反らせない。故に仕様がなく、俺は振るった剣を止めて防御に専念した。あの状況でまだ魔法を当てて来るとは、すこし見誤っていたな。カインズのことを。




