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色う焔と異界の剣士  作者: 手羽先すずめ
紅の撃ち手
27/44

開戦


 徒党を組んだ生徒達の連携により、ベッキーはかなり不利な戦況に追い込まれた。早くも最強候補が脱落するかと思われたが、しかしやはりと言うべきか。その程度のことでは、七大貴族の令嬢を押し切ることは出来ない。


 身体強化の魔法使い四員を一斉に排除したベッキーは、不敵な笑みを浮かべつつ矢を精製する。大質量の武器による一撃に耐えうる硬度を持った、紅色に色付く魔力の束を。


「〝地底の脈動(ストーン・ウェイブ)〟」


 負けじと防御を担当していた生徒が魔法を放つ。その結果、彼女を中心にリングが変形し。波のようにうねると山と谷を作り、リング上に高い壁を幾つも造り上げる。身の丈よりも高い防壁だ。


「〝螺旋気流サイクロン〟」


 更にそこへ別の女子生徒が魔法を重ね掛け、防壁は突風を纏う。これはベッキーの先制攻撃を防いだ組み合わせだ。攻撃に耐えきったという功績がある。だから、彼女達は今度も大丈夫だと踏んだのだろう。そしてそれを盾にして、接近を試みる腹積もりらしい。


 でも、俺は知っている。ベッキーの魔法が、ただ複数の矢を精製し、放つだけのものではないと。見ているのだ、オルケイネスの領地である山の中で、幾つもの木々を薙ぎ倒した一撃を。


「正面突破だ。貫いちまいな」


 ベッキーは精製した矢に魔力を送り込み、槍のように巨大化させる。その威力は折り紙付き。視界を埋め尽くした防壁に対し、真っ向からの勝負を挑む。意志により放たれ、直進するそれは螺旋を描き。徒党を組んだ生徒たちの思惑ごと、防壁のことごとくを抉り、貫いていく。


 纏う風に意味はなく、硬い防壁さえ脆くも崩れ去る。降り注ぐ瓦礫の群れは、矢の軌道を避けるように地面に転がり、一本の道を造り上げる。その光景はまるで怪獣が行進した後のようで、矢の破壊力を明確に理解するには十分すぎるほどだった。


「あと、四人ってところか」


 崩れた瓦礫の中から這い上がった生徒が四人いる。うち二人はアークインドの生徒だ。残りの二人は他校の生徒である。あの槍のような矢の余波を受けて、誰も彼もが満身創痍。しかし、誰一人まだ諦めてなどいない。


 強く意志を保ち、闘志を燃やす者ばかりだ。


「いいね。そう来なくっちゃあな!」


 ベッキーの背後に現れる、幾千幾万もの矢の弾幕。それに対して他の生徒も武器を構え、魔法を唱える。圧倒的な多対一にも怖じけず、勇敢にも戦った四人は、しかしベッキーのまえに敗北した。


 リング上に立っているのは、もはやベッキーただ一人のみだ。


「終わったか」


 控え室の中で響いた俺の声は、映像から伝わる観客席の歓声によって掻き消される。


 相変わらず、耳を塞ぎたくなるような声量だが、試合が終わった今となっては。勝者を賞賛し、敗者の健闘を称えるには、これくらいが相応しいかも知れないと思わせてくれる。まぁ、うるさいことに変わりはないのだけれど。


「やっぱり勝ったのはオルケイネスか」

「でも、他の生徒たちも頑張ったよ。並の生徒なら最初の一撃で終わってた」


 歓声の中、ベッキーはリングを降りていく。その姿はどこか、満足そうだ。


「なぁ、去年はエリーもいたんだろ? 結果はどうだったんだ?」

「あぁ、えーっと……たしか引き分けだったかな?」

「引き分け? バトルロイヤルなのにか?」


 予想外の回答に、頭の中で疑問が渦巻く。


「あの時は、ほとんどエクイストとオルケイネスの一騎打ち状態だったからな。他の十人はそうそうにリング外に落ちて、終始二人だけで戦っていた。だが、なかなか勝負が付かなかった上に、リングが魔法に耐えきれずに崩壊して、二人同時に脱落になったんだ。その結果、最優秀者なしする訳にも行かず、空前絶後の引き分けになったって話だ」

「それはまた、なんともまぁ」


 本当にエリーとベッキーだけ話のスケールが違うよな。二人が本気で戦えば、そりゃあそうなるだろう。一度、全力で戦う二人を見てみたいものだ。イリアンヌと戦った時でさえ、エリーは本気じゃあなかったみたいだし。ベッキーもあれが全力という訳じゃあないだろう。


 きっと、見ているこっちが圧倒されるような戦いになるはずだ。実際に目に出来る機会は、早くても来年になるけれど今から楽しみだ。


「さて、後は消化試合だな」

「そう言うこと言わない方がいいよ。ニルバレンくん」

「そうだぞ。爽快感のある試合もいいが、泥沼のような戦いも、それはそれで見所があるもんだ」

「ハッ、そうかよ。そんじゃあ期待せずに見るとするよ」


 初対面の時から思っていたけれど。カインズの奴、何故か人望はある癖に口が汚いんだよな。もう少し小綺麗になれば、色々と見る目が変わってきそうなものなんだけれど。いや、寧ろこの口の汚さが人望の理由なのかも? 


 それはないか。


「リングの修復も終わった見たいだな」


 そうして女子の部、第三試合、第四試合とバトルロイヤルは着々と進み。リング上の駆け引きや、戦略、純粋な戦闘能力や生存能力などが垣間見えた良い試合が続いた。最初は消化試合だと抜かしていたカインズも、今ではそんなことは言えないだろう。


 どの試合にも見所はある。なにせ、リング上で戦っているのは選りすぐりの生徒達なのだから。



「もうそろそろ、準備したほうが良いんじゃあないかな?」


 女子の部、第五試合の決着も付き。今は男子の部、第一試合の真っ最中だ。一学年の男子生徒が、リング上で戦っている。その数は十二人から六人にまで減っていた。そろそろ最優秀者が決まるころだ。


「そうだな。と、言っても俺はもうリング上に移動するだけで良いんだが」


 バトルロイヤルのルール上、使用できない斬魔の刀の代わりに、俺の腰には鞘に収まったロングソードがある。当たり前だが刀とは形状が違う直剣なので、いつも通りとは行かないけれど。ここ何日かで扱い方は把握したので大丈夫だと思う。


「俺もだぜ。おい、キリュウ。今度こそお前を倒してやるからな。逃げるんじゃあねぇぞ」

「あぁ、逃げないから安心しろ。返り討ちにしてやるよ」


 それから間もなくして第一試合が終わり、とうとう二年生の出番となる。バトルロイヤルを仕切るスタッフさんらしき人からも呼ばれ。俺達は控え室を後にして、今の今まで映像で見ていたリングへと爪先を向けた。


 廊下を渡り、リングのほど近く、観客からはまだ見えない位置に移動し終える。此処に他校の生徒はいない。リングへは学園別に四方向から向かうらしい。纏めて一度に出せば良いものをと思ったが、事前の小競り合いを防ぐための配慮だとすぐに気が付いた。


 リングの方に視線を向けてみると、すでに倒れた生徒達は回収されており、リングの修復も完了する寸前だ。あと少しもすればスタッフさんからリングに上がるよう指示が出るだろう。


「カインズ、ミクト。あそこに立ったら敵同士だ。容赦はしないからな」

「当たり前だ。お前は必ず俺が倒す、それまで脱落するんじゃあねぇぞ」

「ぼ、僕だってやる時はやるよ。二人にだって負けないから」


 他校の生徒がどんな心境かは知らないが、こちらとしては概ね良好だ。程よく緊張して、程よく活気づいている。相手にとって不足なし。気兼ねなく、気持ちよく戦えるに違いない。


「では、選手のみなさん。リングへ上がって下さい」


 スタッフさんから指示が出て、俺達はリングへと向かう。姿を見せた瞬間に響く、観客席からの応援や激励を浴びて決戦の場に立った。


 あの観客席の何処かにエリーとインクルスト、それからクインがいる。控え室にいるベッキーも、壁に映し出された映像によって試合を見ていることだろう。無様な姿は見せられない、と改めて腹を括れば、ちょうどよく鐘の音が響き始める。


 一つ二つと鳴り、そして最後の三つ目、開戦の合図が鳴り響いた。


「先手必勝!」


 始まりを告げたバトルロイヤル男子の部、第二試合。華々しく先手を取ったのは、俺達ではなく正面にいた他校の生徒だった。何やら大声を上げて、尋常ではない速度でこちらに向かっている。


 見たところ、身体強化の魔法使い。初戦の相手にしては上出来だ。


「貰った!」


 体勢を低く低く、這うように駆けてきた他校の生徒は、その手に携えたダガーを振るう。その短く鋭い刃は、空を馳せて俺の首元を目指している。だが、そんな見え見えの攻撃を喰らうほど、柔な鍛え方はしていない。


 俺はそれを避けるでも躱すでもなく、受け止める。左手で相手の手首を掴み、その軌道を強制的に停止させる。


「よう、先手がなんだって?」


 攻撃を止めて反撃のチャンスを作り出すと、鞘からロングソードを引き抜き。そのまま相手生徒の左脇腹から刃を入れて、右肩まで振り上げる。飛び散る鮮血と倒れる肉体。先手を取った他校の生徒は、ここに沈んだ。


「さぁ、次だ」


 ロングソードを構え直し、こちらを狙っている敵とそうでない敵を把握する。今のところカインズもミクトも生存中、だが二人とも誰かを相手取っている。なら、そこに割り込まず、別の生徒に攻撃を仕掛けよう。その方が効率が良い。


 そう状況を見定めていると、不意に別の生徒と目が合う。今、この時に目が合うということは、それ即ち戦闘の始まりだ。俺達は互いに駆けだし、魔法を、武器を交える。


「〝水刃ウォーター・カッター〟」


 手裏剣の如く、薄い円盤状の水が飛来する。だが、そのサイズは小さい。このくらいの大きさならば、ロングソードの側面で軌道を反らすことが出来る。線ではなく、面による攻撃だからだ。


 フードの男と戦った際に銃弾を弾いたように、その水の手裏剣を弾き。強引にロングソードの間合いにまで歩を進めようとする。近づくたびに数が増えるが、それでも剣の一振りよりも速度は遅い。


「これならッ、どうだッ」


 両手を広げ、相手が生成したのは巨大な水の手裏剣だ。小さい物ではダメだと判断したんだろう。彼の手を離れて飛び出た水の手裏剣はたしかに大きい、あれでは剣で弾けない。けれど、代わりに数が減った。これを避ければ、障害はないに等しい。


 向かう足は止めず、大きな水の手裏剣を紙一重で躱して大きく前進する。そしてその勢いを乗せた蹴りを放ち。新たな魔法を発動しようとしていた相手を、リング外へと吹き飛ばす。これで脱落、だが休んでも居られない。敵はまだまだ沢山いる。

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