徒党
Ⅰ
昼食を取り終え、小休止を挟み、戦いの時はついに来た。午後の競技の目玉、バトルロイヤルの開幕だ。リング上の戦いは同じ学年の生徒同士で行われ、最終的に生き残った一人が最優秀者となる。アークインド学園を含む、学園対抗戦に参加している四校はすべて五年制であることから。最終的に最優秀者は男女合わせて十人となる。
明日のスペシャルマッチでも、男女別にバトルロイヤルを行い。女子五人の中から一人を、男子五人の中から一人を、つまり男女二名にまで絞り込まれ、栄えある勝者となるのだ。
ちなみに、男女で戦うことはないらしい。
「まずは女子戦からか。ベッキーの出番は順当に行くと、二試合目ってことになるか」
選手の控え室で椅子に腰掛けて見据えるのは、まだ誰もいない会場のリングだ。三百六十度を観客席に囲まれた、石造りのリング。あと数分もすれば、その上で生徒同士の戦いが始まるだろう。
控え室にいて、なぜリングが見えているのかと言えば。それはなんらかの魔法で、控え室の壁に映像が映し出されているからだ。まるでテレビ画面を見ているかのように、音声まで伝わってくる。
これが材料費無しで出来ると言うのだから驚きだ。
「……なぁ、よう、キリュウ。お前の人脈ってのは一体どうなってるんだ?」
始まりを静かに待っていると、珍しくカインズのほうから話を振ってきた。
「人脈って?」
「お前はエクイスト家に雇われてるから、エクイストと仲が良いのは分かる。その繋がりでオルケイネスとも交流があるってのも、まぁ理解できる。だが、その方向で考えていくと、どうしてウルハリウスと知り合いになってるのか。その経緯が分からねぇ。一介の雇われ護衛役が、なんでそんな広い人脈を持ってやがる」
「んんん。いや、人脈は広くない。寧ろ狭いくらいだよ、俺は」
そう言うと、カインズは途端に怪訝そうな顔をする。
「そんな顔をすんなよ。俺の知り合いと言えば、内はエリーとエクイスト家の私兵二人。外はベッキーに、アレックス。それとカインズとミクトくらいだぜ? 俺の知り合いは、たったの七人だ」
「……そうだとしても、その狭い人脈が濃すぎるんだよ。なんでその七人の中に三人も七大貴族の子息令嬢が入ってくるんだ」
「さぁな、偶然だろ」
「ハッ、とんだ偶然もあったもんだな」
外敵であるイリアンヌを含めれば、八人中四人となって半分を占めるのだが。イリアンヌを知り合いと言うには些か無理がある。なので、まぁそんなところだ。しかし、こうして改めて考えて見ると、友達少ないな。俺って。
「そろそろ始まるよ。キリュウくん、ニルバレンくん」
そうミクトが言うので、映像のほうに目を向けると確かにリング上に女子生徒が立っていた。人数は一つの学園につき三人だから、合計して十二人か。この試合は一年生の生徒同士で行われるため、ベッキーの姿はない。
というか、カインズ・ニルバレンって言うのか。カインズのフルネーム。
Ⅱ
「ふむ、なかなかどうして見応えがあるな」
地に伏した複数の生徒達の中でただ一人、拳を振り上げて立っている女子生徒がいる。
彼女が最後まで生き残り、勝利を手にした最優秀者だ。紺色の制服を身に纏っていることから、アークインドの生徒ではないだろう。白い制服を纏った一年生も健闘したが、惜しくも二番となってしまった。
「途中までは良かったんだけれどな。序盤中盤と目立ちすぎたか」
俺がバトルロイヤルの予選をした時に起こった現象と同じだ。集団戦において個人が目立ち始めると、他が一時的に徒党を組んで攻めてくる。それを跳ね返せる力があれば良いが、大抵の場合、個は数の力に敵わない。
それに予選の時とは違い。今回、リング上にいたのは選りすぐりのエリートだ。俺の時より生存率がかなり低くなっていただろう。
「そうだね。こうして見ると計画的に実力を隠しながら戦ったほうが賢明だね。体力の温存にもなるし」
「だが、実力を出し切るまえにぶっ倒れちゃあ意味がねぇ。その辺が勝敗を分ける肝要な部分だな」
そう映像を見ながら分析を進めていると、時期に勝ち残った生徒がリングを降りていく。会場の観客席にいる観客は、彼女に惜しみない拍手を送っている。この歓声だ、生き残った彼女はさぞかし嬉しいことだろうな。
その後になって、倒れた生徒の回収や、砕けたり破損したリングの修復が行われ。ものの五分で次の試合が始まろうとしていた。次はいよいよ二年生女子の戦い。ベッキーの出番である。観客席の何処かにいるエリーも、今か今かと待ち望んでいる筈だ。
そして満を持して登場する。オルケイネス家の令嬢、バトルロイヤル女子の部、最強候補、レベッカ・オルケイネスが。
「うわ、うるさっ」
ベッキーがリング上に姿を見せた瞬間、割れんばかりの歓声が巻き起こる。登場しただけでこの過剰反応だ。映像を通して様子を見ているこちらにまで、その声は鮮明に届いている。寧ろ、リング上にいるよりも大きく声が聞こえているんじゃあなかろうか。
それくらい滅茶苦茶うるさい。
「毎年、こんなに五月蠅いのか?」
「去年はもっと凄かったよ。何せエクイスト様とオルケイネス様が同じリング上にいたからね。それはもう王都全域に広がるような勢いだったよ」
想像するだけでも耳が痛くなりそうな話だ。今だって十分にうるさいのに。
この映像、音声だけオンオフ出来るようにならないかな。始まりと終わりだけ音声を切ってしまいたいんだけれど。せめて、音量を小さくすることは出来ないだろうか。そんな機能があっても不思議じゃあなさそうなんだが。
無理そうだな。
「いよいよか」
歓声が鳴り止まないうちに、リング上に十二人の女子生徒が出揃う。その顔付きは険しく、みんなベッキーを警戒しているようだ。他校の生徒は勿論のこと、自校の生徒すら、異様な緊張感を持っている。
流石に、この場に立っているだけはあって誰も勝負を投げてはいない。誰もが自分が生き残ると確信している。そんな生徒が相手なのだ。ベッキーも退屈には思わないだろう。
時期に歓声も鳴り止み、それに取って代わるように大きな鐘の音が響き渡る。一つ、二つと鳴り、そして三つ目の鐘が鳴り響き、第二試合は開幕した。
「〝天使の矢〟」
鐘の音に混じり、微かに聞き取れたベッキーの声。予選の時と同じように、ベッキーは大量の矢を精製し、そのまま容赦なく放つ。しかし、展開まで同じとは行かない。開幕と同時に仕掛けられる先制攻撃をまえに、他の生徒達は臆することなく防御に入る。
アークインドを除いた他三校の生徒が協力することによって。
「そう来たか」
互いが互いを護り合い。魔法で分厚い防壁を作り上げ、風を操り矢の軌道を無理矢理に反らしている。優秀な生徒が九人揃えば、あの矢も防げないことはない。何処が何処に話を持ちかけたのかは知らないが、あの三校は協力関係にあることは確かだ。
一対一では敵わないから徒党を組んで袋叩きにしよう。ある意味では一試合目と同じ展開だ。七大貴族の令嬢という目立ちすぎる存在に対し、徒党を組んで襲いかかる。それが最善、定石だ。
バトルロイヤルは飽くまでも生き残った者が勝つ。求められるのは強さではなく、生存能力だ。その方法に、予め他校の生徒と協力関係を結んでおく、ということは禁止されていない。
「卑怯、とは言わないけれど。露骨な手に出て来たね」
「あぁ、いけ好かねぇってのは確かだな。お前もそう思うだろ? キリュウ」
「まぁ、否定はしない。けれど、そうでもしないと倒せない相手だってことだよ、ベッキーは」
これは極端な例だけれど。強者だからこそ、弱者の集まりに倒される。というのは、昔からありがちな展開だ。というか、圧倒的な強さを誇る者を倒すには、自分がそれ以上に強くなるか、数を揃えるくらいしかない。
この場合、リング上にいる彼女達は後者を選んだのだ。
「実際、本気で勝ち残りたいなら、この方法しかないと思う。集団でベッキーを倒した後は、協力関係なんて無意味になるから。そこからは完全な個人戦だ。ベッキー以外の誰もが平等に生き残る可能性を得られる」
「逆にそうしないとオルケイネスが可能性を根こそぎ持って行っちまうって話か」
精製された全ての矢が放たれ、魔法は一旦の終息を見せる。
矢が尽きるまで防御を固めた生徒達は、この隙を狙っていたのだろう。攻撃の手が途切れた瞬間、防御を担当していた生徒の隙間を縫って遊撃部隊が進軍する。その数は四人。全員が大質量の武器を持った身体強化の魔法使いだ。
彼女達は、矢の応酬によって負傷した他のアークインドの生徒には目もくれず。一直線にベッキーだけを狙って突き進む。
それに対するベッキーも直ぐに攻撃を再開するが、その時すでに射撃の魔法では撃っても当たらない位置にまで近寄られていた。矢を放つも避けられ、進撃は止まらない。そして、ついに四人が自分の間合いにベッキーを捉え、その大質量の武器を振り下ろす。
この瞬間、四人は勝ったと思っただろう。倒したと確信した筈だ。けれど、それじゃあまだ届かない。
「すこし、あたしを甘く見過ぎじゃあないかい?」
そう呟くベッキーの姿は、少しも傷を負っていなかった。
四人の攻撃はたしかに振り下ろされたが、しかし得物は掠りもしていない。何故なら途中で完全に勢いを殺され、止まってしまったからだ。空中に固定された魔力の矢に、受け止められるという形で。
攻撃が振り下ろされた瞬間、刹那が過ぎるうちにベッキーは四つの武器が描く軌道を完璧に読んで見せたのだ。そして振り下ろされる武器が、己の身に到達するよりも早く。その軌道上に矢を精製するという離れ業も同時に行っている。
ベッキーは完全に、攻撃を見切っていた。
「くっそぉぉぉぉぉおお!」
遊撃部隊のうち一人が絶叫を挙げ、更にベッキーへと襲いかかる。他の三人もそれに続き、取り囲むように立ち回りながら次々と攻撃を仕掛けていく。けれど、そのどれもが精製される矢に阻まれ、届かない。
どの角度からどう攻撃されようと、ベッキーはその全てを防ぎ切る。
「まずは四人だ」
指を弾いて乾いた音が鳴ると、防御のためだけに精製されていた矢が、方向を変えて遊撃部隊へと照準を定める。それに反応して飛び退いた四人だったが、時既に遅し。数多の矢が正確に目標を狙い撃ち、全てをリング外へと突き落とす。
「さて、どんどん行こうか」
不敵な笑みを浮かべ、ベッキーはまた新たに矢を精製する。
まだ試合は始まったばかりだ。




