表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
色う焔と異界の剣士  作者: 手羽先すずめ
紅の撃ち手
24/44

本番当日


 学園対抗戦、その出場代表者に与えられた休日もなくなり、今日はいよいよを持って本番当日である。魔力を込めた糸で編まれたという、白い学生服に袖を通し。登校する準備は整った。エリーはまだ休学の身なので、今日も一人寂しく通学路を行くとしよう。


「あ、シュウ。見てみて! 良いでしょ、これ」

「なんだ? そのサングラスは」


 部屋を出て玄関口に向かっていると、後ろから声を掛けられ。振り返ってみるとエリーは顔が三分の一ほど隠れるくらいの、大きなサングラスを掛けていた。こんな目立つ物、以前から持っていたっけか?


「この前、買い物に行ったとき、一緒に買っておいたのよ。どう? 似合う?」


 サングラスの端を持ち、すこし下げてエリーは俺と視線を合わせる。その仕草が身長差の関係もあって自然と上目遣いになっていた。偶然なのか、それとも狙ってやっているのか。後者なら大したものだ。ちょっと、どきりとした。


「似合ってるよ。これでつばの広い帽子でもあれば、完璧なんじゃあないかな。けれど、なんでまたサングラスなんて持ち出して来たんだ?」

「ふふふっ、学園で一大イベントが行われるって言うのに、家でじっとなんてしてられないでしょ? だから、顔が隠れるくらいの大きなサングラスを買っておいたの。服はシャルナから借りれば、もう私だって分からないんじゃあないかしら」

「変装して来るつもりか? バレたら大騒ぎになるぞ」


 というか、そのサングラスは普通に目立つ。


「大丈夫よ、下手は打たないわ。それにクインとシャルナも一緒に来るから、伊座と言うときはなんとかなるわよ」


 その重要な所がなんとかなるで終わっている所を見るに、不安でならないのだけれど。


 まぁ、心配しなくても上手くやるだろう。エリーだって馬鹿じゃあないんだから、何だかんだで最後まで正体を見破られたりしないはずだ。クインとシャルナもいるみたいだし、前のように襲撃されるおそれもない。


 すこし羽目を外すくらいなら、許容の範囲内か。


「そんな事より、あの魔法は完成したの? 色々と試行錯誤してたみたいだけれど」

「まぁ、一応は形になったよ。これで重力魔法は無効化できると思う。お披露目はまだ先だが、きっと上手くいくさ」

「これでウルハリウスと戦えなかったら笑い話にするからね」

「止めてくれ。と、言いたい所が、その時は大いに笑うが良いさ。それで少しでもエリーの退屈が解消されるなら、笑われた甲斐もあったってもんだ」


 努力がまるまる無駄になるよりかは、笑い話にでもしてくれたほうが遥かにマシだ。


「じゃあ、ちゃんと御粧おめかしして来いよ。帽子も忘れるな」

「分かってるわよ。行ってらっしゃい」

「行って来ますっと」


 エリーに見送られて豪邸を後にし。敷地前で待ってくれていた御者ぎょしゃさんに挨拶を言って、馬車へと乗り込んだ。御者さんが自動車で言う運転席に座ると、手綱を握って馬を動かし始める。


 ゆっくりと、馬車は動き出した。



 学園対抗戦が行われるのは、当然アークインド学園ではない。野球に球場があるように、サッカーにフィールドがあるように、魔法を使った競技には、それに似合った土地と施設が必要だ。


 この王都には年に一度だけ開かれる学園対抗戦だけのために設けられたエリアがある。そこには各競技ごとに専用の会場が用意されており、選手代表となった生徒達は一度、指定の場所に集まったのち。それぞれ自分の出場する競技の会場におもむき、しのぎを削ることになる。


「おっと、着いたか」


 馬車の揺れが止まり、学園対抗戦が開かれるエリア前に到着したことを知る。


「ありがとう御座いました」

「いえいえ、健闘を祈っておりますよ。では」


 そう言って馬車を降りると、御者の老紳士さんは柔らかな笑顔で送り出してくれた。そうして馬車は来た道を戻っていく。けれど、あと数時間後にはまたこの道を通ることになるだろう。今度は俺ではなく、エリー達を乗せて。


「さてと、まずは此処の中心にある受付に行けばいいんだっけか」


 事前に先生から貰っていた地図を広げ、現在地と目的地の位置関係を把握する。


 このエリアは、受け付け場所となる比較的小さめの建物を中心に配し。そのまわりをぐるりと囲むように各競技の大きな会場が軒を連ねている。なので、とりあえず、前を向いて歩いて行けば受け付けまでたどり着けるはずだ。


 広げた地図を折り畳み、前を向いて行くとしよう。


「シュウヤ、キリュウさんですね。少々お待ち下さい……はい、確認が出来ました。この選手バッチを付けて、奥へとお進み下さい」

「ありがとう御座います」


 貰ったバッチを制服の胸に付けて、受付のお姉さんに言われた通り、奥へと進む。ちなみに獅子の模様が描かれたバッチだ。


 扉の敷居をまたいで短い廊下を通ると、ホールのような場所に出る。数多くの座席が縦に横にと並び。それらは全てステージの方向に向いている。こう言う建物の作りも、元の世界と変わらないんだな。


「そらっ」


 そう考えていると、背後から気配と声がする。


 反射的に振り返ると顔面を目がけて飛ぶ拳が視界に入り、俺は思わずそれを手の平で受け止めた。受け止めた感触から、ほとんど力の入っていない攻撃だったと分かる。そのことを不思議に思いつつ、視界を占領する拳を横に逸らしてみると、ちょっかいを出してきた張本人、ベッキーの顔が見えてくる。


「なーにしてんだ? こら」

「いや、今ならシュウくんに一杯食わせられるかなって」

「そんな下らないことで人を殴ろうとするんじゃあない。まったく」


 呆れながら、受け止めた拳から手を離す。


「これが何かの勘違いで、俺じゃない誰かを殴ってたらどうするつもりだったんだよ」

「そんときゃあ、そんときさ」

「なんでそんなに大胆不敵なんだよ。手は小さいくせに」

「ん? あたしの手ってそんなに小さいのかい?」

「確かめて見るか? ほら」


 手を開いて、手の平をかざすように差し出してみる。


 ベッキーはそれに応えるようにして、俺の手に自分の手を重ねた。


「ほらな? さっき拳を受け止めた時、そんな感じがしてたんだ」


 女子にしては平均くらいだろうけれど。やはり、男と比べてみると小さく見える。


「ホントだ。んー、やっぱり体格じゃあ男には敵わないか」


 そう言いつつベッキーは指を絡めてくると、力を込めてぎゅっと握ってくる。


 力試しでもしているんだろうが、生憎そんな弱々しい握力じゃあ痛くも痒くもない。お返しに同じ事をしてやろうかとも思ったが、かと言って自分から力を込めるとベッキーの手が痛みそうなので止めておくとしよう。


 そんなことはないと思うが、バトルロイヤルに差し障りがあったら大変だ。


「痛くないからな。ほら、さっさと行こう。さっきから先生がこっちを見てるぞ」


 こちらを向いている視線は、それだけじゃあないが。


「ん。分かった。それじゃあ行こうか」


 やけに素直だなと感心しつつ、出場生徒ぶんの座席を確保していた先生のもとへ行く。この先生はいつも敬語で話してくれるほうの男先生だ。そう言えば、随分と名前を呼んでいないような気がする。えーっとたしかニッキー先生だったかな。本名はニコラス・レバンティアだった筈だ。


 あのアマゾネスのような女先生は、後から遅れてくるらしい。


「来ましたね。もうすぐ開会の挨拶がされますので、二人とも指定の席に座って下さい」


 そのニッキー先生の指示のもと、指定された座席に腰掛ける。しばらくすると、続々と思考の生徒や他校の生徒がホールに入ってくる。その中にはカインズも、そしてアレックスも当然ながらいた。


 いよいよ始まりを告げる。バトルロイヤル開始も、もうすぐだ。



「なぁ、大人の挨拶とか言葉ってのは、どうしてあんなに長いんだろうな」


 長い長い、毒にも薬にもならないような話が七割を占める開会の挨拶が、やっとのことで終わりを迎え。現在、俺は出場する生徒に与えられた控え室で、暇を持て余していたのだった。


 バトルロイヤル開始は午後からだと言うことを、綺麗さっぱり忘れていた。学園対抗戦のメインイベントであるが故の出番の遅さである。なにもトリに使わなくても良いじゃあないかと思うんだけれど、そこは大人の事情とやらが絡んできているらしい。


「ああん? 知るかよ、そんなこと。つーか、勝手に話しかけてんじゃあねぇ。キリュウ」


 何気なく尋ねた言葉に、カインズはわざわざ反応してくれた。嫌なら無視すれば良いのにな。


「んなこと言ったって暇なんだから仕様がないだろ。対抗戦が本格的に始まるまで外に出ちゃあいけないってんだから、ちょっとは愛想良く付き合えよ。えーっと、会場に人が入るのが確か午前九時からで、本格的な始まりは十時頃だよな」

「なら、一時間は此処で缶詰だね」


 と、俺とカインズ以外にバトルロイヤルに参加する三人目の生徒が、そう教えてくれる。


「そっか、一時間か、かったるいな。……ごめん、あんた名前なんだったっけ?」


 親切に教えてくれたところ申し訳ないが、名前が思い出せそうにない。顔を憶えているから、初対面じゃあないのは確かだけれど。名前だけ、名前だけがどうしても脳内で雲隠れしているのだ。


 カタカナの名前は馴染みが薄いから、頭から飛んで行きやすくて仕様がない。


「おいおい、名前を忘れるなんて最低だな」

「うるせぇ。俺は一回戦わないと、なかなか名前が憶えられないんだよ」

「あははっ、いいよ、いいよ。僕、地味だし、もともと影が薄いから」


 そう言う割には、その地味や影が薄いことを特に気にした様子はない。あっけらかん、とまでは行かないが、落ち込んでも居ない。至って平坦な声音で、彼は言い切った。


「それで、名前は?」

「ミクト・レストニルクだよ。シュウヤ、キリュウくん。よろしくね?」

「あぁ、よろしく」


 改めての自己紹介も済み、この三人以外誰もいない控え室に沈黙が訪れる。


 誰も何かを話そうとはしない。なんというか、自分から何かを言い出し難い雰囲気だ。楽しく会話をしている途中に、ふとした沈黙が生まれることがあるけれど。これもそう言った類いのことなんだろうか。


 なにやら、このことを天使が通ったと言うらしいが、まぁ、いいか、そんなこと。


 ダメだ。暇すぎて下らないことばかり考えてしまう。この状態が後、一時間くらい続くかも知れないのか。大人しく、仮眠でも取っておこうかな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ