攻略法
Ⅰ
インクルストがダウンしたため一度、休憩がてら馬車へと戻った。総重量二十キログラムにも及ぶ品物の山を、別の馬に繋がれた荷車に乗せられて、自分としてはかなり楽になった次第だ。インクルストも少し休めば楽になるだろうし、言うこと無しだな。
「シャルナもダウンしちゃったことだし、そろそろ買い物はお終いね。じゃあ、今度は約束通り、シュウのためにこの王都を案内してあげるわ」
「これでやっと荷物持ちから解放されるわけか」
ある意味、あの氷結糖には感謝だな。インクルストには悪いが、アレのお陰でエリーの行動を主軸に戻すことが出来た。必要な犠牲だったのだ、インクルストには感謝感激雨霰だ。もう足を向けて眠れないな。
そうして馬車はゆっくりと進み始め、王都の各地を廻り始める。
王都の景観としては、無骨ながらも洗練された石造りの都だ。建物や道路、水路や橋に至るまで、素材の種類や色合いは違えどほとんどが石の括りで統一されている。けれど、全てが石な訳じゃあない。各地には当然ながら土の地面と緑があり、さきも言った通り水も通っている。
石の配色一辺倒ではない。なかなかに美しい都だ。
「此処はこの王都で一番の観光名所、気高き獅子の像よ」
エリーの紹介を経て、馬車を降りてみると目の前には大きな獅子の像があった。
それは獅子奮迅の言葉を彷彿とさせる、完璧な彫刻だった。今にも動き出しそうな躍動感と、本物と見まがうほどに滑らかな造形。色さえ付いていれば剥製と言われても、疑いはしないだろう。
こんなもの間違いなく、観光名所になるに決まっている。
「この像に込められた思いは、猛々しくも気高い獅子の如き常勝と不敗。大昔にあった大戦争を勝ち残ったこの国が、その強さを永久に誇示できるようにと、当時の王が作らせた物なのよ」
「へぇ、なるほど」
強さの象徴に獅子を選ぶ辺り、どこの世界でも考えることは同じらしい。
例え、虎のほうが強いと言われようと、やはり強さと言えば獅子なのだ。百獣の王たる所以は、単純な強さだけでなく。その威風堂々とした姿や、猛々しく気高いという人々の印象にある。それは他のどの動物よりも根強いものだ。
理屈をどうのこうのと述べた所で、それは変わらない。何時まで経っても、強さの象徴は獅子で有り続けるだろう。
「折角だから、バトルロイヤルの勝利祈願をしておいたら?」
「んー、止めとくよ。そう言う神頼みは、あまり好きじゃあないんだ。なんだか、勝ったのは全て祈願したお陰だってことになりそうで、手柄を横取りされた気分になる」
「シュウって意外と捻くれてるのね」
「否定はしないけれど。面と向かって直接、言うのは止めてくれ」
そんな話を聞きつつ、獅子の像を眺めていると、視界の端に見覚えのある顔が写る。そちらの方向へ焦点を当てると、向こうもちょうどこちらに気が付いたのか。少し離れた位置にいた彼は、こちらへと爪先を向ける。
「よお、誰かと思えばエクイストじゃねぇか。それにそっちの剣士も」
「ウルハリウス。貴方も来ていたのね、ここに」
近寄ってきたのは、すこし前にオルケイネスの領地に迷い込んでいた、ウルハリウスだった。すこしは反省した顔色を見せるかと思ったが、この様子を見る限りこれっぽちもなさそうだ。
「そりゃあ勝利祈願の場所と言ったら、此処以外に有り得ねぇからな。そっちも目的は勝利祈願か?」
「いいえ、私達はただ観光廻りをしていただけよ。たまたま今、偶然にも貴方と出会っただけで」
「観光廻り? どうしてまた」
「私の隣にいる護衛は、この国に来てまだ日が浅い。だから、地理把握も兼ねて各所を案内しているわ。伊座と言うとき、何かと役に立つでしょう?」
「ふーん」
エリーの話を聞いて腕組みをしたウルハリウスは、僅かに考え込む仕草を取る。そして、その後に視線を俺のほうへと移したかと思えば。直ぐに視線を俺の頭上へと上げ、徐々に下がっていった。何をしているのかと思ったが、どうやら俺を観察しているらしい。
頭の天辺から足の爪先まで、順に眺めたウルハリウスは、何故か一人で頷くとこう言った。
「もしかして、そっちの剣士ってアークインドの学生だったりするか?」
「え? えぇ、そうだけれど」
「それでバトルロイヤルの出場代表だったり?」
「……気味が悪いわね。どうして、そんなことを知っているのかしら?」
奇妙なことに、知らない筈の情報を言い当てたのだ。
「あーいや、確証はなかったし。そうだったら良いな、くらいの気持ちで言ったから。自分でも驚いてるんだ」
「そうだったら良いな?」
「あぁ。そっちの剣士、相当、鍛えられてるだろ? 一度、本気で戦いたかったんだが、生憎その機会がない。だから、もし剣士がアークインド生徒で、バトルロイヤルに出場するなら。全力で戦える機会があるかなって、そう思ったんだ。まさか、本当にそうだとは思ってなかったけれどな」
偶然とは恐ろしいものだな。期せずして事実を言い当てるとは、当てずっぽうな願望も時には本当になるということか。
しかし、となると、ウルハリウスは他校のバトルロイヤル出場代表ということになるのだろうか? だとしたら、学年が同じならば必然的にリング上で相まみえることになる。あの重力魔法は強力だ。斬魔の刀なしに、どう攻略したものか。
戦うからには勝ちに行きたい。どうにかこうにか、対策を練っておかないとな。
「その戦闘狂っぷりは相変わらずのようね。代々、おっとりとしていて落ち着きのあるウルハリウス家の子息とは思えないわ」
「それはお互い様だろ、エクイスト」
まぁ、エリーに言われたくはないよな。
「とにかく、リング上で戦えることを心から願ってるぜ。そこの剣士」
「俺の名前は剣士じゃあない。シュウヤ、キリュウって名がちゃんとある」
「そうか、ならシュウヤと呼ばせて貰うぜ。そっちも俺のことはアレックスでいい」
本名がアレクサンダーだから、アレックスか。
「分かった。そう呼ばせて貰う。対抗戦で戦うことがあれば、あの時の決着を付けよう」
「おう! それじゃあな。シュウヤ、エクイスト」
そう言い残して、アレックスは物凄い勢いで去って行った。急にやって来ては皆をあっと言わせ、その驚きが冷めないうちに去って行く。形容するなら嵐そのものだな。まぁ、本物の嵐と違って無闇矢鱈と暴れ回らないのが唯一の救いだ。
「なんだか、最後のやり取りで私だけ置いてけぼりにされた気がするけれど。男の子同士って親しくなるの早くない? 会うのは二度目だし、トータルした時間は十分にも満たないわよ?」
「男同士ってのは拳を交えれば、みんな自然と仲が深まって行くものなんだよ。時間なんて大した問題じゃあないんだ」
近年になって、諸々の事情からその傾向は薄れ始めて来たけれど。少なくとも喧嘩や戦いが切っ掛けで、いつの間にか相手と友達に成っているのは事実だ。元の世界にも少数だがいた友達は、みんなそうやって手に入れた人達なのだから。
「そろそろライオンにも見飽きてきたし。馬車に戻って、次の観光地に行こう。インクルストも、もう回復している頃だ」
「んー、ちょっと腑に落ちない所はあるけれど。そうね、戻りましょうか」
獅子の像がある広場を後にすると、馬車まで戻った時にインクルストが出迎えてくれた。
顔色は随分と良いようだ。口の中の酸っぱさが抜けて、ようやく完全復活と言ったところか。表情にもはや変化の余地はなく、いつもの無表情である。でも、しばらくは甘い物を、特に柑橘系の食べ物を敬遠しそうだな。
Ⅱ
俺の魔法は焔の色によって燃やす物と、燃やさない物を指定できる。現に人だけを燃やさない焔を、フードの男に向かって放つことは出来ていた。なら、もしかしたら魔法だって燃やせるようになるんじゃあなかろうか。
アレックスの重力魔法は強力で、行動を著しく制限される。けれど、その発生源は割れている。重力異常が発生した足下だ。地面に魔法が作用しているなら、そこを狙えば燃やせるに違いない。
問題は、魔法を燃やすことの出来る色が分からないことだ。生物なら血の色。植物なら緑の色。液体なら水の色と、具体的な物を色分けすることは簡単だ。だが、魔法という曖昧で漠然とした物を燃やせる色など見当が付かない。重力という点に絞って考えて見ても、やはり思い浮かばない。
そこさえ攻略することが出来れば、アレックスとの勝負にも勝機が見えてくるのだけれど。如何せん、高い高い壁だ。登り切り、越えるためにはかなりの工夫と苦労がかかりそうである。
「悩んでいるようだな」
ふと、顔を上げると訓練所の入り口付近に見知った燕尾服を見付けた。言わずもがな、クインである。いつかと同じように、ふらふらっと気まぐれにやって来たのだろうか。考えていることが、あまり読めないな。
「えぇ、まぁ、ちょっと」
「なんだ? 言って見ろ」
「え?」
「話を聞いてやると言っているんだ」
んんん、どう言う風の吹き回しだ? まぁ、相談に乗ってくれるというのなら、ダメで元々のつもりで話してみるか。そんな軽い気持ちで、俺はクインに事の経緯を話した。俺が話し終えるまで、クインは返事も相槌を打つこともしなかったが、きちんと聞いてはくれているようだった。
「ふむ、なるほど。無の系統魔法、重力操作か。シャルナのような魔法が使えれば、身体能力を上昇させて無理矢理にでも戦えただろうが。たしかに、貴様では一計を案じなければ敵わないだろうな。ましてや斬魔の剣がなければ尚更だ」
痛いところを的確に刺してくるな、この人。
言い返せない正論で攻めてくる辺り、クインの上手いところだ。言い返す余地を与えてくれないというのは、なかなかどうして、もどかしい物がある。いつかあっと言わせてやりたいな。
「で、その打開策が自らの焔で重力魔法を燃やす、か。それ自体は悪くない手だが、肝心の条件が分か らず終い。それで悩んでいる、と」
「その通りです」
「ふむ……」
クインの考える仕草に、若干おどろいた俺がいた。
思ったよりも、ずっと真面目に考えてくれている。てっきり聞くだけ聞いて、さっさと本邸に戻るものだと思っていたのに。本当に、どう言った風の吹き回しだろう。なにか良いことでもあったのか? 此処に来るまえに。
「……その焔の魔法を、一番良く理解しているのはシュウヤ、貴様自身だ。故に魔法や重力を燃やすことの出来る色とやらに助言は出来ない。が、一つだけ貴様に足りない物を教えてやろう」
「足りない物、ですか」
「そうだ、貴様に足りない物。それは、視野の広さだ。貴様は自身の魔法に囚われるあまり、視野を狭めている。もっと広い目で物事を捉えろ。さすれば、打開策も見えてくるだろう」
それだけ言い終わると、クインは俺に背を向けて訓練所を去って行った。
「俺の魔法を理解しているのは俺だけ……囚われている……視野が狭い……広い目で物事を捉える」
クインは何が言いたかったのだろうか。言われた言葉を繰り返し反芻して、より深く考えてみる。囚われている、視野が狭いということは、何かを見落としているということか? なら、何を見落としている? 何がいけないんだ? 広い目で物事を捉えろとは一体。
ぐるぐると巡るクインの言葉を一つ一つ消化して行き。その真意を少しずつ手繰り寄せていく。そうして、気が付く。クインが言いたかったことを、理解する。
「そうか……そう言うことか」
これが上手く行けば、重力操作を無効化できる。勝ち筋は見えた。




