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色う焔と異界の剣士  作者: 手羽先すずめ
紅の撃ち手
20/44

予選


 オルケイネス家の別荘から帰って来てから、幾ばくも日が経っていない今日。俺は一人ぼっちで通学路を越え。学園敷地内の前、あの巨大な門扉を眼前に据えて立ち尽くしていたのだった。


「来てしまったか」


 まぁ、でもどうにか上手いこと出来るだろう。それよりも俺が復学した理由は、きたるエリーの登校日に向けて噂の矛先を俺に集中させることが大きい。アークインド学園の代表うんぬんの話は二の次だ。


 とにかく、門扉を抜けて教室に向かうとしよう。


「ねぇ、あの人じゃない? 腰に剣を差してるし」

「うそー、あの人が? 暗殺者を返り討ちにしたって言う?」

「エルサナ様を身体を張って護ったんですってー」

「あいつまだ魔法のほうは半人前だろ?」

「でも、その代わり剣術が凄いんだってよ」

「剣術? 剣を覚える暇があるなら、魔法の訓練にあてればいいのに」

「なんでも最近まで、まるで魔法が使えなかったらしいぜ」

「しっ! 声が大きいよ。聞こえちゃうでしょ」


 しっかりばっちり聞こえてるよ、まったく。


 予想はしていたけれど、実際にこうして噂の的になってみると嫌になる。エリーやベッキーは何時もこんな状態の中で過ごしていたのか。大貴族に生まれた宿命みたいなものなんだろうが、それなりの忍耐力が必要になってくるな。


 まぁ、いい。噂の矛先が俺になっているなら、目標は達成できているということだ。なにも悲観することはない。


 そう結論づけた所で、教室まで辿り着く。廊下にいる生徒から向けられる、やけに暑苦しい視線から逃れるように、教室内へと足を踏み入れた。


「あっ」「来た来た」「キリュウくん、ちょっと聞いても良い?」「おい、キリュウ。話聞かせろよ」「エルサナ様はいつ復学するの?」「怪我はないのか?」「剣で鉄を斬れるって本当?」「女子の代表はどうなるんだ?」「剣の修行って何年くらいしていたのかしら?」「一緒に住んでるって噂だけれど?」「マジかよ、くそ羨ましい」「それより、どうしてエルサナ様は復学しないのよ」「貴方だけが登校してきた理由は?」「なにか複雑な事情があるのか?」「本当は酷い怪我をしているとか?」「暗殺者を退けたって話の真偽について!」


 うるせぇ。


 教室に入ってまだ一歩も進んでないのにこれだ。アークインドの生徒は殆どが貴族の筈だろう。なのに、どうしてこうも猿みたいに群がってくるんだ。いつからこの教室は猿山になったんだ? 動物園か、ここは。


「あー! あー! 気持ちは分かるが、部外者には何も喋れないんだ。理解してくれ」


 目の前にいるクラスメイト達から、非難の声が上がる。次々と、絶え間なくブーイングの嵐は続く。こりゃあ理解してくれ、で乗り切れるような雰囲気じゃあないな。仕様がないから、ちょっとした嘘をつこう。


「よし、分かった。じゃあ、聞きたい奴から耳を貸せ。ただし、これは本来、秘密にしなくちゃあならないことだ。もし情報が漏れたとなれば俺の首が物理的に飛ぶし、聞いた奴も同じ目にあうからな。それを踏まえた上で、自分の首より下に愛着がない奴だけ手を上げろ。教えてやるから」


 一気にしんと静まり返り、顔を引きつらせる生徒達。


 普通ならこんな嘘八百のはったりは、直ぐに見破られるのだけれど。今回の場合はエクイストの名前が、この嘘に信憑性を与えてくれる。みんな心の底から、首が刎ねられると信じた訳じゃあないだろうが、もしかしたらという疑念は拭えない。


 みんなの口を閉じさせるくらいの効果はある。


「教えて欲しい人はいないみたいだな。なら、道を開けてくれないか? 席に座りたいんだ」


 そう言葉を投げかけると、潮が引くようにクラスメイト達は俺のもとから去って行った。好奇心旺盛でも、流石に自分の命を天秤に掛けられはしないか。道も開けたことだし、俺も席に座るとしよう。


 しばらくして鐘の音が鳴り、先生が教室を訪れる。扇形な教室の中心に立ち、出血の確認を取った後、先生は一息をついてから口を開いた。


「さて、みなさん。今日を待ち望んだ人や、拒んだ人もいるでしょうが。ようやく、学園対抗戦の選手を決める日がやって来ました。それ故に、今日の授業はすべて実技となります。各自、各々が希望した競技が行われる場所に行き、存分に力を発揮してください」


 あと、と先生は繋げる。


「今日まで休学していたキリュウくんは、私のところまで来て下さい。では、解散」


 その合図によって、クラスメイト達は散開する。みんな一様に教室の出口に群がり、我先にと廊下を駆けていく。遠くの方からも騒がしい音が聞こえてくるので、別のクラスでも同じ事が起こっているらしい。


 騒々しいことこの上ないな、本当に。


「キリュウくん。キリュウくんには、今から対抗戦に出場する競技を決めて貰います。対抗戦の説明は必要ですか?」

「いえ、粗方のことは聞いて、知ってますから大丈夫です」


 この学園対抗戦は建前上、他校と自校の生徒を競わせ、刺激を与えあい成長を促すという目的がある。だが、そんな上辺の理由だけで、昔からの伝統行事になどなる筈もない。


 対抗戦の本質は学園同士の蹴落とし合いと、自校の優れた育成能力の誇示にある。トップレベルの学園、四校が選りすぐりの生徒同士を競わせるのだ。当然の如く、学園外の人間もお祭り騒ぎになる。


 それは自校をアピールする絶好の催し物で有り、また他校と明確な差がつけられる唯一の機会でもある。誰だって優秀な学園に娘息子を通わせたいと思うもの。それが親心だ。ゆえに、この対抗戦で自校の生徒が優勝することは最大の宣伝になると共に、他校に爪痕を残せるのだ。


 そうとなれば学園側が気合いを入れない訳がない。学園側は全力で生徒をサポートし、授業だって座学を取っ払い、内容を実技に偏らせている。学生の本分などお構いなしだ。もっとも、この魔法学園においての学生の本分は、魔法を高めることにあるのだけれど。


「では、出場したい競技を聞きましょう。キリュウくんは何を希望しますか?」

「たぶん、一番自分に合う競技はバトルロイヤルだと思うんです。だから、それを」


 この学園対抗戦には、元の世界でいう球技や陸上競技のような種目が有り。このバトルロイヤルは、謂わば柔道や剣道の試合のようなものだ。


 円形の大きなリングが存在し。その上で複数の生徒が乱戦を行う種目である。リングから突き落とされたり、戦闘不能になった時点で失格と看做され。以後の復帰は認められないことになっている。


 あの日、オルケイネスの別荘でエリーとベッキーが話していたのは、この競技のことらしい。端からあの二人は、他の競技になど目をくれず。バトルロイヤルのことだけを考えていたのだ。


 二人の会話から、俺はてっきり全種目を代表の男女二人でこなすのかと思っていた。冷静に考えてみれば、そんなことは有り得ないと分かりそうな物だが、いやはや思い込みとは恐ろしい。


「なるほど、確かにキリュウくんに一番あう競技でしょう。では、そのように担当の先生に伝えて起きます。バトルロイヤルの競技場所は錬魔館となりますので、今から向かって下さい」


 出場する競技も伝え、許可も得たので教室を後にし、錬魔館へと爪先を向ける。このくらいの時間になると、すでに生徒の大半は移動を終えていた。廊下に人はまばらで、その少数も何処かに向かって走っている。


 人より遅れたのだから、俺も走る必要があるかな。


「おう、てめぇがキリュウか。待ってたぜぇ、これで漸く始められる」


 みんなに遅れる形で錬魔館に入った俺を出迎えたのは、そんな男らしい言葉遣いをする女性の教師だった。なんというか、ベッキーとはまた違ったタイプの人だ。アマゾネスとか女傑とかバルキリーとか、そんな感じの言葉が似合いそうな先生である。


「いいか、てめぇら。バトルロイヤルは生き残ったもの勝ちだ。どんな手を使おうと、最終的に立っていた奴が勝つ。戦わずに逃げ続けるのもありだし、誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けて叩きのめすのも有りだ」


 随分と乱暴な言葉で、先生は言う。


「この競技において物を言うのは生存力の一言に尽きる。ゆえに、その選出方法もシンプルにならざるを得ない。今から対抗戦の本番と同じ形式で、てめぇらにはリングに上がって貰う。そして最後まで生き残った奴が出場決定だ。何か質問は!」


 先生の話す威圧感に圧倒されるように、生徒達は口を開かない。


 そもそもルールが単純明快すぎて、質問が思い浮かばないだけなのだけれど。強いてあげるとするならば、目の前にある円形のリングはどうやって作ったのか。ということくらいか。まぁ、魔法で作るなり運ぶなりしたんだろうけれど。


「よし、それじゃあ早速……ああっと、そうだ。一つ言い忘れていたことがある」


 始まりの合図を中断して、先生は付け加えるように口を開く。


「バトルロイヤルは、魔法を駆使して戦う以上、命の危険が付きまとう。実際に四年前の本番では、他校の生徒が一人命を落としている。だから、覚悟を決めろ。てめぇらは人を殺すかも知れないし、人に殺されるかも知れねぇってな。以上だ」


 教師が生徒にかけていい言葉じゃあないな。だが、それ故に今の言葉は至言である。綺麗に飾り付けて遠回しに言われるよりも、遥かに、そして愚直なまでに心に届く。そしてその言葉に怯む生徒は、男女ともに此処には居なかった。



「やあ、シュウくん。機嫌は如何かな」

「お陰様で、絶好調だよ。ベッキー」


 本番出場をかけたバトルロイヤルの第一回目、男子の部が開かれ。今まさにリング上で乱戦が繰り広げられている中、練魔館の端のほうでそれを見ていると。俺を復学にまで追い込んだ張本人が現れる。


 こうやって軽口をたたき合うくらいには、まだ時間的余裕があった。


「いいのか? 女同士で固まってなくて」

「こう言う場で女同士が固まると、碌な事が起きないんだよ。私達友達だよね? 私を攻撃しないよね? とか、友情を逆手にとって色々と仕掛けてくるもんなんだ。挙げ句の果てに、それに応じなければ裏切り者扱い。それならまだ、男のシュウくんと話していたほうがマシさ」

「殺伐としていて、おっかねぇな。女の友情ってのは」


 複雑というか、面倒というかだ。男の友情はあんなに単純で簡単なのに、男と女でどうしてこうも違うのかね。まぁ、女は女の、男は男の事情があるし。そう気にすることでもないか。気にしたところで得にはならない。


「まぁ、もちろんのこと。あたしとエリーみたいに簡潔な友情もあるんだけれどね。勝っても負けても恨みっこ無しって感じの」

「そりゃあな。エリーとベッキーがそんな感じだったら。俺は裸足で逃げ出してるよ」


 堪った物じゃあない。そうだったら、きっとあの時、エリーの側に置いてくれとは頼まなかった。良い心地が悪いなんてものじゃあない。一緒にいるだけで、ごりごり神経がすり減っていたに違いない。


「どうだい? 勝てそうかい?」

「さぁ、な。戦う以上、勝ちにいくつもりだけれど。リングから落ちても失格なんだろ? 単純な斬り合いじゃあないし。誰が生き残るか分からないってのが本当のところだ」

「ふーん、やけに自信がない。いや、不確定要素を考えすぎているって感じだねぇ」

「そう言うベッキーはどうなんだ?」

「あたしかい? あたしは別に。エリーが居ないんじゃあ話にならないし。あたしが出場するのは決定事項みたいなもんだよ」

「ほーう」


 自信たっぷりだな。大番狂わせが起こるとは微塵も考えていないらしい。


 まぁ、話によれば、木々を薙ぎ倒したあの強力な矢を、ベッキーは複数同時射出できるという。それこそエリーの氷魔法クラスでなければ、対抗すら出来ないだろう。そう言う意味では、やはりエリーが居なければ話にならないのだ。


 七大貴族の令嬢に対抗できるのは、同じ七大貴族の令嬢だけ。つまりは、そう言うことだ。


「おっ、終わったみだいだね」


 話し込んでいると、第一回目の生き残りが決まったようだ。


「次、シュウくんの番じゃあないのかい?」

「順番的に、そうみたいだな。行ってくる」

「いってらっしゃい」


 あの女傑先生に名前を呼ばれる前に、リングの近くにまで歩み寄る。


 俺が参加するバトルロイヤル。言ってみればその予選が、もうすぐ始まろうとしていた。

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