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色う焔と異界の剣士  作者: 手羽先すずめ
紅の撃ち手
19/44

四人目


 螺旋を描く紅色の矢は、木々の間を縫うことなく。目先にある雑木を次々と薙ぎ倒しながら凄まじい轟音を響かせ、目標である不法侵入者へと突き抜ける。


 それほど目立つ攻撃でも、威力と速度は申し分ないものだ。遠方からの攻撃とは言え、常人には到底、躱せるものではない。だが、しかし、かの侵入者はそれを成し遂げて見せる。ベッキーの魔法を回避して見せたのだ。


「おや? 外れちゃった。ただ者じゃあないって感じか。シュウくん、後は任せた」

「任されましたっと」


 魔法を躱した奴は、すでに俺達の存在に気が付いているだろう。それで逃げてくれれば良かったのだが、余程好戦的なのか。奴は進路を変えず、寧ろ今までよりも速度を上げて、こちらに近づいて来ている。


 速度や距離的に見て、次の矢は撃っても無駄だ。当たらないし、躱される。だから、俺が前にでる。貸しを返すために、二人より前に出て腰に差した鞘から刃を抜刀した。


 敵の姿はすでに目視できる位置にある。草木を掻き分け、雑木を抜けて、俺と奴は邂逅する。互いに間合いの中、俺は刀身を振るい。奴は自らの拳を突き出す。その鉄で覆われた、硬い武器を。


「籠手か」


 敵の両手には鉄製の籠手が装備されている。己の手足が武器という訳だ。


 刀と拳がぶつかり合い、甲高い金属音が鳴り響く。そして互いの衝撃により、双方が弾かれ意図せず一定の距離が開く。ここで怯んでは居られない。まだ未知数な相手の魔法を警戒しつつ、今度は籠手ごと斬り裂くつもりで肉薄する。かくして二度目の邂逅を果たした俺達は、またしても刀と拳を交えかける。


 そう、俺の一振りは空振りに終わった。直前で、相手が自分の足にブレーキをかけ、身を引いたからだ。


「いやー、危ない危ない。危うく、拳が真っ二つになるところだった」


 やけにあっけらかんとした声音で、籠手の男は言う。


 戦意が消えている訳じゃあない。まだ微かに戦う意志があると言葉なく言うように、奴は言葉の中で握り拳を作り直している。引く気はないと見える、なら血を流すも覚悟の上だろう。容赦はしなくても、大丈夫そうだな。


「一応、言っておく。このまま手を頭の後ろで組んで、地面に膝を付けるのなら。命までは取らない」

「冗談。最後まで戦う気まんまんだぜ」

「そうかい。なら、心ゆくまで楽しむといい」

「いや、楽しむ時間は、あんまりなさそうだ」


 籠手の男がそう言った直後のことだった。


「なッ!? 身体が、重いッ」


 まるで上から押さえ付けられるような、有り得ない感覚に襲われる。空気が質量をもって、身体全体にのし掛かっているとさえ考えてしまう。けれど、それは身に纏う服や、足下の草木の様子から、違うと判断できた。


 これは重力操作だ。俺がいま立っている場所だけを局地的に操作して、この惑星の重力を強くしている。そう考えれば、ぴんと下に向かって伸びる服も、踏まれた訳でもないのに地面に横たわる草木の説明もつく。


「おー! お前、凄いな! 俺の魔法で膝を付かなかった奴は初めてだぜ」

「調子に……乗るなっての!」


 魔法が重力ならば、その発信源は地面である。つまり、斬魔の刀の剣先が少しでも地面に触れれば、この異常重力は解除されるということだ。


 その結論に至ると、すぐさま剣先で地面を削る。俺の予想通り、魔法は地面にあるようで、直後に身体は羽のように軽くなった。そして間髪入れずに地面を蹴り、一気に至近距離までの道のりを駆け抜ける。


「おい! それは反則だろ!」


 そんな事を言いつつも、瞬時に反応して防御の姿勢を取っている。


「戦いに反則もクソもあるか!」


 口から漏れた相手の本音に、そう言葉を返して斬りかかった。


「ストップ!」


 けれど、しかし、その太刀筋は最後まで描かれることはなく。途中で軌道は止まってしまう。直前に聞こえたエリーの声と、目の前に現れた氷の壁によって。強制的に。


「なんだ! どうしたエリー!」


 声のした方向、背後に目を向けると、焦ったような顔をしたエリーが写る。


「中止! 戦いはそこまでよ! 二人とも武器を収めて!」

「どうし……二人とも?」


 その言葉に俺は違和感を感じずにはいられなかった。


 俺に武器を収めろというのなら分かる。まだ理解できる。けれど、二人ともとはどう言うことだ? まるで敵がその言葉通りに行動すると、なにか確信しているような口ぶりだ。一体なにがどうなっているんだ?


「この氷魔法に、エリーって名前。もしかして、これやったのってエクイストか?」


 氷の壁の向こう側で、そんな声がする。


 その声音には、もう戦意が感じられない。とりあえずは、納刀しても大丈夫そうか。


「そうよ。アレクサンダー・ウルハリウス」

「あたしも居るよ」


 武器を収めたのを確認すると、エリーは氷の壁を消滅させる。改めて視界に納めた籠手の男は、両手に装備していた鉄を外し、地面に投げていた。完全に戦意はないと見ていいだろう。


「エクイストにオルケイネス。ということは、最初の一撃はオルケイネスの魔法か。酷いじゃないか。あれのお陰で、俺はお前達を敵だと誤解したぞ」

「オルケイネス家の領地に無断で侵入しておいて、ずいぶんな口ぶりじゃあないか。それもこんな時期にさ。あたしはてっきり、その程度のことくらい覚悟の上だと看做していたよ」

「あれ? 嘘だろ。ここオルケイネス家の領地なのか? あちゃー、しまったな。悪い、オルケイネス。山ごもりしてたら、いつの間にかこっちにまで入り込んじまったみたいだ。勘弁してくれ、この通りだ」


 籠手の男、アレクサンダー・ウルハリウスは、神か仏にでも祈るように両手を合わせて頭を下げている。イリアンヌがエクイストを襲ったことが公となって、まだ日の浅い時期だ。今、こんな騒動を起こせばどうなるか、ウルハリウスはよく分かっているらしい。


 しかし、ウルハリウスの名前は何処かで聞いたことがあるような。


「なぁ、エリー。ウルハリウスって」

「えぇ、そうよ。私達と同じ、七大貴族の一角」

「あぁ、やっぱりそうなのか」


 聞き覚えがあると思ったら、七大貴族の一角を担う貴族だったか。


 あいつ、尚更、謝らなくちゃあならないな。全力で許しを請わなければ、ウルハリウスの名声にドロを塗ることになる。それは七大貴族の子息として、絶対に避けたいところだろう。


「普通なら簡単に許したりしないんだけれどね。時期が時期だ。あまり事を大きくしたくない。仕様がないから、今回に限り、見なかったことにしておくよ。けれど、覚えておくんだね。今回のことで、キミはオルケイネスに借りが出来たってことを」

「肝に銘じておく。とにかく、ありがとう。マジ、助かった。それじゃあ!」


 潔く頭を下げた後、すぐに籠手を回収して俺達に背を向け。脱兎の如く、ウルハリウスは逃げ出した。こちらを振り返ることもせず、一心不乱に山を下っていった。あの様子を見る限り、もうオルケイネスの領地に入り込むことはないだろう。


 しかし、今回の目的だった盗賊の討伐は、結局のところどうなんだ? 山を荒らしていたのは、盗賊じゃあなくて迷い込んだウルハリウスだった、ってことなのか?


「そう言うことになるのかしら? あの言い訳を信じるなら。少なくとも数日に渡ってウルハリウスはこの山にいたはずだし。ウルハリウスの領地だと思って好き勝手していたなら、山が荒れるのも無理ないわ」


 エリーに聞いてみると、そんな回答が返ってきた。


 やはりそう言う結論に至るのが普通か。盗賊の仕業ではなかったようだが、山が荒らされることはもうないと見ていい。意外な原因を穏便にとは行かなかったが、取り除くことが出来たのだから。結果オーライと言ったところかな。


「面倒を掛けてくれるね、まったく。まぁ、領地が隣り合っているんだ、迷い込んでも仕様がない。と、思っておくとしよう。よかったね、シュウくん。これで貸し借り無しだ」

「良いのか?」

「いいよ。思ったよりも呆気ない終わりだったけれど。きちんと役割はこなしてくれたから」


 そう言うことなら、素直に借りは返したと思っておこう。変に否定して妙な遺恨を残すこともない。はてさて、事態も無事に終息したことだし。そろそろ俺達も下山することにしよう。時間が経って狩った獲物がダメになる前に。



「ふー。喰った、喰った」

「行儀が悪いわよ。ベッキー」

「良いじゃないか。あたし達の仲だろ」

「親しき仲にも礼儀あり、よ。きちんとなさい」


 下山した際に、別荘で待機していた料理人さんに獲物を渡し。しばらく待っていると、見た目美しく調理された肉料理の数々が運ばれて来た。それらを粗方、胃の中に押し込んだ俺達は、今現在することもなく満たされた腹を摩っていたのだった。


「はいはいっと。あ、そう言えば、もうすぐアレが始まるけれど。どうするんだい?」

「あぁ、アレね。どうしようかしら」


 アレだのコレだのと、よく分からない話をし始めた。


 近所のおばさんが出す、問題文もあやふやなクイズみたいになって来たな。「ほら、アレよ、アレアレ。どうして分からないのかしら?」みたいな奴だ。誰が分かるか、そんなもん。


「なぁ、アレってなんだ?」

「ん? あぁ、そう言えばシュウは初めてだっけ」

「簡単に言えば、学園対抗大運動会だよ」


 大運動会?


「昔からの伝統行事のことでね。この国にあるトップレベルの教育機関である魔法学園、四校の中から選ばれた生徒を、学園別に競わせようって言う、謂わば催し物みたいなものよ」

「なるほど、だから運動会か」


 言葉の響きに馴染みがありすぎて、若干の違和感を拭い切れないが納得は出来た。


「でも、それって当然、魔法を使って戦ったりする訳だろ? なんともまぁ、物騒な話だな」

「戦いだけが競技じゃあないけれど、実際に何年か前の対抗戦では死人が出ているし。物騒と言えば、物騒だね。だから、学園側も選出には細心の注意を払うことにしている。まぁ、それでも死ぬときは死ぬんだけれどね」


 正面切って魔法を打ち合うのだ。そりゃあ人も死ぬだろう。死ななくても、後遺症が残ったり、魔法使いとしての生命を潰されたりもするはずだ。けれど、今年もこうやって変わりなく催されているということは、それなりの理由と需要があるのだろう。


 みんながみんな、理解しているのだ。日常に溶け込んで普段は見えもしないし、考えもしないが、魔法は殺しの手段であると。だから殺すことも殺されることも、覚悟している。それが意識下であれ、無意識下であれ。


「話を戻すけれど。エリーは今年、どうするんだい? エリーが出ないことは、アークインドにとって大きな損失だよ」

「大仰ね。別に私が出なくても、変わりはいるでしょ? それに出たくても、パパとママが出させてくれないわよ。今年の女子代表はベッキー以外に有り得ない」

「あー、やっぱりそうなるか。面倒だなー」

「頑張れ、ベッキー。俺も心から応援してる」

「なに、人ごとみたいに言ってるのさ。シュウくんだって、男子代表になるかも知れないよ。いや、その可能性が高いと言っても過言じゃあないよ」


 はい?


「そうね。たぶん今のアークインドに、シュウより強い男子は居ないわよ」

「いやいやいや、そんな馬鹿な。どうせ去年、代表になった人に決まるだろ」

「去年の男子代表はイリアンヌの坊ちゃんだ。でも、少なくとも今年は絶対に出られないから、必然的な選択をするとシュウくんになるんだよ」

「……いや、しかしだな」


 そりゃあ剣での勝負ごとなら負ける気がしない。だが、それでも俺は半人前の魔法使いなのだ。そんな中途半端な俺が、生徒の代表になんて成れないだろうし。成ったとしても非難囂々に違いない。


「第一。俺も一応、エリーと同じ休学の身だからな。代表も何も、休んでいるんだから成りようがないだろ」

「なら、シュウだけでも復学すれば良いじゃない。護衛役とはいえ、もう襲われる心配はないんだし、先に学園に戻るくらいなら私の身の安全は保証されたままよ」

「そりゃあいい。シュウくんだけでも先に復学すれば、そこに生徒の注目がいくから。エリーが復学するときの良い緩和剤になる。是非ともそうすべきだよ」


 怒濤のように言われ、俺はあることに感づく。


「……なぁ、ベッキー。もしや俺を道連れにしようとしているんじゃあ」

「さーて、なーんの話かなー」


 嘘をつくときの反応が露骨すぎるだろ。明らかに狙ってやっているのが、火を見るよりも明らかだ。しかし、ベッキーの思惑を見破ったところで、勢いに乗ったエリーとベッキーを止めることは出来ず。


 あっという間に、俺の復学は決定事項になっていたのだった。

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