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色う焔と異界の剣士  作者: 手羽先すずめ
金色の氷結姫
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満天の星


しばらくすると、バスケットの中身も空っぽになる。代わりに胃袋が満たされた。なので、俺は腹ごなしにと立ち上がり、魔法の訓練を開始する。適度に息を吸い、魔力を生成し、体外に放出。同時に差し出すように延ばした手の平に、魔力を集中させていく。


「……よし、だいぶ短くなって来たな」


 魔力の制御にも慣れ始めて来た。初めは四苦八苦していた魔法の発動だが、今では楽にそこまで持って行ける。まぁ、持って行けるだけで、その先は全然なのだけれど。


「二十四秒。普通よりも、かなり良いペース」

「シュウが魔法を覚えてから約二週間か。この分だと、あと一週間くらいあれば、半人前くらいにはなれそうね。剣の才能だけじゃあなくて、魔法の才能もあるのかも知れないわね、シュウには」

「才能じゃあなくて、努力の賜だって言って欲しいもんだな」


 才能のあるなしなんて、たかだかスタート地点の優劣に過ぎない。走るペースは結局のところ、どう言い訳した所で努力した量で決まるのだから。まぁ、その努力は報われないことが殆どだけれど。俺がいつまで経っても親父を越えられないように。


 だが、努力した分だけ自分の力になることは確かだ。報われようと報われなかろうと、それだけは絶対である。でなければ、俺が人並み以上の剣技を習得できる訳がない。魔法のことだって、その例に漏れない。


「その魔法。まだ名前がない。名付ければ、もう少し時間が縮む」

「あら? なによ、シュウ。まだ自分の魔法に名前を付けてなかったの?」

「あー……いや……だってさぁ」


 魔法に名前を付けて、それを叫ぶというのは中々にしてハードルが高い。まるで思春期の中学生だ。そんな事をのりのりで行ってしまうような年頃は、もう過ぎてしまっているのである。自分の過去を顧みるということを覚えてしまった以上、もうあの頃には戻れないのだ。


「というか、そもそも名前を付ける理由ってなんだよ。別に名前を口に出して言わなくても、魔法自体は発動できるんだろ?」

「あのね、シュウ。この世の万物には全て名前があるの」


 なんだか、急に話のスケールがでかくなったような。


「植物という括りの中にも種類という個別の名前がある。そして新たに見付かった、名前のない物でさえ、新種や未知という名前が付けられているの。名前がなければ、それは存在しないのと同義だからよ」

「つまり?」

「星々の中にある星座は、名前がないと見付けられないってこと」


 見えているだけで、認識が出来ないってことか。


「ようは、だ。名前は存在その物を確立させる物だってことで良いのか?」

「そう。シュウの魔法はまだ夜空に広がる満天の星でしかない。存在が確立されていない状態なの。だから、そこに名前を付けて星座を見つけ出す必要がある。星を星座として認識出来るようになれば、それだけイメージが明確になるから、必然的に魔法の発動が早くなるってわけ」


 魔法は魔力に心象を投影することで発動する。


 あのとき先生にそう教えられ、実行したのだけれど。そして、魔法を発現して見せたのだけれど。それではまだ足りないということか。まだ漠然とした心象しか、焔というイメージしか、たしかに俺は魔力に投影して居なかった。だからこそ名前を付けることで、それをより明確にし、投影しなければならないみたいだ。


 エリーやインクルストが、魔法の発動と同時に魔法名を口にするのも、きっと自分の中の心象を明確に再確認するためなんだろう。そう考えると、名前の存在は重要だな。


「名前……か。しかし、伊座となると浮かばないものだな」


 名前なら何でも良いはずだが、だからと言って火や焔なんて抽象的なものじゃあ名付ける意味がない。それでは何も変わらない。もっと具体的な名前を付けなければ、発動の速さに変化はないだろう。


「悩むなら。幸い、猶予は少しだけある。その間に、考えるべし」


 インクルストの言う通り、しばし考えて見るとするかな。



 エクイスト家が厳戒態勢となり、約一週間ほど経過した。この間、イリアンヌに動きはなく、ただただ膠着状態が続いている。一見して平和であるように見えるが、その実、エクイストとしては消耗が続く日々であった。


 いつ襲ってくるか分からない刺客。一瞬も気を抜くことができない日々。豪邸とは言え、室内に閉じ込められているという閉鎖感。それらが一週間も続いているのだ。そろそろ皆、限界に近づいている。内包するストレスは、尋常ではないだろう。


 まるで自分で自分の首を絞めているような、そんな感じだ。


「シュウ。私に良い考えがあるの」

「却下だ」

「まだ何も言ってないじゃない!」


 夜。月が天高く昇る頃。


 部屋のベッドに腰掛けたエリーが、急に不穏なことを言い出そうとした。ので、その内容を具体的に語り出す前に、俺のほうから斬り捨てた。きっと碌な事じゃあないことは、容易に想像がついたからだ。


「どうせ、こちらから攻め込んでやるとか、そんな風なことを言い出すんだろ?」

「うっ……でも、このままじゃあ消耗する一方じゃない。この状態が何時までも続けば、きっとそのうち崩壊するわよ。色々なものが」


 エリーの言い分にも、一理ある。たしかにこのまま引き籠もっていても、事態は好転しないだろう。エリーの両親も八方手を尽くしているみたいだが、その成果は思わしくない。そのうち疲労と精神の摩耗で警備体制が崩壊し、エクイストは丸裸になるだろう。


 いっそのこと、今この時点で攻め込んで来てくれたほうが楽だとさえ思える。


「だが、それでもその辺のところは根比べだ。向こうが痺れを切らすか、こっちが根を上げるか。どちらにせよ、分の悪い状況になるが今は雌伏の時だよ」

「でも、だって」

「でもも、だってもない。こちらから攻め込むのは無しだ。でないと、正当防衛が成り立たなくなる。飽くまでもエクイストは被害者でいなくちゃあならないんだ。貴族同士の抗争にまで発展したら、より深い傷を負うことになるぞ」

「それは……分かってるわよ」


 本当に分かっているなら、そんな無茶を口にしないで貰いたいものだな。


「じゃあ、こう言うのはどう? あえて攻めさせてやるのよ。そうしてのこのこ姿を現した敵を真っ向から叩き潰すの。別荘を襲って来たくらいだし、罠にはすぐに食い付くはずよ」

「それをして何か意味があるのか?」

「ない」

「なら、ダメに決まってんだろ。大人しくしてろ」

「んむー」


 エリーは頬を膨らませて不機嫌そうにしている。機嫌が悪くなると、いつもそうするな。癖か何かなのだろうか。この膠着状態がとけた暁には、ベッキーに過去のエリーのことを色々と聞いてみるとしよう。


「……」


 しかし、この状況、どう打開したものか。


 エリーの言う通り、別荘を襲撃したイリアンヌだ。学園内にも刺客を送り込んできた。遠からず、イリアンヌは強硬手段に出るだろう。恐らくは、エクイストが疲弊し切ったところを狙って。


 何か良い方法はないか? 例えば、別荘を襲撃したイリアンヌの私兵はどうだろう。たしか諸々を含めて三十から四十名ほどいたはずだ。あれを証拠として突き付ければ、あるいは。


 いや、無理か。この程度のことなど、どうとでも言い訳が利く。疑念、疑惑はかけられるだろうが、その先は難しい。イリアンヌも馬鹿ではないのだから、自分の立場が悪くなるようなことを認めはしないだろう。


 それに、この手はすでにエリーの両親によって使われているはずだ。俺がすぐに思いつくような、浅はかな手は出尽くしていると見て良い。けれども、それでもイリアンヌは止まらない、止められないということか。


「いや、待てよ」


 もしかして、もしかするか?


「……冴えてる。冴えてるぞ、エリー。敵にあえて攻めさせるってのは、たしかに良い案かも知れない」

「どう言うこと?」


 俺はこの一連の騒動を踏まえた上で、気が付いたことを話した。それを注意深く、真剣に耳を傾けたエリーは、伏し目がちに物思いに耽る。頭の中では記憶が掘り返され、俺の言った言葉との照らし合わせが行われているだろう。


「……たしかに、そう考えれば色々と納得がいくわね。別荘の襲撃も、学園への刺客も。そして、パパやママの頑張りが空振りに終わっている理由にも。けれど、本当にそんなことが有り得るのかしら? ちょっと、希望的観測が過ぎているとは思わない?」

「そうだな。でも、可能性として無くはないと思うんだ。被害を最小限に抑えるなら、今ここで打って出る他にない。俺達が出て行けば、アリルド・イリアンヌをつり出せる」


 その言葉に一度は押し黙ったエリーだったが、元々の発案者はエリー自身である。降って沸いたような可能性に悩みはすれど、可能性に掛ける決断は早かった。


「分かったわ、その手で行く。けれど、さしあたっての問題は、ここをどう出るかね。事前の安全対策で、この家の中は人で一杯よ。普通に移動していたら、必ず見付かるわ」


 アリルド・イリアンヌをつり出すという性質上、エクイスト家を出て学園の練魔館にまで移動しなければならない。この案は、人員が俺とエリーだけの状況を作り出すことで、初めて成立するものなのだから。


「目先の難関はインクルストだな。今も扉の向こうで見張りを続けているし。この部屋から出た時点で見付かるのは必定だ。壁を斬って崩すわけにも行かないな。振動が伝わってバレる」

「そして、声も伝わってバレている」


 それは俺の声でも、エリーの声でもない、第三の声だ。扉の開かれる小さな音と共に、その声は発生し。室内にいる俺達の耳まで無事に届く。視界には、ドアノブを握ったままのインクルストが写っていた。


「……聞こえてたのか?」

「耳は、良いほう」


 今までの会話、その全てを聞かれていたということか。ぬかったな、もっと小さな声で話すべきだったか。いや、それでもダメか。急に話し声が聞こえなくなれば、不審に思うに違いない。どちらにせよ、インクルストにはバレる運命だったと言う訳だ。


「さて、どうしたものかね」


 どう言い訳したものか。


「どうしたも、こうしたもない。ここを出たいなら、協力する」

「え?」

「わたしも、その案に乗る」


 これは、これは、途轍もなく意外なことだった。


「ど、どうして? シャルナ。私が言うのもなんだけれど、そこは止めるところでしょ? 普通」

「エルサナ様は、一度その気になったら止まらない。わたしは、そのことを良く知っている。だから、止めても無駄だと考えた。それに」

「それに?」

「わたしも、この人が言ったこと、事実だと思うから」


 思わぬ賛同に、戸惑っている自分がいた。


 俺はてっきり、インクルストに嫌われているものだと思っていた。今回のことも、何を馬鹿なことをと斬り捨てられる覚悟でいたくらいだ。けれど、実際に出て言葉はその真逆、賛同である。


 剣の稽古で負かされるたびに、恨み辛みの言葉を口にしていたインクルストとは思えない行動だ。初対面では俺を殺す気でいたのに、随分と変わったものだな。


「よし、なら準備ができ次第、此処を出て学園に向かおう」


 それから適当な準備を終えて、俺達は部屋を出た。


 各所にいる警備の人をやり過ごすため。インクルストに気を逸らして貰ったり。エリーの氷で鏡をつくり、姿を隠したりしながら突き進み。そして時間と苦労を要して、やっとのことで豪邸から抜け出した。


「内側から抜けようとすれば、案外、抜け出せるものね」

「これが外側から攻め入ろうとすれば、また勝手が違って上手く行かないんだろうがな。ともかく、助かったよ。インクルスト」

「礼は入らない。わたしが出来るのは此処までだから。部屋が空になったことを悟られないよう。わたしは此処に残らなくてはならない。エルサナ様のことは、キミに任せる」

「任された。きっちり護り通すから、そっちのことは頼んだぞ」


 無言で頷いたインクルストに背を向けて、俺達はアークインド学園へと走り出した。


 月の光が都市を仄かに照らす夜。俺達は、この案が失敗に終わった時のことを考え、意見を交わし会いながら、月下のもとを駆け抜けたのだった。

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