対策会議
Ⅰ
「では話を纏めるが、敵の魔法は瞬間移動。壁を越えての移動が可能であり、発動には必ず一呼吸が必要。移動距離は直線距離で約五メートルということだな?」
「それで間違いありませんよ」
敵の襲撃を退けた、その日のこと。
無事にエクイスト家へと帰宅した俺達は、第一にエリーの両親とクインを呼び。学園内にイリアンヌの刺客が現れたことや、黒いフードを被った男の情報などを洗いざらい話した。それを聞いた三人の反応に驚きはなく。もとより覚悟の上、と言った様相だった。
「これだけ情報が割れているのなら、対策の仕様もあるが。これらは確かなことなのか? とくにこの約五メートルという有効距離。こんなこと、どうやって調べたというのだ」
「簡単に言えば、ビビらせました」
「ビビらせた? それは敵が恐れを成したということか」
「えぇ、まぁ」
そこで一度、言葉を切る。
クインが訝しげで怪しむような視線を向けて来たからだ。
「五メートルという距離は、俺が一太刀を浴びせた直後に、敵が移動した距離です。身を斬られている訳ですから、敵の脳内は焦りや痛みで混濁していたに違いありません。けれど、それでも敵は逃げた。瞬間移動を駆使して」
「ふむ。思考が混乱した状態で魔法を使い、逃げるために移動した距離か。たしかに、そう聞けば納得も行くが。しかし、どうだろう。それが演技という可能性も否定しきれまい。身を斬られても平静を保ち、そう誤解させる為の芝居だったのでは?」
「その可能性も斬り捨てられません。が、十中八九、あれは素の反応でしたよ」
「なぜ、そう言い切れる」
「それは俺が敵と実際に剣を交えたからです」
百聞は一見にしかずと言う。実際に敵と戦った俺と、それを伝え聞いたクインとでは、やはり得られる情報量に差が生じてしまう。これを埋めるには、言葉を尽くす他にない。根気よく、説明して行こう。
「敵、仮にフードの男と呼びますが。このフードの男、瞬間移動という強力な魔法を使いますが、剣の技量は然程でもありませんでした。恐らく、まともに命の取り合いをした経験が浅いのだと思います」
「可笑しなことを言う。イリアンヌが雇った刺客だぞ、生半可な魔法使いな訳がない。数え切れないほどの命を奪ってきた歴戦の強者と見るのが賢明だろう」
「ただ命を奪うことと、命を取り合うことは違います。言うまでもなく、瞬間移動は暗殺に適した魔法です。基本的に一撃必殺。戦うという行為に至ることなく、勝敗が決まる類いのもの。だから、フードの男はまともな戦いの経験など少ないんです」
そこまで聞くと、クインは口を挟むことがなくなり、深く考え込んだ仕草を取る。
「俺は奇襲夜襲に慣れてますし、人の気配が読めるので、不意打ちを躱すか防ぐか出来ますけれど。どうです? 事前情報もなく、突然背後に現れたフードの男に対処できますか?」
「……難しい、だろうな。並の魔法使いなら、まず間違いなく最初の一手で殺される。それは戦いではなく、一方的な殺害だ。しかし、それでも納得がいかないな。いくら暗殺に適した魔法であれ、初手で仕留め損なった場合のことを考えているものだろう」
「たぶん、考えてはいましたよ。そしてその対策もしていた。言ったでしょう? 剣の技量は然程でもなかったと。フードの男はある程度、剣の腕を磨いていた。けれど、それは所詮、稽古や訓練の域を出ないものでした」
「ゆえに、経験が浅く。危機に瀕した際に、安直な行動を取ってしまったということか」
実戦の経験が浅い。命の取り合いに慣れていない。だから、フードの男は瞬間移動の魔法を用いても俺を殺せなかったし。戦闘中に投げかけられた言葉で簡単に動揺した。それは死線を幾つも潜り抜けた歴戦の強者ならば、絶対に起こりえないことだ。
この事からすでに、フードの男が戦いにおいて素人であることが容易に推測できる。
「いいだろう、情報の信憑性は十分にあるようだ。では、これを元に具体的な対策を講じるとしよう」
そうしてフードの男が攻め入ってきた場合の対策を、俺達は話し合った。
結果、エクイスト家が雇っている私兵を総動員し。豪邸の内部全域に、人を等間隔に配置することになった。いつも視界に仲間を入れておくことで、誰かが不意に殺された時に素早く反応できるからだ。
至って単純な対策だが、警報装置などと言う便利な機械がない以上、こうする他にない。魔法であれこれと考えて見たが、随時魔法を発動するという現実味のない無謀な対策など、実行に移せはしなかった。
「パパとママの護衛はクインと彼の部下がやるとして、私の護衛はシュウとシャルナってことで良いのね?」
「そうなるな。エリーが手洗いに行った時とか、風呂に入っている間、俺は近くに居られないし。その際にはインクルストが俺の代わりに護衛役になるから」
ここは豪邸の中心部、本来エリーの寝室ではない部屋だ。今回、標的になる可能性が一番高いエリーには、この豪邸でもっとも安全性の高い場所に居てもらうことに成っている。流石に四六時中という訳ではないが、基本的には此処に居て、食事も此処で取って貰う。
「本当は風呂くらい我慢しろって言いたい所だがな、手洗いはまだしも」
「いやよ。ね? シャルナ」
「わたしも女。気持ちは分かる」
まぁ、女は毎日風呂に入らないと生きていけない生き物だしな。それが貴族ともなれば、殊更その傾向が強くなるのだろう。自分が攫われるかも知れないというのに、なんともまぁ余裕のあることだ。
「しかし、結構な広さのある部屋だけれど。ここじゃあ剣の稽古も、魔法の訓練も出来ないな」
こんな所ではインクルストの剣の稽古も、俺自身の剣や魔法の訓練も出来はしない。時間を見付けて、合間合間にこなしていくしかないか。日課をこなさないと、調子が狂ってしまうからな。それにインクルストも勘を忘れてしまいかねない。
「それなら訓練所に行けばいいじゃない。私が近くに居れば、一応、護衛は出来るんだし問題ないわ」
「問題ないわって。敵はいつエリーの後ろに現れても不思議じゃあないんだぞ?」
「大丈夫よ、シュウが護ってくれるんでしょ?」
「言うは易く行うは難しって言葉があってだな」
四六時中、警戒しながらってのは、凄く神経の使う作業なのだ。そう簡単に、言葉にして貰っては困るというものだ。
「けれど、しなければ腕が鈍る。エルサナ様の言う通りにするのも一つの手」
「……ふむ」
フードの男に一太刀を浴びせたのが、今日の昼下がりだ。ならば、当然のことながら、傷はまだ治っていないと見ていいだろう。寧ろ、今だけなのかも知れないな、余裕を持って稽古や訓練が出来るのは。それなら、今のうちに身体を慣しておくのも悪くはないか。
「分かった。だが、今日はもう遅い。やるなら明日からだ、それで良いか?」
「いいわ、明日の朝ね。学園にも行けないし、暇を持て余すだろうから、ちょうど良いわ」
俺達の稽古や訓練はサーカスやショーじゃあないんだけれどな。
しかし、これでコンディションの維持が簡単になるのなら、それはそれで構わない。喜んでエリーの暇つぶしになるとしよう。そうすることによって、エリーを護れる確率が少しでも上がるのならば。
Ⅱ
フードの男の襲撃から一夜明けた今日、俺達は当初の予定通りに訓練所にいた。
「ほら、ほら。攻めが単調になって来てるぞ」
大剣ではなく、軽いショートソードを携えたインクルスト。彼女は一撃を加えようと、幾度となく猛攻を仕掛けている。だが、その悉くは俺にまで届かない。すべて直前で防御するか、阻むか、弾いているからだ。インクルストと同じ得物である、ショートソードを振るって。
「よっ」
いくら攻め込んでも防がれる歯痒さからか、力に甘えた攻撃が出始め。俺はその剣技剣術でなくなり、ただの棒振りと化した隙を狙い。彼女の手元からショートソードを弾き飛ばした。
「此処までだ。筋は良いが、まだまだ修行が足りないな」
「くっ」
インクルストが悔しそうな声を上げる。
まだまだ課題は山積みだ。まず、魔法を使っていた名残で、力任せに攻める癖を直さなくては話にならない。苦しいだろうが、それを乗り越えなければ剣の道は切り開けない。しばらくは堪え忍ぶ期間が続きそうだな。
「剣の稽古は、これで終わり?」
近くで見ていたエリーが、そう言う。
「あぁ、そうだな。あまり根を詰めるのも良くないから、今日はここで終わりだ。あぁ、それとだ。くれぐれも壁から五メートル以上、離れた場所にいるんだぞ」
「分かってる。そんなに心配しなくても、近付かないから大丈夫よ」
訓練場で稽古や訓練をするに辺り、エリーの安全確保のために取り決めたことが幾つかある。その一つが、さっき言ったことである。
壁から五メートルほど離れた訓練場の中心付近にいること。それさえ護っていれば、フードの男は少なくとも二回、瞬間移動しなければエリーにたどり着けない。一度でも姿を見せたならば、その気配を感じ取った俺がすぐにエリーを護りに行けるからだ。
「それにしても、こうして改めて間近で見てみると凄いわね。シュウ、さっきその場から一歩も動いてなかったでしょ? シャルナの猛攻を受けていたのに」
「まぁ、身体の動きで剣の軌道が読めるようになれば、このくらい誰にでも出来ることだよ。それに相手がペーペーのインクルストだから、よけいに容易く出来たって所もある」
「むかつく」
「そう怒るなよ。魔法に関しては俺のほうがペーペーなんだからさ」
無表情ながらも声音に怒気を孕ませていたインクルストに、そう言い訳をする。これで何とか機嫌を直して貰ったあと、俺達はショートソードを元在った場所に返却した。使った物はきちんと元に戻すのが、人として当然の行いだ。
まぁ、だからと言って、この稽古で破損や摩耗した刃の研ぎ直しなどはしないのだけれど。それはまた時間が空いた時にでも、丹精込めて研がせて貰うとしよう。
「さて、飯だ。飯食ったら魔法の訓練に付き合ってもらうからな。二人とも」
時刻はちょうど真昼の時間帯だ。
俺達三人は事前に用意しておいた大きめのバスケットを取り出して、訓練場の中心で食事を取り始める。今日の昼食はサンドイッチ。ちなみにこれらはエクイスト家の厨房にお邪魔して、料理人さんに作って貰ったものである。
「いただきます、っと」
手も綺麗に洗って、バスケットの中からサンドイッチを取る。
「そう言えば、シュウの国でも神様に感謝するのね」
「へ?」
それを口に運んだと同時に、エリーが妙なことを聞いてくる。
神様に感謝するだのしないだの。もしかして、頂きますご馳走様のことか?
「いや、感謝は感謝でも、これは食材に関してだよ。血肉になってくれてありがとうっていう。それに俺の国では、神様なんて都合の良い時にしか信じないものなんでな。信仰心なんて誰も持っちゃあいないのさ」
八百万の神々とはよく言ったものだ。
食事の前に長ったらしく神様に感謝の言葉を述べる人も、居るには居るけれど。
「ふーん、住む土地や国によって色々と違うのね」
「そう言う、そっちはどうなんだ? この国にも、似たような文化があるんだろ? インクルストは、なんか無言で喰ってるけれどさ」
音もなく、静かに彼女はサンドイッチを頬張っている。音を立てずに食事をしているのは、とても良いことだけれど。こうも静かだと本当に噛んで呑み込んでいるのか若干、不安でもあるところだ。
「あるにはある。でも、そんなに律儀にするような事でもないのよ。格式張った所で礼儀が必要になるとき以外は、してもしなくても構わないってことになっているわ」
「俺が言えた義理じゃあないが、随分とまぁ信仰心の薄いことで」
「まぁね。でも、それも当然だわ。願っても神様は何もしてくれないんだもの。そんなあやふやな存在を信じて疑わない国も、この世界にはあるのだけれどね」
その変のあれこれは元の世界と同じか。
てっきり魔法が使えるのは神様のお陰だ、とか。そんな回答が返ってくると思っていたが、どうやらそうでもないらしい。この国の人達にとっての魔法は、現代人にとっての機械なのかも知れないな。
人の知恵と技術で作り上げた機械を、誰も神様の贈り物だとは思わないのだから。




