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色う焔と異界の剣士  作者: 手羽先すずめ
金色の氷結姫
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剣の道


 魔法を発現してから数日後のこと。


 本日は現代日本でいう日曜日にあたり、アークインド学園は休みである。なので、エリーがこの豪邸の中にいる限り、またイリアンヌに攻め込まれでもしない限り、護衛役としての仕事はないに等しく。現在、俺は日課の剣の稽古を終わらせ、魔法の訓練に勤しんでいた。


「魔法の訓練か。発動まで何秒かかる?」


 そう尋ねて来たのは、訓練所の入り口に立つ、あの嫌味なクインだった。


 いつもと変わらぬ燕尾服に、薄い緑の頭髪を頭から生やしている。その口調も威圧的で相変わらずと言ったところだ。


「五十七秒くらいですかね」


 聞かれたことに、俺は嘘偽りなく答えた。


 魔法という物を手に入れてから、まだ数日しか経っていない。今日まで欠かすことなく、剣の稽古と並行して訓練して来たが、今のところはこれで精一杯だ。二分三十四秒から、ほぼ一分に縮めること。それが今の限界だ。


「ほう、もう一分を切ったか。だが、まだまだだな。魔法の発動に時間をかけているうちは使い物にならん。意志と発動をほぼ同時に行えて、初めて半人前だ」

「重々承知してますよ。今の状態で魔法を活用するには無理がある。使うだけ無駄、どころか隙を見せることに繋がりますから」

「フン、理解しているならそれでいい。最近、イリアンヌの動きも露骨になって来ている。伊座と言う時のために、これからも精進を怠らないことだ。そうすれば、エルサナ様の盾くらいには成れるだろう」


 そう言い残してクインは訓練場から姿を消した。


 しかし結局のところ、何をしに来たんだ? あの人は。まさか応援しに来たって訳じゃあないだろうし。気まぐれに訓練所に立ち寄ったら、たまたま俺がいたってだけなんだろうか。まぁ、そう深く考えることでもないか。


 余分な考えを頭から切り離し、魔法の訓練を再開しようと視線を手の平に移す。浅く空気を吸って魔素を取り込み、魔力を作る。そして体外にあふれ出たそれを、手の平へと集めて行く。


「……焔か」


 手の内に集う魔力を見ながら、ふと思う。この魔法を誰かに放った場合、焼死させてしまうのではないか? ということを。人の死に方で一番苦しいのは焼死であるという。斬って殺せば楽に死ぬ、などと言うことは思わないが、どうしてもその情報が頭を掠めてしまう。


 どちらにせよ、殺すのならば自らの手で斬って殺したほうが。そう思えてならない。


 そう言えば、エリーは氷の魔法で敵を凍らせても生かすことが出来ていた。なら、似たようなことが俺の焔でも出来るんじゃあなかろうか。何もかもを燃やすのではなく、人だけを燃やさないようにする術が、あるかも知れない。もっとも、それでは魔法の意味が丸っきりなくなってしまうか。


 そう考えている内に、魔力は形を変えて焔と化す。手の平で燃える、小さな猛火。揺らめく焔は、赤く、朱く、灯っている。


「ん?」


 いま、一瞬、焔の色が変わったような。


「シュウヤ、キリュウ」


 訓練場の入り口あたりに人の気配を感じ、声を掛けられたので視線をそちらに向ける。すると、そこにはクインと入れ違いになるようにして、この場所へと足を踏み入れた者がいた。その人はエリーの護衛役候補だったインクルストだ。


 紺色の髪を揺らし、こちらに歩いて来ている。クインを探しているのか、それとも訓練をしに来たのか。もし後者なら、魔法の訓練はここでお終いにするべきだな。ここは皆で使うものだ、独り占めはよくない。


「あんたも訓練しに来たのか?」


 問いかけると、インクルストは言葉なく頷いた。


 今日も今日とて、彼女は無口なようだった。


「それじゃあ俺は出るよ。邪魔しちゃあ悪いからな」


 灯していた焔を握りつぶすように消して、出入り口に爪先を向ける。


「待って」


 だが、ここでインクルストから静止の言葉が掛かる。


 珍しいこともある物だと、俺は言葉通りに動きを止めた。


「どうした?」

「剣を、教えて欲しい」

「はい?」


 かなり衝撃的な発言だったから、思わず聞き返してしまったけれど。インクルストが俺に教えを請うなんて、今日は雪でも降るんじゃあなかろうか。というか、こうして会話が成立していること自体が驚くべきことだ。


 なにせ俺が正式にエリーの護衛役になってから今日まで、一度も口を聞いてくれなかったのだから。


 たまに顔を合わせて挨拶をしても、返事どころか反応すらしてくれない。まるで道端の石ころか空気のような存在。そう扱われていたので、今のこの状況が上手く信じられない。いったい彼女の心境にどんな変化があったのだろうか。


「剣をって言われてもな。理由はなんだ?」

「理由を言わなくては、ダメ?」

「そりゃあ確固たる理由があって、俺がそれに納得できなくちゃあダメだ。魔法もそうだが、剣技剣術の類いはどう飾り付けても所詮は殺人術なんだぜ? おいそれとは教えてやれないよ」


 それを聞いたインクルストは、少しのあいだ口を閉ざす。そして何かを決意したかのように顔付きが変わると、彼女はか細い声で理由を告げる。


「キミに勝つため」

「俺に勝つため?」


 そう鸚鵡返しに聞くと、インクルストは小さく頷いた。


「初めてキミと戦ったとき、わたしには魔法の優位があった。けれど、今ではそれも消えかけている。このままだと、わたしはどうあってもキミに敵わない。だから、キミから剣を習う」


 果たして、それは英断だっただろう。たしかにそうだ。魔法という優位が消えれば、あとは自力の差が勝敗を分ける。そうなった場合、剣技剣術という自力で勝っている俺が、後れを取る道理はない。だから、俺に教えを請うた。


 でも、それはきっと、苦渋の決断だったはずだ。かつて屈辱だと言い放った相手を頼る。それに至るまでの苦しみや葛藤は、同じ剣を握る者として想像に難くない。インクルストは自身のプライドよりも、勝利に手を伸ばすことを選択したのだ。


「……分かった。あんたに剣を教えてやる」

「ありが――」

「ただし。勿論、教えるからには全力を尽くすが、それで俺に勝てるかどうかは、あんた次第だ。そこのところだけ、きちんと理解しておくんだぞ」


 インクルストは大きく頷いた。


 こうして剣を教えることになったのだが。自分を倒そうとしている相手に剣を教えるというのは、なかなかどうして奇妙な感覚だ。日本では絶対に味わえない。なにせ、この世界でいう勝利とは、きっと相手を殺すことに他ならないのだから。



 剣の稽古に必要な準備を終えて、改めて訓練所の中心に立つ。


 目の前には完全武装したインクルストの姿がある。気合い十分、稽古とは思えないほどの重装備をしてきていた。それくらい本気だということなら、大歓迎だ。しかしながら、一つ聞きたいことが出来てしまったな。


「一つ聞きたいんだけれど。どうして武器に大剣を選んだんだ?」


 インクルストの背中にある大剣に視線を向けながら、そう尋ねる。


「一撃必殺」

「なるほどね」


 シンプル・イズ・ベスト。


 大質量の武器を用いて一撃のもと相手を粉砕する、力尽くって訳だ。ふつう女が取るような戦法じゃあないが、この世界には魔法があるから可能にはなる。そうと分かれば話は早い。どう剣を教えるべきか、その方向性が見えてきた。


「よし、じゃあ剣を教えるにあたってまず、その大剣を捨てることから始めよう」


 それに答える声は、すぐには返って来なかった。


「……理由を説明して」

「単純に向いてないからだよ」

「そんなことない。わたしは問題なく使いこなせている」

「でも、それは魔法ありきの話だろう。もし魔法が使えない状況に陥ったらどうするつもりだ? それにあんたのそれは使いこなしているんじゃあなくて、たんに振り回しているだけだ」


 流石にカチンと来たのか、インクルストの目が鋭くなる。けれど、それも注意深く見ていなければ、見逃してしまいそうな些細な変化に過ぎない。感情が表情に表れにくいと言うのは、戦闘において立派な利点になるけれど。代わりに人間味が薄くなるのが欠点だな。


「納得が行ってなさそうだな」

「当然」

「ふむ、じゃあまず大剣を捨てなければならない理由その一。あんたは一撃の威力で相手を押し切ることしか考えていないから。その二、だから剣の技術がまるでない。その三、そして魔法を使って大剣を軽々と振るえるからと言って、それで大剣を使いこなせていると錯覚してしまっているから」


 指折り数えながら理由を述べてやると、けれど、それでもインクルストは納得できていないようだった。目付きがより鋭くなっている。このくらい表情に変化があれば、注意深く見なくても少し機嫌が悪いのかな? くらいは分かるかも知れない。


 実際のところは、腸が煮えくり返っているのだろうけれど。


「よーし、分かった。さっき言ったことを今から証明してやる。ちょっと待ってな」


 そう言って訓練所を出ると、エクイスト家のお手伝いさんと話をし。暖炉などにくべる用の薪を幾つか持ち帰った。それをインクルストの前に置き、訓練所に保管された武器の中からショートソードを一振り用意した。


「どう言うつもり?」

「良いから見てな」


 俺は薪を一本掴み上げると、そのまま真上に投げる。真っ直ぐに上昇したそれは、重力に引かれて勢いを落とすと、進行方向を真下へと変えて落ちてくる。俺はその様を眺め、タイミングを見極めると、手にしたショートソードで横一閃を薙ぐ。


 からんっ、と音がして薪は地面に落ちる。ただし、その音は二重に重なっており、それは薪が二つに分かたれたことを意味していた。


「ほら、次はあんたの番だ。おっと、魔法は使うなよ?」

「……バカにしないで」


 人にはさみを渡すときのように、ショートソードの柄の部分をインクルストに向けて渡す。彼女はそれを奪い取るようにして握ると、俺と同じように薪を真上に投げ、落ちてきた所を斬って見せた。


 からん、からん、と音が鳴る。


「よし」


 薪割りと同じく、縦に斬り裂かれた二つの薪を、それぞれ拾い上げる。それを見るインクルストの表情は、心なしか訝しげなものだったけれど。それもきちんと説明してやれば解消されるだろう。もっとも、そんな気がするだけで、本人は訝しんでなどいないかも知れないけれど。


「この右手にあるのが、あんたが斬った薪。左手にあるのが、俺が斬った薪だ。さて、この二つの違いはなんだ?」

「違い?」


 視線を俺から薪に移したインクルストは、すぐにその違いに気が付く。


「……わたしが斬った薪だけ、刃を入れた所が潰れている」


 それが意味するのは、薪を斬ったのではなく、叩き割ったということだ。


 刃を持って斬るのではなく、切り口を作ったのちに勢いで叩き割る。それはまさに薪割りのやり方だ。ゆえに断面が一律に平らでなく、刃の入れ始め、最初の部分が殴り付けたように歪み、潰れている。


 一度きちんと折り目をつけた紙をぴんと伸ばし、手刀で破ってみれば、似たようなことが起こるだろう。


「厳しいことを言うようだが、あんたの剣はただ棒振りだ。なまじ刃がついているから、斬ったと錯覚しているだけで、本当は力任せに相手を棒で殴り付けているに過ぎない。これで大剣を捨てなくちゃあならない理由が分かっただろ?」

「……」


 返事はまたしてもない。


 だが、この沈黙は予想外のことを言われて困惑しているから、という訳じゃあないだろう。厳しい現実を目の当たりにして、高い壁を見付けて、今の自分ではこれを越えられないと理解したからだ。


 簡単に言えば、落ち込んでいる。


「でも、それは仕様がないことなんだよ。この世界――あ、いや、この国では魔法こそが絶対なんだ。剣は軽視されていて、それを扱う術も確立されていない。そんな環境下にいたんだ、個人の力だけでそこからのし上がるには、途方もない年月がかかる。だから、そう落ち込むなよ」

「……キミが育った国では、環境が違った?」

「まぁな。国というか、家庭だな。こと剣においてはかなり恵まれていたよ。恵まれすぎて苦痛に感じるくらいに」


 だからこそ、まともじゃあなかったのだけれど。


「だから、あんたの棒振りを剣技剣術の域まで押し上げる。環境を変えてやる。その手始めとして今は大剣ではなく、もっと軽い武器を使って技術を磨くべきなんだ」


 インクルストは少し沈黙したのち「理解した」と言った。本人の理解も得られたところで、漸くスタート地点に立った訳だ。俺が出来るのは、ここから彼女の背中を押してやることだけだ。この後に走るのは、他ならぬインクルスト自身なのだから。

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