こうしてやっと、新たなはじまりへ
それから。
レノンはできるだけ早く準備を整え、無事ゴルトン王国の国王へと即位をした。それに伴い、彼の母であるオーフィリナは表舞台から退き、最愛の夫とともに離宮に移り住むことになった。……とはいえ、リリアの王妃教育もあるし、即位して間もないレノンひとりで執務を回すにも手が足りず……いろいろ掃除を進めたといっても、前国王に無駄に権力があった名残はわずかばかり存在し、その尻拭いやらなんやらもあったということもある。とにかく、完全な引退とはいかず、けれど王妃であったころよりも断然仕事量は減った中でのんびりと手伝い程度で参加してくれていた。
彼女の再婚に関してや、レノンの本当の父親に関しては、あれこれ手を回しもしたけれど、そうでなくともやはり国民人気の高かった王子の血筋ということが大きく、想定通り歓迎してもらえ、なんならいま大人気の劇のモデルにもなったくらいだ。
遅くはなってしまったけれど、人目を憚ることなく存分にいちゃつけるようになったと、それはもう素晴らしい相思相愛っぷりをみせる両親に、レノンはちょっと複雑そう。けれどリリアにああいう夫婦になりましょうと頬を染めて意気込まれれば、あのふたりよりももっとしあわせになろうねと当然のように返した。
そんなレノンの返しにキャパシティをオーバーしてあわあわするリリアを目に、オーフィリナが自分たちも負けてはいられませんね、などとくちにしたものだから、ちょっとした親子戦争が勃発したのは穏やかな思い出だ。
ゴーシュの父母への報告は、オーフィリナとふたり、彼の父の墓参りも兼ねて行ってきたと聞く。詳細まではあえて踏み入ってまでは聞かなかったが、残されたゴーシュの母とオーフィリナの仲は昔からとても良好だったらしく、暇を見繕ってはよくふたりで彼女のもとへ出かけているのをリリアも知っている。リリアも挨拶に伺ったが、とても穏やかでやさしい女性だった。
前国王とその側妃だが、ふたりには強制労働施設にて監視もついているし、文句を言いながらも日々きっちり働かされているらしい。うっかりくちが滑って、すぐ隣の施設に前国王が収容されていることを職員が側妃に漏らしてしまったと報告が上がっているが、特に問題は起きていない。むしろそれを聞いた側妃の様子がおとなしくなったようでいいことだろう。いずれ、監視の目も緩むかもしれない。
彼らの息子については知らないし、知りたいとも思わないのがリリアの心情だ。いまのところネオーナは領地にこもったままだというし、まだ飽きられてはいないだろうと思うことにしていた。むしろ彼らのことはできるだけ思考に混ぜたくはない。
前国王の両親についてはそれこそどうでもいい。しばらく監視はつけていたが、どうあったって市井で生きていけるようなふたりではないのだ。互いに罵りあう初老の夫妻の行く末は、神に手を差し伸べてもらえるかどうかにかかっているのではなかろうか。
そんなこんなで、今日。数日前にリリアの十六の誕生日を迎え、晴れてゴルトンでの成人を迎えたリリアは、いま真っ白なドレスを身に纏い、実の両親と向きあっていた。
「本当に、立派になりましたね、リリア」
さきほどまではビスタリアの国王夫妻である伯父夫妻や、その弟夫妻、リリアの弟妹もいたのだが、長居をしても悪いとすでに退室している。国王夫妻もそうだが、弟夫妻の妻のほうはオーフィリナの実妹なので、一度レノンにも挨拶に向かうと言っていた。
残った両親と親子水入らずとなったリリアは、尊敬してやまない母に誇らしそうにほほえまれ、照れくさく思いつつよろこびにほほえんだ。
「ありがとうございます、お母様。今日このときが迎えられたのも、お母様のご指導あってのことですわ。幼かったわたくしのことばを戯言と流さず、ずっとそばで多くのことを教えてくださり、本当にありがとうございました」
「ええ、よくがんばりました。あなたはわたくしの誇りですわ」
母にそうまで言ってもらえるなら、リリアはこの先も胸を張っていける。自分を誇らしく思った……まではいいのだが、ついとちょっとだけ母の隣に視線を向けてしまうと、一気に熱量が下がってしまう。
「……もう、いい加減泣き止んでくださいませ、お父様」
「う、うう……だ、だっでぇ……」
ビスタリアいちの騎士と名高い、天下のアライドフィード侯爵が、滂沱の涙を流しそこにいた。
諸事情によりリリアが産まれてから三年ほど会えなかったこの父は、それからというもの、会えなかった日々を取り戻そうとするかのようにそれはもうリリアを溺愛してきたのだ。その後産まれた弟妹にも同様に惜しみなく愛情を注いでいた父ではあるが、やっと会えた愛娘が、せっかく会うことが叶ったそのときにはレノンに熱烈に惹かれてしまっていたのだから思うところは一入だったことだろう。
たかが三歳と侮るなかれ。現在までまったくよそ見をすることもなくレノンにだけ目を向けていたリリアは、その視界に父を入れてくれる頻度がとってもすくなかったのだ。さみしいさみしいレノン憎いとよく泣きつかれたと、母はのちに笑顔で語る。最後の部分は聞かなかったことにした。
リリアはこの部屋に入室してから……いや、入室前、妹から聞くにはビスタリアの実家を出る際にはすでにごねにごねて泣きじゃくっていたと聞くからドン引き……いや、うん、なんとも言えない。あまりごねるなら置いていくと母が一喝してくれたおかげでこうしてここまで来られたのだが、どうにも涙は引かなかったらしい。本来なかなかに男前であるはずの容姿も台無しだ。
リリアはひとつ息を吐くと、傍らに控えるササメからハンカチを受け取り、そっと父の頬にあてる。
「お父様、愛情いっぱい……ええ、まあ、重すぎるほどでしたけれど、とにかく。ここまで育ててくださり、ありがとうございます。お父様はずっと気になされていたけれど、わたくし、お父様に会えなかった三年間のさみしさなど吹き飛ぶほどにお父様からたくさんの愛情をいただきましたのよ。……本当に、ありがとうございます。だいすきですわ、わたくしの大切なお父様」
「っ、り、りりああああああぁぁぁっ!」
「ほらほら、抱きつこうとしないでくださいませ。セットが乱れては大変でしょう」
感極まってリリアに抱きつこうとした父を、素早く母が襟首を引いて制止する。だってえええと泣きわめく父を目に、リリアはその手が届かない位置までさらっと退いた。
念のためだが、リリアの父は本来きちっときりっとした人間である。若いころなどは氷に例えられるほど怜悧な……母に言わせると不愛想な人間だったらしいのだが、どうにも身内にはそんな姿をかけらも見せないせいで想像に難い。
「ねえ、リリア。忘れないでね。わたくしたちはいつでもあなたの味方だということを。なにかあれば……いいえ、たとえなにもなくとも。いつでも連絡をしてちょうだい。頼りにしてちょうだい。それが、わたくしたちがあなたにしてあげられることなのだから」
「お母様……」
「ああ、けれど、国が関わることは駄目よ。お兄様の裁可を仰がなくてはなりませんからね」
「ふふ。ええ、わかっておりますわ」
さすがもと王女にして貴族家の嫁。きっちりすべきはきっちりしている。
「リリア、俺も、俺もいつでも飛んでくるからな! いつでも頼ってくれ」
「……ええ、ありがとうございます、お父様」
なんだか比喩でもなんでもなくすっ飛んできそうな父を思い、一瞬ことばにつまってしまった。とりあえず、気持ちはいただいておこう。そしてよほどではない限り、相談事は母を通そう。そうこころに決めるリリアだった。
そうしてしばらく親子で団欒をしていたところ、部屋の扉がノックされる。現れたのは、こちらも白一色を身に纏ったレノンだった。
「失礼するよ。……と、ああ、すまない。せっかくの家族の時間を邪魔してしまったようだ」
「ああ、邪魔だ帰れ」
「こら、クレイブ」
さきほどまでの涙はどこへやら。殺意すらこもったような視線でレノンを射抜く父を、母が窘める。まあ、このやりとりもレノンは慣れたもので、苦笑だけで済ませてくれた。
「それでは、わたくしたちは席に戻りますわ。レノン陛下、娘をどうかよろしくお願いいたします」
「はい、この身にかけて必ずしあわせに……」
途中まで言いかけたレノンはふと思い立ったようにことばをとめると、そのままリリアの傍らまで足を運び、彼女と肩を並べる。どうしたのかと彼を仰げば、一度にこりとほほえまれた。そして再び、レノンの双眸はリリアの両親へとまっすぐに向けられる。
「必ず、ふたりでしあわせになります。どうか、見守っていてください」
「レノン様……」
じんと、胸が熱くなる。化粧が崩れないよう、ここで泣いては駄目だと自分を奮い立たせ、レノンと同様にリリアもまた両親へと視線を向けると、ふたりで揃ってしっかりと頭を下げた。
そんな若いふたりをほほえましく見届けた両親もまた、お願いします、と頭を下げる。父の声は聞こえなかったけれど、衣擦れの音から頭は下げてくれたのだと思うとなんだかくちもとが緩んでしまう。
だれからともなく顔を上げたところで、ではまたあとでと、両親が退室をする。
「いいか、リリアを泣かせるなよ! だれよりもちゃんと大事にするんだぞ!」
「はい、もちろんです」
去り際に安定の父を見せられたが、レノンはまったく動じることなくはっきりと返した。それに父がなにかを返す暇はなく、おそらく母に引っ張られてだろう、すこしばかり体勢を崩しながら出て行く。
「……まったくもう。父が申しわけありません」
「いや、リリアが愛されていてなによりだよ」
ためいきを吐きながら謝れば、慣れた様子のレノンは笑ってこたえる。
そうして改めて向かいあった彼の正装姿に、リリアは胸を高鳴らせた。
「きれいだよ、リリア。とても」
「え、えと……あ、ありがとうございます。その、レノン様も……か、恰好よくて……」
「ふふ、ありがとう」
自分ばかりがこんなにもこころ乱されるのはなんだかズルいような気がしたリリアだったけれど、ふとよく見るとレノンの顔も赤いことに気づいてすこしだけにやけてしまう。最近になってようやく気づいたことなのだけれど、どうやらレノンは年の差を気にしてか、すこし背伸びをしようとすることがあった。
もともとが兄と慕っていたその名残かはわからないけれど、どうにか余裕ぶろうと装う節があるのだ。
もしかして、と思った際にオーフィリナにひっそり尋ねてみたところ、実は昔からリリアにいいところを見せようと、頼りがいがあるところを見せようとかっこつけようとするところがあったらしい。気づいたのならよく見てみて、と言われたとおり、いままでよりも注意深くレノンを見ていたところ、そうしたところがまま見受けられることを察したのだ。
それに気づいたときはあえて指摘をしたりせず、ひっそりと内心でよろこぶと決めたリリアは、いまもまたくちには出さずにちいさく笑った。
「……ようやく、この日が迎えられましたわ」
リリアとレノンが白一色を身に纏っているのだ、察しもつくだろうが、今日はふたりの結婚式。幼いころからリリアが願い、夢見てきた「レノンのお嫁さんになる日」だ。
「わたくし、リリア・レイ・ヴィア・アライドフィードから、リリア・ロジェ・ヴィア・ゴルトンになりますのね」
レイはビスタリアにて、王族直系からはすくなからず離れるが、王位継承権を持つものを示す。ヴィアは女性を、ヴィオなら男性を示し、そしてロジェはビスタリアの王位継承権を保持するものが他国にて婚姻を結ぶ際、ビスタリアとの繋がりを示すのに必要であれば名乗ることを許された名。継承権自体は放棄することになるが、リリアがそれを名乗るのは、念のためにと彼女の身の大事をとったレノンからの願いでもある。
自身の名が変わることを感慨深くつぶやくリリアの手をとって、その指先にレノンがそっとくちづけた。
「ここまでこられたのも、リリアのおかげだ。ありがとう」
「いいえ、レノン様やオフィお義母様、みなさまがちからを尽くされたからですわ」
「うん、だとしても、リリアの支えがなければ、ぼくはきっとここまでがんばれなかった。だから、リリアにはとても感謝しているんだ。ずっとぼくを支え続けてきてくれて、ぼくのためにちからを尽くしてくれて……そして、ぼくを愛してくれて。ありがとう、リリア」
「レノン様……」
まだ若い道のりとはいえ、すでに人生の大半をレノンを想い生きてきた。確かに楽しいことばかりだったとは言えないけれど、でもそれでも、その日々はリリアにとってなによりも大切で、輝いていて、いとおしい日々に違いない。
まっすぐに、やさしい笑みを浮かべて見つめてくるレノンのまなざしに、リリアもまたやわらかくほほえみ返す。
「こちらこそ。わたくしをともに戦うに値する存在と認めてくださり、わたくしの想いにこたえ、わたくしを愛してくださり、ありがとうございます。……レノン様、不束者にはございますが、これからもどうぞよろしくお願いいたしますわ」
「もちろん。ぼくのほうこそ、これから先もずっと、ともに生きてほしい」
「はいっ」
今日のこのよき日に。長き人生に多くの幸あれと。
ふたりは多くのひとびとに祝福されながら、ともに歩む道のりの一歩を、新たに踏み出すのだった。




