恨まれる先にこころあたりなどいくらでもあるのでは?
とはいえ、王妃として、ふたりの言いぶんなどとおす気はないことだけははっきりと伝えておく。妻としての愛情などかけらたりとも持ちあわせているはずもないことは、国主の責務に関してよりもよほど理解していることだろう。
「そ、それなら……レノンは⁉ あの子にとって父親でしょう⁉ 助けて当然じゃない!」
まだいうか。というよりも、その主張は自らに乞われたもの以上に許せるものではなく、オーフィリナは思わず思いきり殺気を飛ばしてしまった。
とはいえ、オーフィリナはせいぜい護身術を齧った程度の武術の嗜みしか経験がない。そういうものとは別の戦場なら潜り抜けてきたので、凄み自体はあるけれど、せいぜいが殺意を向ける程度のものだ。それでも、ぬくぬくと生きてきたふたりを竦み上がらせるには充分だったようだけれど。
笑みを消したオーフィリナが、瞳孔の開いた目をまっすぐに夫妻に向ける。瞬きひとつしないその表情は、とんでもなく恐ろしく見えた。
「あの子は、ものごころつく前から常に命の危機に晒されてきました。ええ、ええ。あなたがたの大事なご子息が、真実の愛のお相手と共謀してあの手この手と駆使してきたのですよ。おかげで、あの子がこの国で休まるときなどありはしなかった。あなたがたが! アイツに! 要らぬ権力など持たせたから!」
昂ぶる激情を、常ならば抑えきるオーフィリナが、これでもかと強く強くぶつける。ひいっと情けない悲鳴を上げてお互いに身を寄せ合う夫妻の、なんと滑稽なことか。
オーフィリナのうしろに控えていた護衛の騎士がそっと彼女の細い肩に手を置いたことで、オーフィリナは我に返った。一度目を閉じて息を吐き出した彼女は、笑みを繕うことはせずに、ただ冷たく夫妻を眺める。
「……そういうわけですので、あの子とて彼のかたを守る理由など微塵も存在しません。むしろ、あの子自身の手で引導を渡されても、文句など言えない立場なのですよ?」
「そ、そんな……」
愕然とした様子のふたりだが、これが息子が孫の命を脅かしていたことに対する失望だというならまだいい。けれどまず間違いなく、自分たちの大事な息子を守ってくれる存在がいない事実に打ちひしがれただけでしかないことは察するに易い。
よくよく、自分たちにしか関心のないひとたちだ。
「彼らの処遇としまして、まず真実の愛のお相手とそのご子息は、平民の身分でありながら王宮にて豪遊してきたいままでの費用と、此度の慰謝料を請求。ともにとても払える額ではありませんので、生涯をかけて強制労働施設にて返済額を稼ぐよう、そちらに送りました」
正確には、息子のほうは、その負債の肩代わりを条件にグエンベル公爵家のネオーナ嬢に引き渡したが、それは知らせずともいいだろう。それなら父親も、などと言い出すことは目に見えているし、そんな願いがとおるはずもないのだから、言い合うだけ労力の無駄だ。
「それと、あなたがたのご子息は、いままで使用された資金額と、彼のかたによる国への貢献度を照らし合わせ、議会が差額を計算しました。言うまでもないと思いますけれど、当然、マイナスです」
あたりまえだ。即位前は王子という肩書に、即位後は国王という肩書に胡坐をかくだけかいて、なにひとつその地位に見合う義務も責任も果たしてこなかったのだから。どうにかプラスになるものを……と、捻出できるものもまったくないと、議会が失笑していた。
「お、お金で済むなら……あなたや、ベルン公爵家が……」
「そろそろ舌を引っこ抜きましょうか?」
面倒になってきましたので、と、にっこり笑ってやれば、さすがに夫人もくちを噤む。あの愚王のために、オーフィリナやベルン公爵家がどれほどの負担を強いられたのか。わからないとは言わせない。
それはさすがに、自分たちの現状にも関わっていることだからわからざるを得ないのだろう。青い顔で俯く夫妻に、オーフィリナは笑みを深めた。
「ビスタリアのご令嬢の誘拐事件に関しては、当然ながら彼のかたの罪が最も重く判断されました。平民だけならことをなせるはずもありません。国王が、王命を濫用したことにこそ責があります。……ふふ、無能に権力など持たせたことが、裏目に出ましたね」
「ああ……!」
ついに頭を抱えだしたところ申しわけ……なくないが、はなしはまだまだ終わりではない。
「幸い、ご令嬢本人の意向も、ビスタリア側からの要求も、犯人一派からの慰謝料で済ませるとお赦しをいただけました。……まあ、生涯かけて返済していただければよろしいかと。……ああ、そうそう。ひとつ、おもしろいおはなしがありまして」
「……?」
「あれだけの大立ち回りをして掴んだ真実の愛のお相手の負債、その一切を、彼のかたは負ってくださらなかったのですよ? ふふふ、自分には関係ない。その女の借金はその女のものだろう、とのことでした。あれだけ真実の愛がどうのと仰っていたのに、その女呼ばわりをされたうえ、あっさりと捨てられたお相手のかたの絶望した顔といったら……うふふふ。ああ、おかしい」
いまでこそそうであるけれど、今後より一層、この国や周辺諸国で真実の愛などということばは面白おかしく蔑まれていくのでしょうね、と、オーフィリナはそれはもうとてもたのしそうにわらった。
「でも、わたくしも鬼ではありませんから、一時でも愛を誓いあったおふたりの絆を信じて、収容する施設をとても近い場所のものにしました」
「……え」
「男と女で作業内容は異なりますし、施設自体も別にはなります。それに、こちらからはその事実を伏せておきますので、いつ知られるかはわかりません。国政に影響を出すことも厭わないほどの強い絆ですもの。きっと、いずれ惹かれあうことでしょうね」
さて。そのときが訪れたら、捨てられた女はどう出るか。大変見ものだろうと思うけれど、できるだけ長くきっちりと借金を返してもらわないと困るな、と、オーフィリナは他人事のように思う。
真っ青をとおり越して、顔色を白くした夫妻は、いずれ訪れる愛息子の末路をしっかりと理解したはずだ。だとして、彼らになにができるということもない。自業自得だ、諦めてもらおう。
それに、彼らへのはなしはこれでぜんぶではない。
オーフィリナはすでに絶望からことばを失くす夫妻に、さらに容赦なく追い打ちをかけていく。
「そうそう。当然ですけれど、彼ら三人とも全員、子をなせない処置は済ませてあります。よかったですね? 愚かな血がこれ以上残されていくことがなくて」
「……? え? いや、待ってくれ。あの子がもうこどもをつくれないとしても、レノンがいるだろう? 我が王家の血は絶えることなど……」
「あなたの血は絶えますよ。彼のかたの御子は、あとにも先にも真実の愛のお相手との間にできたご子息ただひとりですから」
「ど、どういうことだ! オーフィリナ、貴様! あの子を裏切って不貞をしたのか!」
さきほどまでの消沈はどこへやら。瞬時に血行をよくして思いきりテーブルに拳を叩きつける夫妻の夫のほうに、オーフィリナは微動だにすることもなく冷めたまなざしを向けるばかり。
「裏切るとはずいぶんな言いかたですわね。裏切られたのはわたくしのほうでしたのに」
「そ、それは……! もう解決したはなしだろう!」
「……そうですね、どうでもよいことでした。彼のかたのことなんて。大事なのは、レノンの血についてですね。ご安心くださいませ。あの子は確かに王家の血を継いでおります」
「は……? いや、だが、息子の子ではないと……」
「あら、おかしい。別にあのかたでなくとも、王族のかたはいらっしゃるのですよ」
ころころと、鈴がなるように淑やかに笑うオーフィリナのことばに、意味がわからないと夫妻が揃って困惑する。そんなふたりに、オーフィリナはとても美しい笑みをもってすっと手のひらをうしろに控える護衛の騎士に向けた。
「色こそ違えど、顔立ちはお父様によく似ていると言われるそうなのだけれど……気がつかないとはずいぶんと薄情ですこと」
「な、にを……」
吐き出すようにつぶやきながらも、オーフィリナのことばの意味に薄々気づいているのだろう。ゆっくりと、戸惑うように……というよりも、恐る恐るしっかりと彼女のうしろに控える護衛の騎士の顔を確認する。直後、力が抜けたようにソファに沈んでいった。
「あ、に……うえ……」
「うそ……そんなはず……」
夫に続くように、夫人も目を見開いて護衛の騎士を見つめる。その顔色はこのうえなく悪い。怯えるように震えるふたりに、精悍な顔立ちの護衛は底冷えするようなまなざしを向けながら、しっかりとはっきりと自分のことを告げた。
「ゴーシュ・G・ブレンサと申します。はじめまして、叔父上、叔母上」
「ひっ!」




