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最後の掃除の終わりへと


 その日、オーフィリナは護衛を伴い、王都のはずれにあるすこしばかり大きめの邸を訪れていた。

 ちいさいながらも庭のついたそこは、平民の一般的な家とすれば大きく、けれど貴族の邸にしてはちいさい、そんな家。迷いなくそこに踏み入ったオーフィリナを出迎えたのは、初老の夫婦だった。



「あらあらまあまあ、オーフィリナが訪ねてくるなんてずいぶん久しぶりねえ。どうぞ、奥へ入って」


「ええ、失礼します」



 現状まだ王妃の立場にあるオーフィリナを呼び捨てにするなどとんだ不敬なのだが、それも今日までだと思えば咎める気にもならない。にっこりと微笑の仮面ですべてを隠す彼女は、己の立場さえもいまだわかっていない夫妻に冷ややかなまなざしを向けながらも、夫人のあとについて奥の客間へと踏み入った。



「ごめんなさいね。なぜか今日に限ってメイドが来ていなくて……」


「お構いなく。用件だけ済みましたらすぐに退席いたしますので」



 そう広くはないながらも、客間があるだけ立派だろう。そこに設えられたテーブルもソファもそれほど豪華なものではないが、ひとまず夫妻と向きあうようにそこにつく。



「それで、わざわざオーフィリナがここを訪ねてくるなんて、なにがあったのかしら?」



 穏やかそうな夫妻だが、どことなく高貴さがにじみ出ている……というよりも、どこか背伸びをしたような、張りぼての品のよさのようなものが滲んでいるのだが、それはどうでもいい。おそらく、過去の栄光にしがみついていたい表れなのだろうが、そもそも栄光と言えるようなものを持っていたふたりではないのだ。それは張りぼて感にもなろうというもの。

 現に、オーフィリナが持ち込んだ話題についての不安や緊張を隠しきることができていないまなざしは、ふたり揃って不躾だ。所詮この程度のひとたちという表れだろうと、オーフィリナは内心で侮蔑した。



「ええ。わたくしも忙しい身ですので、回りくどいことは申しません。この度、国王陛下にはご退位いただきましたのでご報告とその後の沙汰を告げに参りました」


「なっ!」



 隅とはいえ、ここも王都の一部。国王の退位についてはすでに公にしてあるので、多くの国民の知るところのはずではあるのだが、いかんせんこのふたりは外に出ない。下手に外に出て余計なことでもされてはたまらないと、護衛という名の監視がふだんはついていたことを思えば致しかたないかもしれないが、そうでなくとも率先して町を歩いたりなどしないだろう。なけなしの矜持が邪魔をしていそうだ。

 さらりとなんでもないことのように告げたオーフィリナに、目を見開いたふたりは揃ってくちもとを引きつらせる。



「そ、そんな……いくらなんでも笑えん冗談だぞ」


「ええ、冗談などではありませんから」


「そ、それじゃあ、あの子の身になにかあったの? 病気だなんて聞いていないわよ!」


「まあ、頭のほうを病気とするなら病気かもしれませんが、健康上さして問題はありませんよ。……贅沢が過ぎてずいぶんと体型も変わられましたけれど」



 笑みも歪めずさらっと毒を吐くオーフィリナに、その言いぶんにカッと顔を赤らめ、あなたねと声を上げようとしたのは夫人のほう。けれどそんな夫人を制して、夫のほうが憎々し気にオーフィリナを睨みつけた。



「それははなしが違うだろう! あの子が生きている間はあの子が国王であることに決まっていたはずだ! それを反故にするなど」


「まあ、では早々にお亡くなりいただいたほうがよろしかったのですね」


「なんてことを!」


「いえ、それは冗談ですけれど、さすがに罪人を国王として据えておくのは無理があります」


「え……ざ、罪人……?」



 冗談とくちにしながらもあながち冗談でもない本音を滲ませたオーフィリナに、今度は夫婦そろって身を乗り出そうとしたが、続く彼女のことばに瞬時にその顔を青く染め上げる。赤くなったり青くなったり忙しいことだ。

 どうでもよくそんなことを思うオーフィリナだが、詳しいはなしをせずとも顔を青褪めさせるあたり、まだ()()()()()()()に理解があるようだなとも思う。


 改めて記すまでもないかもしれないが、このふたり、もと国王とその妻のもと王妃である。オーフィリナたちに苦を強いた元凶であり、あのどこまでも救えない、退位したばかりの国王を生み出した実の親だ。



「ざ、罪人とはどういうことだ……。なにかの間違いではないのか……?」


「あらまあ。レノンの婚約者として我が国に滞在中の、ビスタリア王家の血も流れるご令嬢を誘拐した罪が間違いであると。証拠も証言も揃っておりますのに、それをビスタリアにどう釈明するつもりなのです?」


「なんだと⁉ そんな……なぜそんな馬鹿な真似を……」



 なぜもなにも、愚かな真似を平気でするのは遺伝ではなかろうかとちいさくつぶやくオーフィリナだが、それを目の前の夫妻に届けることはない。代わりに別の事実を教えてやることにした。



「真実の愛のお相手との間に産まれた子を次代の王にと望んだようです。ビスタリアからの大事な姫を傷ものにしようなど、恐ろしいことを考えられますね」


「な……いや、だがアレは平民だぞ。きちんとそう教えておいたというのに……」


「はてさて。あなたがたのあのかたに対する()()()()というものの信用度は、あなたがたにもご自覚あることと存じておりましたが。ともあれ、起きてしまったことは事実。ご令嬢はご本人とレノンがちからをあわせ、まったくの無傷で済みましたけれど、それが結果論でしかないことはおわかりですよね?」


「で、でも……事実無事だったのなら問題ないでしょう⁉ そのご令嬢にはなんとか頭を下げて大事にしないでもらえば、あの子の罪にはならないわ!」



 ことここに及んで、まだあの愚物を庇うか。所詮このふたりもその程度の人物なのだと、知ってはいたけれどオーフィリナの瞳の温度は留まることなく下がっていく。



「どなたが?」


「……え?」


「どなたが、頭を下げて場をとりなせばよいとお思いなのです?」


「そ、それは……」


「あなたがたはすでになんの権力もない身。加害者当人であるあのかたたち三人の謝罪などなんの意味もない。であれば、だれがあのかたたちのために、ビスタリアの姫に、そしてビスタリア王国に、頭を下げるというのです」


「そ、そんなの! そんなの当然、あなたの役目でしょう! あなたは王妃なのですよ! あの子を守る義務があります!」



 声を上げた夫人よりも、夫のほうがまだ理解があるか。しかし、青い顔をするだけで妻の暴挙を止めないのだから、同等レベルに過ぎないといえる。


 オーフィリナはさもおもしろそうに、愉しそうに、わざわざ声を出してわらってやった。



「ふふ。うふふふ。もともと考える能力の足りないかたがただとは思っておりましたけれど、より劣化されましたか?」


「な! あ、あなた! 義母であるわたくしになんというもの言いを……!」


「ねえ、夫人。あなたが仰ったのですよ? わたくしのことを、王妃だと」



 怒りにさらに顔を真っ赤に染める夫人を、あくまで冷徹なまなざしで見据える。じっと見据えて、ひとことひとことはっきりと、しっかりと言い含めてやるように紡いだ。



「王妃として、国を守るものとして、この国に不要どころか、害にしかならないものの助命など、どうして国母たるこのわたくしがするとお思いなのですか?」



 夫妻が思いきり目を見開く。仮にも一時玉座に座ったものと、その伴侶なのだ。国を預かることの意味をわからないとは言わせない。……と言いたいところだが、残念ながらこのふたりにそのような道理がわかるはずもないことは明確だ。


 なにしろ、あの愚王を王にと、なにを捨ててでも……それこそ、国に害をなそうと押しとおしたふたりなのだ。国を思う気持ちなど、あるはずがない。




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