最後の掃除の最初の一手
リリアとレノンが離宮の一室に着いたときには、すでにほかの全員が揃っていた。
「遅くなり、申しわけありません」
レノンと揃って一礼をすると、すぐにオーフィリナが穏やかにほほえみ労わってくれる。
「いいえ。ふたりとも、ご苦労でした。特にリリアには心労をかけましたね」
「いえ、ご配慮、痛み入りますわ」
軽い会話を交わしたあとは、オーフィリナに促され、彼女の側のソファにレノンと並んで腰を下ろす。そのうしろに壮年の男性と……ネオーナ・グエンベルが並んで立っていた。
リリアが直接顔を合わせるのはこれがはじめてだが、こちらの貴族名鑑で得た肖像画と照らし合わせ、彼がネオーナの父であるグエンベル公爵だろうと判断する。
対して、オーフィリナやリリアたち三人の前のソファに座るのは、現ゴルトン国王とその側妃。そして床に転がされる、第一王子であるゲイル。ゲイルはしっかり縄でその身を縛られ、変わらず猿轡を嚙まされたまま、衛兵ふたりが槍の柄を交差させてその身を押さえつけている。くぐもった声が漏れてはいるが、気にする必要などない。
「さて。では全員揃いましたので、おはなしの続きをさせていただきましょうか」
にっこりと。決して目だけは笑っていない笑みでもってオーフィリナが切り出す。
リリアたちがここに着く前にゲイルのしでかした件ははなし済みなのだろう。現国王と側妃の顔色は悪い……といいたいところだが、たぶん、あれは納得していないのだろう。現国王は眉を吊り上げ顔を真っ赤にし、側妃など淑女とは決して言えない形相を晒している。
「だから、誤解だと言っているでしょう⁉ ねえ、リリアちゃん、リリアちゃんからも言ってあげてちょうだい! ゲイルはあなたを誘拐なんてしていないって。惹かれあっているふたりが、周りに邪魔されないようにおはなしできるようにしていただけなんだって!」
え、なに言っているの、このひと。
うっかりびっくりしすぎて思わず目を見開いてしまったリリアは、一瞬後に内心慌てながら表情を取り繕う。母ならしない失態だと、己の未熟さを恥じた。
「なにを言われるのやら。わたくし、事実拐されましたのよ? すぐにレノン殿下や我が護衛たちに救助されましたので、なにも起きずに済みましたけれど……」
「ほら! なにもあるわけないのよ! ゲイルはただリリアちゃんとおはなししようとしただけですもの! 誘拐だなんて大袈裟よ!」
「わたくしの意志を無視して、わたくしを連れ去るだなどと、どう考えても誘拐としか言えないと思いますけれど?」
「だから、それが誤解なのよ、リリアちゃん。ゲイルがリリアちゃんとふたりでゆっくりおはなしをするには、そうするしかなかったの。誘拐だなんてそんなおそろしいことばをつかわないで? ただちょっと来てもらっただけなのだから」
この期に及んでことば遊びがしたいらしい。胸の前で両手を組み、上目遣いに涙目で必死にリリアに訴えてくるけれど、相手を間違えてはいないだろうか。
「ああ、ミアのいうとおりだ。この程度で誘拐だなどと騒ぎすぎもいいところだろう。だいたい、もとはといえばおまえがゲイルに接近禁止だなどと勝手なことを言い出したのが悪いのではないか」
「あら。それは看過しかねますが。ビスタリアに弓引く発言、責任をとれるお覚悟でなされたのでしょうね?」
「ぐ……。う、うるさい! いいか! 余らはなにも悪くない! 貴様らが揃いも揃って嵌めたのだろう!」
言い草もそうだが、他国の令嬢、しかも王族の血を引くリリアを安易におまえ呼ばわりするのもいかがなものか。オーフィリナが冷静に咎めれば、ゴルトン現国王は開き直って居直る。ふん、と鼻息荒く息を吐き、腕を組んでふんぞり返る姿に、これが一国の主だなどと世も末だなあとどこか遠く思ってしまったリリアだった。
「……まあ、否定はしませんが、行動を起こされたのはあなたがたでしょう? 国王の印璽はこのようなことに用いるものではありませんよ?」
溜息をひとつ。わざと零したあとに、さらりとオーフィリナが取り出したのは一枚の封筒。そこに捺される印を目に、目を思いきり見開いた現国王はすぐさまグエンベル公爵を睨みつけ、テーブルに拳を打ちつけた。
「貴様……っ! 裏切ったな!」
「裏切るなどと。この身はゴルトン王国に忠を誓いはすれど、国王陛下個人に従う道理はございません。ご自身がなにをなされたのか、お忘れですか?」
「なにを言う! 王家の血筋のものとの婚約であれば、泣いてよろこぶのが筋だろう!」
「王家の血筋が入っていようとも、醜聞まみれの平民の子など、よろこぶ貴族はおりますまい。血筋はどうにもならずとも、せめて努力をする様子でも見られればまだ同情の余地もありますが、所詮蛙の子は蛙。そのうえ、ご自身の立場も顧みず、我が娘を蔑ろにする暴挙。どこに感謝の余地がございましょう」
淡々と返すグエンベル公爵だが、どう聞いても恨みつらみが満載なのがわかる。よほど腹に据えかねていたのだろう、これでもかと言い返す姿に、敬う気持ちなど微塵も見えなかった。
その隣で、ネオーナはただ優雅にほほえみ続けている。
「へ、平民とはどういうことだ! ゲイルはれっきとした第一王子で」
「平民ですよ。そちらの側妃も同様に。いくら言っても信じてくださらないので、証拠もお持ちしました」
またそれを繰り返すのかとリリアがちょっとげんなりしたが、どうやらそれは杞憂に終わったらしい。オーフィリナが取り出した証書の写しを現国王と側妃が奪い取るようにして見つめる。
「ちょっと! これ、どこにもわたしたちのなまえがないじゃない!」
「当然でしょう。そちらは王家に名を連ねるものの証書。便宜的名称として側妃と第一王子と呼ばれるだけの平民が、名を連ねられるものではありません」
「どういうことだ! ミアを側妃として迎えることは父上も同意されたはずだ!」
「ええ、側妃という名を与えれば構わないと同意をいただきました。ですので、みな側妃様とお呼びしていたでしょう?」
第一王子に関してはそもそも王位継承権など最初から認められていなかったし、王子として王族に名を連ねることも同様に前国王も認めていなかった。ただレノンの安全に配慮しただけの「第一王子」だ。ゆえに、そこにつけられる尊称はいつだって無難な「様」でしかない。
第一王子様、第二王子殿下。並べて呼ばれることとてあったというのに、気づかないのは愚かなのか傲慢なのか。ともあれ、調べもしなかったことを責められたとて知ったことではない。
「ついでに、ゲイル殿には子をなす機能もありませんから、それも含めて公爵家にはとんだお荷物だったことでしょう」
「……は? ……子を、なせない?」
「ええ。母親が母親ですし、万全を期す必要があったのももちろんですが、いずれは平民として生きていかねばならぬ身。要らぬ火種をまかれても困ります。幼少期に流行り病にかかった際、高熱を出されたでしょう?」
「流行り病……高熱……」
さらさらとことばを重ねるオーフィリナは、いまなにを思っているのか。このときを待ち望んだ最大の被害者は当然彼女である。すこしでも溜飲が下がればいいが、対峙するふたりを表情もなく眺める双眸はただただ冷ややかだ。
そんな彼女のことばを受け、なにか思うところがあったのか、現国王と側妃の顔色が今度こそ悪くなる。
「ちょっと待って! それってまさか……!」
「心配は要りませんよ。とてもよい薬を使わせてもらったので、健康上の害はありません。ただ、王家の血が不必要にまかれることがないだけですので」
「なんて、ことを……おかしいと思ったのよ! 何度しても二人目ができないのだもの! あんたのせいだったのね! 許さない! 絶対許さない!」
「あらまあ。愛らしいお顔が台無しですよ。一応お伝えしておきますけれど、これはわたくしの独断ではございません。議会の承認を得て、必要と判断された結果です」
「うそよ! あんたがわたしに嫉妬してやったんでしょ! わたしが彼に愛されて、彼のこどもを先に産んだから……!」
「……ふふ。ふふふふふ。うふふふふふふ!」
子をなせなくしたのは、ゲイルだけではない。現国王も側妃も同様だと知らされ、激昂した側妃が身を乗り出して喚き叫ぶ。茫然自失の現国王を放ってヒートアップする側妃に、オーフィリナは突然声を上げて笑い出した。
愉しそうに、さもおもしろいと言わんばかりに。けれどどこまでも、どこまでも冷え切った嘲笑にも似たわらい。
驚いたのは現国王や側妃だけではない。まったく知らなかった一面を見たリリアも内心で驚いたが、なんとか平静を装う。
「安心なさい。先もなにも、そのひとの子を産んだのはあなたただひとりなのだから」
「え?」
「さあ、衛兵。罪人たちを牢へ。側妃と第一王子はもちろん、そちらのかたもすでに議会により退位が決まっています。一般牢で構いません」
「な、なにを! 退位だと⁉ そんなはなしは聞いておらぬ!」
「罪人をいつまでも在位させていては示しがつかないでしょう。我が国民にも、もちろん、ビスタリア王国にも。ご安心ください。さすがに罪を犯したともなれば、前国王夫妻もなにも言えるはずがありませんから」
喚き散らす現国王……実際はもう国王ではないのだが、こちらも便宜的名称としてそう呼ぶとして、彼と側妃を衛兵たちが引き摺って連れていく。最後までうるさいひとたちだった、そんな感想しかない。
彼らが去って、廊下の向こうからも叫び声が遠ざかったところで、今度はネオーナがくちを開く。




