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決定打をいただきましょう


 ゆっくりと目を開く。

 真っ先に視界に映ったのは木製の屋根。首を巡らせ確認すれば、質素な部屋だと窺えた。

 あまり寝心地がいいとはいえないベッドに横たわる自分と、ここまで自分を連れてきたフードと仮面を纏った人物。ほかにひとの気配はなく、質素なだけではなく簡素でもある部屋には、ベッドのほかに燭台を載せたテーブルが置かれているくらい。

 微かな蝋燭の灯だけで照らされた薄暗い室内はなんともこころもとなさを助長する。


 リリアがここに連れてこられる前、三日前に知り合ったばかりのネオーナから茶葉が届いた。曰く、ゲイルが粗相をした詫びだとか。


 本来ならゲイルのしでかしたことを、ネオーナが詫びる筋はない。彼女とゲイルとの婚約の事情を知るからこそ、余計に。


 けれど先日の一件、彼女が絡んでいたとなればはなしは変わる。わざわざ自分が関わっていましたと公言するような真似をする必要などなかっただろうが、どのみちゲイルがあそこにいた理由などすぐに知れてしまうので下手に隠しても悪手にしかならないことはわかっていたからこその詫びということなのだろう。


 ……というわけで、その茶葉をいただいたリリアは現在ここにいる。


 溜息をひとつつき、それからゆっくりと身を起こした。別段拘束をされているわけでもなし、このあとの展開を思えば寝姿を見られるなど不快の極み。

 上体を起こしただけのリリアを、仮面の人物も咎めはしない。



「さて。あまり長居はしたくないのだけれど」



 やれやれと、自身の緋色の髪の毛先を軽くいじってちいさくつぶやく。それもまた咎められることはなく、ややあって外がすこし騒がしくなりはじめ、かと思ったすぐあとに部屋の扉が乱暴に開かれた。



「やあ、リリア。気分はどうだい?」


「……すこぶる不快ですわね。呼び捨てないでくださいませとお伝えしたはずですが?」


「ふむ。思ったよりこたえていないようだな。もっと弱々しく怯えていればかわいげがあるものを」



 会話にならない。もとよりそういった人物であることはわかっていたので、リリアはこれみよがしに溜息を吐いてやった。ちなみにもはや挨拶することさえ億劫なので最低限の礼さえとる気はない。

 乱暴に扉を開けて現れたのはゲイル・ゴルトン。リリアの拉致を考えたひとりであり、当然主犯のひとりでもある。室内に踏み入ってきた彼は、部屋にいた人物とおなじ恰好をした人物をひとり連れていた。

 入ってきてすぐに乱暴を働こうという気がないだけまだ理性が保たれているのかはわからないが、ひとまず一定距離が開いているのは事実である。



「そのかわいげがない相手に、なぜこのような狼藉を?」


「ふ。かわいげがないからこそ、だ。俺に靡かないなら、手っ取り早く既成事実をつくってしまえばいいだけのこと。そうすればおまえはレノンなんぞに嫁ぐことはできず俺の妻に収まり、ビスタリアの後ろ盾を得た俺が晴れて国王になれるという寸法さ」



 堂々ゲスなことを、それはもう堂々ゲスい笑顔で言ってのける第一王子に、リリアは心底引く。容姿しか取り柄のない側妃の血をばっちり継いで、第一王子もまた容姿だけは格段にいい。絵画や彫像として愛でるぶんにはこのうえない被写体となるだろうが、いかんせん本物は動くし喋る。余計な機能などついていなければよかったのに、と、内心で悪態を吐いた。



「……第一王子様は、わたくしの年齢をご存知でしょうか?」


「なんだ急に。確か、十……五だったか?」


「十四にございます。そのような小娘にご無体を働こうなどと、ずいぶんな人非人ではございませんか?」


「ふん。ならば、そんな小娘を妻になどというレノンはどうなのだ」


「レノン殿下とは長きに渡り育んできた絆がございます。それに、わたくしの年齢の問題で、婚姻はわたくしの成人までお待ちいただくことになっておりますわ」


「なるほど。清い仲か。それはなお都合がいい」



 いやらしい笑みを浮かべる第一王子に、リリアも思わずぞっとする。


 年齢についてはレノンもかなり悩んだ時期はあった。年を経れば気にならなくもなるだろうが、いかんせん三歳ころからアピールの開始だ。絆されはじめたころに、自分が幼女趣味なのではないかと思い悩まれた際のフォローがいちばん大変だったと、リリアは若干遠く思い出していた。

 レノンはあれほど悩んだというのに、目の前のこの男はあっさり乗り越えやがった。レノンにだったらもっとあっさり乗り越えてもらっても構わなかったのに、という思いは置いておいて、心底気持ち悪いと嫌悪する。



「なに、心配するな。はじめては多少痛かろうが、すぐによくなるさ」



 クズだ。真正のクズがいる。さすがのリリアも笑顔を忘れて頬を引きつらせる中、そのクズ当人の手が伸び、ゆっくりとこちらへと歩みを進め……。


 ようとした瞬間に、床に組み敷かれた。


 ごん、と鈍い音がしたのは頭を打ったのか顎を打ったのか。どうでもいいのはリリアだけではなく、取り押さえた当人もだろう。



「はーい、そこまで。うちのお嬢サマに気安く近づかないでくれませんか」



 ぎりぎりと後ろ手に回した腕を締め上げ、背に体重をかけるのは、ゲイルが連れてきた仮面の人物。同時に再び扉が開き、青い顔をしたリリアの愛しいひとが駆けこんできた。



「リリアっ!」



 叫ぶように名を呼びながら、一目散にリリア目がけて突進。そのちいさなからだをこれでもかとぎゅうと抱きしめる。



「れ、レノン様……」



 痛いほどに抱きしめられ、リリアは困惑もそこそこに役得かもとばかりに彼の背に腕をまわし、そのぬくもりを堪能した。



「ああ……さすがにこれは生きた心地がしなかったよ。無事だったかい? どこか怪我をしたり、触れられたりしていないか?」


「ええ。もちろんですわ。わたくしの護衛はとても優秀ですもの」


「そうだね。それはわかっているのだけれど……」



 それでももうすこしだけこのままで、としがみつくようにリリアを抱きしめるレノンに、リリアもわずか罪悪感を抱く。


 リリア誘拐事件。リリアに相手にされないどころか、どんどん接触も厳しくなった結果、ゲイルが短絡的に行動した結果がこれだ。

 リリアを誘拐し、既成事実さえつくってしまえば、もはやだれにも覆しようもなくリリアを手に入れることができる。そんなちょっとお頭が足りていない思考回路を見せつけたのは、もちろん彼だけではなかった。

 裏で糸を引いている人物ももちろん、計画そのものが最初から筒抜けでしかないお粗末な事件。いっそ事件と呼ぶことさえもったいないとさえいえる。


 事前に知っていた計画ながら、ああもうこれでいいやと乗ることに決めたのはリリア。さすがに言い逃れさせずに一網打尽にする決定打となるこれで、もう終わりにしてしまっていいのではないかと思ったのだ。


 実行犯は現行犯で確保。残りも証拠と証言を取り揃えているので、いまは王宮にてオーフィリナたちに監視されている手はずとなっている。

 事前にすべてわかっているのだから、当然対処も完璧にしてあった。リリアを監視させていると見せかけるために部屋の入口にいた仮面の人物はササメだし、ゲイルを取り押さえているのはライノである。ほかにもササメの部下や、ゴルトン側からつけてくれた護衛も伏せてあるし、過剰なくらいの防衛体制をとっていた。


 リリアとしてはここまでせずとも……と思ったりもしたのだが、なにせレノンが納得してくれなかったのだ。リリアが囮となる必要もないのではともごねられたし、なんとか諸々説き伏せたところで、それなら自分も近くに待機させろと言って憚らなかった。

 過保護すぎると思いはしたが、それだけ愛してくれている証左なのだと思えば悪い気などするはずもなく、結果それで妥協するならばとレノンも護衛とともに近くに待機することで今回のはなしが纏まった。


 というわけで、現在に至る。



「き、貴様は……レノン⁉ どうしてここに!」



 うるさい声に割り込まれ、レノンの纏う空気が一変した。怜悧に、冷徹に。まるで吹雪にでも見舞われたかのように、体感的に周囲の温度を下げたレノンが、リリアを片腕で引き寄せたまま床に押さえつけられているゲイルを見下ろす。



「……どうして? 愚かな阿呆どもが、ぼくの最も大切とする存在に不埒な真似を働こうというんだ。自ら踏み潰しにきて当然だろう」


「なん……っ、まさか、知って……!」


「ああ、ほんとうに。どうやればこんな愚かな人間がうまれるんだろうな。まあ、愚かな人間同士の掛け合わせとなれば、必然とも言えるのかもしれないが」


「き、貴様……っ! この俺に、そんなくちをきいていいと思っているのか⁉」


「なにを喚く。現状、くちを開くほどに不敬罪を重ねていっているのはおまえのほうだが?」


「はあ? 第二王子ごときがなにをいう⁉ 俺は第一王子、いずれは王位につく存在だぞ! 貴様も! いつまで俺を拘束しているつもりだ! 離せ! 打ち首にするぞ!」



 うごうごともがこうとしているのだろうな、とは察せるが、いかんせん力量差がある。びくともしないライノにぎゃあぎゃあと処刑だなんだと喚かれ、リリアがむっとしてくちを開こうとしたが、肩にまわった手に力を込められ、制止された。



「さて。何度伝えようと理解できない頭であることは知っているが、おまえの第一王子というのはただの呼称、理由があって便宜上みながそう呼ばざるを得ないから、なまえの代わりとしているだけであって、おまえは王族どころか貴族でもない、平民だ」


「な……なに、言って……!」


「おまえの父親は、おまえの母親と籍を入れることなど許されていないんだよ。つまり、おまえの母親も側妃と呼ばれるだけの平民だ」



 前国王の嘆願で、現国王と側妃が結ばれることは許された。けれどそれはあくまで表向きだけ。側妃を王族の中で名を連ねる存在にしては、問題しか生じない。できて寵妃がいいところというはなしを、息子かわいさにごねた前国王に、一切権利や資産を与えることなどできない旨をしっかり言い聞かせ、妥協点として「側妃」と呼ぶようにだけすることに決まったのが真実だ。息子はかわいいが、その息子を誑かした女はどうでもよかったのだろう、彼女に権力や資産を与えることはできない旨には理解を示した前国王。現国王と側妃などは、側妃が側妃と呼ばれるだけでなんの疑問も抱くことなく側妃という立場であると認識してきちんと調べようともしてきていない。


 ちなみに、そうまでして側妃を側妃、第一王子を第一王子と呼ぶようにしていたのはほかでもない、レノンの命を守るためだ。権利を有すると勝手に思ってくれていれば、その慢心からレノンへの攻撃性が緩むと判断されたため。実際、その状態でさえ命の危機に瀕することのあったレノンに、なりふり構わない攻撃が向けられていたらどこまで耐えられたかわからない。

 それもある程度掃除が済んだころには警戒度も薄らぎ、それからは側妃と第一王子がどういうものか教えはじめたはずなのだが、いかんせん積み重ねてきてしまったものがある。受け入れがたいものは受け入れないのは親子三人共通したもので、周囲ももはや「側妃」と「第一王子」がなまえであるという認識でさえあるので、完全な断罪が済むまではそのままでいいかとしてしまった部分もあるため、なにを冗談を、と一笑に付されてしまっていたのだ。


 まあ、だからといって現実が変わることはない。



「う、うそをつくな! 俺が王になることが妬ましいからといってそんな戯言を」


「おまえが王になるとなれば、妬ましいより悍ましいよ。そんなことよりも、もはや国王の権限をもってすら庇い立ての不可能な犯罪に手を染めたんだ。さあ、終わりにしようか」


「なっ、ちょ、おい! 痛いじゃないか! 貴様、俺をだれだと」



 いい加減うるさいからと、無理矢理起き上がらせたゲイルに素早く猿轡が噛まされる。レノンが室内に踏み入ってきたと同時に扉の外で待機していたゴルトンの騎士に彼を引き渡したところで、レノンがちいさく息を吐いた。

 室内の空気がすこしばかりやわらぐ。



「……すまない、リリア。こちらに来てから苦労しかかけていなくて……」



 リリアに向きあい、しょんぼりと眉尻を下げるレノンに、さきほどまでの冷徹な空気は微塵もない。王として立つものの威厳の片鱗を覗かせたさきほどのレノンも恰好よかったが、こうしてリリアにだからみせる一面もかわいらしくてすきだと、リリアは緩くほほえんだ。



「いいえ。苦労など。わたくしはレノン様のおそばにいられるならばそれで充分ですわ」



 そのためにずっと努力を重ねてきたのだ。それに、この程度苦労というほどのことなどない。

 はなしの通じない、いっそおなじ人間であることが疑問視される存在を相手どることに変なめまいや頭痛を覚えることはあったけれど、それももう終わる。あとはオーフィリナたちと合流して、最後の宣告を行えばいいだけだ。



「ああ、ですが許されるなら」



 ふと。思い出したように声をあげれば、レノンが不思議そうに小首を傾げた。



「落ち着いたら、ふたりきりですこしだけゆっくりできたらいいですわね」



 にこりと年相応にほほえむリリアに、レノンは数度瞬き。それから、ふわりとやさしくほほえむ。リリアのだいすきな、出会った当初から変わらぬ、やさしい笑みで。



「そうだね。ゆっくり、お茶でも飲みながらなんでもないようなはなしができたらいいな」


「ふふ。昔のレノン様のおはなしなら、いくらでもできますわ」


「え⁉ え、いや、あの、それは……ちょっと、お手柔らかにお願いします……」



 顔を見合わせ笑いあって、束の間の穏やかな時間を過ごしたあとは。


 いざ、最終決戦へ。




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