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噂の彼女


 リリアの影は非常に優秀である。

 もともとは母であるレアリナに、彼女の実家でもある王家がつけていた存在だったのだから、さもありなんといったところかもしれないが。

 王家の影として指導を受けた人物が指導し、その能力をあますことなく叩き込んだ存在の一部を、リリアはゴルトンに連れてくることを許された。ササメはその筆頭である。


 さて。それによってなにが言いたいのかというと、だ。



「ああ、リリア。こんな場所で会えるなんて奇遇だね」



 がさりと中庭の生け垣を掻き分け現れたのは、ゲイル・ゴルトン。身を潜めるようにそこに屈み、リリアが通りかかったタイミングで姿を現す。ずいぶんと彼に都合のいい奇遇があったものだとリリアは内心で辟易した。

 まあ、もっとも。今日この場に彼が現れることは予め影によって知らされていたこと。わかっていた以上、なんの驚きもない。



「これは第一王子様。ごきげんよう。わたくし、レノン殿下の婚約者ですので気安くなまえを呼び捨てないでくださいませ。では急いでおりますので、失礼いたしますわ」


「おっと、待ってくれ」



 用件だけはしっかりと。おまえに呼び捨てされる筋はないと、はっきり釘だけ刺して会話を打ち切る。

 これで退けばまだ多少の咎めくらいで済んだものを。もっとも、ここで退くくらいならこのような待ち伏せなどしているはずもないのだから、こうなることも予想済みだ。


 リリアが腕を掴まれた直後、ゲイルのその手はリリアの専属護衛であるライノが捻り上げた。



「痛い痛い痛いっ! き、貴様っ! だれに暴行しているのかわかっているのか⁉」


「あら、おかしな言いがかりをつけないでくださいませ。淑女の、ましてレノン殿下の婚約者という立場にあるこの身を、許可もなく掴まれるという暴行を受けたわたくしを、わたくしの護衛が守ったまでのこと。彼はただ職務に忠実であり、この行為は正当な防衛ですわ」


「なっ! すこし触れただけではないか!」


「そもそも、淑女の身に気軽に触れようなどという思考と行動が紳士としてあるまじきものではありませんの?」


「……くそっ、下手に出てやれば調子に乗りやがって……! ええいっ、離せ!」


「なにをしでかすかわからない相手を、易々と解放できるわけがありませんでしょう。あなたの身柄は衛兵に引き渡しますわ。それまではおとなしくなさってくださいませ」


「おまえ……! 俺がだれだかわかっているのか!」


「もちろんにございます。わたくしに接近禁止令が出されている、第一王子様ですわよね?」



 目を細めて見やれば、ゲイルはぐっとことばを呑む。接近禁止だと言われているのに、こうしてリリアの目の前に現れ、さらにはその腕を掴むという暴挙をなした。であれば、この扱いはリリアの正当な防衛手段であるし、なんなら加害者側である彼が横柄にしていい場面でなどさらさらない。



「そ、それは……ちょ、ちょっとした行き違いがあっただけだろう? お互いをもっとよく知れば、いい関係がつくれると……」


「あらまあ。あいにく、わたくしはどうでもいい相手に強引な手段をとられてよろこぶ性質にございませんの。今回の件も丁重に抗議させていただきますので、どうぞ悪しからずご了承くださいませね」


「な、な……! ちょ、ちょっとはなしをしようとしただけではないか! 大袈裟にするな!」


「なぜわたくしがあなたの命令に従わねばならないのですの? ……ああ、衛兵のかたがみえたようですわね。ではライノ、そのかたの引き渡しと、警備に対する注意をよろしくね」


「はい」



 それだけ言い置いて、もはや用などないとリリアは身を翻す。ササメとともに去りゆくその背に、なにやら怒声のようなものが届いたが一切気にも留めずに歩みを進めた。


 今回の件、影により知らされていたリリアには、事前に対処のしようもあった。けれどそれをせずあえてゲイルの侵入と接近を許したのは、彼に接近禁止令を破ったという罪を着せるためだ。腕を掴ませたことも同様。次期王妃となることさえ決まっているこの身に触れるどころか、意図的に無理に掴んだとあれば責めるには充分だ。

 どうにかしてリリアに取り入りたいのは、彼だけではなく国王や側妃も含めた総意だろう。手段が短絡的に過ぎるのは、ほかに方法もとれないからだと理解はできる。その方法をとろうとしてしまうこと自体への理解はできないから、わかりあえる日など一生こないだろうが。


 で、問題は。



「リリア・レイ・ヴィア・アライドフィード様にご挨拶申し上げます」



 中庭を通り抜け、長い廊下に出た先で、待ち構えていた艶やかな濃紺の髪の女性。きれいに礼をとる彼女を、リリアはわずか目を細めて見やる。

 ゲイルがリリアに接触する方法は、あれしかとれなかっただろう。それは、逆をいうとあの方法ならとることができたということ。


 そのためには、リリアの行動を把握し、かつその行き先に彼を潜ませておける協力者の存在が不可欠だ。



「……どうぞ、気楽になさって。わたくしはまだ、レノン殿下の婚約者の立場にしかありませんから」



 できるだけ、緊張を表に出さないように。貼り付けた笑みは、まだ母のように完璧に揺るがないものとはいかないかもしれないけれど、リリアの精一杯の虚勢を乗せて。


 見つめる先で、ゆったりと顔を上げた女性は、人形のように整った顔立ちをしていた。


 美しい微笑に象られた金の双眸が、温度もなくリリアを射抜く。



「お初にお目にかかります。グエンベル公爵家が一女、ネオーナ・グエンベルと申します。……どうぞ、よろしくお願いいたします」



 完璧な淑女、というよりも、どこまでも人形のような温度のなさを感じさせる女性。


 ゲイル・ゴルトンの婚約者であり、グエンベル公爵家の長女。ネオーナ・グエンベルとの、最初の邂逅だった。




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