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専属侍女


「ねえ、ササメ。覚えていて? あなた、わたくしに尋ねたのよ。……孤児たちを救うには、どうしたらよいのかと」


「……覚えております。まだいまよりももっとお嬢様が幼かった時分、街への視察に同行したときのことでございます」



 いずれ国を治める片割れとなる日を疑わず、ゆえに町で暮らす守るべき民たちの生活を自分の目で確かめる。そうした見聞は視野を広めるにも必要だと幾度か街中に繰り出していたリリアの供を、ササメが務めたときのことだ。

 ビスタリアは比較的治安はいい。けれど、どうしたって貧富の差は生まれ、孤児となるこどもたちが生まれてしまうのは阻止しきれずにいる。スラムというほどではなくとも、貧困層が集まる区画もあるのは事実だし、孤児院だってそう多く建てられるものではなかった。


 ササメは孤児院にいた孤児ではない。食べるのに困り、盗みを働いてそれがバレ、暴行を受けていたところをたまたまレアリナの侍女が見つけ、レアリナが保護をしたのだ。

 自分は運がよかっただけ。そうササメはいう。それは事実そうなのだろう。ササメとおなじ境遇で、おなじ目に遭い、そして助けが得られず亡くなる孤児もすくなくはなかった。だからこそ助かったササメは思ったのだろう。


 どうすれば、自分のような人間が、もっと多く救われるようになるのだろうか、と。



「お嬢様のおこたえは、わからない、でした」


「ええ。景気を向上させる、治安をよくする、就職先の斡旋などができる設備を整える、福祉制度を整える。それらをくちにすることは容易で、だけれど資金などの工面をどうするのか、細かなすりあわせやどこまでを法で介入すべきなのか、解決しなければならないことが多いからこそ、実際の施行まで至っていないのが実情。ただの思い付きなど現実的ではありませんわ。孤児院への支援は、金銭でも食料でも衣類でも、国や一部の貴族が行ってはおりますが、根本的な解決策とはなりません」


「はい。当時もお嬢様はそう仰られておりました」


「だから諦めるしかない、考えることを放棄する、という意味ではないと、そう続けたことも覚えていて?」


「もちろんです。お嬢様は根本的な解決になるわけではないと仰りながらも、奉仕活動には積極的に参加され、かつ支援も行っておられました」


「ええ。解決策の模索と、いまの自分ができることをすることとは別のおはなしですから。けれどいま言いたいことは、わたくしがそれらを行ったことではありませんの」



 ササメの表情は変わらない。けれど、数度の瞬きが疑問を抱いたと訴える。

 リリアはにこりとやわらかに彼女へと笑みを向けた。



「ササメ。このおはなしのいまの本質は、なぜわたくしの専属侍女にあなたを望んだのか、その理由でしてよ。わたくしね、まだまだ視野が狭いのです」


「それは……ですが、リリア様のお歳を考慮すれば、むしろ断然広くあられるかと」


「そうですわね。重ねられている年数が経験の不足を語るのは致しかたないことでしょう。けれど、わたくしはそれを言いわけにしてはいけないのです。わたくしの望む場所を手に入れるためならば、幼さを言いわけに無知に甘んじていいわけがないことを、あなたも知っているでしょう?」


「それは……。……はい、存じ上げております」



 まだ十にも満たない幼子。だからある程度の無知も、粗相も、仕方ないと目を瞑ってもらえる。本来ならば、リリアはまだそうあっていい年齢にある。いくら貴族であっても、さすがに完璧を求められる年齢にはない。


 けれどリリアは違うのだ。侯爵令嬢相当……いや、たとえ王族相当の教育を積み、得ていても、同年代相当のそれではまったく足りない。目的の場所へ、レノンとともに辿りつくためには……そしてその先を見据えるなら、いくらでも先んじて学び取り入れ進んでいかなければならないのだ。


 母のレアリナは、天才であるがゆえにこどもらしくないこどもだったらしい。けれどリリアは、自ら望んで、自らの意志で幼くあることを良しとせず、そうあることを手放した。


 どちらかいいかなんて比べる術はない。けれど、どちらであっても、当人が不幸だなどと思ってはいないのだから、他人が勝手に自身の価値観を押し付けるべきではない。


 ササメの瞳がわずか揺れたが、それでも彼女はなにをくちにすることもなく頷いた。それにリリアは満足そうに頷くと、ことばを重ねる。



「だからね、わたくしは、わたくしに考えることを、考えねばならないことを教示してくれる存在をそばに置きたいの」


「あれは……ですが、出過ぎた真似でした」


「いいえ。必要な意見を伝え、疑念を伝え、情報を伝え、そうしてわたくしに考えるべきことを考えさせてくれる。もちろんその判断をわたくしひとりで行うべきではないこともあるでしょう。けれど、わたくしが見落としてしまうものを、拾い上げてくれる存在は、確かに必要なの。そしてわたくしは、あなたにこそその役目をお願いしたいと思っていますわ」



 こういったときにはどうしたらいいか。そんなたとえばなしでリリアの思考を試したり、現実として指示を仰いだりした人物はササメに限らず存在する。けれどそれはあくまで教育係として、指導者として、使用人として、必要だから行ってくれたに過ぎないもの。

 近い場所で本質に寄り添い、切実な思いを抱えてくちにされた問いの重さを、リリアは忘れない。いまはまだたとえばなしとして出される問題も、いずれ現実で直面すれば、おなじだけの重みを帯びることだろう。その責はとても重くて、おそろしくて……だから、レノンとふたり、一緒に背負っていきたいのだと一層強く思わせる。


 それを実感させてくれたササメだからこそ、リリアは専属侍女に望むのだ。



「どうかしら、ササメ。引き受けてもらえる?」


「……失礼ながら、もうひとつだけ、お聞かせ願えますか?」


「なにかしら?」


「なぜ、それを私にお伝えくださったのでしょう? 直接奥様に願い出られていれば、命として私に任じることができたのではありませんか?」


「え、だってわたくし、ゴルトン王国へ向かいますのよ? この国に帰ってくることもあるでしょうけれど、あちらに骨を埋める覚悟がなければなりません。国を跨いでまでついてきてくれることを望むのに、あなた自身の意志を確認するのは当然でしょう?」


「……当然、ですか」



 ササメの問いに、ことばどおり当然とばかりの顔で、むしろなぜそんな問いをと言わんばかりに小首を傾げるリリア。ササメはそんな彼女をじっと見つめ、さらに問う。



「私は孤児です。別れを惜しむ家族もいません」


「けれどそれは友人がいないことにはなりませんわよね? もしかしたら恋人がいるかもしれませんし、ひとでなくとも、動かすことが困難な大事なものがあるかもしれない。あるいは、大事な場所がある可能性もある。ここを離れたくない理由があってもなにもおかしくはありませんし、だからこそ、あなた自身の意志を確認したかったのですわ」



 確かに。ササメに家族はいないが、親のようにかわいがってくれたひとはいる。ここまで育ててくれた恩師もいるし、ともに働く仲間も大事に思っていた。恋人はまだいないが、気に入っている店や景色くらい、当然のように存在する。


 今生の別れとまではならないだろう。けれど、容易に会うことも、訪れることもできなくなるのは事実。それらを捨て去って、とまで言うのは大袈裟にせよ、相応の覚悟くらいは必要になるだろう。


 リリアについていくというのは……未来の、一国の妃となる道を歩む存在の供となるというのは、そういうことだ。


 秤にかける。ササメがいま大事にしているものと、リリアについていくという道を選ぶことを。そうして出したこたえは。



「……ご配慮、ありがとうございます。私の意志としては、謹んでお受けさせていただきたいと思います」


「まあ! ありがとう、ササメ!」


「いえ、お礼など……それよりも、私の意志はどうあれ、決定権は奥様にございます。どうぞ、奥様と充分にご相談されてくださいませ」


「ええ、ええ。もちろんですわ。専属護衛の打診も終わったら、早速お母様にご報告に参ります」



 うれしそうに表情を綻ばせるリリアに、ササメの頬も若干緩む。


 正直、ササメのすべてを差し置くだけの価値を、ササメ個人としてはリリアに見出してはいない。けれどリリアなら……あのとき、安易なこたえを選ぶことはせず、わからないと正直にこたえ、けれど考えることをいまもってやめてはいないことを知っているリリアなら。これから先、そばで見守っていてもいいと思えた。

 仕えるに値する主かどうかは、一等近くで見続けて、それから判断すればいい。上司には、そう伝えよう。


 そう内心で結論づけるササメの目の前で、リリアがそうだと手を叩く。



「ササメも一緒に行きましょう? あなたとともにわたくしに仕えてくれるようになるかもしれないひとだもの。ね?」


「かしこまりました。おともいたします。……ところで、どなたをお考えなのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「ふふ。ササメもよく知るひとですわ」


「…………まさか」



 ササメもよく知る、と言われても、この邸で働く同僚なら知っていて当然。けれどその中でも、特に思い当たる人物がいることは事実で。

 思わず目を見開いたササメの想像を肯定するかのように、リリアはにっこりとほほえむのだった。




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