#24 地球人だから?
ユウタの視界はオレンジ色に染まっている。
今では珍しいオレンジ色の照明によって、シルバーハウンドを橙色に染め上げていた。
初めて見た光に目を奪われていると、車が段々と速度を落としていく。
前を見ると、車一台が入るリフトがあった。
シルバーハウンドはそこで停車すると、四つのタイヤがロックされ、リフトが地上に向かって上がっていく。
天井が開き、見慣れた白いLEDの光が目に飛び込んできた。
リフトを上がりきった先にあったのは、地下の駐車場だった。
ユグドラシルの駐車場とは違い、百台は入りそうな広い場所。
「ここは?」
どこかのスーパーの駐車場のように見える。
「スーパーの駐車場よ」
サヤトの答えは、予測通りだった。
後部座席のユウタを覗き込みながら説明を続ける。
「希望市内にある地下駐車場とトンネルが繋がってるのよ」
「ここと本部が繋がってるんですね」
「いや、ここだけじゃないんだ」
今度はアツシが説明する。
「ハイウェイは十六本あるんだが、全て別々の地下駐車場に繋がっているんだ。デパートやスーパー、警察署に防衛軍駐屯地にもある」
「それって色々問題なんじゃ……」
アツシは車を動かし、サヤトが引き継いだ。
「問題ないわ。フリッカによって完璧な欺瞞プログラムが施されているから。軍のコンピュータも騙せるわ。勿論、ここもね」
CEFのメンバーからは上から見た構造が蜘蛛の巣に似ているからとスパイダーウェブと呼ばれているらしい。
シルバーハウンドは駐車場の出口に何の躊躇いもなく侵入。
警報が鳴ることも通行止のバーも降りて来ず、問題なく通り抜けることが出来た。
駐車場を抜けて店舗を見てみると、そこは何度か来たことのある家の近くのスーパー『メイディアマーケット』だった。
シルバーハウンドは片側二車線の道路に合流し、お行儀よく並んで進む電気自動車の列に加わる。
CEFの車両が近くにいるのに一向に驚く様子は見られない。
歩道を歩く人も特に気にしてないようだ。
「今、ステルス迷彩発動してますか?」
「何故そう思うの?」
「誰もこちらを見てないような……」
「今、この車を外から見たら、何処にでもあるSUVに見えるでしょうね」
「やっぱり透明になっているんですか?」
ユウタはシルバーハウンドにステルス迷彩が備わっていることを知っている。
サヤトは首を横に振った。
「車一台分空いていたら誰だっておかしいと思って、そちらを見るものじゃないかしら」
「確かに……」
考えても答えが思い浮かばなかった。
サヤトは、出来の悪いけれど可愛い生徒に諭すように話していく。
「この車にはどんな機能が付いているかは知ってる?」
「えっと、バリヤーとステルス迷彩、ですよね」
覚えていた知識は間違っていないはずだが、自信がなかった。
「二つとも正解。でもそれだけじゃないの。もう一つあるんだけど、分かる?」
ユウタはしばらく考えたが、何も思い浮かばず正直に返事した。
「武器はないはず……えっと、分かりません」
怒られるかと思ったが、サヤトは薄く微笑む。
「バリヤーとステルス迷彩以外にもう一つ。偽装能力があるの。ホログラムで外見を変更しているのよ」
「外見が変わってるんですか」
「ええ。市販のSUVにしか見えていないはずよ。肉眼や防犯カメラじゃ絶対見破られないわ」
「へええ〜」
感嘆の声を上げていると、アツシが周囲を見ながら付け加える。
「それだけじゃないよ。中の人の服装も変わっているんだ」
「そうなんですか!」
「ああ。複数のパターンがあるが、今は三人家族に見えているはず。前席の僕達が夫婦で、君は息子かなぁ」
(ムキムキなお父さんに、すごい綺麗なお母さん。かぁ)
何ともデコボコな家族だと思っていると、アツシが予想だにしないことを言う。
「でも。ショウアイさんの旦那は、俺よりユウタ君の方がお似合いか――」
真っ赤になったユウタが口を開く前に反論した人がいた。
「な、な、ななな、何言ってるんですか! コンゴウさん!」
サヤトはボンと爆発音が聞こえるような勢いで顔を真っ赤にして、何度もアツシの太く鍛えられた上腕二頭筋を何度も叩いていた。
「ハハハ。いやぁからかってごめんごめん」
左腕をさする仕草をしながら謝るアツシ。
けれど笑顔のとこから見て、痛みなど感じていないようだ。
勿論サヤトも本気で叩いていたわけではないだろうけど。
「もう、そういう状態は程々にしてください。ごめんねユウタ君」
「あっ全然。嫌だとか思ってませんよ!」
両手を振ると、サヤトはほんの少し嬉しそうに顔をうつ向けて前を向いてしまった。
(あれ、答え間違えた?)
どんな返答が正しかったのかと考えていると、途端にノイズ混じりの男性の声が聞こえてきた。
『……で容疑者が人質を取っている。付近の警官は直ちに現場に急行せよ』
ユウタは事態が呑み込めないが、前席の二人は違う。
緊張感が車内を包み込み、尋ねられずに押し黙った。
「ショウアイさん。現場は何処だい?」
サヤトは腕時計を操作。
「次の角を左折して、ここから五分くらいの場所です」
「左折はちょっと出来ないな」
左折用の道路の侵入口は通り過ぎてしまった。
「しようがない。もう一つ先の交差点で左折……おっと来たみたいだ」
アツシが言い終える前に、微かなサイレン音が聞こえた。
かと思うと、赤信号で停止しているシルバーハウンドの並ぶ車列が、傍に退いて道を開けていく。
開いた場所を走るのは二台のパトカー。
先程の事件に向かうようで、サイレンをけたたましく鳴らしながら、交差点を左に折れる。
「俺たちも向かってみよう」
サヤトは頷くと、ユウタに確認をとる。
「家に帰るの遅くなってしまうけどいいかしら?」
「大丈夫です。悪い奴は早く捕まえないと!」
シルバーハウンドは直進し次の交差点を左折。
もう一度左折すると、オーパスで写真を撮ろうとする人だかりが出来ていた。
どうやら事件現場を、面白半分で写真に収めようとしているらしい。
流石に人混みを掻き分けて車は侵入できないので、近くに停車する。
「ちょっと偵察してみよう」
アツシがリボンステアリングのスイッチを押す。
サヤトとアツシが同時にオーパスに表示されたスクリーンを覗き込む。
ユウタも後ろから覗き込むと、シルバーハウンドのルーフから飛び立つ一人称の視点だ。
「これ、ドローンですね」
「そうよ。完全無音でステルス迷彩搭載の小型ドローン。この車を中心に半径一キロを偵察できるわ」
説明しながらサヤトがオーパスのホログラムコントローラーで操っていく。
人だかりの頭上を越えると、ナイフを女性に突きつけた男性が、警官数人に囲まれていた。
二十代くらいの犯人は、今にも人質にナイフを突き刺しそうな、危険な雰囲気を醸し出している。
人質の若い女性は、大粒の涙を流し顔面蒼白で全身が震えていた。
「早く助けないと!」
「待って。犯人の後ろ」
前方の警官に気をとられていた犯人は、後ろから近づいてきた警官に気づかず取り押さえられた。
数秒のことだったが、どうやら人質の女性も無事のようだ。
「よかったー」
ユウタが胸をなでおろすと、ドローンがシルバーハウンドに戻ってきた。
アツシは車を発進させる。
「あれ? 行かなくていいんですか?」
「現場に? もう解決したんだ。俺たちが行く意味はない。それに犯人は地球人だからね」
「地球人だから?」
サヤトが疑問に答える。
「ええ。私達CEFは宇宙からの脅威と戦うための組織。地球人の犯罪は警察の管轄よ」
(そういうものなの、かなぁ?)
サヤトの言葉に、どこか釈然としないユウタであった。
事件現場から離れたシルバーハウンドは真っ直ぐユウタのマンションに向かっていた。
無線が一回来てからは特に問題は起きず、あと五分もすればユウタのマンションが見えてくるだろう。
赤信号で停車し、何となく歩道を見つめる。
そこには細長いマイクや大きなカメラを持った人の姿。どうやらテレビの撮影のようだ。
リポーターらしき女性とスタッフのようで、ドラマや映画の撮影ではなくニュースのリポートだろうか?
茶色いボブカットの女性リポーター――速報快――がカメラに向かって喋っている。
マイクを持った彼女は元気よく走って、道行く人に話しかけるが、全て断られているようだ。
(大変そうだな。僕ならもう諦めちゃうけど)
一人の老人がインタビューを受けてくれたようだ。
声は聞こえないが、リポーターの表情から察するに凄く嬉しそうに見える。
女性リポーターが老人にインタビューしていく。
ユウタは車内にいるため、外の声は聞こえないが、さっきの事件の事を聞いているのかもしれない。
ある事が気になって、そのまま見続ける。
どうも老人を見たことがあったのだ。
歳は七〇くらい。リポーターより背は低いが、腰は曲がっていない。
まるで洋画のベテラン俳優のように青いスーツを着こなしている。
老人は挨拶するように帽子を持ち上げた。
その時見えた頭髪は年齢を感じさせる白色だが薄くはなっていない。
皺の刻まれた顔は柔和な表情で、朗らかな様子のインタビューに見えた。
一番印象的なのは、老人のものだと思われるスーツケースだ。
旅行中なのだろうか、大きくて頑丈そうなスーツケース。
帽子を持った右手を胸の前へ動かした。その時だった。
(ん? 何だろ、あれ)
リポーターやスタッフは帽子に意識を持っていかれて気づいていないようだ。
ユウタの目に留まったのは老人の腰から伸びているモノだ。
緑色で細いそれは、まるで蔦のような触手。
触手は女性リポーターの腰のあたりに伸びると、少し経ってから老人の方に触手が戻っていく。
触手が女性リポーターのものと思われるオーパスを持っていた。
その行き先はあの大きなスーツケース。
けれど、リポーターは全くその事に気付いてないようで、老人にインタビューを続けている。
老人も柔和な表情を崩さず、余裕綽々といった様子でインタビューを受けているではないか。
それもそうだろう。
触手がオーパスを奪った時間は僅か一秒にも満たなかったのだから。
それを見つけられたのはユウタだけであった。
(大変だ)
窓の外を食い入るように見ていると、青信号になってシルバーハウンドが動き出した。
「サヤトさん、コンゴウさん。ストップ。車を止めてください!」
「どうしたの?」
「今、オーパスを盗んだ人がそこに……ああっ!」
車がどんどん離れていく中、インタビューが終わったのか、女性リポーターとスタッフが老人から離れていく。
それを見送る老人の顔は柔和な表情だが、ユウタにはまるで仮面のように張り付いているように感じられた。
「あいつ。スーツを着たおじいさんが触手のようなもので奪ってました。きっと異星人ですよ!」
「本当?」
サヤトはどこか信じてない様子だ。アツシも同じようで車の速度を緩めようとしない。
老人はスーツケースを転がしながら、素早くその場を歩き去っていく。
すぐにでも人の波に紛れて姿が見えなくなりそうだ。
「早く捕まえないと逃げられちゃいます!」
「待って。今ドローンを飛ばすから……」
「それじゃあ逃げられちゃいますよ!」
ユウタの視界からは完全に老人の姿は消えてしまっていた。
とっさに自らのオーパスを取り出す。
(怒られたって知るものか!)
「『立ち止まるな。一歩踏み出せ』」
シルバーハウンド内が眩しい緑の光に包まれ、アツシは反射的に減速しながら路肩に停車。
「待ってユウ――」
「僕、行きます!」
停車すると同時にガーディマンは降り、老人を追うために空を飛ぶ。
沢山の人が空飛ぶガーディマンを見上げる中、
一人だけ全く気にせずに歩くのはスーツケースを引いた件の老人だ。
「見つけた」
ガーディマンは落下するような勢いで老人の前に着地。
着地した路面が砕けたが全くそんな事は気にしていない。
柔和な表情でガーディマンに向ける老人を指差す。
「盗んだオーパスを返してください!」
老人は表情を変える事はなかったが、引き攣るように顔面が震えた。




