#23 どことなくリボンの形に似ていた
ユウタは涙でにじむ瞳をこすりながら、廊下を歩いていた。
(何だよ。あんな言い方しなくたっていいじゃないか!)
ゲンブの言葉を思い出す。
『ガーディマンに変身することは許されない……封印されている核兵器以上……高校生の君が持っているんだ。我々組織で管理するのは当然だ』
一人でいるからか、思い出すと、段々と腹が立ってくる。
(まるで僕が世界を滅ぼす存在みたいな言い方。酷すぎるよ!)
エレベーターに近づきパネルを押す。
まるで待っていたように、すぐ扉が開き中から誰か出てきた。
浅黒い肌にスキンヘッド。ゲンブより盛り上がった筋肉を持つアツシだ。
「あれ? ユウタ君。もう帰りかい……どうしたんだい何か嫌なことでもあったかな。目が真っ赤だよ」
アツシは、ユウタと目線を合わせるために身を屈めてきた。
「な、何でもないです。目にゴミ入っちゃって!」
そんな苦し紛れの嘘だったが、信じてくれたようだ。
「それはごめんよ。あとで掃除しておこう」
アツシは、腕時計を付けた両手を合わせて謝る。
何となく仕草が可愛らしい人だなとユウタは思った。
「ところで、家に帰るところかな」
「はい。えっと……」
ゲンブの言っていたことを思い出す。
「サヤトさんに送ってもらう事になってると思うんですけど」
「了解。ちょっと連絡してみるよ」
アツシは丸太のような腕にジャストフィットした腕時計型の 携帯端末でサヤトと連絡を取る。
「ああショウアイさん。今ユウタ君と会ってね……家まで送っていくんだよね……分かったそっちに案内するよ」
アツシは通信を終えてユウタの方を向く。
「サヤトさんは今駐車場にいるってさ。案内するからついてきなよ」
アツシが先に立ってエレベーターに乗り込むと開閉ボタンを押し、ユウタが乗るまで扉を開けてくれた。
乗り込むと扉が閉まり、エレベーターが動き出す。
と言っても、パネルの表示が動いているのを見ない限りはずっと止まっているくらい振動を感じない。
何となしにパネルに表示され数字を見ていると不意に声を掛けられる。
「ゲンブ隊長と何かあったかな?」
「はい?」
突然の事に声が上擦った。
「驚かせてごめんよ。ちょっと気になっちゃって」
ユウタは俯いてしまう。
ここでゲンブに対する不満を言ったところで、アツシは彼の部下。
何の解決にならないと思い、口を噤む。
するとアツシは返事を待たず、背中を向けたまま話し始める。
「ゲンブ隊長は厳しそうな人に見えるだろうが……」
(優しい人とでも言うのかな)
「実際とても厳しい人なんだ」
ユウタはズッコケた。
アツシは背中を見せたまま続ける。
「隊長は他人にも自分にもとても厳しい人でね。付き合いの長い俺ならまだしも、殆どの人には嫌われてしまうんだよね
逆に言うと、ここに集まってる人は皆進んで隊長について行ってるとも言えるかな」
そう言われて「ああ、そうなんですか」と納得できるはずはない。
「理由は分からないけど、隊長が君を傷つけてしまったのは事実みたいだね。でも決してユウタ君を嫌って言った訳じゃない。これだけは断言できるよ」
ユウタが何か言う前にエレベーターが目的の階に到着した。
扉が開くと薄暗い地下駐車場に銀色のSUVが三台止まっている。
CEFの専用車両シルバーハウンドだ。
その一台の側にサヤトが立って待っている。
「ショウアイさん。ユウタ君連れてきたよ」
アツシはユウタの背中を押してシルバーハウンドの元へ連れて行く。
「助かりました。コンゴウさん」
アツシは「大した事してないよ」と言いながら手を振った。
サヤトはユウタに視線を移した。
「もしかして迷子になった?」
「えっ、そんな事ないですよ」
首を横に振って否定。
「ならいいんだけど、少し目が赤いから。もしかして迷ってしまったのかなと思って」
何と返答したらいいか迷っていると、アツシが助け舟を出してくれる。
「いや違うんだよ。空調に埃が溜まってたみたいでね。それが目に入ったみたいなんだ。ね?」
「はい。そうなんです」
「そうだったの」
「ゴミはすっかり取れたんで、もう何ともないです」
「後でフリッカに行って、一度徹底的に清掃してもらいましょう」
サヤトは二人に聞こえない音量で「ユウタ君が来てるのに……」と言いながら、運転席へ向かうと、
腕時計をドアに近づけてロックを解除。
開けようとドアノブに手を掛けたところでアツシに止められた。
「待った。俺も一緒に行っていいかな?」
車の方に意識を向けていたサヤトがアツシの顔を見る。
「何故ですか?」
「彼を送るついでにパトロールを済ませてしまおうと思って」
サヤトは何かに気づいたように一瞬目を見開く。
「そういえば今日はコンゴウさんの担当でしたね」
「ああ。ショウアイさんも一緒にどうだい。何かあったら俺一人より二人の方が対処もしやすいし」
サヤトは、考えるように頤に手を当ててから頷いた。
「分かりました。それなら一緒に行きましょう。ただし脅威を発見した時はユウタ君の身の安全を最優先にお願いします」
「僕、大丈――」
変身すれば問題ない。と言ったところで、ゲンブに禁止されたことを思い出した。
その途切れた言葉をフォローするように、アツシの大きな左手が右肩に乗せられる。
「勿論。じゃあ俺が運転するよ」
アツシは、自らのゴリラのような大きな身体でも楽々受け入れる運転席に乗り込む。
エンジンをスタートさせると、ユウタが乗りやすいように駐車場から徐行して出てきた。
サヤトが後部座席のドアを開ける。
「さあ乗って」
「はい」
ユウタはシルバーハウンドの車内へ。
中は芳香剤の香りもなく無臭で清潔感を感じさせる。
運転席と助手席は、身体を包み込むような座り心地のバケットシート。
ステアリングは円形ではなく、どことなくリボンの形に似ていた。
内部は防衛隊の車両としては特徴がないが、ミリタリー雑誌などで見てきた憧れのCEFの車に乗れてユウタの興奮は収まらない。
目に焼き付けようと、辺りを見回していると、サヤトが後部座席のドアを静かに閉めて、助手席のドアに乗り込んだ。
アツシが首を後ろに向ける。
「ユウタ君シートベルトを締めて。よしじゃあ発進しよう。フリッカ頼む」
『お任せください。目的地はユウタの自宅で宜しいですね?』
今までの会話を聞いていたのかAIのフリッカが、そんな質問をアツシにしてきた。
「それで頼む」
『目的地を設定しました。発進します』
シルバーハウンドは一般車と同じように、ステアリングを動かさず車体が滑るように動き出す。
円形のリフトに停止すると、車ごと下降。
下に降りると、十六方位と同じ位置に十六の扉がある場所だった。
リフトが回転し、シルバーハウンドのフロントが東の扉に向けられて止まる。
扉が下にスライドして開いた。
その先はまるでトンネルのような長い直線が続いている。
アツシがユウタに説明する。
「この地下トンネルはCEF専用の地下通路で、街のどこにでも行けるんだ。信号待ちしないでね」
言い終えると同時に車は走り出した。




