#22 とても珍しい物が出てきた
ユウタはハカセの部屋を出て、サヤトの後をついていき、エレベーターに乗り込む。
(これで帰れる)
そう思っていたらエレベーターは下降していく。
サヤトがユウタの疑問に気づいたように答える。
「隊長から大事な話があるの」
その一言を発した後は、二人しか乗っていない箱は静かに降りて行った。
「失礼します」
サヤトと共に司令室に入る。
中で待っていたのはゲンブだけであった。
フリッカもいるかもしれないが、光っていない中央の球体を見る限り、ここにはいないのかもしれない。
ゲンブは太い腕を組んだまま、入ってきた二人の方へ振り向く。
「ご苦労ショウアイ君。君は下がってくれ」
サヤトは一度ユウタの方に視線を向けると、小さく一礼して部屋を去っていった。
心細さを感じるユウタにゲンブが声を掛ける。
「ホシゾラ君。疲れてはないかな?」
「はい」
「それは良かった。最後に一つ話があるんだ。座ってくれ」
ゲンブの言葉に反応して、床からテーブルと二つの椅子がせり上がってきた。
促され、リュックを置いて座るユウタ。
それを確認したゲンブは、テーブルを挟んで向かいの椅子に座った。
ユウタは、距離が近くなったことで、ゲンブの筋肉の塊に威圧されてたじろぐ。
「話というのはね。君にCEFに入隊してもらおうと思う」
ユウタは自分を指差した。
「僕がCEFにですか」
ゲンブが頷く。
CEFは侵略者迎撃部隊の名の通り、地球を脅威から守る組織。
そんな一員になれるのは、幼い頃からヒーローを夢見ていたユウタにとって願ってもない事だった。
「嫌かい」
「えっ、そんな事ないです。とても光栄です」
「そうか。じゃあこれを書いてもらおう」
ゲンブが右の人差し指で机を軽く叩く。
机の真ん中が開くと、とても珍しい物が出てきた。
一枚の上質な白い紙だ。
そこには読むのが嫌になる程、隙間なくびっしりと小さい文字が印字されている。
何故珍しいのかというと、今から二〇年前、人類が地下から地上に復帰した時、紙というものは、資源削減の為ほとんど用いられなくなった。
もちろん生活必需品などはあるが、書籍は電子書籍化され、一部発行されている紙の本も、とても高価な物と化していた。
そんな紙の契約書がユウタの前に置かれる。
「この契約書を読んで、問題なかったら、一番下の段に名前を書いてくれ」
タッチペンしか使ったことのないユウタは、生まれて初めて傍に置かれた万年筆を持つ。
「は、はい」
紙に書かれた文字は数千字以上。
しかも一文字一文字小さく、難しい漢字だらけで、最初の一行を読んだだけで嫌になってくる。
「時間をかけても構わない。必ず全て読むんだ」
ゲンブに返事もせず読み続けると、ある一文に目が止まる。
「質問があるんですけど」
「何だね」
「入隊したらすぐユグドラシルに転居って書いたあるんですが」
「ホシゾラ君もここの一員になるんだ。他の隊員と同じように本部に専用の個室を提供しよう。もちろん必要最低限のものしかないが、快適さは保証する」
「一人暮らしになるんですよね」
「ああ。その通りだ」
ゲンブは「何か問題が?」と言いたそうな顔をする。
恥ずかしい話だが、ユウタはあまり家を離れたくなかった。
住み慣れた自分の部屋にある数々のフィギュア達、それに母アンヌやホシニャンと離れ離れになるのも抵抗を感じてしまう。
別に今生の別れでも、飛行機で数時間離れた場所でもないが、それでも嫌だと思ってしまうと中々それを払拭する事が出来なかった。
「どうしたホシゾラ君。衣食住もこちらで提供する。何か不服があれば遠慮なく言ってくれ」
持っていた万年筆をゆっくりと置く。
「その、もう少し待ってくれませんか」
「ほう」
ほんの少し、ゲンブの目つきが細められる。
「理由を聞いてもいいかね」
ゲンブは机に両肘をつき、顔の前で手を組む。
「その入隊できるのはとても嬉しいです。でもいきなり契約書を書いて、というのは少し急ぎ過ぎかなと思います」
ユウタは続ける。
「それに、家を離れるなら、母……いえ母と相談、したいです」
「ふうむ。親御さんと相談したいか。ならばオーパスで連絡を取ってもらっても構わないが」
「いえ! 出来れば、帰って直接話し合った方が……いいかなと」
ゲンブは大きな溜息をつく。
「じゃあ、今日は書かなくてもいい。家に帰ってよく話し合ってみてくれ」
「ありがとうございます」
「但し」
この後のゲンブの言葉は、ユウタを凍りつかせるほどの威力を秘めていた。
「契約書を書いて提出するまではガーディマンに変身することは許されない。もちろん入隊を拒否した場合もだ」
「な、何でですか」
「君の力がとても強大なのは分かっているだろう。その力は封印されている核兵器以上。つまり世界を変える力だ」
「……世界を変える力」
ユウタは唾を飲み込む。
「そんな力を一個人、しかも高校生が持っているんだ。我々組織で管理するのは当然だ。そう思わないか」
ゲンブの迫力に何も言えなくなってしまう。
少し熱くなりすぎたのか、ゲンブは一度大きく息を吐く。
「今日はもう帰っていい。ショウアイ君に送らせよう。だが、変身するのは禁止だ。もし破った場合は相応の処罰を覚悟してくれ」
ゲンブはそれ以上ユウタの方を見ずに、腕時計型のオーパスでサヤトを呼び出す。
「……はい。失礼します」
ユウタはゲンブが通信中の間に部屋を出ることに決めた。
司令室を出ていくユウタの背中に釘のような一言が刺さる。
「許可なく変身したら、君だけでない。家族にも迷惑がかかることを忘れないように」
ユウタは逃げるように司令室を後にした。




