#21 夜に抜け出すのはやめましょうね
「ご苦労様。はい」
「……ありがとうございます」
変身を解いたユウタはやってきたサヤトからスポーツドリンクを受け取った。
シャワーで汗を流したユウタは更衣室のイスに腰掛けたまま床を見つめる。
彼女はユウタの隣に立ち、見下ろす格好だ。
「サヤトさん」
「何かしら?」
「ヒーローになるって大変、なんですね」
模擬戦とはいえ一方的な展開だったことに少なからずショックを受けていた。
「この前、街を救って、ちょっと調子に乗ってたみたいです……」
ユウタの言葉をサヤトは黙って待つ。
「最近は夜に家抜け出してガーディマンに変身して、色々自主練してたんですけど……
全然レベルアップできてなかったみたいです。ヒーロー向いてないんでしょうか」
手に持ったスポーツドリンクに視線を落としたままサヤトに愚痴をこぼしていった。
「はぁ〜〜」
深い溜息をつくと、そのあと部屋は静かになる。
「でもユウタ君」
いつもより柔らかなサヤトの呼びかけに、ユウタは顔を上げる。
「ヒーロー止める?」
「やめません」
ほぼ反射的に答える。
「じゃあ、大丈夫ね」
サヤトは続ける。
「いい。誰かを護るという事は、並みの努力じゃ成し遂げられないの」
一言、一言。ユウタの脳に染み込ませるように話す。
「だから、沢山訓練していきましょう。ココにはその環境が整ってるんだから」
「……はい」
力強く返事するユウタ。
「でもユウタ君」
急にサヤトの声が鋭さを増す。
項垂れていたユウタの姿勢が背中に棒を差し込まれたように真っ直ぐになった。
「夜に抜け出すのはやめましょうね」
腕時計型のオーパスを操作し、ある画像をユウタに見せる。
ユウタは驚いて開いた口が塞がらない。
「あ、あー」
それは動画だった。
夜空を駆ける流れ星のように空を飛ぶガーディマンやビルの間を抜けるところ。
そして、
「これは警察のドライブレコーダーの映像」
白銀の金属生命体が急降下してきたので、パトカーは慌てて急停車。
緑の十字状のゴーグルが特徴的な金属生命体は謝罪するように頭を下げて飛び去っていく。
「ユウタ君。あんまり目立つような事はしない方がいいわ」
「すいません」
ガックリと肩を落とすユウタは、サヤトの「しょうがないなぁ」という眼差しには終ぞ気づかなかった。
「やっと来たな。二人でデートでもしてたのかよ」
ハカセの軽口を視線で斬り捨てるサヤト。
「怒るなよ。何ムキになってんだか」
ハカセはキーボードを叩き、SNSに何かを投稿したようだ。
ユウタは気になって尋ねる。
「今のは?」
「オレさまの趣味のアカウント」
「趣味?」
「そう。作ったフィギュアとか投稿してんだよ」
ハカセは右の人差し指で右の棚を指差す。
ユウタが近づいてみると、暗くて分からなかったが、ガラス戸の向こうに沢山のヒーロー達が出迎えてくれた。
「おお〜〜!」
悪の首領である弟を救う為、正体を隠して改造人間になった仮面レーサー。
その存在が世界を変える鍵になるKAGOTOKO。
映画も大成功したアメコミヒーロー達はもちろん、巨大化して頭が成層圏まで達するジャンボマン。
そしてユウタが大好きな結晶鋼人ガーディマンのフィギュアまで並んでいた。
「あっ、スティール・オブ・ジャスティス」
世界中のヒーロー達をまとめるように、中央に立って拳を付き合わせる変身した父のフィギュアも飾られていた。
「真ん中が一番似合うだろ」
「うん。ハカセありがとう」
「なんで『ありがとう』なんだよ。オレさまが好きで使ってるだけだ」
しげしげとハイクオリティなフィギュア達を眺めていると、
(なんか、どこかで見たことあるような……)
携帯端末で見たような気がして、端末の液晶を操作する。
それはフォローしているアカウントに投稿されていた。
「間違ってたらごめん。ハカセのアカウント名ってインゲニウム?」
「おう。よく分かったな」
と、特に誇る様子もなく告白するハカセ。
自分のアカウントが百万人以上にフォローされているのを知らないかのようだ。
「インゲニウムはラテン語で 『天才』って意味なんだ。オレさまにピッタリだろ」
ユウタは道端で好きな芸能人に会ったように口に手を抑えて何も言えなくなってしまった。
「その顔面白いな。フィギュアにしていいか?」
「いやいや、駄目だよ」
ユウタは自分のアカウントであるイサムの画面をハカセに見せる。
「これ見て、これ!」
「あれ? イサムのアカウントじゃん」
「僕、僕がイサムだよ!」
「バカ言え……」
ハカセは何か思いついたのか、パソコンに向かうとキーボードをタイピング。
直後、ユウタのオーパスにダイレクトメールが届いた。
短い文面でこう書かれている。
『本当ならこのメールが届いてるんだろうな?』
「ほら届いたよ。これで信じてくれる?」
「いやいやマジかよ。世界は狭いなぁ」
「それはこっちのセリフだよ。まさかインゲニウムさんがCEFの一員だったなんて」
「そんなこと言ったら、オレさまのアカウントを正義の味方がフォローしてるんだぞ。なんだこの展開」
「プッ。本当おかしな話だよね……フフフッ」
「ああ、本当だな……ククッ、ハハハッ」
二人はひとしきり大笑いするのだった。
「それで何の話だっけ。そうそう、ユウタお前のデータだが、色々役に立ちそうだ。サンキュ。あと病気一つもなく健康体ってことも付け加えておく」
「おかまいなく。でも模擬戦で破壊しちゃったけど」
「ん? ユウタが綺麗に破壊してくれたんで、パーツ交換と簡単なメンテで何とかなるよ。それにデータもこっちに転送されてるからな」
ハカセは愛用のパソコンを親指で示す。
「完全修理はどれくらいで終わりそうだ?」
ハカセの隣で両手を前に合わせたアシタが答える。
「はい。今日中には完了しますぅ」
「そうか。じゃあ、あのOF-60はユウタの専属練習相手にしよう。名前は……センセイだな」
ハカセはキーボードを操作してからユウタの方へ振り向く。
「オレさまの用事はこんなもん。おつかれユウタ」
相変わらず足を組んだまま労うハカセと、
「ユウタさん。長々とお疲れ様でした」
丁寧に頭を下げるアシタであった。
部屋を出ようとするとハカセに呼び止められる。
「ああっと忘れてた! これやるよ」
それは透明なプラスチックケースに保管されたフィギュアであった。
「これ、僕?」
「そうガーディマン。トレーニングルームから戻って来る前に作っておいた。短時間で作ったから所々荒削りだが、一定のクオリティは保証するぜ」
荒削りと言われたが、素人目には全く分からない。
店頭に並んでいたら、つい手が出てしまいそうだ。
渡されたガーディマンのフィギュアは空手の正拳突きのようなポーズをとっている。
その左腕はエメラルドグリーンに輝いていた。
「このポーズ、ガーディパンチだよね」
「正解。さっき見させてもらった時、なんか頭にビビっときてな。思わず作っちまった。いらなかったら捨ててもいいぞ」
ハカセは自室のスクラップ置き場を指した。
「いらなくないよ。ありがとう。大切にするね」
ユウタの無垢な笑顔に面食らうハカセ。
「……おおっ。喜んでもらえてよかったよ」
大事そうにリュックにしまい、ユウタは部屋を出て行った。
扉が閉まってからアシタがこんなことを言う。
「ハカセにお友達が出来て、とっても嬉しいですぅ」
「アシタ。オレさまが今までボッチだったって言いたいのか?」
「あんなに楽しそうにお話しするところ、初めて見ました」
「うっせえ」
とは言いつつ、色白の顔が赤く染まるハカセであった。




