#20 ガーディパンチ
もう終わりかと思ったら、まだ何かあるらしい。
内心うんざりしていたユウタだが、気を引き締める。
(これで最後って言ってたし。さっさと終わらせよう)
お腹をさする。軽く空腹を感じてきていた。
家に帰って夕飯食べたい。そう考えていると、トレーニングルームの床が開き始める。
中央の床の下から上がってきたのは、一体のOF-60だ。
ハカセの声がスピーカーから聞こえてくる。
『ちょっとした模擬戦やってみてくれ』
「模擬戦、ですか」
今度はサヤトからの返事。
『そう。実戦の訓練してみましょう』
『ユウタ別に痛い事はしねえよ。ちゃんと寸止めするようにプログラムしてあるからよ』
ハカセの言葉が終わると、OF-60が前後に足を開いて腰を落とし、左手を腰につけ右手を前に出す。
構えは達人みたいだが、肉も皮もない骨のように細いボディを見る限りだと楽に勝てそうだ。
『全力でやってくれ。ぶっ壊しても構わないから』
「破壊しちゃってもいいんですか?」
『それくらいの勢いでやってくれないと、良いデータが取れないんだよ』
「じゃあ、行きます!」
言い終える前に、走り出す。
左拳を固め、頭を吹き飛ばす勢いでパンチ。
OF-60は反応できないのか、微動だにしない。
(おーわり!)
ユウタの予想に反してパンチは空気を叩いただけだった。
「えっ?」
何が何だか分からないまま間髪入れずに右パンチ。
相手の顔面に真っ直ぐ向かう右拳が、急に右側に軌道が逸れた。
原因は、OF-60の真っ直ぐ伸ばされた右腕だ。
ガーディマンの右パンチを掌を使って往なしていた。
「そんな事してくるのっ⁉︎」
驚いている間もパンチの連打。
しかし、全てOF-60の右手で弾かれてしまう。
攻撃しているはずのユウタの前腕の内側が痛くなってきた。
何度も弾かれたせいで、鋭い痛みが襲ってきていたのだ。
痛みに勢いを削がれ、一度距離を取る。
タイミングを図ったかのようにハカセの声が天井から聞こえてくる。
『ユウタ。一撃当てないと終わらないぞ』
「ええっ!」
文句を言いたくても、対象がいない。
いるのはアシタと、目の前で構えたまま動かないOF-60だけ。
どちらに不満をぶつけるかとしたら目の前の方に決まっていた。
「ええいっ!」
左、右、左、右と連打を繰り出す。
だが、OF-60の防御は厚く、埒があかない。
「このっ!」
フェイント気味の右ハイキックで頭を狙うが、それは僅かな動きで躱されてしまう。
バランスを崩したユウタはその場で、失敗した独楽のように回転して尻餅をついた。
ガーディマンは立ち上がるが、もうやる気もなくなってしまい、肩を落としたまま。
『ユウタ。ほらファイティングポーズ、ポーズ』
ハカセに煽られてもユウタは猫背で何もしようとしない。
「当てられませんよ。だから今日はもう、その……」
終わりにしましょうとは、はっきり言えず、だからといってこれ以上続ける気もなかった。
『……えっ、サヤトいいのか?』
ハカセはサヤトと何事か話しているようだが、ガーディマンには届かない。
『分かったよ……ユウタ。恨むなよ』
「えっ何――痛ッ!」
スピーカーの方に頭を上げていたせいでOF-60が動いたことに気づかなかった。
右の掌底がユウタの顔を強かに打つ。
鼻のあたりを押さえながらユウタは後ろに下がった。
OF-60がついてくる。
「な、何で?」
今の今まで攻撃どころか、歩くそぶりも見せなかった相手が大股で距離を詰め、右拳で突いてくる。
咄嗟に頭を動かして避けるが、ほぼ勘で避けたようなもの。
一度ならまだしも二度目は避けれず、鼻の上に直撃。
「イタッ」
ガーディマンは両手を前でくっつけて頭を守る。
OF-60の攻撃はガードの上からでも容赦なく、むしろ強い力で腕を打ち続ける。
右手の攻めで、両腕で作った盾に隙間ができてしまう。
その隙間を突いて、左の掌底がガーディマンの顔面を襲う。
「イッ」
痛くて涙が出てくる。
ガーディマンへ変身したユウタの全身はナノメタルスキンで守られていて、OF-60の攻撃で怪我をすることは絶対にない。
しかし痛覚が彼の神経に負荷を与える。
鼻を石で殴られるような痛みに何度も何度も襲われている。
こんな状態早く終わらせたい。
終わらせるには、OF-60に攻撃を当てればいい。
しかし反撃する暇も相手は与えてくれそうになかった。
OF-60が攻撃を開始して一分が経過していた。
その間ガーディマンは反撃することが出来ず、ずっと両腕を使って防御しかできない。
少しでも距離を取ろうと、ある程度のダメージを覚悟して振り向いて逃げようとするが、
「ワッ!」
無様にうつ伏せに転んでしまう。
OF-60が左足で、ユウタの右足を引っ掛けたのだ。
何とか仰向けになるが、自分が馬になったかのように、OF-60にマウントポジションを取られて動けなくなってしまう。
もちろん攻撃も続けられる。
重力によって威力の増加した拳が交互に降り降ろされた。
両腕で顔を守るが一向に打開策が思いつかない。
「ハカセ、もう終わりにして。サヤトさん、もう止めてください!」
だから二人にすがるしかなかった。
けれども帰ってきたサヤトの返事は喉元に刃を突きつけるような冷酷さに包まれていた。
『反撃しなさい』
「そんな出来ないですよ。僕の負けでいいから終わりにしてください」
『負けを認めるの? ヒーローなのに』
サヤトの言葉の刃はガーディマンの装甲を貫き心にまで達する。
『正義の味方が、そんな情けないなんて呆れた……ずっと地べたに這いつくばって殴られてればいい』
直後、太いゴムが千切れるような音がした。
どうやらスピーカーの接続を切ってしまったようだ。
「サヤトさん? サヤトさん!」
呼びかけても反応はない。その間も乗っかったOF-60は痛打を浴びせてくる。
痛みに耐えながらガーディマンはサヤトの言葉を反芻していく。
(反撃、反撃。反撃するんだ!)
そう強く決意した時、ユウタの左前腕がエメラルドに輝く。
正確には、前腕に血管のように伸びる緑のラインが内から輝いていたのだ。
それを見た時、OF-60とガーディマンは対象的な動きを行う。
まるでエラーを起こしたように止まったOF-60に対し、ガーディマンは違った。
己の内から溢れる優しき光に勇気をもらったように防御を解いて、上半身を起こしながら左拳を上に繰り出す。
停止していたOF-60が条件反射的に右手を動かす。
チャンスを活かせず、ガーディマンの左パンチは避けられる。かと思ったが、
ガーディマンは技の名前を力強く叫ぶ。
「『ガーディパンチ』」
OF-60の右手が、エメラルドの光を纏った左腕に触れた瞬間消滅。
頭部も同じように、まるで元からなかったかのように消え去る。
頭が乗っていた首の断面図はまるでレーザーに灼かれたように赤熱していた。




