#15「次は拙者っシュね」
ゲンブが自己紹介をすませると、司令室の扉が開いた。
ユウタ達が扉の方を見ると新たに三人入ってくる。
共通しているのは、皆男性でお揃いのスーツを着ていることぐらい。
二人は初対面だが、最後に入ってきた一人は先ほどのエレベーターで睨みつけてきた男性だ。
気づいたユウタは怯んで思わず一歩後ろに下がる。
サヤトは、そんなユウタを支えるように彼の後ろに立った。
三人は扉を背に、司令室中央の円柱を挟んで横一列に並ぶ。
一人は、筋骨隆々で日に焼けたスキンヘッドの男性。
もう一人は、細身で目を開けてないのかと思うほど糸目の青年だ。
二人ともユウタに親しみの表情を浮かべている。
それに対して、サヤトにジキョウと呼ばれた男性は、どこか憮然とした表情をしていて、ユウタの心を締め付ける。
腕を組んだゲンブが三人に促す。
「ホシゾラユウタ君。もう知ってると思うが、彼が先日街を救ったヒーロー、ガーディマンだ」
ゲンブのアシストを受けて、ユウタは三人にお辞儀する。
三人の中で最初に口を開いたのは、ユウタから見て左側にいるスキンヘッドの男性である。
年齢は三十代後半だろうか、身長はゲンブよりも高く二メートルはありそうだ。
「では俺から」
司令室で一番筋骨隆々の男性が控えめに手をあげた。
「俺は金剛厚志。よろしくユウタ君」
自己紹介と共に右手を差し出してきた。
「よろしくお願いしますコンゴウさん」
低めの声ではあるが、どこか子供に語りかけるような優しい口調に、自然とユウタの緊張がほぐれていた。
握手してあることに気づく。
力強いアツシの右手は、予想と反し柔らかく爪も短く切り揃えられ艶々していた。
握手を終えたアツシが下がると、右隣にいた糸目の男性が前に出る。
身長はゲンブと同じか少し低いくらいだ。
アツシと比べてもかなり細身で、狭い隙間も楽々と倒れそうな体格をしている。
「次は拙者っシュね」
(拙者、シュ?)
聞き間違いかなと思ったが、そうではなかった。
「拙者は影隠半蔵ッシュ。歳は十九ッシュ」
ハンゾウは身体の前で両手を合わせ、そのままお辞儀する。
そこで初めて黒髪を後ろで結わえていたことを知った。
「よ、よろしくお願いします」
ユウタも釣られて、同じポーズをとってお辞儀してしまった。
その言動や仕草から日本が大好きな外国人のようだ。
ユウタは頭をあげて周りを見渡してみると、皆真面目な顔をしている。
どうやらハンゾウの口調や仕草はふざけているわけではないらしい。
「ユウタ殿。先日の活躍を、拙者とても感服したッシュ。まさしく英雄の器ッシュ」
「あー、ありがとうございます」
英雄と言われて、ユウタは恥ずかしくなってしまい、頰を指で掻く。
「色々と聞きたいこともあるッシュ。しかし今日は時間がないのでこのくらいで許してほしいッシュ」
ハンゾウは「機会があればまたッシュ」と言うと、再び両手を合わせてお辞儀して後ろに下がった。
最後に残された一人は、その場から動かず、手を後ろに組んだまま自己紹介を始める。
「自強勉夢」
そこで一度区切り、ユウタに刻み込むような口調で言葉を発する。
「ヘビィトータスの砲撃手を任されている」
この言葉を忘れるなと言わんばかりの静かな迫力があった。
ツトムは言い終えるとユウタから目を逸らし、ゲンブの方を見る。
「隊長。他に用がなければこれで失礼しようと思いますが、よろしいですか?」
ゲンブは特に考える風でもなく即答。
「ああ。自己紹介は済んだ。各自の仕事に戻っていいぞ。ショウアイ君は残ってくれ」
サヤトは頷く。
ツトムは「失礼します」と言って、ユウタと目を合わせることなく真っ先に回れ右して退室。
アツシは頭を下げて、ハンゾウは「失礼するッシュ」と言い残して司令室から出て行く。
人見知りのユウタは三人が出て行った事で、肩の荷が下りたような気がして、小さく息を吐く。
「ホシゾラ君」
「はい!」
ゲンブに呼ばれ、慌てて振り向き背筋を伸ばす。
「そう畏まらなくていい。疲れてないか?」
「大丈夫です」
精神的な疲れは蓄積していたが、肉体的な疲労は特に感じていなかった。
「この後、君の身体を調べさせたほしいのだが」
「えっ?」
身体を調べる。何か嫌な響きがして思わず嫌悪の感情が声に出てしまう。
それに気づいて、サヤトが口を開く。
「ユウタ君。別に変な事するわけじゃないの。学校でやるような身体測定のようなものなの」
同意するようにゲンブも頷く。
「もちろん強制ではない。だが共に地球を防衛するものとして君の能力を知っておきたい。それに君自身も自らの身体の事は知っておきたくはないか?」
ゲンブの言う事にも一理あった。
身体のことが分かれば、もっとガーディマンとして活躍できるかもしれない。
「分かりました。でも、僕が嫌だと思ったら拒否してもいいですか?」
ゲンブは「もちろん」と言い、サヤトも同意してくれた。
そんな時ゲンブの背後の巨大スクリーンが光を放つ。
現れたのは丸っとした子供みたいな雰囲気の中年男性だ。
黒革の椅子に深く腰掛けてテーブル越しにこちらを見ているようだ。
「いやぁ、間に合って良かった。君がホシゾラユウタ君だね」
四十代くらいだが、子供のような人懐っこい口調で話しかけてきた。
「はい。そうです」
「僕は守崎健。防衛軍で長官務めてるんだ。そこで腕組みしてるゲンブ隊長よりも偉いんだよ。よろしく」
笑顔で手を振るタケルに、目を閉じて聞いていたゲンブが窘める。
「モリサキ長官。次の会議の時間が迫ってるんじゃないか?」
「ん? おっとそうだね。もう五分しかないな。じゃあユウタ君。僕はこれで失礼するよ」
外見に似合わず、忙しそうなタケルは突風のように通信を終わらせた。
「さて、いきなり闖入者で中断されてしまったが、身体測定に移ろうとしよう。フリッカ」
「はい」
感情のこもっていない硬質な女性の声が室内に響き渡る。
けれど女性はサヤト以外見当たらない。
辺りを見回していると、再び硬質な声が、
「どこを見ているんですか。私はこっちです」
声がした方を見ると、そこには司令室中央の円柱だけしかない。
その円柱に乗る球体が、まるで口を動かすように黄色い光を点滅させる。
「ここです。ユウタ。初めまして」
「初めまして。あの貴女は?」
「私はフリッカ。この基地の統括管理用AIです」
「統括、管理……えっと」
「つまり、何でも知ってる基地の頭脳みたいなものね」
「なるほど」
サヤトの言葉で納得のユウタ。
「フリッカ。身体測定の準備は出来ているのか?」
「はい。ただハカセが部屋に閉じこもっています。呼びかけてはいますが出てくる気配がありません」
「出てこない原因は?」
「昨日からずっと作業をしていた形跡があるので高確率で熟睡中だと思われます」
「う〜む」
ゲンブは顔を抑える。
まるで子供の不真面目さを嘆く親みたいだった。
「すまないがショウアイ君、ホシゾラ君と共にハカセの部屋へ行って起こしてきてもらっていいか? フリッカ。二人がついたらハカセの部屋のロックを解除してくれ」
「分かりました」
「じゃあ行きましょう。ユウタ君」
「はい。失礼します」
ユウタはゲンブに挨拶すると、司令室を出るサヤトの後を追った。




