#13 「お疲れ様ですリィサ」
昼食を済ませた二人は食器をカウンターに戻す。
サヤトは、ユウタが片付けるのを待ってから「ついてきて」と一言だけ言ってから先に進む。
サヤトは歩きながら、腕時計を操作していた。
「ユウタ君。これを渡しておくわ」
腕時計の表面に滑らせるように、二本指を動かすと、ユウタのオーパスが振動する。
どうやら腕時計型のオーパスだったようだ。
取り出してみるとメッセージが届いている。
「ユグドラシルのセキュリティパス?」
「そう、仮のパスだけど、これでセキュリティに引っかかる事ないわ」
「ありがとうございます」
サヤトは関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉の前で立ち止まる。
券売機と同じように、ドア横の機械に腕時計を翳すとロックが解除された音が鳴る。
「入って」
ドアを内側に開けて入るように促した。
「いいんですか?」
ユウタはもう一度、扉に書かれた関係者以外立ち入り禁止に目を遣る。
「さっき渡したパスがあるから大丈夫よ」
先程パスが飛んできたオーパスを見る。見たところ変化はないが、サヤトが大丈夫と言ったので信用する。
「じゃあ失礼します」
ユウタは関係者以外立ち入り禁止の場所へ足を踏み入れた。
真っ白な廊下は、人が三人通れるほどの幅で高さは三メートルほどだろうか。
天井には正方形の照明が等間隔に並び柔らかな光が、サヤトとユウタを照らし出している。
よく見ると天井に継ぎ目のようなものが見えたが、ユウタにはそれが何だかよく分からなかった。
大きい廊下だが、それにしては音が聞こえない。
(ここ、CEFの本部だよね?)
地球を護る部隊の本拠地の筈なのに、人の姿はサヤトしかいない。
先程からすれ違うものはいる。
「お疲れ様ですリィサ」
けれど、それは人間ではなかった。
「お疲れ様ですリィサ」
すれ違っているのはヒューマノイドOF-60だ。
しかも一体ではない。
「お疲れ様ですリィサ」
「お疲れ様ですリィサ」
「お疲れ様ですリィサ」
もう十体以上のOF-60とすれ違ったが、どれも例に漏れずにサヤトに対して会釈する。
因みにユウタの事は見えてないのか、皆無反応だ。
それより気になるのは、ヒューマノイド達のサヤトの呼び方だ。
「お疲れ様ですリィサ」
十三体目が会釈して通り過ぎた時、ユウタはサヤトに尋ねてみる。
「あの〜サヤトさん」
「ヒューマノイドばかりで驚いたかしら? ここにはOF-60が三百体いて、調理に整備、警備まで兼任してるのの」
それはそれですごい情報だが、サヤトに聞きたかったのはそれではない。
「サヤトさん。OF-60に違う名前で呼ばれてませんでした? 確か……リィサとか」
「ああ、それね。私のCEFでのコードネームよ。作戦遂行中に本名で呼ぶのは変でしょ?」
「確かに」
慣れないとへんな感じしそうだなぁ。と思うユウタであった。
サヤトについて、相変わらず人気のない廊下を歩く。
案内しているサヤトは腕時計型のオーパスを顔の前に持ってくる。
文字盤の上にホログラムスクリーンが表示されていた。
「隊長。彼を連れてきました。司令室へ通してよろしいですか?」
どうやら誰かと会話しているようだ。
ユウタは少し興味が湧いて、申し訳ないと思いつつサヤトの背中越しに覗いてみる。
スクリーンに映っていたのは、短く切りそろえた灰色の髪と繋がる顎髭。
右眼には縦一文字に走る傷跡。
とても厳つい印象の男性だった。
サヤトは「隊長」と言っているからCEFの隊長なのであろう。
( 今からこの人に会いに行くのかー)
少し憂鬱な気分になってしまった。
「分かりました。彼を連れてそちらに向かいます」
通信を終えたサヤトは、何かに気づいたのかユウタの方を振り向く。
「もう少しで着くから」
ユウタの憂鬱な表情に気づいたようだが、その理由までは分からなかったようだ。
サヤトが指差す。
両開きの扉から、一見すると部屋への入り口のようだが、右脇のパネルからエレベーターのようだ。
「あれに乗って行きましょう」
二つあるエレベーターのうち、片方のエレベーターが下の階から、今いる階へ上がってくる。
サヤトがボタンを押す前に、エレベーターの扉が開いた。
中から出てきたのは、OF-60ではなく、黒のスーツを着た人間の男性だった。
身長は百七〇くらいで、ユウタより十歳年上だろうか。
「ジキョウくん」
と呼ばれたのは、黒髪をきっちり七三に分けた男性だ。
彼はエレベーターのパネルに手を伸ばし扉が閉まるのを阻止する。
「ああ、サヤトさん」
「格納庫にいたの?」
ジキョウは知的な雰囲気だが、天才という言葉より努力という言葉が似合うような気がした。
「そうです。ヘビィトータスの整備をしてました」
「OF-60に任せればいいのに」
「彼らの腕を信頼してますが、やはり主砲の調整は自分でやらないと……おや?」
ジキョウはサヤトの後ろから覗いているユウタに気づいたようだ。
恥ずかしがり屋のユウタは、リュックのストラップを掴み、反射的に会釈する。
ジキョウは、目があったユウタにではなく、サヤトに尋ねる。
「彼女はどなたですか? サヤトさんの、妹さん?」
訂正したのはサヤトだった。
「妹じゃないわジキョウ。可愛らしい顔してるけど、れっきとした男の子よ」
「えっ!!」
ジキョウは、ユウタの正体を探るようにアクアマリンの瞳を細めて話しかけた。
「君は、男なのか?」
知的な雰囲気の彼の口から出た質問とは思えず、少し間を空けて返事する。
「……はい」
「そうか、間違えてごめん……サヤトさん。何故彼はここにいるんですか? 一般人は立ち入り禁止ですよ」
「今日ガーディマンをここに招請した事忘れた?」
「ええ。それなら、今さっき到着したので司令室に来るようにと連絡が……じゃあ彼が先日街を救ってくれた……」
ジキョウがヒーローに憧れた少年のような眼差しをユウタに向ける。
「彼はホシゾラユウタ。ダンさんとアンヌさんの息子さんなのよ」
「ダン、あのスティール・オブ・ジャスティスの……」
ユウタはつむじが見えるほど頭を下げた。
「はい。僕ガーディマンやってます! 宜しくお願いします!」
頭を下げたまま相手の反応を待つが、何も帰ってこない。
恐る恐る頭をあげると、しかめっ面のジキョウと視線がぶつかる。
その眼差しは先ほどと違い、怒りと劣等感が混ざっているように見えた。
何か悪いことしたと考える前にジキョウが視線をそらす。
「……すいませんサヤトさん。格納庫に忘れ物しました。取りに行ってくるので、隣のエレベーター使ってください」
ジキョウは返事を待たず、エレベーターの扉を閉じてしまうと、一人で下に降りて行ってしまった。
ユウタはもちろん、サヤトも理由が分からないようで、しばらく二人で閉じたドアを見つめていた。




