#11 怪獣守戦記念博物館
家を出たユウタは心なしか重く感じるリュックを背負い直し、バス停に向かって歩き出した。
元気が出ないユウタと違って、上から照らす太陽は元気よく頭頂部を照らしてくる。
春の日差しも今のユウタにはちょっと辛く、急いで近くのバス停の日陰に避難。
バスに乗ろうと列を作る人の最後尾で待つ。
バス停の時刻表がそこから見えないので、携帯端末をポケットから取り出し確かめる。
(あと三分で来るかな)
オーパスをしまって待っていると、背中側の道路からバスがやってきた。
運転手が乗っているが、基本自動操縦のバスが停車し、車高が下がってドアが開く。
スロープが伸びたバリアフリーの入り口に、並んでいた乗客たちが入っていく。
最後尾だったユウタもオーパスで支払いを済ませて中へ。
車内の乗客はまばらで、座席も十分に空いていた。
ユウタは並列の座席の窓側に座る。
最後に乗ったユウタが座るとバスがゆっくりと発車した。
バスは特に遅延することなく目的のバス停に到着した。
降り立ったユウタは、ここにきた人達の多くがそうやるように見上げる。
(何回も来てるけど、たっかいなー)
感想は只々その一言だけであった。
目の前に聳えるのは白い巨塔。
百メートル以上の幅もすごいが、それ以上に驚愕なのはその高さだ。
雲をも突き破る程で、東京のシンボルだったスカイツリーを超えに超えて千メートルもあるのだ。
昨夜上空から見たが、下から見上げるとまた違う威容に気圧されてしまいそうだった。
CEF本部はその汚れなき白き大樹のような姿から、神話に出てくるユグドラシルの名が冠されている。
首が痛くなってきたので元に戻し、ユウタはユグドラシルの博物館に足を運ぶ。
CEF本部一階にあるのは一般の人も自由に出入りできる無料の博物館となっている。
福福産業のヒューマノイドOF-60がいる受付でチケットをもらい中に入る。
ここの係員は全てヒューマノイドで、人件費は最小限に留められていて無料だそうだ。
ここは特撮やアニメが好きなユウタもお気に入りの場所で、学校の校外学習やプライベートで何度も来た場所であった。
名前は怪獣守戦記念博物館。
その名の通り、一九四五年から始まった怪獣と人類の戦いの歴史や、それに関係したものが展示されている。
ユウタにとって歴史を知ることも大事なのは分かっているが、ここで一番見たいのはそれではない。
サヤトの指定した時間まで後三〇分程余裕があるので、人気のない館内を見学することにした。
リュックのストラップを両手で持って走り出す。
歴史が書かれているコーナーや、特撮の師匠ことエンヤヒデゾウが監督した全三十二作品が上映されているシアターをスルーして、お目当ての場所へ。
「おおっ! 何度見ても凄っ! 怖い!」
目当ての場所に到着して子供のように嬉しそうな声を出すユウタ。
やってきたのは今まで現れた怪獣達が展示されているコーナーであった。
様々な特撮で培われた技術を駆使して作られた人形は、精巧に作られていて、間近で見るとその迫力に尻込みしそうなほどである。
現にこのエリアではよく子供の泣き声が聞こえる事が多々ある。
数十メートルの大きさはあった怪獣達は一部例外を除いて高さ二メートル程の大きさに縮んで並んでいた。
坊ノ岬に現れたトカゲラは、大きな口を九〇度の角度に開き、今にも噛みついてきそう。
ドイツに出現したベルントは、却って不気味な人間そっくりの目をこちらに向けて、今にも襲いかかってきそう。
そして、ロシアの町一つを壊滅させたバガーブは、両手の鎌を振り上げる威嚇のポーズ。
その他、唯一の核攻撃で倒された超弩級怪獣など、映画にも出ていない多数の怪獣達が唯一無二の存在感を放ち続けていた。
小学生の時、ここに来た時の衝撃は高校生になっても覚えている。
薄暗い照明に照らされた異質な存在達。
動かないとわかっていても、その異様と恐怖によって、その夜は怪獣達に追いかけられる悪夢を見たものだ。
今は夢に出てくることはないし、何度も見たい大好きな場所であるが、もし『ここで寝ていいですよ』と言われてもきっぱりと否定する。
居並ぶ怪獣達を見学しながら進み、次に来たのは実際に世界を救ったヒーローの元であった。
渋い銀の金属生命体の全身はボディビルダーのような筋肉で盛り上がり、古代ギリシャ兵のヘルメットを着用しているような頭部。
造られた人形でも、そこから発せられるオーラは悪という存在を見つければすぐにでも駆けつけそうであった。
その名は……。
「スティール・オブ・ジャスティス……」
ユウタの好きな結晶鉱人ガーディマンのモデルにもなった『実在する本物の正義の味方』である。
校外学習で初めて見たユウタは先生に呼ばれるまでずっとそこに立ち尽くしていたそうだ。
憧れのヒーローの一人であることには変わりないが、今は少し違った感覚で見ている。
目の前にいるのは実の父が変身した姿なのだ。
(スティール・オブ・ジャスティスが父さんだったなんて、未だに信じられないなぁ)
アンヌから言われたので嘘でないことは分かっている。
だが、まだどこか実感がわかない。
物心ついた時には父ダンの姿は身近になく、ユウタにとっては最初から父という存在は、いないも同然の状態だった。
けれど母のアンヌや幼馴染のフワリの優しさで悲しいと思った事はなかった。
スティール・オブ・ジャスティスの人形を前にユウタは語りかけてしまう。
「貴方は、僕の父さん、なんですか?」
人形に向かって敬語で話しかけてしまった。
もちろん返事はない。それでも尋ねずにはいられない。
その時、物音が聞こえて、心臓が跳ねる。
見ると、柔和な表情の白髪の老人が怪獣の一体に近づいて観察していた。
老人はユウタに気づくと、小さく会釈してその場を離れていく。
釣られて頭を下げたユウタは、自分の行いを客観的に見て恥ずかしくなったので、その場を離れ老人と反対方向に向かった。
ユウタは、CEFが以前採用していた戦闘機のところに来ていた。
設立当初に採用されたのは、可変翼を持ち、そのままアニメの主役になれそうな戦闘機F-14Aだ。
退役しイラク空軍の倉庫に眠っていた五機を買い取ったらしい。
それに改良を加え、第五世代戦闘機にも比肩しうる戦闘機に改修されていた。
夜の闇のようなカラーリングと、アグレッサーとして友軍と模擬戦闘を繰り広げてきた経緯からこんな相性が付いている。
CEFキャット、もしくは黒猫と。
説明には、いつでも飛べるように整備されているらしい、その戦闘機を見ていると後ろから声をかけられる。
「ユウタ君」
日本刀のような鋭い声を聞いて、ユウタは振り向かなくても誰かすぐわかった。




