#8 「空を飛べるって、最高!」
時刻は午後十一時半。
ベッドから起き上がったユウタはドアに耳をくっつけて外の音を確かめる。
アンヌもホシニャンも眠っているようで、何の物音もしない。
(みんな眠ったみたい)
ユウタは少し罪悪感を抱えながら、携帯端末を持って部屋を出てリビングへ向かう。
暗いリビングを照らすために、左手に持ったオーパスのライトを点灯。
足元を照らしながら裸足で歩いていると、突然左手の中で振動が起きた。
びっくりして声が出そうになるのを必死に右手で抑える。
しかし足元に注意が行かず、爪先とテーブルの脚が衝突。
「いっー……」
手で抑えた口から悲鳴が溢れそうになった。
両手で口を押さえ、背中を丸めて痛みを堪える。
(痛ったー)
心の中で満足いくまで悲鳴をあげると同時に周りに視線を送る。
誰も出てくる気配はない。
ユウタはとりあえず爪先の痛みが鎮まるのを待つ。
振動の原因はメールだったようだが、後で確認することにする。
真っ暗なリビングでメールを確認してる姿を見られたら恥ずかしいでは済まない。
誰かが起きてくる前に、もう一度足元を照らして進む。
リビングを抜けてベランダへ到着し、静かに窓を開けて通り抜けられる隙間を作る。
春とはいえ、夜風が冷たい。
予想外の冷たさに身体を震わせながら、少しでも外気が中に入らないように、素早くかつ静かに窓を閉める。
ベランダから見える範囲に人がいない事を確認し、オーパスにインストールしてあるアプリを起動させてキーワードを囁いた。
「『立ち止まるな。一歩踏み出せ』」
ベランダがエメラルドグリーンのドームに包まれる。
ドームが出現すると同時に、両手を横に広げ両足を下にまっすぐ伸ばして浮かぶユウタは変身していく。
全身が緑の結晶と化し、身長も伸びていく。
百五〇センチと小柄な身体が、百七〇センチまで伸びる。
同時にアスリート顔負けの上質な筋肉が隆起した。
そこまで変化したところで、ドームから無数の白銀の粒が飛び出し、ユウタの身体を覆っていく。
それは皮膚であり鎧であるナノメタルスキン。
オーパスがエメラルドの光を放つ結晶となり、ユウタの胸部とドッキング。
オーパスを中心に、血管のような翡翠のラインが全身に伸びていく。
最後に目も鼻も口もない白銀の顔に、純粋な正義を象徴するように、エメラルドグリーンの十字のゴーグルが作られる。
変身が完了しベランダに降り立つ白銀の金属生命体。
これがユウタのもう一つ姿。
GUARDiMANである。
ユウタは変化した自分の身体を見下ろし、視界に映る両手を開いたり閉じたりを繰り返す。
「よしっ!」
いつものどこか弱気な雰囲気からは想像できないほど、自信に満ち溢れた声を出す。
そのままユウタは前を見たまま、ベランダの手すりに片足をかけて勢いよく飛び出した。
マンションの七階からジャンプすると同時に、背中にある円形の翡翠色に光る機関、反重力推進機関を起動。
おとぎ話の妖精のように背中から緑の粒子を放出させながら、ガーディマンは空に上がっていく。
「うわぁっ」
まるで子供がはしゃぐような感嘆の声を上げて、ユウタは空を飛ぶ。
車が走る大通りを抜け、狭い路地をぶつかる事なく駆け抜ける。
ガーディマンの力に少しでも慣れるため、夜に自主練を始めて一週間。
やっと空を飛ぶのも慣れてきた。
初めて変身して空を飛んだ時、ユウタはほとんど無意識のうちに空を飛んでいた。
分かっているのは、どうやら頭の中で意識すると、その通りに動くらしい。
けれども中々思い通りにはいかなかった。
最初はロケットのように上昇することしかできなかった。
それこそロケットを超えるくらいの速い速度に集中できず、加速減速を意識することさえ忘れていたのだ。
練習する事で飛行時のポーズも決まっていく。
指を伸ばした両手は太ももの横に、両足を隙間なくくっつけて爪先を真っ直ぐ伸ばす。
自分の身体が重りではない事を意識するため全身の力を抜き、飛ぶ事以外には何も考えない。
毎日夜空を飛ぶことで少しずつ慣れてきたのか段々と一つの感情が心を占めるようになる。
「空を飛べるって、最高!」
旅客機と違い、自らの身一つで空を駆ける事の何と爽快なことか。
毎日の逃れられない嫌な事や、重力から解放されたこの感覚は、人を超越した存在になった気分であった。
ガーディマンは高層住宅の森や間を通る道路の河川を抜けてどんどん高度を上げていく。
高さ六十メートルほどのビルやマンションを置き去りにしてどんどん夜空に浮かぶ星に近づいていた。
雲をも超えた時、ガーディマンは街で一番高い建造物を目にする。
希望市中央にそびえ立つ円柱の塔のようだ。
それは侵略者迎撃部隊CounterEnemyForceの本部であった。
世界を護る存在と自分を重ねる。
(僕も世界を護る存在になれるのかな)
空を浮遊していたユウタの気持ちが、ほんの僅かに沈む。
その時、下を見てしまった。
(あっ……)
重力に逆らって浮かんでいたガーディマンの身体が、突然引っ張られるように足から急降下。
「わあああっ!」
ガーディマンは叫び、藁にもすがるように両手を伸ばすが、天で輝く星空を掴めるはずもなく。
見る見る道路が迫ってくる。
このまま両足から落ちたら、樽から頭を出す海賊のように、コンクリートの道路に埋まってしまう。
ユウタは心の中を染めていく恐怖を拭い、落下を止めるために全ての意識を集中させる。
爪先が道路を突く直前に停止することができた。
汗をかいてないのに無意識に額を拭っていると、金属を擦り合わせたような音が響き、背後から強い光に照らされる。
ゴムが焼けた匂いを嗅ぎながら振り向くと、白と黒のツートンカラーのエレカが停車していた。
車内にはお揃いの制服を着た男性が二人、顔から飛び出さんくらい目を見開いて、空から降ってきた金属生命体を凝視していた。
「ワッ、ワッ、ごめんなさい!」
ユウタは頭を下げて謝罪すると、何か言われる前にすぐさま上空へ逃げた。
制服を着た二人は、飛び去るガーディマンをしばらく見ていたが、思い出したように車のパトライト を点灯させるのだった。




