#6 こんな起こし方するのにモテる男
「……ユウタ」
映画を思い出していたユウタは誰かに呼ばれる。
「ユウタ! おいユウタ!」
「わい!」
驚きと肯定が合体したような返事をしてユウタは飛び起きた。
「ここは、教室?」
そこは自分のクラスだ。椅子には誰も座っておらず、先生の姿もない。
「あれ? 授業は……」
「おい、ユウタ。こっち向け」
「ん?」
寝惚け眼のユウタが、声が聞こえた右のほうを見ると、
突風が顔を襲い、直後に黒い物に視界が覆われた。
衝撃で目が醒める。
「起きたか?」
ソウガが首を傾けて話しかけてきた。
「うん」
「そりゃ良かった」
そう言ってから、ソウガはユウタの顔の前から、黒く厳ついブーツを履いた右足を退ける。
「『まだ目が覚めない』とかぬかしてたら、見事な十六文キックが炸裂してたぜ。オレの優しさに感謝するんだな」
ユウタは冗談だと分かっているので、おどけた返事をする。
「ははー、感謝いたします」
「よしよし。ほら行くぜ」
ソウガはスラックスのポケットに両手を入れたまま、ユウタを置いて教室の外へ出ようとする。
「行くって?」
ソウガは扉を足で開けてから振り向く。
「次の教室に移動だろう。まだ寝ぼけてるのか? 本当にハイキック食らわすぞ!」
ユウタの意識が完全に覚醒。脳内の時間割から次の授業を思い出した。
「そうだった! 今行く!」
ユウタは、一度机を離れてから、タブレットを取るのを忘れて取りに戻ってつまづく。
何とか身体を支えてタブレットを取ると、急いで教室を出た。
廊下の先にいたソウガが「あと二分しかないぞ」と言い残して階段を上っていく。
ユウタが教室に着いた時すでに先生がいたが、チャイムが鳴る前に席に着けたので事無きを得た。
退屈なくらい何事もなく授業は終わり、ユウタはソウガと共に学校を出て校庭を横切る。
二人は、昇降口で合流したフワリと三人並んで歩いていた。
ソウガを中心に左手側にフワリ、右手側にユウタ。
それが三人のいつもの立ち位置であった。
最初に口を開いたのは、ユウタを指差したソウガだ。
「フワリ。こいつ今日授業中寝てたんだぜ」
「あっ、フワリ姉に言わないでよー」
ソウガ越しにフワリがユウタの方を覗く。
「ユーくん。授業中居眠りしちゃったの?」
「だって、あったかくて気持ちいいし、それに先生の話し方ゆっくりで眠くなってくるんだもん」
フワリは顎に指を添えて上を向く。
「ああ。歴史の……。あの先生の授業は眠くなっちゃうよね。フワリも何度か眠くなることあるよ」
「フワリ姉も?」
(やっぱり眠くなっちゃうよね)
ユウタは味方を得たと思ったが、
「でもユーくん。授業中に寝ちゃダメだよ」
「は〜い」
「そうだぜユウタ。いくらつまんないからって授業中に寝るなよ」
(ソウガ君も寝てたじゃん。いびきかいてさ)
反撃しようとする前に、ソウガが校門の方に視線を注ぐ。
「おっ、もう待ってるな」
ソウガの知り合いがいるようで、ユウタとフワリも校門の方を見る。
そこにいたのは顔を伏せたまま立つ美しい女性だ。
腰まで届く黒髪は夕日を反射して艶めき、赤いフレームの眼鏡は、見るものに知的な雰囲気を与える。
すらりとした長身を包むのは、他校の制服であった。
ユウタよりも一つか二つ先輩だろうか、落ち着いた物腰の女性は、こちらに気づいたのか顔を上げる。
黒い瞳が潤み頰が真っ赤に染まっていく。
正しく恋する乙女であった。
(もしかして僕のこと見てる……?)
そんなユウタの自惚れは一瞬にして瓦解する。
「じゃあな二人とも」
手ぶらのソウガは二人を置いて歩き出した。
向かうのは校門で待つ美少女の方。
「実はこの前彼女に告白されてね。今日デートなんだ」
ソウガは前を見たまま、ユウタ達に手を振ると、一人で校門へ行ってしまった。
やってきたソウガに気づいた女性は、恥ずかしそうに顔を何度か上下させると、不意打ち気味にソウガにキス。
「あぁっ!」
予想もしなかった行為を見てしまいユウタもフワリも、校庭にいた生徒たちも顔を真っ赤にしてしまう。
近くを通りがかったスーツケースを引く白髪の老人が、柔和な表情をくずさぬまま二人を見ながら通り過ぎる。
そんな中、ソウガだけが慣れているのか冷静で、しばらく校門に二人だけの甘い時間が過ぎていた。
女性の方が名残惜しそうに口を離すと、謝罪しているのか、何かを言っているように口が動いている。
ソウガは「気にするなよ」とでも言いたげに首を振ると、何事もなかったように女性の先頭に立って歩いて行ってしまった。
「なんかすごいの見ちゃったね」
フワリから返事がない。
彼女のを方を見ると、頬を膨らませている。
「フワリ姉。怒ってるの?」
「ううん。フワリは怒ってないよ。なんでソーくんが知らない女の人とキスしてるの見て怒らなきゃいけないの」
フワリの無意識に湧き上がる迫力に押されてしまう。
「帰ろうユーくん」
「う、うん」
一緒に帰ったが、フワリはずっと頬を膨らませている。
ユウタには怒っているようにしか見えなかったが、理由が皆目分からなかった。




