#2 春は眠気を誘う
冬の厳しい寒さが徐々に収まり、柔らかな温かさは春が近づいてくる証。
そんな温かな金曜日の午後。
東京の希望市にある高校の教室では、お昼休みが明けて歴史の授業が行われていた。
教室の窓際一番後ろの席に座る星空勇太は欠伸を必死に我慢している。
何とか我慢して眠気を覚まそうと大きな黒目を擦るたびに柔らかな黒髪が揺れていた。
眠いのは、春の到来を告げる温かさ陽気と、昼食を食べたせいもあるが、それだけではない。
最近ある日課のせいで夜更かしをしている事。
そして今行われている歴史の授業のせいだ。
本人は否定するが、おじいちゃんと言ってもいい歳でもうすぐ定年を迎える歴史の教師。
口調も、優しくとてもゆったりとしているのがまた眠気を誘う。
(眠いなー)
そう思いながら、先生が黒板――という愛称の大きなスクリーン――に書いた事をタブレットにメモしていく。
左手で持ったタッチペンを、液晶に走らせていると、だんだんと瞼が重くなってきた。
タブレットに書く文字が、いつの間にかミミズになっている。
完全に瞼が閉じる前に気づき、目を開ける。
(ダメダメ。寝ちゃダメ)
すぐにミミズを消して、メモを書き直す。
自分で自分に喝を入れても、数秒後には瞼が重くなり完全に閉じる前に開く、を繰り返していた。
取り敢えず眠気を覚まそうと先生にバレないように窓の外を見る。
外を見ると雲がまばらに浮かぶ青空は綺麗で、窓を通過する日差しは心地よく、まるで『眠っていいのよ』と誘っているようだった。
(駄目だ。これは意味がない)
次にユウタは一つ年上の幼馴染の事を考えた。
(フワリ姉は今なんの授業してるのかな? こんな陽気でもまじめに勉強してるんだろうなー)
勉強が得意で、綿菓子のように甘えさせてくれる一つ上の幼馴染の事を考えていると、隣から大きなイビキが聞こえてきた。
見ると、ユウタの隣の席の男子生徒が大きなイビキをかいて眠っているではないか。
でも誰も注意をしない。いやできないというべきか。
眠っていても勝てる見込みがないと、クラス中、いや学校にいるすべての人間が分かっているからだ。
(ソウガ君。相変わらず度胸があるよなー。というかもはや人間離れしてるよ)
イビキをかいて寝ているのは漆児爪牙。
ユウタの悪友である。
剣山のように鋭く突き出す黒髪に、鋭い犬歯と日に焼けた肌。
自身みなぎるオレンジ色の瞳は、今は瞼の下にに隠されている。
そんな取っつきにくい印象とは裏腹に、彼は学校一の人気者だ。
ファンの熱狂ぶりは、芸能人と大差ないといっても過言ではないだろう。
身長は百七〇を優に超え、着崩した制服の内側にはアスリート顔負けの鍛え上げられた肉体が潜んでいることを皆が知っていた。
そんな彼は紺のブレザーの前を開き、割れた腹筋が浮き出るほど薄い黒のシャツを着ている。
そのシャツには英字でデカデカと『I AM A HERO』と書かれている。
普通ならダサいの一言で片付けられてしまいそうなソレを、ソウガはスタイリッシュに着こなしている。
ソウガはシャツがはだけて腹筋が見えてるのも御構い無しに爆睡していた。
スラックスのポケットに両手を突っ込んだまま椅子の背もたれに体重を預け、首を大きく逸らしてイビキをかく姿。一見隙だらけに見えるが、
「ンゴォ〜ンガァ〜〜」
だからと言ってイタズラしようとするものはいない。
彼の猟犬のような強さを教師含めて皆知っているからだ。
注意できるのは長い付き合いで、一つ年上のフワリくらいだろう。
イビキをかいて気持ち良さそうに寝ているソウガを見ていたユウタは、眠気を我慢することに限界を感じていた。
歴史の先生は、二〇世紀に起きた怪獣と人類の戦いである怪獣守戦について話している。
(う〜先生には悪いけど授業が退屈すぎるよ。
あの映画観せてくれた方がよっぽど勉強になると思うんだけどなー)
ユウタは眠気を紛らわせるために、子供の頃に見た映画を脳内で再生する。
それは、特撮の師匠と呼ばれる監督が撮った三本の特撮作品であった。




