三毛猫、一喜一憂。また一喜
午後の柔らかい日差しがリビングに差し込み、テーブルを温めている。
は〜あったかい。
三毛猫ホシニャンはテーブルの上で体を丸めて日向ぼっこをしていた。
「あらあら、気持ち良さそうな顔して」
傍らにはホシニャンを受け入れてくれた女性アンヌが座っている。
柔らかく微笑んだ彼女は、ホシニャンを咎める事なく、コーヒーを飲みながらテレビを観ている。
ママったら。また黒い飲み物飲んでる。すごく苦そうな匂いするのに美味しいのかな?ボクは同じ黒なら甘い匂いのする板が食べたいなー。
そんな事を考えている間も、ニュースはお茶の間に向けて音と映像を流している。
『一週間前の怪獣襲撃で現れた謎の黒の金属生命体と白銀の生命体は、同一人物らしいのですが……』
あにぃの事だ!
ホシニャンが聞き耳を立てようと両耳をテレビのスピーカーの方へ。
司会の男性がテレビに向かって座る解説者達に意見を求める。
『あの白銀の生命体はきっと我々を助けてくれる存在となってくれるでしょう』
一人の解説者の言葉に、ホシニャンはまるで自分のことを褒められたように嬉しくなってヒゲが上を向く。
あのおじさん分かってるなー。ボクのあにぃなんだよ。
けれど、その後の二人の解説者の言葉は、ホシニャンのヒゲを後ろに引かせるに十分なものだった。
『あれは政府の秘密兵器の失敗作ですよ。その証拠に敵に対して何の攻撃もしてないじゃないですか』
『私も同じです。数人の人を助けたそうですが、そんな事をする前に怪獣を倒せば被害は最小限に抑えられたはず! いったいどれだけの損害が……』
な、何なのー! こいつら!
「ホシニャン。落ち着いて」
あっ、ご、ごめんなさい。
ヒゲを立てて鋭く叫んでいたホシニャンは、アンヌに咎められてすぐさま牙を引っ込めた。
ママは凄いな。あにぃのこと言われても全然動じてないや。これが大人の女性の余裕なんだね。
コーヒーを飲むアンヌは笑顔であったが、どこか強張っていることにホシニャンは気づかなかった。
いつのまにか、ガーディマンの話題は終わり次の話題に映っていた。
『昨日長女を虐待した容疑で逮捕された男性は……』
アンヌの顔が僅かに曇る。
『近年、親が子供を虐げるという事件が相次いでいます。専門家によると――』
テレビの画面が暗くなる。
アンヌがテレビを消したからだ。
ママ?
アンヌの方を見上げると、彼女は笑みを浮かべたまま。
けれど、どこか悲しそうな笑みであった事に、ホシニャンは気づく。
虐待……親が子供を虐めるって事? 何でそんな事しちゃうんだろう?
お母様も厳しかったけど、ボクを殴ったことなんてなかったよ。
アンヌに聞いてみようにも、ホシニャンのテレパシーは届かない。
それでもホシニャンは尋ねてみた。
「ニャア。ニャアニャア?」
ママ。何でこんな酷い事をしちゃうの?
勿論、アンヌになホシニャンが鳴いているようにしか聞こえていない。
答えは帰ってこないと思ったが、アンヌはコーヒーカップを置いてホシニャンの方に身体を向けてきた。
「きっと本人達も分かってないのよ。彼等には彼等なりの事情があるのかもしれない。でも、それは絡まった糸のようにとても複雑よ。私達が簡単に手を出していいものではないわ」
「ニャアニャア?」
あにぃが助けに行くのは駄目なの?
「ちゃんとした証拠があるなら助けにいくべきよ。でも発見するのはとても難しいの。下手すればユウタが悪者になってしまうかもしれない」
そんなー……。
気持ちが落ち込んでヒゲが下に垂れる。
そんなホシニャンの頭に、温かくて柔らかい感触が添えられる。
アンヌの右手だ。
「どんな理由があっても、弱い存在を傷つける事は許されない事だとママは思うわ」
「ニャア。ニャアニャア」
うん。ボクもそう思う。
「もし何か異変を見つけたら教えてね」
アンヌに撫でられていると落ち込んでいた気持ちも何処かに飛んでいき、体の芯からポカポカしてきた。
すると、家の玄関の扉が開いた音を耳が捉えた。
「母さん、ホシニャンただいまー」
その声はホシニャンが一番聞きたかった声だ。
「ユウタ帰ってきたのね……お出迎えしてもらえる?」
「ニャア!」
任せて!
ホシニャンはテーブルから勢いよくと飛び降りると、玄関に行って大好きなあにぃを出迎える。
『お帰りあにぃ。さあボクのキャットフードを買いに行くよ!』




