#26 ここからヒーローの物語が始まる
ハンプクシュウゴによって引き起こされた事件が解決して六日経った夜。
ユウタは家の近くのコンビニにいた。
コンビニには、暇そうな店員とユウタ以外に客の姿はない。
右手に持つ小さな買い物カゴの中には、ジュースと卵入りのパックが入っている。
もう母さんったら、卵忘れないでよ……まあ明日は美味しいオムレツで許してあげよう。
心の中では、つい強気な発言をしてしまうユウタであった。
アンヌに頼まれた物を入れて、レジに向かう前に自分の欲しいものを手に取ろうとする。
お菓子の棚にあるチョコだ。
今日はミルクチョコにしようっと。寝る前に食べると最高なんだよねー。
陳列された多種多様なチョコレートからお目当てのものを取ってカゴに入れる。
ホシニャンには見つからないようにしないと、体に毒だからあげられないのに、すごい欲しそうな目するんだよな。
以前ホシニャンにあげようとして、ものすごくアンヌに怒られた事があった。
チョコの成分がネコにとって害になるらしい。最悪死に至る事も……。
なので、ユウタは誰にも見つからないように、チョコは部屋で食べるようにしている。
が、甘い匂いが漂うのか、まるでおねだりするように鼻で脛をスリスリしてくるのだ。
あの仕草は可愛いけれど、気をつけないとね。
チョコを選んでレジに向かおうとした時、コンビニに新しい客が入ってくる。
まるで何かから逃げ出したそうな雰囲気のメガネをかけた少年だ。
ユウタはどこかで見たことがある気がした。
思い出しそうで思い出せないままレジに向かおうとすると、コンビニの外に三人の少年がいる事を知る。
それ自体は別におかしいことではない。
だが、三人とも人を見下したように笑っていてどことなく嫌な気持ちになった。
そして思い出す。
あの三人、この前のコンビニで見た。
一週間前、防衛軍兵器展示祭りに行く前にコンビニに寄った時に見かけた四人であった。
外にいる三人は嫌な笑みを浮かべながら携帯端末のカメラのレンズを店内に向けている。
ユウタは買うものがあったのを思い出すフリをして、レジから離れ店内の少年の様子を伺う。
少年は文房具売り場の前にいた。
お腹の前で持ったカバンに右手を入れたまま固まっている。
自然を装って通り過ぎたユウタは見た。少年はカバンの中で、手が白くなるほどカッターナイフを握りしめていたのだ。
ユウタは会計を済ませて、何事も無かったかのようにコンビニを後にする。
少し離れてから振り返ると、外の三人は中の少年を動画に収めているようだ。
ユウタは冷静を装ってコンビニから距離を取ると、人気のない路地に入る。
誰もいない事を確認して、コンビニの袋を下に置き、自分のオーパスを取り出す。
今までは見て見ぬ振りしかできなかった。けど……!
変身の言葉を紡ぐ。
「『立ち止まるな。一歩踏み出せ』」
暗い路地裏が緑の光に包まれた。
変身したユウタは少年の元へ向かう。
しかし、すでにコンビニにはいなかった。
通行人に見られるのも気にせずに道路を走り回って探し回る。
変身し、常人以上の視力で見つけた場所は、電灯の切れた駐車場だ。
満車のエレカの陰に隠れるように、薄暗い駐車場の奥に四人の少年がいる。
ユウタが駆けつけると、少年はエレカにもたれかかるように座り込んでいた。
三人は少年を見下ろしながら、オーパスで動画を撮っているようだ。
奪われたのだろうか、少年が持っていたはずのカッターナイフは、三人の真ん中にいるリーダー格の人物が待っている。
ユウタは三人と少年の間に立ち塞がり、少年を守るように背中で庇う。
少年の方を見ると、殴られたように左頬が真っ赤に腫れ、切れたのか唇から血が垂れている。
ユウタは、顎が外れたように口を開いたままのリーダーの持っていたカッターナイフを奪い取り、怒りをぶつけるように握りつぶす。
刃も柄も等しく粉々になり駐車場のアスファルトに音を立てて落ちていく。
誰も声を発さない中、ユウタは肺が破裂するのも構わないほど息を吸い込み、叫んだ!
「今すぐ、こんなことは、やめてください!」
春が近づいてきたのだろうか。今年の冬一番暖かい陽気に包まれた朝。
「ユウター。そろそろ起きなさい」
日差しの差し込むリビングには朝食が用意され、据え付けられたテレビがニュースを流している。
『一週間前に起きた事件の余波は収まりつつあります。福福産業によって街の復旧は八割ほど進んでいますが……」
朝食を用意し終え、エプロンを掛けたアンヌはユウタの部屋をノックする。
「ユウタ。起きてるの。フワリちゃん来ちゃうわよ」
部屋から返事が返ってくる。
「今いくよー」
『政府は、先日のイレイド星人の怪獣を鎮圧したのは、十五年前に設立された侵略者迎撃部隊CEFだと正式に認めました』
「おはよう母さん」
「おはよう。今日はオムレツよ……そう言えば昨日買って来てもらった卵。一個割れてたわよ」
「ごめん。コンビニから帰る途中に転んじゃって。確認した時は大丈夫だと思ってたんだけど」
高校の制服を着たユウタは、部屋を出て椅子に座って黄金色のオムレツを頬張りながら、携帯端末を操作している。
「もう子供じゃないんだから、気をつけなさいよ……こらユウタ。ご飯食べるときはオーパスしまいなさい。何してるの?」
「うん? 名前決めたんだ」
「名前?」
「僕が変身するヒーローの名前だよ。ホラ!」
ユウタがアンヌに液晶画面を見せると同時に、テレビからインタビューが流れ出す。
それはスウェットを着た男性と、ジャンボマンのパジャマを着た男の子だった。
『ああ。まるでテレビのヒーローみたいに僕達親子を助けてくれたんだ。彼にはとても感謝してるよ』
『くろいガーディマン。たすけてくれてありがとう』
「GUARDiMAN? 」
「うん。僕の憧れのヒーローから名前を貰ったんだ」
「いいんじゃない。カッコよくて。この小文字も個性があっていいわ」
「小文字? そんなの使ってないよ」
「何言ってるの。ほら小文字のiになってるじゃない」
指摘されてユウタはもう一度確認。
「そんなわけ、そんなわけ……」
間違いに気づいたユウタは訂正しようとしたが、
「あら『一度決定した名前は訂正できません』だって」
「そ、そんな〜〜」
愕然とするユウタの耳にチャイムが聞こえてきた。
「ほらユウタ。フワリちゃん来ちゃったわよ」
「分かってる。けど、名前が〜」
「大丈夫よ。それでも通じるから。ほら早く行きなさい」
「う〜いってきます」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
ユウタがリビングを出て玄関に向かうと、三毛猫ホシニャンが出迎えてくれた。
『あにぃ学校?』
「そう学校」
怪我したホシニャンもすっかり快復し、傷跡も残っていない。
「いってくるね!」
ホシニャンの頭を軽く撫でて、ユウタは幼馴染を待たせまいと、慌てて靴を履く。
『いってらしゃい。今日ママとキャットフード買いに行くんだから早く帰ってきてよ』
「分かってる!」
玄関を開けると、同じ高校の制服に袖を通したフワリが待っていた。
足の傷は完治し、歩いても走っても痛みはなく後遺症も残らないらしい。
「おはようフワリ姉」
「おはようユーくん」
二人はいつも通り並んで通学する。
平和な日常が戻ってきた証拠でもあった。
ユウタは出かけ、アンヌも食器を片付けて誰もいないリビングではニュースが流れていた。
『次のニュースです。昨日、警察署に出頭した三人の生徒が行なっていたいじめについて、警察は教育委員会と連携し……』
けれど平和は一時的なものに過ぎない。
『……尚、三人を連れて来た白銀の金属生命体は、先日街で救助活動をした存在と同一人物ではないかと見られ……』
彼が再び変身する日はそう遠くないだろう。
第2話 完 第3話へ続く




