#24 この人を救うんだ
吹き飛ばされたシュウゴは、自分の身体でへこませたバスの屋根に座るような格好で、頭を力なく垂らしている。
ただ、震えるように手足が動いているところを見ると生きているようだ。
「私の……夢は……」
まだ生きてる!
ユウタは、水溜まりに映っている自分を踏みつけながらシュウゴに近づいていく。
目の前に誰か立ったことに気づいたのか、シュウゴのヘルメットが上を向く。
「私の夢は、ヴェルトオヴァールを奪う……事」
ユウタは右手でシュウゴのヘルメットを殴った。
後頭部がバスの屋根に食い込み、顔を保護する真っ赤なシールドに小さなヒビが入る。
こいつは悪い奴だ。倒さなきゃ。
屋根に食い込んで固定された頭部を狙って、何度も右の拳を振り下ろす。
悪い奴を倒すのは僕、ヒーローの役目だ!
自分の指が痛くなるのも構わずにユウタは殴り続ける。
ただ一つの思いを抱きながら……。
ヒーロー達がしてきたみたいに、悪い奴は許さない。殺っつけるんだ!
振り下ろした拳が、シュウゴのヘルメットのシールドに大きなヒビを入れ陥没させた。
それでもヘルメットは割れない。
なんで、なんで割れないんだよ!
殴るのがもどかしくなったユウタは、両手でヘルメットを掴み、指の跡がつくほど力を込める。
左右に捻り続けると、途端に抵抗が弱まった。
そのまま力任せにヘルメットをむしり取る。
中の顔を見て、ユウタは驚きのあまり、むしり取ったばかりのヘルメットを落とした。
子供のように泣きじゃくるシュウゴであった。
「僕はヴェルトオヴァールを手に入れて、宇宙へ行くんだ。こんな狭い惑星を抜け出すんだ」
「何言ってるんですか。そんな自分勝手な考えで、街を、みんなをめちゃくちゃにしたんですか⁉︎」
ユウタは右の拳を振り上げる。
狙いはもちろん守る物の無くなり、晒されたシュウゴの顔に向けてだ。
その殺意を感じたのだろうか、シュウゴが子供のように涙を流し『止めて』とでも言うように頭を左右に振る。
「っ、そんな顔しても駄目だ。お前は悪いことをしたんだから!」
「ヒィッ」
シュウゴは両手で守るように頭を隠す。
目の前で小さくなったシュウゴは、本当に子供のようであった。
しかも拳を振り上げるユウタよりも幼く感じる。
ユウタは昨日、防衛軍兵器展示祭りに行く前にコンビニで見た光景を思いだす。
これじゃあ、まるで僕がいじめっ子みたいじゃないか。
ユウタは振り上げた拳をゆっくりと降ろした。
殴られない事が分かって安心したのか、シュウゴは大きな声を上げて泣き続ける。
「ぼくの夢はヴェルトオヴァールを奪う事、ぼくの夢は宇宙に行く事」
まるでうわ言のように繰り返していた。
何だろう。さっきから同じことばっかり、まるで誰かに操られているみたい……そうか。
シュウゴの着用しているプロテクターやサポーターから、オレンジ色のミミズが伸びて身体を侵食していることに気づいた。
これに操られているんじゃ?
ユウタは試しにシュウゴのプロテクターを掴み、力を入れて引き剥がそうとする。
プロテクターの内側が一瞬見えて、ユウタは血の気が引いた。
おぞましい数のオレンジ色のケーブルが、ワイシャツに穴を開け、寄生虫のように体内に潜り込んでいた。
「グワァァァァァッ!!」
引き剥がそうとすると、シュウゴの口から神経が千切れるような悲鳴が轟いたので、すぐさま手を離す。
これが原因だ。でもどうやって外せばいいんだ?
無理矢理プロテクターを外そうとすれば、シュウゴは死んでしまうかもしれない。
でも、このままにしていたら、シュウゴはまた動き出し、ヴェルトオヴァールを奪おうと行動を開始するだろう。
ユウタの予想が正解と言わんばかりに、シュウゴの両掌から、オレンジ色の尻尾が伸びてくる。
このままじゃまた暴れ出す。そうなる前に……。
ユウタは拳を固めるが、すぐに力を緩めた。
違う。そうじゃない。この方法じゃない。
シュウゴを見ると目が合った。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔は、まるで『助けてくれ』と言っているかのようであった。
そうだ。助けるんだ……この人を救うんだ。
殺意と憎しみの感情が消えると同時に、全身のルビーレッドのラインが消え、勇気と優しさ溢れるエメラルドグリーンに変化する。
赤く輝いていたゴーグルもエメラルドグリーンに輝く。そこから高潔さと正義が溢れているようだった。
ユウタが心を決めた瞬間、自らの両掌から温かな撫子色の光が溢れ出す。
すごく温かい。
まるで母の優しさのような温もりを持つ光は、ユウタの手の中で銀河のように螺旋を描いている。
使い方を全く知らない筈のユウタだったが、不思議な事に、どうすればいいか分かっていた。
泣き続けるシュウゴの頭部を、卵を持つかのように、両手で柔らかく包み込む。
撫子色の光がシュウゴの皮膚、筋肉、神経に達し、そこに不法に住み着いていた寄生虫達を引き剥がし、消滅させていく。
体内の寄生虫がいなくなったと同時に、シュウゴに装着されていた胸のプロテクターと手足のサポーターが力を失ったように外れた。
シュウゴは電気ショックを受けたように、一瞬身体を仰け反ると、気絶したように目を閉じてしまった。
シュウゴが目を覚ます。
「大丈夫ですか?」
「……ああ」
傍で膝をついていたユウタは、シュウゴが生きていることを確認して深く息を吐いた。
死んでしまったらどうしよう。そう思うと、心が冷凍庫に放り込まれたような感覚を味わっていたのだ。
「良かった」
「『良かった』だと? お前は私を心配していたのか?」
「はい」
「何故だ。私はこの手で街を破壊し、沢山の人を殺したんだぞ」
シュウゴは自分の右手に視線を送る。
「私のした事を考えれば、殺されても文句は言えん。その力があるのに、お前は何故、私を殺さない」
シュウゴの左手がユウタの右手を掴む。簡単に振りほどけるほどの力しかなかった。
「……死にたいんですか?」
「私を殺したいほど憎む人は多いはずだ。だから殺されても文句は言えない」
その言葉にユウタは心の中で頷く。大切な人は皆シュウゴのせいで傷ついた。
けれど……。
「僕はあなたを殺しません」
ユウタはシュウゴの左手を振りほどいた。
「ヒーローは悪を倒します。けど決して人の命を奪いません。だから頼みは聞けません。ごめんなさい」
そう言って深く頭を下げる。
「……フッ」
いきなりシュウゴが吹き出す。
「私に、犯罪者の私に謝るなんて、格好もそうだがおかしな奴だ。君は何者なんだい?」
「僕は、僕は『みんなの希望』です」
自然と口からそんな言葉が出てきた。
恥ずかしくなって、顔を包むナノメタルが溶けそうなほど熱くなる。
「そうか……みんなの希望さん。すまんが警察を呼んでくれないか。電話をかけたくても身体が動かなくてね。
「今警察を呼びます――」
携帯端末で警察に電話しようとする前に、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
この騒ぎを聞きつけたのかな?
振り向いてみると、こちらに向かってくるのは警察車両ではなかった。




