#23 ヒーロー、怒りに燃える
ホシニャンの悲鳴を聞きつけた途端、ユウタの全身に今まで感じたことのない力を感じた。
まるで、一瞬にして重力がゼロになったように、下半身を押しつぶしていたトラックの重さを感じなくなった。
持ち上げると同時に数十メートル飛翔。
トラックをその場に捨て置いて、まるで御伽噺の妖精のように、背中から緑の粒子を放出しながら空を駆ける。
ホシニャン待ってて!
自分の身体の変化の事は全く頭に入っていなかった。
空から見下ろすと、エネルギーウィップを振り下ろそうとするシュウゴを見つける。
左手のウィップが肩を寄せ合う父子を、そして右手のウィップが蹲る一匹の猫に狙いをつけていた。
頭の中に声が飛び込んでくる。
心が引っ掻かれ、思わず涙が溢れそうな悲痛な声だった。
『やだ、やめて。あにぃ助けて……』
「ホシニャン!!!」
無我夢中でシュウゴの右半身に体当たりして吹き飛ばす。
不意打ちを食らったシュウゴは、道路脇に停車していたミニバンタイプの電気自動車の横っ腹にぶつかって車内に消えた。
『あ、あにぃ⁈』
驚くホシニャンのテレパシーが届く。
ユウタはホシニャンの側に屈み込んだ、
「ああ、こんな、痛いよね」
脇腹に鋭く伸びた鉄の破片が突き立ち、白、茶、黒の模様に加えて、内側から溢れる赤が混じり、見ている間にどんどんと大きくなっていくようだ。
ホシニャンは顔を上げると、痛みに耐えているのか途切れ途切れのテレパシーを送ってくる。
『ボクは、大丈夫。あにぃの方が、酷い怪我してない?』
「どこも痛くないよ――」
シュウゴが突っ込んだエレカの車内からドアが一枚飛んでいった
早く避難させないと!
「ホシニャンじっとしてて、二人は立てますか?」
次に父子に声を掛ける。
「くろいガーディマン!」
「だ、大丈夫だ……けど君の方が……」
「僕は平気です。早く逃げてください。あとホシニャンも一緒に連れて行ってあげてください」
「任せてくれ」
「ネコちゃんこっち」
「怪我してるから。気をつけてあげて」
男の子が傷に触らないようにホシニャンを抱き寄せ、その子を父親が抱き上げる。
またエレカのドアが弾かれるように飛んだ。
「早く離れてください!」
エレカの方を見たまま、走り去っていく足音が次第に小さくなっていく。
車内からシュウゴが出てくる。
車とぶつかった時に骨が折れたのか、左腕が曲がってはいけない方向に曲がっている。
折れた左腕の表面にオレンジ色のミミズが這いずると、鈍い音を立てて腕が元の位置に戻った。
「私の邪魔をするな」
シュウゴは半壊したエレカにウィップを巻きつけると、ユウタに向かって投げつける。
ユウタはそれを両手で掴んで受け止めた。
エレカを頭の上に持ち上げシュウゴの方に投げ返す。
キャッチボールを終わらせるように、シュウゴは迫るエレカをウィップで真っ二つにしてしまった。
二つに分かれたエレカは、部品をばら撒きながらシュウゴの左右に落ちた。
シュウゴはユウタを無視するように首を動かす。
どうやら後方にある病院の方を見ているようだ。
「私の夢はヴェルトオヴァールを奪う事」
そのまま病院の方向に歩き出そうとする。
「行かせない」
ユウタは前に立ちふさがり、両手を大きく広げた。
「私の邪魔をするな」
「邪魔します。あなたのような凶器を持った人を病院に行かせるわけにはいきません」
「私の邪魔をするな!」
シュウゴがウィップを振るう。
ユウタは両手で頭を守るように構えて防御。
ユウタの全身に、オレンジ色のウィップの暴風が襲いかかる。
空気を叩くような音がするたびに、ユウタの身体に鋭い痛みが走り、灰色のナノメタルが剥がれ落ちていく。
ユウタは痛みを我慢するのに必死で、崩れ落ちていくナノメタルには気づいていない。
その間もウィップの暴風は酷くなり、ユウタが立っている周辺の道路が次々と抉れていく。
突然地下から水が噴き出した。
道路に埋設された水道管が破裂したらしい。
吹き上げられた水は一定の高さまで達すると、まるで雨のように道路に溜まっていき、ユウタの全身を濡らしていく。
ウィップと水道管破裂による暴風によって、ユウタの全身は悲鳴をあげ体温を奪われたような凍えに襲われる。
ユウタはその場から逃げ出そうとは思わなかった。
彼の心を占めていたのは怒りであった。
フワリ姉も、母さんも、ホシニャンも、お前のせいで怪我したんだ。
お前が、お前がいなければ……!
ユウタの体内で力が溢れた。
内側からの力によって、辛うじて張り付いていた灰色のナノメタルが弾け飛び、まるで消滅したようにナノ分子の大きさに分解された。
同時にすごく身体が軽くなり、シュウゴの振るうウィップが止まったように見えてきた。
それだけでなく、破裂した水道管から降り注ぐ雨粒ひとつひとつの姿も確認できる。
まるで時間が止まったようだが、よく見ると微かに動いている。
ユウタの頭の中で、シュウゴの動きが再生されていく。
右手を振るい、左を振るうという単調なパターンでしかない。
そうか、早いだけなんだ。
ユウタは右手側から頭に迫るウィップを右手の甲で払い、左手で左脇腹を狙っていたウィップを払いのけ、雨のカーテンの中を歩き出す。
道路に溜まった水は、水溜まりができるほどの量になっていた。
シュウゴは驚いたように上半身を後ろに下げる。
恐らく、ユウタに全ての攻撃をいなされた事が予想外だったのだろう。
なおもウィップを振り続けるが、ユウタにとって見れば止まっているようなものだ。
シュウゴは戦法を変え、近くのSUVをウィップで掴むとユウタに向けて投げる。
そんなもの!
ユウタは左手で殴り飛ばす。
SUVは左手側のビルの入り口に突っ込んだ。
次に投げられたのは、見るからに高級そうなスポーツカー。
弁償するとしたら、途方もない金額になりそうな車をユウタは右手で吹き飛ばす。
スポーツカーは車体の底を道路で削りながら独楽のように横回転し、タイヤを辺りに撒き散らしながら止まった。
シュウゴが子供のように癇癪を起こす。
「ぼくの邪魔をするなぁぁぁ!!」
両手のウィップでバスを持ち上げ鐘をつくように投げた。
ユウタはそれを、白銀の金属を纏う右手で下から上にアッパーするように殴った。
バスのフロントが砕け、細かく砕けたガラスが雨と混ざる。
バスは後方宙返りするように縦回転して、シュウゴの後ろに縦に落ちた。
シュウゴはそちらに気を取られたのか、突き立ったバスを見たまま攻撃の手を緩めた。
ユウタは猫背の姿勢のまま歩いて近づき、右拳に指が食い込むほど力を込め、引っ張られるように腕を後ろに反らして力を溜める。
シュウゴがユウタの方を見たのとほぼ同時に、右ストレートを繰り出した。
白銀の拳は胸部プロテクターをいとも容易く破壊。
その衝撃でシュウゴは後ろに吹き飛ばされ、縦に落ちていたバスの屋根にめり込んだ。
水道管から降る雨で、路面には、何個もの水たまりが出来ている。
水の鏡に、拳を突き出したポーズをとる白銀の金属生命体が映し出される。
映し出された姿にスティール・オブ・ジャスティスの面影はない。
身長は一八〇センチほど、光を反射する硬質な白銀がまるで皮膚のように、無駄な肉ひとつないアスリートのような身体を包み込んでいる。
胸部中央には、携帯端末によく似た長方形のクリスタルが輝いていた。
クリスタルからはまるで心臓から伸びる動脈のように、ルビーレッドのラインが全身に走る。
顔を保護する十字のゴーグルも怒りと殺意を表すような赤に輝いていた。




